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「リル! おいっ! しっかりしろっ!」
ニースの焦った表情がぼやけて見える。そんな心配な顔をしてどうしたって言うんだ。
「目を瞑るな! 俺を見ろ!」
普段クールな彼がこんなにも取り乱すなんて余程のことがあったのだろう。ああ、頭が痛い。意識が朦朧として頭が回らない。
私がニースをこんな顔にさせているのだろうか。もしや、私が何かにチャレンジして失敗したとか?
だからこんなに体が重いのか? 簡単に言うと、死にそうだ。今度は何をしたんだろう、私。こんな風になるなんて、私はチャレンジャ―だな。チャレンジャ―と言えば、マリアナ海溝のチャレンジャー。
「海淵は……、地球最深所、水深……、一万九百二十メートル」
「は? 何言ってるんだ?」
何言っているんだろう。分からない。自分で自分の頭をコントロール出来ない。
「おい、リル? しっかりしろ。目を閉じるな。頼む」
ニース心配しないで、私は簡単には死なないから、と言おうと思っても上手く口が回らない。
ああ、どうしてこうなったんだ? 何が起こったんだっけ? 段々意識が遠のいていく。
「リルっ!」
最後にニースの私を心配する声が耳に残り、私はそのまま意識を失った。
『五時間前』
教室に入るともう既にソフィア達は学校に来ていた。一番乗りだと思ったけど、ゲノムの事とか、ジェンナーの事とかが重なって教室に入るのが遅くなった。
ニースとがっつり目が合った。相変わらず無表情。前までの私に敵意のある視線はなくなったみたいだ。主従関係を結んでから彼が私を敵対することが少なくなった、というよりもなくなった気がする。
「ニース様!!」
そんなことをぼんやりと考えていると、私の隣を走り抜けてニースの方へ直進するお嬢様が現れた。
うわ、私に負けないぐらいのフリフリさ。ウェーブのかかったロング金髪で蒼い瞳のロリータ系の女の子。顔もお人形みたいでリボンとか、フリフリとか、フワフワとか、そういうのがよく似合っている。
「ニース様! 探しておりましたの!」
ニースは訝しげに彼女を見る。朝から絡まれて迷惑だ、みたいな表情をしている。
これではっきり分かった、ニースはフリフリ系が好きではないということを。もし好きなら、多少うざくてもタイプの女の子に迫られたら少しぐらい口元が緩むはずだ。まぁ、そんなニース見たくないけど。
何はともあれ、あの私にツインテールとフリフリのドレスを着てこいというのは嫌がらせだったということが分かる。なかなか意地悪だな、主。
「何?」
「ニース様! 貴方様は何でも解決なさるってお聞きしましたわ」
「は?」
ニースは訳が分からないという顔を浮かべている。それと対照的にお人形みたいな女の子は目をキラキラと輝かせて、ニースに期待するように見つめている。
ソフィアと目が合った。あ、やばい。私も彼女に負けないくらい元気なぶりっ子を演じないと。
「わあああああ! ニース様っ! 凄いですわんっ」
私はそう言いながらニースの元へ駆け寄り、最後に犬の物まねをした。
皆が言う前に私から言っておこう、「なんだそれ」。私が一番何をしたかったのか分からない。
ニースが若干うざそうに私を見る。ソフィアはいつも通り私を優しく微笑みながら見守っている。他の人達はいつも通り顔を若干引きつっている。グラントが少しだけ表情が柔らかい気がしたけど。やっぱりサーディー事件から私を見る目が少し変わった気がする。
「あら、リル様。なんだか元気ですわね」
かなり冷たい視線を彼女から感じる。私、彼女に嫌われるようなことしたっけ? ……あ、ソフィア虐めか。聖母マリアみたいなソフィアを虐めていたら、そんな噂一瞬で広まるか。嫌でも私の名前が耳に入ってくるだろう。
「貴女のぉ~、お名前はなあにぃ?」
「リル様に教える義理はないわ」
「けどぉ、私の名前を貴女が知っていてぇ、私が貴女の名前を知らないのはなんか嫌だもんっ!」
「相変わらず自分勝手な人ね。私の名前はルミアーナ・シフォンですわ」
クテシフォンからシフォンって名前が名付けられたのかな?
バグダード南方ティグリス中流東岸の都市でパルティアとササン朝ペルシアの都だったクテシフォン。かなり歴史のある都市だ。
「聞いていますの?」
「あっ! うん! 勿論だよぉ。男爵家の令嬢シフォンちゃんっ」
確か、男爵家で間違っていないはず。私はそんなことを若干心配しながら満面の笑みで言った。
「わたくしはニース様に用があるのですわ! ニース様、どうか力をお貸しください」
私のことをガン無視して、彼女はニースの方に視線を向けた。
堂々と私を毛嫌いする素振りを見せられるのは別にそこまで悪い気はしない。こそこそと陰で何かやられている方が私は嫌だ。
「力を貸す?」
「はいっ! ニース様に解決できないことはないという噂をお聞きしました。優秀なのは知っておりましたが、あの魔女の事件やネロ様の横暴な事件など全て解決したと聞いておりますわ!」
わお、凄い、ニース。一体どこからそんな噂が広まったのか不思議だけど頑張れ。
彼女に好かれていない私は今回何も出来ることはなさそうだし。




