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……馬車の中ってこんなに気まずくなるものだっけ?
私が乗っている馬車にはニースとウィクリフとソフィアがいる。そしてもう一つの馬車にはリマとバイロンとグラントが乗っている。どうしてこんな地獄絵図みたいなメンバーになったんだろう。空気が重すぎて疲れる。話題提供者はどこかにいないかね。目的地に着くまでこの空気の中で過ごすは正直きつい。
「私達、もうすぐ誕生日ね」
ソフィアが突然沈黙を破るようにそう言った。……そうだった! 私達の誕生日は明日だ。
「そうだねっ! 私達が生まれてきたことにありがとんとんって祝わないとね!」
私は両手を合わせて感謝する振りをした。
「そうそう! 生まれてきてくれておめでとうじゃなくて、私達を産んでくれてありがとうってお母様に伝えなきゃね」
ソフィアが明るい口調でそう言った。
わお、流石ヒロインだ。考えが素晴らしい。彼女自身も輝いているし、彼女の言葉も輝いている。
「ソフィアのそういう所が好きだよ」
さらっとウィクリフはソフィアにそう言った。……ウィクリフはソフィアに完全に惚れている。なんだか、このままダメ男になりそうな勢いだ。傾城傾国の虜になって、国が滅びない事を祈ろう。
「子供を産むって大変なのよね」
「大変な思いをして産んでくれた母親に感謝だな。ソフィアが生まれてきてくれて本当に良かった」
その言葉にソフィアは顔を林檎のように赤くする。なんて初心な反応なのだろう。
「私も、ウィクリフが生まれてきてくれて本当に良かった」
なんだろう、……微笑ましいというより胸が痒くなるような会話だ。
ニースはこの二人の会話をどう思っているのだろう。ニースってソフィアの事が好きなのよね? 目の前で仲良くされるのはやはり癪に障るのでは?
「ウミガメって産卵の時に泣くのよ。なんだか素敵じゃない?」
ソフィアは目を輝かせながらそう言った。
「感動して泣くのか?」
「どうして泣くのかは私も知らないけど、感動して泣いているのなら素敵よね」
……体の中にある余計な塩分を目から出しているだけなんだけどね。まぁ、いらない事は言わないでおこう。
「何か欲しいものはあるのか? 宝石でもなんでもいいぞ」
「私は……」
「着いたぞ」
ソフィアが欲しいものを言う前にニースが外を眺めながらそう言った。
……ソフィアに対して少し冷たい? 気のせいかな。
「は~!! 長旅疲れたよぉ」
私は馬車から降りた後、腕を大きく上に伸ばしながらそう言った。
「そんなに長くなかっただろう」
バイロンが鬱陶しそうな口調でそう言う。
確かに思っていたより長くはなかった。疲れたのはきっとあの空気のせいだろう。帰りは違うメンバーで帰りたい。他の人達に罵られてもいいから、ソフィアとウィクリフとは一緒の馬車にならないようにしよう。
「ここがあの女の子がいるところぉ~?」
「結構人里から離れたところにあるのね」
……来たのは良いけど、魔女か魔女かじゃないなんてどうやって判断するんだろう。私はただ実際に会ってみたらっていう案を出しただけで、違いを見抜く方法は知らない。
「あの子じゃない?」
リマが指差した方向に真っ白い今にも消えそうな透明感のある小さな少女が日陰にポツンと立っていた。全身がブルッと震えた。白変種……。なんて美しいのだろう。その反面、少し恐い。私はその女の子を凝視した。写真で見たことはあるが、実際に自分の目で見るのは初めてだ。
「彼女が魔女じゃないって証拠を見つければいいのよね?」
「ああ。だがそれが一番難しい」
ニースがソフィアの質問に答える。
「お嬢ちゃん、名前はなんていうんだ?」
グラントが女の子に微笑みながら近づく。女の子は怯えた表情をしたまま一歩ずつ退いていく。いきなり人が来て、名前を聞いてくるなんて警戒して当たり前か。
「私の名前はリルだよぉ~! 貴方のお名前はなぁに~?」
私は顎に人差し指を当てて首を少し傾げた。
いきなりこんなキャラの人間に出会ったら怖いだろう。その怖がっている様子をソフィアが安心させるという作戦だ。ソフィアの優しさで皆が懐柔されていく。
「……私の名前は、レイチェル」
か細い、高い声が聞こえた。
あら? あっさり答えてくれた。私の計画は意味なかったみたい。レイチェル……、レイチェル・カーソン? 農薬がもたらす環境汚染による生態系の危機を警告したアメリカの海洋生物学者。確か、DDTに汚染された農村の環境の事情をフィクションを交えて訴えた「沈黙の春」の著者よね? ……やっぱり苗字はカーソンなのかしら。
「ファミリーネームはなんていうのぉ?」
「グラーツ」
全然違う。被っている文字が一つもない。
「お姉ちゃん達も私を虐めに来たの?」
弱々しい声だが、レイチェルは私達の方をじっと見ながらはっきりとそう言った。