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 ついに学園に足を運んでしまった。まぁ、毎日来ているが今日は前世の記憶を思い出してから初めて来た。

 本当は学園に行くのが無茶苦茶嫌だ。どうにかしてソフィアの攻略対象と会わずに生きていく方法はないのだろうか。

 ……ない。貴族である限り私は絶対に学園に通わないといけない。

 どうして十六歳なんて取り返しのつかない歳で前世の記憶なんて思い出してしまったのだろう。

 いっそこと一生思い出さない方が良かったかもしれない。

 だが、死ぬのは勘弁して欲しい。もしや死亡フラグを回避するために思い出したのか?

 ……だとしたらもっと早く記憶が戻るはずだ。

 何のきっかけもなくいきなり記憶が戻ったのは本当に偶然だったのだろうか。


 私はゆっくりと空を見上げた。

 小さな雲がまばらにある。……高積雲だ。氷晶と水滴からなる雲……ひつじ雲とも言うんだっけ?

 正直、雲一つない晴天を見たかった。こんな空を見たら心も曇ってしまう。

 今から私はソフィアの攻略対象と会うのだ。気を引き締めないと。

「リル、早く~」

 ソフィアが私の少し前で振り返りそう言った。

 桃色の髪が太陽に反射して薄く輝いている。……ヒロインはお天道様にも愛されているのか。

 地球の約三十三万倍の質量の燃えている球を味方につけるとは流石だ。

「今行くよぉ~」

 私は喉を絞って変な高い声を出して体をくねくねさせながらソフィアの元へ走った。

 ぶりっ子を徹底的に演じるため、今日は毛先を巻いてツインテールだ。まさかツインテールをする日が来るとは思わなかった。顔が可愛いからまだ許せるが、前世の顔だったら殺されていたかもしれない。

 

 ソフィアはやっぱり私の事は少し訝し気に見ているが、そのうち慣れてくるだろう。

 前世の記憶を思い出すまでの私が彼女にした事を振り返るのはやめておく。

 ……今のキャラよりも最悪だからだ。出来れば十六年間丸ごと消し去りたい。 


「あっ! 皆~! おはよう!」

 そう言ってソフィアは急に駆け足で行ってしまった。

 ソフィアが向かう先は……人間の塊?

 キラキラ王子達が大勢の女子達に囲まれている。

 ああ、黄色い声がうるさい。明日から耳栓をして登校しよう。

 五人の王子達は国宝レベルの美形だ。一昔前だったら全員崇め奉られているだろう。

 彼らに触れられたらご利益があるという噂があっても不思議ではない。叫ばれるより拝まれる方が彼らに合っているような気がする。

 でも、実際に王子なのはあの真ん中の金髪君だけだけど……。

 金髪に青い目ってまさに王子の象徴って感じだ。

 コリンズ・ウィクリフ、結構格好良い名前だ。名前まで王子らしい。

 ウィクリフ……イギリス最古の大学オックスフォード大学神学教授で宗教改革の先駆者。ラテン語の聖書を英訳した。昔中間テストに彼が出たのをよく覚えている。まぁ、王子様とは全く関係のない話だけど。

 

 彼の右隣にいる生真面目そうな縁なし眼鏡をかけているのがジョリー・バイロン。いかにもインテリっていう名前。彼の紫色の髪に橙色の瞳が気品を感じさせる。バイロンって名前が結構好きだ。イギリスのロマン派詩人、チャイルド=ハロルドの遍歴で名声を獲得、ギリシア独立戦争に参加したが病死……これは言わない方がいいね。

 私の目の前にいるバイロンはまだ生きている。女の子に囲まれながらだけど。

 

 さらにバイロンの右隣りにいるのは長いウェーブのかかった赤髪を一つにまとめているちゃらそうな男。女の子にウインクしまくっているんだから、ちゃらいって決めても別にいいだろう。

