3-2
散々考えたことなのだが、国中の人間が危機に晒されているのならば、どうあっても国王であるパウロに報告しないわけにはいかない。
というわけで、俺は早速王城へ赴くこととした。約束自体は昨日、念のために取り付けておいたので、あっさりと中に入ることができた。
いつもの王の間でもよかったが、あまり人には聞かれたくない話のため、二人だけに話せる部屋を取り計らってもらった。それでも広い長方形の部屋で、その部屋にためにあつらえたのかと思えるくらい、サイズ比の変わらない縮小コピーされただけかのような長方形の机がある。
その上座にパウロは座り、俺は彼の左隣に座る。背中側には窓があり、差し込む陽光が目の前の純白のテーブルクロスに影を作っていた。
間もなくすると、リリシアが二人分の紅茶を運んできてくれた。物静かに、粛々と給仕に従事してくれた彼女は、気まずいのか俺とはまるで目を合わせようとしない。彼女は用が済むと、必要最低限の来客対応用の定型文を棒読みで言って、部屋を後にした。
再び、パウロと二人きりになった。
「それで? 話とは何ですか」
早速、彼は本題に入ろうとする。今のパウロは、いつも羽織っていた荘厳なマントを身につけてはおらず、その下からいつも覗いていた青色に金の刺繍があしらっている服のみだ。普段はその恰好をしているのだろうか。
ともあれ、そんなことはどうでもいいことであり、時間が惜しいのは俺とて同じことなので早々に切り出した。
「今から言うことをよく聞いて欲しい。だが、あまり質問されるのは困る」
「何だか、ただ事じゃないみたいですね」
人によっては不躾とも思われるだろう俺の言葉から、パウロは何かを察したようだ。やはり彼は頭の回転が速い。あまり不用意ないことは言えないだろう。
「まぁな」
「何かありましたか? 昨日」
「だから質問されるのは」
「困るんでしたね。失礼しました」
そう言ったきり彼は黙し、続きを促してくる。
俺は今回の件を報告するにあたって、どれくらい彼に真実を告げたものかと考えた。もちろん何も考えず、全てを教えてもいいだろう。だが、そうすることによっての不都合は多い。
俺が竜の秘宝を盗み出さなければ、大虐殺が行われる。このことに関してはきちんと伝えなくてはいけないことだろう。一方で、俺が毒を盛られ、解毒剤を飲まなければ二日後には死んでしまうことは言っても仕方がないことのように思われた。
メゲルという毒の解毒剤が、どれくらい入手難易度なのか。簡単なのか、難しいのか。それはまるでわからない。或いは、パウロに言えば用意してくれるかもしれない。しかし、その解毒剤が二日までに間に合わなかったらどうなるか。彼に無駄に気負わせるだけだ。
一番簡単な方法は、直接ダグリの手から奪うことだろう。しかし解毒剤は彼に手中にあり、俺の泥棒としての腕が確かなこともわかっているだろうから、易々と見つかる場所には置いてないはずだ。もしかしたら、常に手元に置いてあるかもしれない。
つまり、ダグリはいつでも解毒剤を破棄することができる立場にあるわけで、俺の命は奴の気分次第ということになる。
ここでパウロに全てを話し、協力を申し出た場合の想定をしてみよう。パウロは軍隊を動かし、総力を挙げてダグール一味のアジトに乗り込んだ場合、ダグリは解毒剤をすぐさま破棄するだろう。もしくは、その情報を耳にした段階で棄てる可能性もある。
隠密で盗み出すことも難しいため、残る選択肢はパウロ自身もダグリの言いなりになるか、もしくはパウロが俺を見捨てるかだ。もちろん奴は王だ。俺一人の命と、国民全ての命を天秤に掛けられた場合、国民の命を選ぶ。それが、国王として当然の選択だ。
しかし、パウロ自身はどうだ? 国王としての選択は正しかったかもしれないが、それを彼自身は納得できるだろうか。所詮は犯罪者とはいえ人命を捨てたという選択が、彼の心に暗い影を作ったりはしないだろうか。彼は、目的のためなら人のことを利用するだろうが、何も命を奪うことまでは望んでいないはずだ。
