21
見つかるわけにはいかない。お願い、神様、助けて下さい。……って神頼みはやめよう。待っていてもしょうがない。自力で何とかしなければ。いらないことで悩んでいる暇はない。要領よくいかないと。
私は目を瞑り、この小屋の外を思い浮かべた。転移魔法……使えるかな? いや、でもここ魔法を使えば私が魔女だということがバレてしまう。
足音がどんどん大きくなる。すぐそこまで来ているようだ。私を抱いているニースの腕の力が強くなるのを感じる。
コツッ、コツッ、コツッ、コツッ、コツッ…………。
こんな時に限ってなにも思い浮かばないなんて、今まで何のために勉強してきたのよ。
……あれ? 玄関からここに来ているんだよね? その割には歩数が多いような気がする。そんなにこの家って大きかったっけ? 三十代の女性の歩幅が約六十センチ、男性が約七十センチだとすると、六十五センチで考えよう。足音が八十七回、65×87は5655だから……、玄関からここまでの長さが約五十七メートルになる。……それはあり得ない。いくら何でも長すぎる。それにどうして、足音が近づいているのに、私達のところにまだ到達していないんだろう。
「……嘘、まさかそういうこと?」
私は真実に身震いした。
レイチェルの父親は今まで私達に一度も言葉を発さなかった。あの軋んだ床、四つの椅子、尋常じゃない多さの足音……、そして童話と一緒に並べられたあの異質な本。
「おい、どうしたんだ」
ニースが小声で私に聞いた。
私はニースの言葉を無視して彼の腕をほどき、足音の方へ足を進めた。
「おい、行くな」
ニースが私の腕を掴んだ。彼の言葉が廊下に響いた。それと同時に足音が止まった。
……まずい、来る。
「な~にしてるのですか?」
いきなり目の前に来ると想像していた顔が飛び出してきた。一体どんな身体能力なんだ。
……やっぱりレイチェルの母親だったか。彼女は私達を凝視している。
「ちょっと冒険してみたいなってぇ思ったのぉ。起こしたのならごめんなさい」
私は眉を下げながら唇をキュッとしめて『ザ・ぶりっ子反省顔』を作った。彼女の視線がニースの方へ移った。
「ニース様は?」
「私、一人じゃ怖くってぇ……、だからッ! ニースに来てもらったの! ニースは悪くないのッ!」
胸元あたりに両手で拳を作り、必死に訴えた。勿論、頭を横に振りながら訴えた。私は、躍動感というものを大切にしているぶりっ子だからね。
そして、このまま私をただの馬鹿だと認識してもらえるのが一番ベストな方法だ。
「そうですの。ですが、もう遅いのでお休みになられた方がいいですわ」
レイチェルの母親は笑顔でそう言った。その笑顔が酷く不気味だ。
「でもぉ、リル、もうちょっとだけ起きていたいのぉ」
最後に少しねばってみよう。もう少しこの家を調査したい。
私は体をくねくねしながら猫撫で声でそう言った。
「……家の中でなく、外を少しお散歩なさっては?」
「わぁ! それがいい! 有難うぅぅ! リル本当に嬉しいなッ。今ね、とっってもハッピーだよぉ」
ちょっとやり過ぎたかなと思うぐらい声を出してしまった。これを自然に見せるのがニースの役割なのに何をしているんだ。私は笑顔を崩さないままニースの足を踏んだ。
「……ッ」
「ね? ニースもハッピーだよねぇ? ほら一緒にハッピーって言おうよぉ!」
私はニースの方を振り向いて、目で必死に訴えた。幸いレイチェルの母親に顔を見られない角度だったから思いっきり真顔でニースに訴えることが出来た。
「……うるさい。そろそろ寝るぞ。迷惑かけるな」
「ひっどーーい! なんでよぉ。ニースのこと好きなのにぃ~。一緒に散歩したいのにぃ~!」
「俺が好きなのは……」
あれ? 何その表情? 好きなのはソフィアでしょ?
ニースは急に固まった。その表情は演技じゃないと直感的に分かった。
「ニースぅ?」
「え、ああ。俺が好きなのはソフィアだ」
自分に言い聞かせているようにニースはそう言った。
うん、力強い言葉だ。ニースがソフィアに惚れていることはレイチェルの母親も勘で分かっているだろう。彼女は聡い女だ。それくらいのことは勘づいているはずだ。まぁ、まずニースみたいな人が私なんかに惚れるわけないってことは子どもでも分かる。
「本当に元気ですね。良いことですわ」
レイチェルの母親は笑顔のままそう言った。皮肉さを感じさせないのが逆に不自然だ。
「私はもう寝ますわ。おやすみなさい」
「おやすみなさぁ~い~」
私はそう言って、手を大きく振った。ニースはじっとレイチェルの母親の背中を厳しく鋭い目で見つめている。
彼女は廊下の暗闇へと消えて行き、彼女の足音だけがずっと響いていた。