 焦げ茶色には沢山の女の子が映っているみたいだし。

 彼の名前はハメット・グラント。私から見ればグラントって名前が似合わない。

 グラントはアメリカの軍人であり政治家だ。1861年から1865年南北戦争の総司令官となり勝利を導いた。後に第十八代大統領になった。この世界のバイロンとは正反対の人間だと思う。


 そしてウィクリフの左隣にいるのがカミンスキー・リマ。小柄で癖毛の黄緑色の髪にくりっと丸い深緑色の瞳。女の子みたい。リマって私の名前に少し似ている。けどリマの方が断然私的には良いけど。

 私の名前は私の持っている知識では何にも結びつかない。

 けど、彼の名前は有名人の名前じゃないが、ペルーの首都と同じ名前だ。他の人に比べたら名前の内容が……薄い。きっとこの乙女ゲームの製作者は適当に名前を付けたのだろう。

 強いて言うなら1535年にインカ帝国を倒したピサロが建設したって事ぐらいかな。

 

 最後に一番左端にいるの骨格のいい男の名前はダンスト・ニース。彼だけが肌の色が皆と違う。日に焼けたような小麦肌。黒髪に黄色の瞳……なんだかライオンみたいだ。

 そして彼は貴族ではない。異国の血が流れているらしい。ダンスト家は代々王家に仕える騎士一族だ。ニースもその一人、ウィクリフに仕えている騎士だ。彼を一言でいえば優秀。

 身体能力が非常に高く、賢い。……王家に仕えている者は王子より優秀なのかもしれない。

 ニースの名前も地名だ。私の知識の中ではニースという名前は最も薄い。

 ニースは地中海沿いのイタリア西部の地域。1860年フランスに割譲された……これぐらいしか分からない。前世でもっと勉強しておけば良かった。前世の知識がここで通じるとは思わないけど。


 とにかくこの五人が私の姉ソフィアの攻略対象だ。

 なんだか今まで毎日のように顔を見てきたのにまるで今日初めて会ったような感じがする。

 私は彼らに嫌われているから出来るだけ関わりたくない。

 とりあえず、今は彼らの様子を観察しておこう。

 

「ソフィア!」

 ソフィアが現れた瞬間、ウィクリフの表情がぱっと輝いた。

 ……これは完全にソフィアに落ちているな。

 ヒロインが成功したという事は私は上手く悪役令嬢になれたって事だ。悪役令嬢はヒロインを引き立てる事が役目だ。

 ソフィアが来た瞬間、五人とも嬉しそうな表情を浮かべた。

 誰もがソフィアに優しい眼差しを向けている。……愛おしい女を見る目。

 私があの輪に入れるわけがない。

「リル!」

 ソフィアが私に向かってそう叫んだ。

 ……呼ばないで欲しい。勝手かもしれないけど、今の私は全くその五人に興味がない。

 もうソフィアの邪魔はしないから私をそっとしておいて欲しい。

「なぁ、ソフィア、どうしてあいつあんな髪型してるんだ?」

 ウィクリフはソフィアに抱きつきながらそう言った。

 ソフィアがウィクリフと結婚したらソフィアは王妃だよね?

