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三 後生畏るべし(三)

 私邸の一室で、春常は書庫から出してきた書を読んでいた。兄春信は自ら写した書に、祖父の朱点を書き写す作業をしており、叔父は誰か友人に宛てて書簡をしたためている。

 そこへ門人の一人が守勝を呼びに来た。先聖殿や書庫を見学したいという人が来ているという。

「井上河内守さまのご紹介で、山崎どのと仰る方です」

「………山崎」

 守勝が呟き、春常ははっとして兄を見る。春信も緊張した様子だった。

「お一人か」

 守勝は筆を置き、のんびりとした口調で尋ねた。どうやら春勝から多少話を聞いていたらしい。

「いえ、河内守さまの家中の方が案内して来られています」

 守勝は軽く頷き、僧衣の裾を払って立ち上がる。

「ではわたしが案内しよう。上方のお方と聞いている。多少はお話も出来よう」

「上方の方ですか」

 門弟は守勝が知っていることに戸惑った様子だった。

 守勝も兄春勝同様に京の生まれで、父羅山によって一家が呼び寄せられるまでの十年間を京で過ごしている。

「叔父上」

 春信は不安げな眼差しで守勝を見上げた。守勝は微笑する。

「兄上から多少聞いている。中々に気のきつい御仁のようだな」

「僧とは話したくないとはっきり言われました。勿論、叔父上は僧ではいらっしゃいませんが、判ってもらえるのかどうか―――」

 守勝は襟を正し、傍らに掛けてあった頭巾を被りながらゆったりと頬笑んだ。

「下手に逃げ隠れしては、当家と兄の恥にもなろう。河内守のご紹介で見えた方を、粗略な扱いも出来まいよ」

 春信は決心した様子で書に栞を挟み、立ち上がった。

「ご一緒してよろしいでしょうか」

 守勝は頷く。

「頼もしい援軍だね」

 春常も興味を引かれたが、案内役にあまりぞろぞろついて行くのも迷惑だろうと思った。加えて、兄のごときそつのない応接が出来る自分でもない。

「つねはここで待っておいで」

 春信は言った。家族は春常をつね、春信をしんと呼ぶ。

「はい」

 春常が頷くと、守勝と春信は連れだって部屋を出て行った。

 春常は読みかけの書を前にしばらく座っていたが、やはり様子が気にかかる。戸口からでも様子を見ようと廊下に出た。玄関へ向かおうとするかしないかのところで、兄の声が聞こえた。

「叔父は儒臣として幕府に仕える身。その言いようは無礼でありましょう!」

 珍しく激した兄の声に、春常は驚いて廊下を駆けた。



          ※




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