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「虐める?」
ソフィアが眉間に皺を寄せながらそう言った。
虐める、ソフィアとは無縁の言葉だね。彼女は虐められることも、虐めることはないだろう。
……あ、私がソフィアを虐めていたんだった。
「私をぶったりしない?」
暴力も絡んでいるのか。これは結構深刻な問題になりそう。
「誰にぶたれるのぉ?」
私はレイチェルと目が合うようにしゃがんだ。
「おい、もっと言い方があるだろう」
グラントが低い声で私を睨みながら言った。皆の冷たい視線を感じる。
……けど、これが一番手っ取り早いんだよね。何か問題を解決するなら要領よくしないと。
「気になるから聞いただけだもん」
私は頬を膨らましながら答えた。こんな誰もが凍りつくような視線を向けられているのに、明るい口調で自分中心的に答える私は本当に馬鹿だと思われているかもしれない。馬鹿だと思ってくれた方がいいのだが、なんだか複雑な気分だ。
「相手側の気持ちを考えたことをあるのか」
ウィクリフが落ち着いた様子でそう言った。だが、口調が少し荒いのが分かる。
今は内輪でもめている場合じゃない。ここは素直に謝るべきかな。けど、このままだと時間がかかるし。……これまでずっとこのキャラを突き通してきたんだから、徹底的に演じてやろうじゃない。
「相手の気持ちぃ? リルはいつも言いたいことを言っているだけだよぉ」
「本物の馬鹿だな」
失礼な。まぁ、確かに自分のことを客観的に見ればそうだろうけど。
「ねぇ、レイチェルちゃん、詳しいこと教えてくれないかな。言いたくないのは分かるよ。でも、お姉ちゃん達が必ずレイチェルちゃんを守ってあげる」
わぁ、なんて輝かしい笑顔なんだろう。聖母マリア様みたい。ということは、ソフィアはイエス=キリストを産むのか。じゃあ、私は? 役割的にはイエス=キリストの処刑を命じたピラトかな? ポンテオ=ピラト、ローマ帝国第五代ユダヤ属州総督! 一度でいいから総督という役職に就いてみたいと思っていた。けど、今の私の身分なら努力すれば可能になりそうだけど……。そんなことを考える前に、まず生きることを考えなければならない。死んだら何にも出来ないからね。
「お姉ちゃん、名前は?」
「私の名前はソフィア」
「本当に私を守ってくれる?」
「ええ、約束するわ」
誰かを守ることに対して軽はずみに約束をしない方が良い。それが嘘になる日がくるかもしれない。約束には責任が伴う。特に誰かを守るとなればかなり重い責任だ。
「あのね、私、本当に魔法が使えるんだ」
レイチェルはソフィアの耳元でそう呟いた。それと同時にソフィアの目は大きく見開いた。
本当に魔女だったの!? ……これはもう助けられない。魔女は処刑される。こんな馬鹿げたルールを誰が作ったのか分からないが、今のところ法が改正されない限り処刑は決行される。
私の場合は、ソフィアに酷いことをしてきた上に魔女だったと判明したのだから処刑されるのも納得いくが、こんな小さな女の子に罪はない。
「殺すしかないな」
ニースが低い声が私達の耳に響いた。暫くの間、誰も何も言わなかった。言葉が出なかった、の方が正しいのかもしれない。
「駄目よ! 殺させない! 約束したもの。レイチェルに何の害があるの? ただの子どもよ?」
ソフィアは必死に訴えているが、誰もソフィアと目を合わそうとしない。
こんな時だけソフィアと向き合うことから逃げるの……? ちゃんと現実を教えてあげないと。
「今は子どもでもその子が大人になって魔法で人を殺めてしまったらどうするのぉ?」
私は首を傾げて、少し唇を突き出して聞いた。お馬鹿でなんでも思ったことを言ってしまうようなぶりっ子にソフィアもそろそろ腹を立てるかもしれないが、ここは私が説得しなければならない。
「人を殺めることなんてレイチェルは絶対にしない!」
レイチェルを両手で抱きしめながら、目に涙をためながらソフィアは私を睨みながらそう言った。
まるでヒロインね、……ヒロインか。こんなにも純粋潔白な言葉が似合う女の子はソフィアぐらいだ。
「この世に絶対なんてないけどね」
私は誰にも聞こえない声でそう呟いた。
「え? 今、何か言った?」
「どうして会ったばかりの女の子をそんなに信用できるのぉ? その子がどういう人間かなんて全く分からないよぉ?」
私は顔をパッと明るくして、笑顔でそう言った。
「それは……、彼女の目を見れば分かるわ」
ソフィアは落ち着いた様子で優しく強い眼差しを私に向けながらそう言った。