迷宮都市ナロウズ・ブレイド 2<IN> 桜の花の咲くころ
4月7日。
始業式。
兼、俺にとっては入学式だ。
私立・明究学園。
創立からまだ15年程度の、未だ古びれない校舎群。
その外れに、俺はいた。
朝の清澄な空気。
高窓から射す薄白の陽光。
寝惚け眼で学長の小難しい話を聞き流す。
学生の本分。
社会への貢献。
己という可能性の探求…。
意識高い、意識高いよ。
でも役に立つというか、ためにはなるね。
寝ているわけではないのだ、俺は。
体を休めているだけだ。
耳ではちゃんと聞いている。
マジマジ。
参加人数的には奇妙に思えるほど少ない、式典自体も極めて短時間で終わってしまった。
小一時間くらいか。
それもその筈だろう、本番の入学式、或いは始業式は、まだ先の日取りなのだ。
4月の7日と言えば、大抵はまだ春休み中である。
しかも土曜日。
父兄の集まりは良いが、俺の両親は来させていない。
俺を含む、新設の特待クラス。
その僅か30名程度の為に、敢えて式典を開いてくれているのだ。
まあ、様子からは<本番>の式典へ向けたリハーサルをやっている感が拭えないが。
そこへ突っ込むのは、野暮というものだろう。
そのまま教室へ移動。
式典を執り行った講堂からは意外に歩く。
ここはいわゆる、マンモス学校だ。
…巨大。
規模が。
敷地が。
人員が。
その全てが、圧倒されるスケール。
だだっ広いキャンパスはしかも、15年前に<ヤケアト>と化した東京に代わる現在の実質上の首都、<副都心静岡>に在る。
教育施設としては小中高大、どころか幼稚園と大学院まで含むし。
系列企業に就職すれば正しく揺り篭から墓場まで世話になるという、超長期一貫教育を実現している。
そうでありながらも、反面では<才能第一>を謳い、年度途中であっても試験での転入・編入を認めている。
一風変わっていても、私立だから許される、というわけだ。
特に変わっているのは、実力第一、ではなく、<才能>を第一だと掲げている点だろう。
冷静に考えれば分かるが、そんなもんは誰にも測れない。
俺の才覚だって誰にも測れないのだ。
あ、すいません調子に乗りました。
スポーツ特待は以前から制度として在ったのだが、そこでも特定分野の全国ランカーではなく、名の知られていない選手をスカウトしてくるという謎の方針。
結果、一般的な大会での活躍が乏しく、世間ではあまり校名が知られていない。
マンモスではあるが、名門、とはあまり思われていないのではないか。
それでも、合格させてくれるのならば。
渡りに船だった。
行けさえすればどこでもいい、という状態だった俺には。
今年度から始まる、これまた謎な、<別枠特待生>制度。
多様な観点から潜在的な才能を測り、特別なカリキュラムで自主性と探求心を育むという。
字面だけ読むと、落第生救済プログラムのように思える。
俺はこれに拾われて、恥ずかしながらここにいるわけだ。
全国から出来ないやつを集めて、合格させてやる代わりに、高い学費を吹っ掛けるという魂胆。
見え見えだと思っていた。
幾ら中3の冬にトラブルで…受験勉強、どころか受験そのものさえ危ぶまれていたとはいえ。
水道施設に勤める父の年収で支えられる我が家は、そこまで裕福ではない。
そんなあからさまな罠にかかって金をドブに捨てることはしない、と思っていた。
ここが姉の最後の在籍した大学であり。
明究学園、でなければ。