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「ガラスってハサミで切れるよ」
「何言ってるの?」
私の言葉に友達は怪訝な表情を浮かべた。私はそんな友達の様子に構わず話を続けた。
「水の中なら切れるよ。ガラスは酸素とシリコンから構成されていて、水は酸素とシリコンの結びつきをきる事が出来る。だから水中ではハサミでガラスを切る事が出来る」
私がそう言い終えると友達はぽかんとした表情をしたまま私を見つめた。
「そしてその事をケモメカニカル効果と言う」
私は表情を変えずに友達にそう言った。相変わらず友達は私の言っている事を理解出来ていないみたいだった。
という前世の記憶を突然思い出してしまった。本当に突然、なんの前触れもなく。
……まずい。非常にまずい。
何がまずいかって? このままだと私……死んでしまう。
「リル? ちゃんと、私の話聞いている?」
私の双子の姉のソフィアが私の顔を覗きながらそう言った。ショートヘアがよく似合うな。
私達は双子だが私はロングヘアだ。共通点といえば前髪があるぐらいだ。その前髪も私の方が短いが……。
姉の名前はカーソン・ソフィア。可愛らしい名前だ。確か、ソフィア……ってビザンツ帝国最後の皇帝の姪でツァーリの称号を初めて用いたモスクワ大公イヴァン三世と結婚しそのあとも夫に助言し、政治に関与したと言われている。ちなみにツァーリはロシアにおける皇帝の称号。
……ああ、最悪だ。前世の記憶を思い出してしまったから余計な知識が脳裏をよぎる。
そう言えば、前世では天才少女とか言われていたな……。自分で自分の事を天才だと思った事はないけど。そんな事を言ったら私は間違いなく人から嫌われる。思った事をそのまま口に出すと大概嫌われるのだ。
要らない前世の情報が頭の中に沢山入ってしまった事で一番私の中で問題なのは……この世界が乙女ゲームの中だという事。ここで誤解されたくないから言っておくが、私は決して乙女ゲームを好きなわけではない。
私の友達が乙女ゲームを好きだったのだ。そしてその話を延々と聞かされていたから覚えている。
そう、私はこの乙女ゲームの中では悪役令嬢……そして死ぬ。
「リル? 難しい顔してどうしたの?」
今私に優しい表情を向けてくれているソフィア、私の双子の姉がヒロインだ。
私と同じオッドアイ……虹彩異色症だ。ソフィアはたれ目で左目が紫で右目が赤。そして私は吊り目で左目が赤で右目が紫。似ているのはそこだけだ。ソフィアは母親譲りの淡い桃色の髪の毛で私は父親譲りの透き通った金髪だ。ちなみに瞳は母親が赤色たれ目で父親がつり目で紫色。
今の説明の通り全体的に私は父親似でソフィアが母親似だ。
父親の名前はカーソン・ルーベンス。なんだかいまいちぱっとしない。
けど、ルーベンスって言ったらフランドル派の画家、バロックの絵画の巨匠、さらに外交官としても活躍した……とにかく凄い人だ。
そして母親の名前はカーソン・エル。……エルってエル=グレコから来ているのかな?
スペインのトレドで活躍した画家、ギリシアのクレタ島出身で代表作はオルガスの伯の埋葬……ってまた話が逸れちゃった。
単語で脳にある知識と無意識で結びつけてしまう。……前世の時からあるこの癖は本当にやめたいとは思っている。思っているだけでやめられないけど。
とりあえず、私のリルって名前は何の面白みもない名前だ。
まぁ、ざっと両親の事を紹介するとこんな感じ。
「リル、本当に大丈夫?」
ソフィアが私の顔を覗き込む。
……優しい姉だな。そんな姉を私は今まで虐めてきたのか。
現在私、十六歳……どうして今、前世の記憶を思い出したのだろう。
タイミング最悪過ぎて言葉を失ってしまう。
私が皆に性格が悪いともう知られている現在……どうすればいい?
落ち着け、私。ゆっくり友達が言っていた事を思い出そう。
この世界では魔法が使える……男性だけだが。その魔法は確か属性とかはなかったような気がする。
ただ魔法が使えるだけ。男性だけ使えるようにするなんて男尊女卑では?
と思うだろうが、極稀に女性でも使える人もいる。
まぁ、女性で魔法を使えてしまうとその人達は殺されるという結構残酷な終わりが待っている。
やっぱり男尊女卑かもしれない。つまり、女性で魔法が使えてしまうと魔女だと言われ死刑にされる。
せめて裁判とかしてあげればいいのに、と思う。
そう言えば、キリスト教世界で悪魔の手先と見なされた者に行われた魔女裁判ってがあったな……でもそれは男性もいたみたいだけど。
とりあえず、そんな乙女ゲームの中に私は迷い込んでしまったのだ。
話を聞いている限り怖そうに聞こえるだろう。実際……物凄く怖い。
怖そうじゃなくて物凄く怖い。なぜなら、最後に私が魔女だとばれて殺されてしまうからだ。
……そう、私は魔法が使えるみたいだ。もし私がヒロインなら攻略対象が私の事を守ってくれただろう。
だが、私は悪役令嬢だ……。攻略対象達が消したいと思っている存在だ。……本当にまずい。
絶対に魔法が使える事を他人にばれてはいけない。
なんとか馬鹿なふりをして……そうだ! ぶりっ子を演じれば良いのでは?
うざいぶりっ子ならもはや関わりたくないと思うはず。ぶりっ子で馬鹿……最高だ。
それにヒロインの姉を引き立てる事も出来る。性格が悪いのは皆に知れ渡っているし。
魔法って何? って言っているぐらいの馬鹿を演じよう。
唯一今の私の現状に満足している事と言えば顔だ。やっぱりヒロインと双子というだけあって美人だ……似てないけど。実際は親の美形遺伝子を受け継いだからだろう。
とりあえず、この顔には本当に満足している。悪役令嬢でもこんな美人に生まれ変われるなら悪くない。
「ねぇ! リル!」
ソフィアが私を見ながら声を上げた。
どうしてソフィアは私に虐められたり、嫌な事を言われてきたのに私に優しいのだろう。
やはりヒロインは寛大な心の持ち主だからか? それとも攻略対象が支えてくれるから?
賢く可愛くて優しいソフィアのためにも私が引き立て役になろう。
「ちゃんと聞いてるよぉ~」
私はわざとらしい甘い声を作ってそう言った。
勿論表情もちゃんとうざくしている。手を抜かないのが私の良い所だ。
ソフィアは一瞬顔が引きつったように見えたがすぐに微笑んだ。
「良かった」
ソフィアはそう言って私の頭を軽く撫でた。
……ヒロインの適応能力が高すぎでは? 私のぶりっ子演技に何も言わないなんて。
私はソフィアを見ながらそんな事を思った。
読んで頂き本当に有難うございます。
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