どの道、彼にそこまで辛い選択をしてもらうわけにはいかない。
では次に、彼に竜の秘宝を探す手伝いをしてもらうというのはどうだろう。彼の知る竜の秘宝に関する情報を可能な限り教えてもらうか、或いはもっと直接的に人海戦術でドラゴンを倒し、竜の秘宝を手に入れるかだ。
前者ならあまり問題はないだろう。自信はないが聞く分には大丈夫なはずだ。
後者だった場合。これはおそらくまずい。あの場で思いつかなかったため、ダグリときちんと取り決めをしたわけではないが、奴は俺一人が苦しむ姿が見たいはずだ。決して、誰かと協力することを快く思いはしないだろう。
解毒剤を握られている以上、奴の意にそぐわないことはなるべく慎むべきだ。彼にどこまで王の動向を把握されているかまではわからないが、もし何らかの方法で奴の耳に入ったら、俺の命はない。
しかし、俺の命に関しては、最悪の場合は諦めなくてはならない。どうせ俺は下着泥棒であるし、今回の件は俺のヘマが引き起こしたことだ。ある程度、納得できる。
だからといって、初めから何もかもを諦めるつもりは毛頭ない。
「明後日。二等地にある俺の宿屋を訪ねてほしい」
「宿屋、ですか」
パウロは何か聞きたそうであったが、俺の言葉に従い質問しないでいてくれる。なるべく彼に疑問が残らないよう、言葉を選びながら話していく。
「ああ。別にあんた自身じゃなくてもいい。誰か使いのものをやってもいい。とにかく、俺の部屋を訪れてほしいんだ」
「わかりました」
「そこで俺は一通の手紙を残しておく。そこには重大なことを書いておくが、だがちょっと変わった文字を使うから読めやしないだろう。例え、あんたでもな」
「暗号ですか。何か、知られたらまずいことが?」
そこまで言って、彼はすぐに「失礼」と詫びた。「続けてください」と続きを促す。
あまりに気を遣わせ過ぎていることが申し訳なくなったので、少し返答することにした。
「そうだ。あまり詮索はしないでほしいが、込み入った事情があるんだ。事の次第は全て、その手紙に書いてある。それを読めばすべてわかるようにして置く」
「なるほど。しかし、私では読めないのですよね?」
「大丈夫だ。この世に、読める奴が一人だけいる。イフって女を知っているだろう」
「わかります。金髪の綺麗な方ですよね」
「そうだ。彼女なら俺の手紙が読める。わざわざ探しに行かなくとも宿屋にいるはずだ。いなくても、いずれ現れるから待っていてほしい」
「わかりました。彼女から、手紙の内容を聞けばいいのですね」
「悪いな。一方的で」
「いいえ。構いませんよ」
「用はそれだけだ。悪いな、時間を取らせて」
「いえ、このくらい大したことでは」
もう用件は済んだため、そろそろお暇しようかと立ち上がりかけたが、パウロは物思いに沈んだように目を伏せている。
何となく、彼には全てを悟られてしまったような気分になった。事の詳細まではわからなくとも、俺が現在置かれている状況を察し始めているのかもしれない。
あまり長居して、これ以上訝しがられても困るので、逃げるようにその場を後にしようと思ったがパウロは声を掛けてきた。
「下野さん」
「何だ?」
そう問いかけるも、彼は思わせぶりな態度を取るだけで、また黙した。言いだそうか、言い出すまいか逡巡するように口を開閉させている。
言い出すきっかけを掴みかねているのだろう。彼が何を言いたいのかまでは図りかねるが、あまり耳にしたくはないことのように思われたので、逸機させようと追加で頼みごとをすることにした。
「そうだ。もう一つ、頼みがあるんだ」
心なしか、パウロは明るい顔をした。
「何でしょう」
「書斎を貸してくれないか?」
そう言うと、彼は瞬く間に顔から笑顔を消した。俺の言葉は、どうやら彼が期待していた言葉とは違うものだったらしい。
