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「お邪魔しまぁ~すぅ」

 レイチェルの両親は快く私達を家に招待してくれた。貴族が来て驚いていたのか、とても手厚く歓迎してくれた。そして、とても優しそうなご両親だ。レイチェルを殴っているとは考えられない。

「お嬢様方には大変汚らしい所だと思われますがどうかくつろいで行って下さい」

 レイチェルの母は少し申し訳なさそうに微笑みながらそう言った。

「どうも有難う」

 ソフィアも彼女に笑顔で返答した。

 人間関係のことはソフィアに任せておいて、私はレイチェルのことについてもっと詳しく調べよう。

 こじんまりとした家だが、心地の良い空気が流れている。風通しの良い窓……、私は窓の方へ近づいた。

 床は窓際のところだけ軋んでいる。雨で木が腐ったか。腐朽菌が発生してずいぶん経っている。どうしてそのままにしているのだろう。

 けど、最も気になるのは……、四つの椅子。こんな誰も来ない所でわざわざ客人用の椅子があるのか。それともこの三人以外にも誰かいるのか。

「何か分かったか?」

「いや、何も分からないな。ここの家族は童話が好きなんだな」

「確かに、本棚が童話で埋め尽くされているな」

「……あれ? これだけなんだか種類が違う」

「ジョリー・バイロン様、ハメット・グラント様、本日のお部屋はこちらでよろしいでしょうか」

 彼らの会話を中断するように入った? なんだか全て疑ってしまう。

 レイチェルの母親はそのままバイロンとグラントを連れて違う部屋へ行ってしまった。

 私は本棚の方にゆっくりと足を進めた。

 本当に童話ばかりだ。お姫様の物語が多い。英雄、動物、魔法……。これはレイチェルの本なのかな?

 順番に見ていくと、真ん中の段の右端になにか雰囲気の違う本があった。さっきグラントが言っていた本ってこれ? 私はそっと手を伸ばした。

「リル様」

 低く鋭い声が耳元で聞こえた。本棚に置かれていた小さな鏡越しで彼女の顔を見た。

 背中に悪寒が走った。鳥肌がぶわっと全身に立つ。目を見開いて、真顔で私を覗き込む顔がある。

「何をしていらっしゃるのですか?」

 体が動かない。動かないじゃない、無理やりにでも動かせ。落ち着け私、こういう時こそ何か考えごとをしよう。……恐怖が原因での汗はわきの下にしかないアポクリン腺から分泌される。

 よし、少し冷静になった。大丈夫だ、私。

「ん~っとね、久しぶりに見た本があったから懐かしいなぁっと思ったのぉ」

 私はお尻の少し上の方で両手を繋ぎ、体をくねくねさせながら答えた。

 レイチェルの母親は一瞬固まったがすぐに笑顔になって、優しい口調で話した。

「あら、そうなのですね。お食事の用意が出来たので」

「お食事!? やったぁ! もう、お腹ぺっこぺっこだったの」

 彼女の言葉に自分の言葉を被せるように答えた。一刻も早く二人きりのこの空気から抜け出したかった。息がしづらい。

「あらあら、リル様は可愛らしいですわね」

「ん? そうかなぁ? そうでもないよぉ」

「いえ、本当に可愛らしいですわ。純粋で、……本当に可愛らしいですわ」

 最後の言葉で彼女の口調が変わったのが分かった。恐ろしい口調とはこういうことをいうのかもしれない。私は気にしない素振りで彼女と食卓に向かった。


 外の空気を吸いたい。私はふと目が覚めた。

 私達は一晩レイチェルの家に泊まらせてもらった。レイチェルの母親が提案してくれたのだ。優しいのか裏があるのか、その辺のことはよく分からないが。

 私は横で無邪気に寝ているソフィアの顔を眺めた。……ソフィアも馬鹿じゃないけど、今回のことに関してはレイチェルの母親が黒幕だってことには気づいていないみたいだ。

 私は直感的にレイチェルの母親が恐ろしいということに気付いた。……なんでだろう。私も魔女だから?

 もう皆が寝たのを見計らって私はソフィアを起こさないようにそっと部屋を出た。

 玄関の方、光がついている? 

 私はゆっくり息を殺してゆっくりと足音を忍ばせながら玄関の方に近づいた。

「んッッ」

 突然、後ろから誰かに口元を覆われた。

 誰!? まだ死にたくない。私は必死に抵抗してもがく。

「俺だ」

 耳元で聞き覚えのある声がした。それにこの匂いは……、私はチラリと後ろを振り向いた。

 ニース? ここで何をしているの? もしかして、私を殺す計画……なわけないか。

「何をしているんだ?」

 私が聞く前にニースが私にそう言った。

「私はただ玄関の方に」

「行くな。部屋に戻ってろ」

「でも」

「俺の言うことを聞くんだろ?」

 そうだけど、それとこれとはまた別じゃん。私はちょっとムッとした。

 ……そういえば、レイチェルの父親は何をしているのだろう。そんな疑問が突然脳裏をよぎった。

「早く部屋に戻れ」

「断る権利は」

「ない」

 即答だった。別に邪魔していないのだからいいじゃないか。私はそんなことを思いながら玄関の光の方を見た。

 暗闇の中の光って結構眩しものだな。やっぱりそう思ったら目というものは凄い。目の中に入る光を調節する為に、虹彩は伸びたり縮んだりして瞳孔の大きさを変える。こんなにも優秀な機能を備え付けているなんて、目を尊敬する。

「リル、隠れろ。誰か来る」

 私はそのままニースの腕に抱かれて壁の方に身を隠した。彼の吐息が耳の後ろから小さく聞こえた。

 なに、この至近距離。彼のぬくもりが伝わる。身体が熱い。心臓が叫び声を上げている。

 体温ってこんなにも高かったっけ? 緊張しているのは私だけなのかな。 

 怖さよりもニースとの距離感へのドキドキで心臓がつぶれそうだった。

 コツッ、コツッ、コツッ、足音がゆっくりと私達の方に近づいてくる。私は息を止めた。

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