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 馬車に揺れながら私達はハメット家に向かった。

 何度か行ったことがあるが、ハメット家の庭園は凄い。

 季節関係なく色々な種類の花が咲いている。……魔法で維持しているのだろう。

「お茶会楽しみだね~」 

 ソフィアは楽しそうに笑顔でそう言った。なんて温かい笑顔なんだろう。

「楽しみすぎるぅ」

 と、軽く拳を握って両腕を胸の前に上げて震わせながら言ったものの全く楽しみではない。

 今日私は全貴族、老若男女関係なくぶりっ子演技をしなければならない。まずいというより正直な所、今日が私の黒歴史の始まりになるかもしれない。

 ああ、早く無事にお茶会を終えられますように……。


「ソフィア!」

 グラントは開口一番彼女の名前を呼んだ。

 ようこそ、と同じトーンで私の姉の名前を呼ぶなんてソフィアの事を好きすぎだろう。

「ああ、なんて綺麗なんだ」

 グラントは完全にソフィアに見惚れている。

 まぁ、見惚れる理由も分かる。彼女の今日の姿は彼女らしい。……あまりにも簡潔に言い過ぎたからもっと詳しく言うと、彼女の優しさと癒しさを表したふわりとした薄桃色のドレスは彼女にとても似合っている。ソフィアの髪の毛の淡い桃色とドレスが同系色で、バランスも良い。

 優しさに包まれているとはこういう事を言うのだろう。

 ソフィアの姿と私の姿はまさに正反対だ。まぁ、それもまた個性だから、それはいいだろう。

「リルはぁ~、奥の方にいるねっ!」

 人差し指を顎につけながら私は満面の笑みでそう言った。

 なかなか大人っぽい格好をしているのに全力ぶりっ子は流石にきついと自分でも思う……が、仕方ない。

 それに一人称を自分の名前で呼んだのは初めてだ。皆、顔を引きつっている。

 ニースだけが冷たい視線で私を見ている。……もう、私の演技に慣れたのか? いや、私をただ嫌いなだけなのかもしれない。

 というか、私はヒロインを虐めていたわけだから私の事を好きな人間なんてここにはいないだろう。

 ……となれば、お茶会にいる人は皆敵というわけか。私はとんでもない戦場に来たみたいだ。

 

 ゆっくり空を見上げた。私の一番落ち着く方法は空を見る事だ。

 今日は雲一つない空だ。お茶会がなくなる事はないだろう。太陽が眩しい。

 私はゆっくりお茶会の方へ進んだ。出来るだけ一人でいよう。

 ソフィアと離れておけば人が集まる場所へ行かずに済む。

 私は一人で足を進めた。皆は私がいなくなってくれてどこか安心した表情を浮かべていた。

 ニースの隣を通り過ぎる時、なかなかの形相で睨まれた。

 どうしてそんなに睨まれるのだろう。私の方が睨みたい。ニースのせいで私は今日眠れなかったのだ。

 私はそんな事を思いながらどんどん奥の方へ歩いて行った。

 

 今日は一日中この陰に身を潜めておこう。 

 私は木陰に誰にもばれずに隠れた。 

 勿論、ここに来るまでに沢山の人に会った。その度にぶりっ子演技を発動した。

 皆、予想通りの反応をしていた。顔を引きつりながら、私の事を痛い女だと思っている目で見てくる。

 中にも数名、私の演技に動じなかった人も何人かいたが……。流石大人だ。経験値が違う。私より強烈な人に会った事があるのだろう。

 

 前世では私は若くして死んだ。高校二年生……短い人生だった。今と同じ年齢で死んだ。

 せめて十七歳の誕生日を迎えたかった。誕生日の前日、私はずっと考えていた問題を解き終えた嬉しさでスキップをしながら階段を上っていたら滑って落ちたのだ。そのまま頭を打って……これ以上、思い出さないでおこう。あまりのダサさに世界が震撼しただろう。


 とにかく、いきなりあのキャラを前にしても表情を変えずにいられるのは凄い。

 その反面、考えている事が全く分からないから怖い。

 まぁ、若干瞳孔が散瞳していたから、驚いてはいたのだろうけど。

 一体何パーセントぐらいだろう、私のぶりっ子キャラに動じなかった人は……。

 私は瞳を閉じて脳に神経を集中させた。

 私が挨拶したのは二十四名。そのうちの七名が無反応。7÷24は0.29166……約30パーセントの人間が無反応か。

「おねえちゃん」

 このお茶会に参加している人数は百二十八人だっけ? 随分と大規模なお茶会だ。  

 128×0.3は38.4……三十八人が私のぶりっ子演技に動じない事になる。……多いな。

「おねえちゃん、何してるの?」

 でもこのお茶会には子供から老人までが参加している。

「おねえちゃん!」

 そう、こんな高い声を出す男の子もいるのだ。……ん?

 私は瞼を勢い良く開いた。

 私の様子を見て男の子は安堵のため息をついた。

 なんて可愛らしい顔をしているのだろう。茶髪に薄い緑色の髪……どこかで見たような顔立ち。

「僕、カミンスキー・ウルグ! 五歳だよ」

 そう言って、目の前の男の子は五本の指を全て立てて私の前に右手を突き出した。

 カミンスキーってリマの弟? 道理でどこかで見た事があると思ったわけか。そう思うと、リマはかなり幼い顔をしているな。

 ウルグっていう名前は、ウルグ=ハンしか出てこない。

 ティムール朝の第四代君主、天文学の発達に貢献して学芸君主として名高い。確か、サマルカンドに天文台を建設したんだよね。……息子との戦いに敗れて殺されてしまったけど。

「おねえちゃん、全然起きないから死んじゃったかと思ってびっくりしたよ」

 ウルグは私の目をじっと見ながら高い可愛らしい声でそう言った。

 あの安堵のため息はそういう事だったのか。

 私はじっとウルグを見た。

「おねえちゃん、どうしたの?」

 そう言って、ウルグは首を傾げて私を見つめる。

 ……五歳の子供相手にぶりっ子演技を続けるべきか。

 私はちらりと賑わっている方に目を向けた。

 ソフィアは沢山の人に囲まれている。ソフィアもソフィアの周りも皆笑顔だ。

 あの世界は私には眩しすぎる。あの輝いた皆でわいわいと楽しそうにしている世界が私は少し苦手だ。

 勿論、ソフィアの周りには沢山の子供もいる。ソフィアは子供から好かれるタイプの人間だ。

 そしてソフィアも子供が大好きだ。私も子供が好きだが、接し方が分からない。

 私の姉は本当に誰からも愛される存在なんだな、私はそんな事を思いながらソフィアを眺めた。

「おねえちゃん?」

 可愛らしいくりっとした透き通った緑色の瞳が私をじっと見つめる。

 ……この子の瞳ぐらいは独占しても良いよね? まぁ、リマの弟って所はまずいかもしれないけど。

 でも、素の自分で話せる人が一人ぐらい欲しい。

 それに彼は賢そうだし、子供だし……今回だけはぶりっ子演技を発動しないでおこう。

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