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「子供たちを地下に閉じ込めて何をするつもりだ?」
「一家心中とかじゃない?」
どうしてリルはそんなに冷静なんだ。焦るということを知らないのか? それにレイチェルは生きている。いや、でも魔女だと分かっているのなら、どのみち彼女を殺さなければならない。……だが、レイチェルは子どもだ。
「レイチェルがこの先、生きていても必ず殺されます。それに、私も魔女だと知られてしまっては生きていくことは出来ない。そうでしょう?」
俺は言い返すことが出来なかった。ちらちとリルの方を見た。もし彼女が魔女なら何らかの感情が顔に出るはずだ。
……表情を少しも変えない。これも演技か? いや、もしかしたらリルは魔女じゃないかもしれない。双子の片割れが魔女だということは彼女が適当に呟いた出鱈目かもしれないし、俺の聞き間違いかもしれない。
「魔女が魔女を殺せない理由は?」
緊迫とした空気の中でリルの声が響いた。
「それが気になりますか? リル様は双子ですものね。あの変な演技もそのためですか?」
マリアは含みのある笑顔でリルの方を見た。リルはその表情に怯えることもなく、むしろ口の端を軽く上げてニヤリと笑った。
「私は研究者なの。だから情報が欲しいの」
「何の研究をなさっているのですか?」
「あらゆる魔法について。特に魔女に関しては深く研究している」
「……そうですか。まぁ、いいでしょう。真相を教えます」
そう言って、マリアは軋む床のところまで歩いてきた。俺たちと彼女の距離が一気に近くなった。リルは少し後退った。マリアは軋む床の上に軽く手をかざした。すると、床が小さくカタカタと動き出し、外れた。ボロボロの床の一部が宙に浮かんでいる。床の下からする強烈な異臭が俺の鼻を襲った。
この匂いはなんだ? ……気がおかしくなりそうだ。これが死臭というものか。
「男性だけが魔法を使える世界なんて、理不尽ですよね」
マリアはリルに向かってそう言った。
「そういう世界なんだから、しょうがない」
リルは落ち着いた様子でそう答えた。マリアは外した床を大事そうに抱きかかえ、下へと降りる。俺たちはそのあとについて行った。この悪臭に我慢しながら階段を下りた。
「マリアは子どもを愛していた」
リルが独り言のように呟いた。
腐りかけても今までずっと残していた床……。大事に残していたのだ。なら、どうして……。
「レイナを殺した理由は何だ?」
マリアが階段を下りるのを止めた。彼女がどういう表情をしているのか分からない。ただ、何故か言ってはいけないようなことを言ってしまった気がした。
「私は魔女です。それは私の夫も知っていました。だからこそ、子ども達を逃がそうと、森へ……」
声が微かに震えているのが分かった。
子どもを守るために森へ置き去りにした。そういうことか……。
「私の所へ戻って来ぬよう、酷い母親になりました。娘たちを虐めて、罵声を浴びせました」
「けど、彼女達は家に戻ってきた」
「はい。戻ってきた娘達を見て、私は焦りました。ですが、同時に嬉しかったのです。あんなに酷いことをしていたのに彼女達が私の所へ帰ってきたことが嬉しかったのです」
「……その時に、一家心中しようとしたのね」
彼女は俺たちの方を振り向いた。彼女の瞳からは大量の涙がとめどなく流れていた。
「夫も賛成しました。そしてまず、先に子供達を見送ってから死のうと。私達がどれだけ惨いことをしたのかこの目に焼き付けて死のうと思いました」
「火あぶり?」
リルの言葉にマリアはゆっくりと頷く。
「レイナから殺した。そして、それを見たレイチェルは必死に抵抗した。レイチェルは魔法を使い逃げ出そうとした。その時に、貴女は初めてレイチェルも魔女だということに気付いた」
リルは淡々と顔色を変えずに話す。
……どうしてそんなにも冷静にこんな残酷な話が出来るんだ。
「レイチェルの魔法に邪魔をされて、レイナを最後まで焼くことは出来なかった。だから、この部屋、こんな臭いがするんでしょう?」
「……なんでもお見通しですか。リル様の想像力は聡明で素晴らしいですね。……ですが、本当の真実はもっと残酷で惨いものですよ」
「どういうこと?」
リルは眉間に皺を寄せた。
「魔女は魔女を殺すことは可能です。私がレイチェルを殺せなかったのは、レイナを殺し、レイチェルも殺そうとしたときに彼女は必死に抗いました。腕に大きな火傷を負って、死にたくない、と叫び、魔法で火を消しました。レイナを完全に焼死させることは出来ませんでした」
「だからここに閉じ込めたのか?」
「常に自分のしたことを自覚するためです」
マリアは俺をしっかりと見つめながらそう言った。彼女の口元は小さく震えていた。
「私はレイチェルと生きることを選びました。しかし、それももう限界でした。レイチェルは私に怯えながら生活しているし、夫もほとんど話さなくなり、これ以上生きている意味を見出せなくなりました。そして……、もう一度死のうと決意しました」
一生隠し通すことも出来たはずなのに、自分の罪に圧迫されたのか。
魔女は殺される。殺されなかった前例がない。
「どうして私達を呼んだの?」
マリアは小さく笑って、俺たちに背を向けて階段を下り始めた。眠っているレイチェルの隣には黒い布に巻かれた「何か」があった。その「何か」は容易に想像できた。俺はその場で吐きそうになった。
リルはずっと眉間に皺を寄せている。彼女を今すぐここから連れ出したいという衝動に駆られた。これ以上、この場にいさせたくはなかった。
レイチェルと……レイナの隣にはマリアの夫が立っていた。もう覚悟した表情をしている。
マリアは娘たちそばに立ち、俺たちの方に振り向いた。穏やかな表情をしていた。もう全てが終わることへ安心しているみたいだ。
「私達がこの世界にいたということを誰かに知ってもらいたかったからです」
俺達をここに呼んだ理由……。
「今からこの家を燃やします。早く逃げて下さい。……お友達は先ほど私の魔法で家の外へ転移しましたからご安心ください」
マリアは続けてそう言った。
全部彼女の計画通りか。……俺はこのままこの家族を皆殺しにするのか? 魔女に何の害があるのだ? 彼女達はただ生きたかっただけだ。なんて不条理な世の中なのだろう。
……リルが前に言った通り、ルールは守るためにある。例外はない。




