迷宮都市ナロウズ・ブレイド 1<IN4/7> 言葉さえ失くして
言葉が話せないと、対等な人間ではないらしい。
…そう言われた。
失声症。
ストレスや心的外傷などにより、発声器官に障害が無いにも関わらず、声を出す事が出来ない症状だ。
それでも家族など親しい人とは喋れるという場合、[場面失語]という診断になる。
ただ、一般的な通りとしてはどうだろう。
[場面緘黙症]。
こちらなら聞いた事がある、という向きも在られるのではないだろうか。
患者の苦しみは同じ、だが、場面緘黙の方は幼児期に発症することが多く、何が契機となったのかも分からないまま、漠然とした社会不安が原因とされることが多い。
場面失語と同様、家庭では普通に会話が出来ても、学校など特定の場面では話すことが出来なくなる。
両者の違いは、患者の年齢層もあるが。
決定的なのは、明確な原因…心的外傷を観念できるかどうかだ。
勿論、精神病理学で言えばそんなに単純に分けられるものではない。
暴論であろうが。
だが、素人考えに過ぎぬこの暴論が、社会に蔓延しているとすれば。
もし正直に失声症だと言ったら、
…言ったらってまあ、もう俺には声は出せないんだけど。
そう伝えたら、原因たる心的外傷は何なのか、と。
根掘り葉掘り聞かれるだろうことは、目に見えていた。
主治医が、といっても暫くの間しか受診はしなかったが、その精神科医が。
失声や場面失語でなく。
[場面緘黙症]だとして、俺の症状を通してくれたのも…
優しさ、配慮からくるものだったのだろう。
名前はイスキ。
子古賀田 鶍希。
15歳。
…今はもう、喋れない。