それでもパウロは承諾してくれた。
「いいですよ。案内のものを呼びましょう」
「いやいい。場所だけ教えてくれれば自分で行く」
「そうですか」
それから、彼は口頭だけで書斎の場所を教えてくれた。
早速、その書斎に向かおうと部屋を去りかけた時、パウロは俺の背中に声を掛けてきた。
「下野さん」
「何だよ、今度は」
「以前私が言った言葉を覚えていますか?」
「何の話だ?」
「あなたはそうなのかもしれませんが、周りはそうは思っていませんよ。そう言ったことを覚えていますか?」
「そんなこと言っていたか?」
「ええ、言いました」
「そうだったか。忘れたな。それで? それがどうしたんだ」
「いえ、大したことでは。ただ、今度は覚えておいて欲しいなと思いまして」
彼がいったい何を言いたいのかわからなかった。かと言って、あまり追及する気にはなれず、とりあえず「わかったよ」と流した。
「すいません。引き止めてしまって」
そう言ってきたので、俺は今度こそ遠慮なく部屋を後にした。書斎へと向かう。
*
昨晩、散々シミュレーションしてから臨んだパウロとの話し合いだが、結果は芳しくなかったと言えるだろう。
相手はあのパウロだ。所詮どんなに気を遣ってみたところで、彼の勘の鋭さを避けながら話すことはできそうにはなく、結局、手紙などという回りくどい方法で彼に伝えることにしていた。
しかし、それでも十分に怪しげとなってしまった。かと言っていきなり「国で大虐殺が起こる」などと言ってしまえば、当然彼はその原因を俺の動向から探り始めるだろう。ならばせめて明後日に全てがわかると告げて置けば、それまでは待ってくれるはずだ。
俺は明日、竜の秘宝を取りに行く。それが成功すればそれで問題はない。失敗すれば、ドラゴンにむざむざ殺されるだけだ。
パウロが今回の件を知るのはそれからでも遅くない。軍備の強化など、与えられる猶予は一日にも満たないが、それでも彼ならやってのけるだろう。
素直に真実を告げても、結果は変わらなかったのかもしれなかったか。そう思いながら、書斎でドラゴンに関しての、また竜の秘宝に関しての記述を読んだ。
ドラゴンに関しては、生きる伝説とも言える生物で、その強大な力に今でも一部では信仰の対象としている地域もあるらしい。他にも様々な記述があったが、まぁ要約すれば「めっちゃ強い」とのことだった。
途中、どこかで見かけたことのある記述を目にした。「一対の巨大な羽を広げて、鋭い爪で襲い掛かる。口から放たれる火は、町一つを瞬く間に焦土と変える」と。どこかで聞いたことがある。
しばらく考えて、その記憶に思い至る。確か俺が初めて異世界に飛ばされた時に、イフがこんなふうなことを言っていた。あれから既に一週間以上の時が経過している。それを短いと見るか、長いと見るか。
次に俺は、竜の秘宝に関しての記述を探した。ダグリの言う通り、各地に散らばった四つの秘宝を集めると、絶大な魔力を得られるとか何とか。他にも伝承が書かれていたが、あまり関係のないことなので全て読み飛ばした。
今必要なのは竜の秘宝の正確な場所だ。本当にそんなものが近くに存在しているのかが気掛かりだった。ダグリが嘘を言っていて、いざ竜の巣窟に乗り込んだはいいものの、肝心のぶつがなかったら話にならない。そのようにして、無邪気に信じた俺を嘲笑いつつ国民を殺すことも奴ならやりかねない。
だが、その心配はないようだった。さすがのダグリも、そこまで酔狂ではなかったようだ。
ある程度、情報を収集し終わったのでそろそろ帰ろうかと書斎を出ると、すぐ目の前にリリシアが立っていた。明らかに俺を待っていたようなのに、いざ姿を認めると驚いた様子だった。
何か言いたそうであったが、言い出しづらそうにモジモジしていたので、こちらから声を掛けることにした。
「どうしたんだよ、そんなところに立って」
「いや」
そう言ったきり、彼女は沈黙した。