 ソフィアが王妃になってくれたら私はきっと殺されない……と思いたい。

「リル?」

 ソフィアが少し首を傾げて私の事を不思議そうに見る。

 ……まずい。ぶりっ子演技を発動しなければ。

「なぁに~?」

 私は最高に甘い声を出しながら、両拳を顎に当てながらソフィア達の方へ向かった。

 全員顔が引きつっている。痛い目で見られるのは分かっていたが、結構きつい。

「ついに頭おかしくなったか」

 バイロンは私を奇妙な生物でも見るようにしてそう言った。

 頭が良くなったと言って欲しい。

 確かに昨日までの私の学校での成績は見るに堪えなかったけど……。

「おかしくなんかなっていないよぉ~」

 私は頬を膨らませてバイロンの腕を指先で突いた。

 今にも吐きそうな顔をしている。そんなに私が嫌いか。

「もうっ! そんな顔しないでぇ~」

 そう言って私は自分の手を腰に当てて口を膨らます。

 私の黒歴史がどんどん増えていく。

「気持ち悪い」

 バイロンが私の顔を見ながらそう言った。 

 ……失礼だな。確かに気持ちは分かるけど、それを口に出さなくてもいいだろう。

 まぁ、それが当たり前の反応か。ソフィアの反応がおかしかったんだ。

「わぁ、花壇に花が植えられている!」

 急にソフィアが下を見ながら明るい口調でそう言った。

 私も花壇の方に目を向けた。……マリーゴールドだ。全部マリーゴールドだ。オレンジ色と黄色だけ。

 違う花を足して色鮮やかにすればいいのに。

「そう言えば、今日から花を植えるって言っていたな」

 そう言って、グラントがソフィアの喜ぶ様子を微笑みながら見ていた。

 モテモテだな、ソフィア。

「何本あるんだろうね」

 リマがしゃがみ込んでマリーゴールドを眺めながらそう言った。

 

 花壇の横の長さは……グラントの足の大きさがだいたい25センチぐらいだからそれの二倍だから約50センチ。良い所に立ってくれて有難う、グラント。

 縦の長さは……長すぎる。人の一般的な歩行速度は時速4キロだから……一分間に80メートル進む。

 今横を通り過ぎた黄色い帽子の男を目安にしよう。

「沢山あるから数えられないわね」

 ソフィアの声が耳に入ってくる。

「マリーゴールドの花言葉は健康、予言、下品な心、可憐な愛情、真心……沢山の意味があるのよ」

「物知りだね、ソフィア」

 少し目を見開いてリマはソフィアにそう言った。

 ちなみに、黄色のマリーゴールドの花言葉が健康、下品な心、可憐な愛情でオレンジ色のマリーゴールドの花言葉が予言、真心。他にも嫉妬、信頼、勇者、友情、絶望……とにかくマリーゴールドの花言葉は多い。それにマリーゴールドには観賞用と医療用があったはず。医療用はカレンデュラ、観賞用はフレンチマリーゴールドだっけ?


 ……だいたい一分ぐらいで黄色い帽子の男が花壇の三分の一まで行った。本当に長い花壇だ。

 とりあえず、これで縦の長さが約240メートルだという事が分かった。つまり、約24000センチ。

 マリーゴールドの花の大きさは約4センチから7センチ。平均の5・5センチだと考えよう。

「リル? まだ行かないの?」 

 横に入っているのが50÷5.5……9本。でも、花は間隔をあけながら植えるから、間隔を15センチあけるとすると、50÷20.5だと2本。

 私は花壇の方を一瞥した。……やっぱり二本だ。これは大まかな花の本数を出せるかもしれない。

 さっき花壇を見たときに二本だと数えていただろうと疑われるかもしれない。……その通り、二本だと数えていた。けど、花の本数をいかに正確に出せるかが大事だ。先に簡単な計算で二本だと本当に出るのか試してみたかった。

「ねぇ、リル? どうしたの?」

「放っておこうぜ。何か考えているんだろ。俺らはあっちで」

「だめよ! 妹なのよ?」

「本当にソフィアは優しいな」

 横は24000÷20.5……1170本。1170×2は2340。

「約2340本」

 私は小さな声で無意識にそう呟いた。

 これでようやくすっきりした。一度気になった事は最後まで考えないともやもやする。

 別に大まかな花の本数が分かった所で世界を救えるわけじゃないけど……私の心はすっきりした。

「え?」

 私の呟きにソフィアが不思議な顔で私を見る。

 その時、初めて自分の考えが口に出ていたことに気づいた。皆が私を探るような目で見る。

 ソフィアは私の近くにいたから聞こえていただけで他の人達は私の声が聞こえていたとは分からない。

 大丈夫、まだ誤魔化せる。……とぼけよう。

 それにもし私が計算した事を言ってもこれくらいの簡単な計算ならソフィアにも出来るから別に変な事をしたわけではない。

「どうかしたのぉ?」

 私はそう言ってソフィアの方をじっと見ながら少し顎を引いて首を傾げた。

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