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全く寝れないまま朝が来た。
……昨日は前世の記憶を思い出したショックで全く寝れなかったし、今日はニースが私の事を好きだったという事実が受け止められなくて寝れなかった。
私は一体いつ熟睡出来るのだろう。
このままだと睡眠時間が一日二十分のキリンと同じになってしまう。
大型の草食動物は必要な栄養を摂るために大量の草を食べるから食事に長い時間がかかる。
……私の場合、考え事に時間を費やしてしまっている。
今の私はそんな事で悩んでいる暇はない。
これから起こる死亡フラグを叩き潰さなければならない。
嫌な女ではなく、うざいがいい女にならなければならないのだ。そして、それがなかなか難しい。
「リル様、今日はお茶会です」
扉をノックする音の後にメイドのリディアの声が聞こえた。
リディアと言えば、最古の金属貨幣を使用した第7世紀からアナトリア南西部に栄えたインド=ヨーロッパ語系の国。都はサルデスだっけ? 確か、アケメネス朝のキュロス二世に敗れて滅びた……。
「リル様?」
私はリディアの声で我に返った。
「分かったよぉ~」
……朝から高い声を作るのは難しい。少しかすれてしまった。
扉の向こうから返事が返ってこない。
そういえば、リディアの前でぶりっ子演技を発動させたのは今日が初めてだ。
きっと扉の向こうで固まっているのだろう。
私はゆっくり扉を開けた。
……やっぱり固まっていた。
栗色の癖のある髪の毛が彼女の頼りなさを表しているみたいだ。そばかすが印象的で可愛い。
彼女は周りからは頼りなさそうに見えるが物事を論理的に判断できる部分がある。
前世の記憶が戻る前までの私はそれに気付いていなかった。一体どれだけの人間がそこに気付いているのだろう。
もし彼女がいなければ、私はもっとソフィアに酷い事をしていたに違いない。
……一見だめなメイドに見えて優秀。なかなか良いキャラだ。
「リディア?」
「え? あっはい! あの、さっきの声は一体……」
リディアは私の言葉にはっとしてそう言った。
あれは空耳ですよね、とか言わない辺りが私は好きだ。ちゃんとさっきの声を現実として受け止めている。
彼女には本当の理由を教えるべきか……。
でも、リディアなら気付きそうだ。彼女が気付くまでぶりっ子演技をやろう。
やっぱり手を抜くのは良くない。誰の前でも演じてみせる。
「私の声だよぉ? どうかしたのぉ?」
私はきょとんとした表情を作り、首を傾げた。
リディアの顔が引きつるのが分かった。幽霊でも見たような表情で私を見ている。まぁ、私は幽霊は信じていないけど。
「そんなとぼけた顔しないでよぉ~」
私はそう言って、彼女の頬を指で軽く突いた。
……案外柔らかい。
リディアは目を見開きながら口を開いた。
「えっと……ご支度を」
「分かったお」
私はそう言って頬を少し膨らませて目の横でピースした。
リディアはなんとか私のこのキャラを受け入れてくれた様子で私の身支度を始めた。
それでもやっぱり私のこのキャラには抵抗があるように見えたけど……。
随分と着飾られたね、私。お茶会に行くだけなのに……。
私は鏡に映る自分の姿をじろじろと見た。
こんなに凝った髪型にしてしてもらえるなんて、やっぱり貴族って凄い。凝っているのにまとまって綺麗に見える。それに私の顔が映えるようなこの赤色のドレス……。いつもより自分が綺麗に見える。
メイドってもしかしたら私達令嬢より凄い存在なのかもしれない。
これからもメイドのセンスを信じよう。私は鏡を見ながらそんな事を思った。
「そう言えばぁ、どこのお茶会に行くのぉ?」
「ハメット家です」
リディアは私の質問に微笑みながら答えた。
……ハメット家? グラントの家だ。
無意識に自分の気が引き締まった。