さすがにいつまでも彼女の言葉を待っていられるほど暇でもない。
「用がないなら行くぞ」
そう言って、背を向けかけたところで彼女は言った。
「その、この前はありがとう」
彼女の声には、どこか不服そうだ。誰かにでも言わされているかのようだ。
「何の話だよ」
「アウロラ姫だ。その、助け出してくれてありがとう」
「まぁ、そう言う約束だったからな」
「それは、そうだが……」
と、彼女は言葉を詰まらせる。
「別に、無理して言わなくてもいいぞ」
そう言うと、彼女は慌てたように言った。
「違うんだ。そう言うんじゃない。ただ」
「ただ?」
続きを促すと、彼女は勢いよく頭を下げる。後ろで結んでいた一房のポニーテールが、綺麗な弧を描き、前に垂れさがる。
「この前は済まなかった。その、酷いことを言ったと思う」
なるほど。どうやら彼女は、この前俺に言った暴言のことを気にしていたらしい。別に気にしていなかったのに、わざわざ謝罪しにくるとは随分と義理堅い。
「別にいいさ。全て事実だからな」
「そんなことない……と思う。私はお前を勘違いしていた……んだと思う」
何もかも思ってばかりだった。いくら恩人とはいえ、下着泥棒を手放しには褒めづらいのだろう。だが、これが正常な反応だ。イフの方がおかしい。
まぁ、これ以上無駄に押し問答する必要はないだろう。ここは素直に彼女の感謝を受け取って、さっさと退散することにした。
「わかったから顔を上げろ。十分伝わった」
そう言うと、彼女は顔を上げた。その顔は真っ赤に染まっている。何か言いだしそうに口をモゴモゴして、やがて発言した。
「アウロラ様はいつも城に籠り切りで、あまり外の世界を知らないんだ。本人は口にはしないが、アウロラ様はそれではよくないと思っている節があって、だから、時々お忍びで外に連れ出していたんだ」
「なるほど、それで誘拐にあってしまったと」
彼女はこくりと頷く。
「後悔していた。アウロラ様にもしものことがあったら、全て私の責任だ。だから……」
そう言って彼女は再度顔を伏せた。当時のことを思い出したのか、肩を震わせ始める。
「だから」
と、彼女は続けた。
「お礼を考えたんだ」
「いや、別にいらないが」
「そう言うわけにはいかない」
決然と言ったはいいものの、逡巡している様子でもあった。お礼と言ったが、果たして彼女は何をするつもりなのか。
しばらく様子を見守っていると、リリシアは固く握られた拳を差し出してきた。その中に、何かが入っているようだった。
おずおずと、彼女は言う。
「その、考えたんだがいまいちわからなかった。だからとりあえず、お前の好きそうなものを用意した」
そう言う彼女だったが、一向に俺と目を合わそうとしない。俯きがちに顔を赤らめ、時折、俺の方を見てはまた目を逸らす。「受け取ってほしい」と続けた彼女の手は、心なしか震えているように見えた。
いったい何がそうさせているのか。ともあれ、相当な決意を感じ取れたのであまり無碍には出来ず、俺は彼女の拳の下に掌を差し入れ、受け取る体勢に入った。それでも、一向に拳が開かれる気配はない。
しばらくしても受け取れなかったので、「なぁ」と声を掛けた。「本当に無理しなくても」と言いかけたところで、先んじて彼女が言う。
「わかってる。わかってるから、待ってくれ」
それから間もなく、彼女は意を決したように拳を開いた。その中から舞い降りてきたのは、ピンク色の下着だった。
「私のだ。お前なら、その、きっと喜ぶと思って……」
それから先、彼女はゴニュゴニュと何か言ったが良くは聞き取れなかった。先よりも一層朱に染まった顔を見るからに、相当恥ずかしいことがわかる。
だが生憎、俺は施される下着に興味はない。
「気持ちはありがたいんだが、あまり貰っても嬉しくはないんだ。悪いな」
そう言うと、リリシアの顔はさっきとは打って変わって表情を失い、やがて引き攣った笑みを浮かべた。




