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「あそこの方が楽しいよ」
私はソフィアの方を指さしながらそう言った。
私の言葉にウルグは目を丸くした。
何に驚いているのだろう。私がソフィアを薦めた事に驚いているのかな。
「おねえちゃん、普通に喋れるんだね」
……そっちか。私のぶりっ子演技をこの子に見られていたわけか。
こんなに小さい子に見られているのだ。もう全員に見られているだろう。
……もうすでに私のぶりっ子演技を見ている人もいたから挨拶した時に動じなかったのか。
それじゃあ、さっきの計算は意味がない。
もしかしたらこの会話も誰かに聞かれているかもしれない。
私は周りを見渡した。……どうやら皆、ソフィアに夢中で私には全く興味がないみたいだ。本当に、心の底から人気がなくて良かったと思う。
「誰にも言わないでね」
「分かった、約束するよ。僕とおねえちゃんの秘密だね!」
ウルグは勢い良く頷いて、笑顔を浮かべながら明るい口調でそう言った。
なんて素直な子なんだろう。本当に可愛い子だな。
「どうしてソフィアじゃなくて私の所に来たの?」
「おねえちゃんが好きだから!」
ウルグの返答に私は固まってしまった。
どの部分で好きになったのだろう。私のあのぶりっ子演技で私を好きになるとは思えない。
「話したこともないのに?」
「初めて見たときに綺麗だなって思ったの!」
ウルグは目を輝かせながらそう言った。誰もが驚くぐらい本当に素直な子だ。
「有難う」
私はそう言ってウルグの頭を撫でた。
綺麗って言葉は幼い子に言われても嬉しいものだ。
私達は木陰に座り、話し始めた。
「どうして皆の前だとあんな変な人になるの?」
……変な人。そう思われているのか。まぁ、変な人には変わりないけど。
「生きていく手段の一つ……って言っても分からないか」
「分かるよ! 僕もう五歳だもん!」
「そっか~、もう五歳だもんね」
「うんっ!」
ウルグはそう言って嬉しそうに頷いた。
私は子供に対する接し方はあまり分からないが、どうやら喜んでくれたみたいだ。
「おねえちゃんは賢いの?」
「……どうなんだろう」
「じゃあ、今から僕が出す問題に答えてね」
ウルグは得意気にそう言った。
どうやら彼の中にある一番難しい問題を出そうとしているみたいだ。きっと私が答えられないと思っているような問題を。
「いいよ」
私はそう言って頷いた。
「まずカバって知ってる?」
「知ってるよ」
私の返答にウルグは少し目を見開いた。……確かにカバはこの世界では図鑑でしか見ないような動物だ。その辺の令嬢は知らないだろう。まぁ、ソフィアなら知っているだろうけど。
「じゃあ、そのカバが大きく口を開ける理由は知ってる?」
「相手を威嚇している。それで大きく口を開けた方が勝ち」
私の返答にウルグは目を丸くして固まってしまった。
……これは知らないって言った方が良かったのかな。子供への接し方を間違えた?
つい反射的に答えてしまった。
「ウルグ?」
私はウルグの顔を覗き込んだ。泣いてしまったらどうしよう。
子供の泣くタイミングは本当に予測不可能だ。
すると私の言葉に反応してウルグは私に顔をぐっと近付け、目を輝かせた。
「おねえちゃん凄いね!」
ウルグは私をじっと見ながら声を上げた。
「おねえちゃんが知ってる事、教えて! 僕、動物が好きなんだ!」
ウルグはぐいぐいと私に迫りながらそう言った。子供ならではの迫力に負けて私は頷いた。
「いいよ」
「やった~!」
ウルグは両手を高く上げて、満面の笑みを浮かべながらそう言った。
それから私の知っている動物の話を色々した。その度にウルグは楽しそうに頷いた。
基本的に前世と変わらない動物がこの世界にもいる。実際に見た事はないが、この世界の図鑑に載っているのを見た事がある。
ウルグは図鑑に載っている動物をほとんど把握していた。まぁ、彼が把握しているのは動物の名前と外見だけみたいだ。それでも五歳の男の子がこんなにも動物を知っているのはかなり凄い。余程動物が好きなのだろう。
特にウルグが大爆笑したのがバクの話だ。
少し汚い話だが、バクのおしっこは後ろ向きに五メートル飛ぶという話をしたら噴き出した。
ウルグの笑顔を見ていると私まで笑ってしまった。
笑うのは良い事だ。笑うと間脳が刺激され免疫機能活性ホルモンの神経ペプチドが分泌され、リンパ球の一種ナチュラルキラー細胞の表面に付着し、ナチュラルキラー細胞を活性化させる。
ナチュラルキラー細胞はウイルスに感染した細胞やがん細胞を攻撃する。……無差別にだけど。
まぁ、とにかく簡潔に言うと、笑うと体の免疫力が上がるのだ。
「ウルグ~」
どこからかリマの高い声が聞こえた。声質がウルグと似ている。やっぱり兄弟なんだな。
「もう行った方がいいよ」
「……もうちょっとお話ししようよ」
ウルグは不服そうな表情を浮かべてそう言った。
私も素で話せるのは物凄く楽だからもう少し話をしたい……が、二人でいる所を見られてしまうのは非常にまずい。多分、リマは私の事が嫌いだ。自分の弟が私といたなんてきっと嫌だろう。
私は出来るだけ彼らの前から存在感を消したいのだ。
「またいつでも話してあげるから、今日はこれでお終いにしよ」
私がそう言ってもウルグは首を縦に振らない。どんどん頬が膨らんでいく。
「ウルグ~」
リマの声がどんどん近付いてくる。
「約束する」
「……本当に? いつでも話してくれる?」
「うん、私は絶対に約束は破らないから」
私がそう言うと、ウルグは渋々頷いた。
「だから、ウルグも私と約束して、絶対に私の事を言わないって。私と二人きりじゃない時は私とウルグは他人、いい?」
「分かった、絶対誰にも言わない。僕とおねえちゃんの秘密!」
「良い子ね」
私はそう言ってウルグの頭にぽんと手を置くと、ウルグは嬉しそうに頷いた。
「じゃあね、おねえちゃん!」
ウルグは私に軽く抱きつき、リマの方へ走って行った。
最近の子供は大胆だな、私はそんな事を思いながら小さな背中を見送った。