36
「リル」
私がサーディーとニースを呼びに行こうとしたらウィクリフに呼び止められた。
「なぁにぃ~?」
私はウィクリフの方を振り向きながら左に首を傾げた。ちゃんと右の首筋に負担にいくように。
どんな状況でも瞬時にぶりっ子を演じるという技を完全に身に着けたみたいだ。今から女優の道というのも悪くないな。
「ニースと何か企んでいるのか?」
ウィクリフは疑わしそうな目で私をじっと睨む。
ああ、もう噂が広まったんだ。もしかして仲間外れにされて怒っているのかな。ウィクリフはニースのこと好きだもんね。あ、勿論恋愛の方ではない。
「う~んっとッ、何の話ぃ~?」
「誤魔化すな。ニースに何か吹き込んでいるんだろ」
「だからッ! 何の話か全然分かんないッ! リルはぁ、ただニースと一緒にいたいからいるだけなのぉ~~!」
「ニースがそれを許しているのか?」
うわ、鋭いとこを突いてくるな。
「う~ん、嫌がっている様子だけど、あれって愛情の裏返しでしょッ?」
「……本物の馬鹿だな」
ウィクリフは私を軽蔑するような表情を浮かべた。嫌悪感に満ちた表情ってこういうことを言うのだろう。
「馬鹿って言わないでぇッ!」
私は目をウルウルさせて、口を尖らせた。最近、自由に目を潤わせることが出来る能力を身に着けたのだ。どんどんプロのぶりっ子になっていく。ぶりっ子という職があればいいのにな……。
「じゃあ、もうちょっと賢い人間になれ」
「ソフィアみたいな?」
「ああ、そうだな」
「ウィクリフ様はぁ、ソフィアが賢いからソフィアを選んだのぉ~?」
「……お前と違って彼女は性格が良いからだ」
うお、そこか。……まぁ、普通はそこか。
「お前がソフィアにしたことを俺は絶対に許さない」
誰かの瞳が嫌悪から憎悪に変わった瞬間を初めて見た。誰かにこんな目で見られることが怖いなんて……。そもそも私が何かを怖がるなんて柄じゃない。それなのに、背筋が凍った。
「何か言い返さないのか?」
言い返したいけど、ウィクリフからの重圧で声が出ない。
「……私は」
「何をしているんだ?」
私が言葉に詰まっていると、ニースが私の後ろから現れた。私を庇うようにそっと私の前に来た。
……どうしてここにいるんだろう。
「ニース、それは俺の台詞だ。こいつに騙されるな」
「騙される?」
「最近、ずっとリルといるだろう? こいつはソフィアに散々嫌がらせをしてきたんだぞ?」
「ああ」
それを反省して、私は今一生懸命ソフィアの力になろうとしているところなので見逃してください。これからどんなことがあってもソフィアを助けるし守るし、味方でいるし、彼女の恋愛の邪魔はしないし、むしろ応援するから、見逃してください。……って都合よくいくわけないか。けどこれは本心だ。今まで彼女にしてきたことを償わなければならない。だが、困ったことに具体的に何をしてきたのか記憶が曖昧なんだよね。
「だが、俺達がリルに同じことをしていいわけじゃない」
「そうだが……」
ニースの言葉にウィクリフは口を閉じた。
ウィクリフ同様、ニースも私を憎んでいるはずだ。……ニースが随分と大人な考え方をしているだけか? 確かに憎しみを憎しみで返すのは良いことではない。だけど、私はきっとそれくらいのことをしてきたはずだ。なんたって私は悪役令嬢だ。攻略対象とヒロインの恋路を妨害する存在……。
まぁ、今はそんなことはどうでもいいか。とりあえず、この場から去りたい。
私は心の中で小さくため息をついた。この状況でぶりっ子馬鹿令嬢を演じるのは気が引けるが、生きるためだ……。
「二人ともッ! 私の為に喧嘩はやめてぇぇ~!」
私はそんなに大きな声で叫ばなくていいだろうというくらい声を張り上げた。
今回の注目ポイントはこの内股だ。これが可愛らしさを演出しているに違いない。まぁ、二人の反応は微妙だが。ウィクリフなんて完全に引いている。ニースも少し顔を引きつって私を見ている。
皆の言いたいことはよく分かる。『なんだこいつ』もはや侍女達も容赦なく私にそんな視線を向ける。
「これ以上相手してられるか。俺はもう行く」
ウィクリフは怒った口調でそう言い捨てて私達に背中を向けて去って行った。私は別に良いんだけど、ニースにとったらウィクリフは主だ。反抗しても良かったのだろうか。
「なんかごめんね、ニース」
「謝らなくていい。別に悪いことしていないだろ」
「……カメムシって自分の臭いで死ぬんだよ」
密閉された空間で臭いを出せばの話だけど。あの強烈な臭いの理由は敵から身を守るだけでなく周りにいる仲間に危険を知らせる為でもある。
「はあ?」
「どうでもいいこと言ったら場の雰囲気が和むかなって思ったんだけどそうでもないみたい。実験失敗だな」
ギスギスとした空間があまり好きではないのだ。……そういう空間を好きという人はあまりいないと思うけど。
「ニースの反応は割と予想通りだったけど」
「生意気な従者だな」
「ニースもね。……ねぇ、私とあんまり一緒にいない方が良いと思う。ウィクリフとの関係が悪化する一方だよ」
「……本気で言っているのか?」
彼の口調で顔を見ずとも怒っているのが分かった。
私、そんなに怒らせるようなこと言ったかな。一応ニースのことを心配していったつもりだったんだけど。私はニースの方を一瞥した。彼の表情に私は言葉を失った。
怒っているのに間違いはないのだが、何故か彼は傷ついた顔をしていたのだ。
……私の言葉で傷ついた? 「一緒にいない方が良い」って言葉に傷ついたの? けど、それじゃあ、色々矛盾が生じてくる。ソフィアのことを好きなニースが私のその言葉に傷つくとは思えない。いや、従者に言われたからショックを受けたのかもしれない。私達は一応信頼し合っている関係だ。
「俺は一緒にいたい人間といる」
それだけ言ってニースも去って行った。
いつも読んで下さり誠に有難う御座います。
感想を頂けて本当に嬉しいです。読んでいて幸せな気分になれます。本当に有難う御座います!




