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八 先聖殿にて(六)

 春常は喪服を脱ぎ、晩秋の弱い朝陽が照らす道を、国史館へと向かった。

 悲嘆に暮れる両親を遺して国史の編纂に励むことが「孝」に叶うのか。家業に没頭することで、本当に忠孝を尽くせるのか。

 春常に確信はなかった。

 だが父は決して歩みを止めない。必ず起って、再び家業に邁進するだろう。それが父にとっての忠孝の道であるならば、春常が儒者として力を尽くすべき場所もまた、きっとこの国史館にある。

 祖父羅山は、生まれ育った京を離れ、遠く九州へ、駿河へ、大坂へ、そして東夷と言われていた未開の地江戸へ、神君と徳川家に付き随った。林家の阿世と囁かれ、法師武者と揶揄され、時には不興を買い退けられても、(したた)かにその地位を保った。父と叔父もまた、幕閣の無理解に苛立ちながらも、倦まず弛まず一歩ずつ儒者の地保を築いてきた。兄は天下の学校の建設を夢見て、病の床でも、最上位の大員長になるまでは死ねないと、高熱に浮かされながら言い続けた。

『つね、次はお前だ』

 兄は笑って囁いた。

 兄の心を救えなかった後悔は、今も心を抉るけれど―――

 山崎さま。

 兄が最後に見た儒の姿を目にしておきたいと、先聖殿を訪ねてくれた。林家の有り様を舌鋒鋭く批判しながら、同時に兄のことも、そして父のことも、きっと春常よりもよほど深く理解していた。

 もう、あなたを追わない。

 春常は父の傍らにあって、父を信じて共に歩もう。

 そしていつか、徳川の世に真っ直ぐ立つ儒臣の姿を、あなたにも見て頂きたい。

 春常は国史館の扁額を仰ぎ、その場で深く一礼した。

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