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 瀬をはやみ岩にせかるる滝川のわれても末に逢はむとぞ思ふ。

 ふとこの百人一首を思い出した。川の浅瀬の流れは速いから岩にせき止められ水の流れが二つに分かれるが、また一つにになれるように、愛しいあなたと今は離れていてもいつかまた一緒になれると思っている。みたいな意味だ。

 どうしてこれが急に浮かんだんだろう。まさか何かの前兆……? いや、魔女でも流石にそんな能力はないか。

 この歌の作者、崇徳院のことを別に考えていたわけじゃないし。そう言えば、崇徳院は鳥羽天皇の第一皇子だったはず……。まぁ、今は全然関係ないけど。

 そんなことを朝からボーっと考えていたら、コンコンッと扉の叩く音が聞こえた。

「なあにぃ~」

「お嬢様……、大変です」

 リディアが眉間に皺を寄せながら部屋に入ってきた。顔がこわばっている。

 朝からどうした、そんな深刻な顔して。

「グラント様の従妹のサーディー様が行方不明なんです!」

 グラントの従妹サーディー……、誰だろう。イランの大詩人サーディーなら知っている、男だけど。代表作は薔薇園と果樹園。園系が好きだったんだろうな。……園系ってなんだ。自分で言ったのに分からなくなってきた。まぁ、朝だし頭が回転しないのは仕方ない。

「リル様! 聞いていますか? 一大事ですよ!」

 聞いてるけど、居場所の分からない彼女を連れ戻すことも出来ない。私に出来ることなんてないだろう。

「今から皆様で探すみたいです」

「皆様ってぇ誰ぇ~?」

「ソフィア様達です」

 リディアの口調が段々落ち着いてきた。

 ソフィアの立案だろう、サーディーを探すって言い出したのは。その案に皆が乗っかった。 

 私は心の中で大きくため息をついた。これは私も巻き込まれるパターンだ。最近ようやく平和な日々が続いていると思っていたのに……。

「リル、いるか?」

 扉越しにニースの声が聞こえた。

 まずい。このまま入って来られたら、私のパジャマ姿を晒すことになる。それだけは勘弁だ。

「いるよぉ~! けどちょっとだけ待ってねっ! リルもね、今すぐニースに会いたいんだけど、今着替えている最中なんだぁ~~」

 折角、声を張って言ったのにニースは無反応。無視されるのはいつものことだけど。

 私は急いで着替えた。ツインテールにリボン、フリフリのドレス……、やめたいけどやめれない。これが私の選んだ道だ。選択を誤ったのかもしれない。

「ニースっ! 入ってきてもいいよぉ~!!」

 ガチャ、と扉が開く。今日も今日とて格好いいニース様の登場だ。

 リディアを部屋から出せ、ニースの瞳が私にそう言っている。

「リディア~、ニースと二人きりになりたいからぁ~、あのぉ~」

 私は体をもじもじさせながら言った。ニースの目の前でこの演技は本当に精神的にきつい。

「かしこまりました」

 リディアはため息を小さくついて、そう言った。

 早くどうしてそんな演技をしているのか教えろ、という雰囲気をリディアは醸し出す。私にずっと仕えていて信用されていない、そのことが彼女にとって一番引っかかるところなのだろう。……けど、今回のことは私の命に関わることなのだ。念には念を入れなければならない。

「サーディーがいなくなった」

 リディアが出て行ってからニースは口を開いた。

「それで?」

「無関心か?」

「……行方不明の理由を考えたら、ほぼ誘拐はあり得ない。貴族のお嬢様への警護がそこまで緩いとは思わない。ということは、彼女は自らの意志でいなくなった可能性が高い」

「そうだ。それが問題だ」

 私の言葉にニースが即答した。最初から誘拐ということは想定されていなかったみたいだ。

「ほっといてあげないの?」

「ハメット家の名を汚すようなことは許さない。サーディーの捜索をする際に彼女の父親が言った言葉だ」

「娘より家名ってわけね」

 ニースは何も言わなかった。私は思わずため息をついた。やっぱり貴族の世界は面倒くさい。

「彼女がいなくなった原因も分からないの?」

「ああ。だが、一つだけ考えられるとしたら」

「男か」

「……そうだ」

 言い方が他にもあるだろう、みたいな顔を一瞬されたが無視しておこう。一応令嬢だけど、もう素はニースにばれているんだし、今更喋り方を変えようとは思わない。

「度胸あるね」

 駆け落ちするために家を捨てた。ちゃらいグラントとは違うってことか。あ、今のはちょっと失礼だね。ごめん、グラント。

「度胸は良いが、立場的に考えて行動するべきだ」

 まぁ、確かにそれも一理ある。駆け落ちしなければならないってことは相手は平民かな。

「で、私にどうしろと?」

 私はあえて口の端を上げながらニースに聞いた。可愛くて甘々の見た目の私からは想像も出来ない口調と表情だろう。

「そうだな、まずは彼女に関心をもってもらうか」

 ニースはニヤリと笑い、私に一枚の写真を差し出した。

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