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「今、何か言わなかった?」

 ソフィアは私を少し怪しげに見ながらそう言った。

「何を~? 何にも言ってないよぉ」

 高速で瞬きをしながら私はソフィアを見つめた。

 ソフィアからじゃなくて周りからの視線が痛い。けど、今はこのキャラを皆に浸透させないといけない。

「でも、何か言ったような」

「えええ!? 何か聞こえたのぉ? リル、こ、わ、い~」

 そう言いながら私はソフィアの腕を両手で掴み、口を尖らせた。

 ……上腕三頭筋より上腕二頭筋の方が硬い。

 私はソフィアの腕を掴みながらそんな事を考えた。

「空耳かな」

「うん! それは絶対に空耳だよぉ! じゃないとぉ、私、震えちゃ~う」

 私はソフィアを上目遣いで見ながらそう言った。

「勝手に震えとけ」

 ウィクリフは私を気持ち悪いものでも見るかのとうな目で見ながら呟いた。

 ……恐怖による震えって情動性自律反応だっけ? 

 それにしても、怖がっている女に対して掛ける言葉にしては結構酷いな。

 私がソフィアならもっと優しい言葉を掛けてくれただろう。

「酷いよぉ~。それならウィクリフ様が私を守ってくださぁい」

 私はそう言って目に力を入れながらウィクリフを見た。

 上目遣いはぶりっ子の基礎だ。これから私にとって馴染みのあるものになるだろう。

 私の言葉にウィクリフは怒るというより引いている。

「とりあえず、教室に行こう」

 そう言って、グラントは助け舟を出した。

「ああ、行こう」

 ウィクリフは私から離れるようにして校舎の方へ歩き出した。

 私は行きたくない。何故なら、この人達と同じ教室なのだ。

 正直、ぶりっ子よりも馬鹿を演じる方が難しい。

「リル? 来ないの?」

 ソフィアが振り返って私にそう言った。

 いつの間にウィクリフの隣にいるのだろう。

「リル?」

「行くよぉ~」

 私はそう言いながら目の横でピースをした。

 その時、ふとニースと目が合った。

 探るような目で私をじっと見ている。

 ……まずい。彼はかなり賢く勘も良いから、さっきの私の言葉を聞いていたら何の事か分かったかもしれない。

「ニース、どうしたの?」

 十六歳なのに女の子みたいに高い声でリマがニースを見ながら聞いた。

「いや、何も」

 そう言ってニースは私から目を逸らした。

 ばれているのかばれていないか分からない。とにかく彼は要注意しなければ。

 彼の前では決して気を抜かずにいよう。

 

 私達の担任の先生は若い男性だ。黒い目に灰色の髪、エイリアンみたいだ。顔は普通に人間だけど。

 熱く勢いのある体育教師みたいな男だ。人望もあるし、いい先生だ。

 名前はミルズ・アラリック。ミルズ先生ではなくアラリック先生と言われている。

 アラリックと言えば、私の中では410年にローマ市内に侵略し略奪を行った西ゴート人のアラリック王しか出てこない。

 

「リル! 聞いているか?」

 アラリック先生の声が私の耳の中で爆発音のように響いた。

 アラリック王の事を考えていて全く授業の話を聞いてなかった。

 私はアラリック先生の方をちらりと向いて満面の笑みを浮かべた。

「俺の話を聞いていたか?」

「聞いてなかったですぅ」

 私は少し頬を膨らませながらそう言った。

 アラリック先生は目を丸くして固まった。まぁ、ここまでは想定内。

 最初は誰でも私の変化に驚くだろう。……そのうち慣れてくるだろう。

「どうしたんだ……?」

「何がですかぁ?」

 アラリック先生は戸惑いながら教室を見渡す。

 ソフィアに目を向けるが、ソフィアも私にも分からないという表情を浮かべた。

 双子といえども今の私の行動は流石に理解出来ないだろう。

「これからはきちんと話を聞いておくように」

 アラリック先生は私にそう言って私の席から離れた。……逃げたと言った方がいいかな。

「蛍の光は」

 蛍にとってコミュニケーションをとるための手段。

「他の蛍達と意思疎通するための手段だ」

 アラリック先生が声を張りながらそう言った。

 蛍の光はルシフェリンという発光する物質とルシフェラーゼという発光するのを助ける酵素が体の中の酸素と反応して光を出しているんだよね。

「蛍の光は熱くない。それが何故か分かる人は?」

 アラリック先生は教室全体に声を響かせながら皆に質問した。

 ルシフェラーゼは体内で作り出すもので、化学反応を効率よく進めるためのタンパク質だから熱くなるはずがない。何を聞いているんだ、この先生は。

「お? 皆、分からないか? リルは?」

 アラリック先生は突然私の名前を呼び、私の方を見た。

 どうして私に聞くの? ソフィアの方が賢いのに……。

 どのくらい難しい問題なのか私で試してからソフィアに答えさせようとしているとか?

「分かりませぇん~。てへ」

 そう言って私は頭をコツンと拳で軽く叩き、首を小さく傾げて舌を出した。

「これは難しいからな。……ソフィアはどうだ?」

 アラリック先生は私の行動にかなり引いていたが、そのまま話を続けた。

 やっぱりソフィアを当てた。という事は、アラリック先生もソフィアが好きなのか?

 でも、アラリック先生は攻略対象ではないはず。……ヒロインは誰からも好かれるタイプなのか。

 ソフィアはさっき私が考えていた事を声に出して答えた。

「凄いな、ソフィア! これが分かるなんて」

 アラリック先生は嬉しそうにそう言った。他の生徒達からも感嘆の声が上がる。

 どうやらアラリック先生のおかげで私は上手くソフィアの引き立て役になっているみたい。

 優等生ってまさにソフィアみたいな子の事を言うのだろう。

「リルに分かるわけないだろ」

 バイロンの声が微かに聞こえた。

 その眼鏡をへし折ってやろうか? なんて思ってはいけない。私は今、馬鹿なのだ。

「なんて事言うのよ、リルに失礼よ」

 ソフィアは小さな声でそう言った。

 ソフィアは私の斜め後ろの席だ。嫌でも聞こえる。

 私に気を遣って出来るだけ小さな声で言ったのだろうけど、ばっちり聞こえている。

 

 ソフィアは誰もが驚くほどの妹思いだ。

 私は今まで最低な事をソフィアにしてきたのに彼女は私を庇い続けてくれた。本当に優しい。

 世の中の人が全員ソフィアだったら平和になると思えるぐらい優しい。

 私もソフィアが好きだ。今までの償いとして彼女の引き立て役として精一杯頑張ろうと思う。

 けど、馬鹿にされるのはやっぱり少し腹が立つ。


「今日はここまでだ~」

 アラリック先生が教科書を閉じながら声を教室に響かせた。

 ……やっと授業が終わった。とりあえず、一人になりたい。

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