第97話 隠れ里
「ここ………は……?」
「ここは安全な場所ですよ」
「……何処か痛いところは無い?」
女の娘が目を覚ましたみたいなので、まずは同じ獣人族のアイナとエリナに声をかけてもらう。俺たちは一度外に出て、開いたままのドアから様子を見ることにする。
「あなた達は?」
「私は犬人族のアイナ」
「……猫人族のエリナ」
「私は狐人族のモミジといいます」
「詳しい話を聞く前に、私たちの仲間を紹介してもいいですか?」
モミジと名乗った女の娘が了承してくれたので、アイナたちは連れ立って簡易宿泊施設から出てきた。並んでいるメンバーを見た女の娘は、ビクリとしてアイナの後ろに隠れてしまう。
「あ、あの、人族の方がたくさんいるんですが」
「みんな私たちのことを大切にしてくれる人ばかりですから大丈夫ですよ」
「……みんな優しい」
少し怯えてしまった女の娘が落ち着くのを待って、俺たちも自己紹介をした。オーフェやヤチさんやキリエの事は明かしていないが、エルフや精霊まで一緒に居て驚いている様子だ。
「あの、皆さんはなぜこの様な場所に?」
「俺たちはこの先にあるダンジョンの調査に向かう途中だったんだ」
「私とヤチが調査をするために、この冒険者の人達に協力してもらっているの」
「そうだったんですか。この辺りは人が滅多に来ない場所なので驚きました」
ここに大勢の人がいることに納得できたのか、ホッとしたような表情で全身の力を抜いてる。モミジは13歳でここから少し離れた場所にある狐人族の隠れ里で生まれ育ち、村の守り神の世話をする特別な役割を持つ村人の1人だそうだ。そんな村に住む娘が森の中まで出てきているのだから、何か理由があるのだろう。
「それで、君はなぜあんな所に倒れていたんだい?」
「実は今、私たちの村が大変なことになっていて、なんとか助けを呼べないかと思って出てきてしまったんです。頑張って進んでいたんですが夜の森はやっぱり怖くて、少し休める場所が見つかったのでそこに入ったら、そのまま眠ってしまったみたいで……」
抱き上げて運んでも起きなかったので、緊張の糸が切れて気を失うように眠ってしまったのかもしれない。しかし、何の用意もなしに出てきたように見えるが、この娘は少し無鉄砲なところがありそうだ。
「大変な事っていうのを話してもらってもいいかな?」
「はい、少し前から村に魔族が居座ってしまって、みんな困っているんです」
その言葉にオーフェとヤチさんが反応する。こんな何もない場所にある村に居座って、何をする気なのかはわからないが、困っているなら何とかしてあげたい。
詳しい話を聞いてみると、村から出て森で狩りをしていた若者を脅して、4人の魔族がやってきたらしい。彼らはその村を拠点にして、人族の街を攻めるんだと言っているが、毎日昼間から酒を飲んでは食べ物を差し出させるので、村人全員がかなり困っているそうだ。
実力で排除するには狐人族は身体能力はあまり高くなく、村の守り神として祀られているキツネの子供を人質にとっているので手が出せない。近くに助けてくれる人なんて居ないと諦めて、何も出来ない他の村人の姿にもどかしさを感じて、この娘が外に飛び出してしまった。
しかしその魔族、わざわざこの大陸に来てそんな自堕落な生活を送って、本当に人族の街を攻める気はあるのかすごく疑問だ。一旗揚げてやろうとここまで来たはいいが、居心地のいい場所を見つけて居座ってしまってるだけなんじゃないだろうか。
「なぁ、オーフェ。過激派の連中にも、大した志も持たずにこの大陸まで来ちゃうのって居るのか?」
「急に人数が増えてるからそんな人も居るかもしれないけど、どっちにしても迷惑かけてるならお仕置き決定だね」
「この大陸まで来て、そんなだらし無い生活を送る為に村人を脅すなんて許せません。ダイさん、懲らしめてあげましょう」
オーフェもヤチさんもやる気をみなぎらせている。その魔族の実力はわからないが、こんな辺鄙な場所にとどまって、他人を脅すしか出来ない連中だ、幹部クラスの実力があるとは到底思えない。俺たちの新しい武器もあるし、ヤチさんも協力してくれるなら戦力は十分だろう。
「俺たちでその魔族を追い出したいと思うんだけど、村に案内してもらってもいいかな」
「ほっ、本当ですか!?」
「ボクも同じ魔族として見過ごせないからね、協力するよ」
「希少な種族の方を脅すなんて、たとえ魔族の同胞と言えども絶対に許せません」
「……あ、あの、今お二人が魔族とおっしゃっていましたが」
「落ち着いて聞いてもらえると有り難いけど、オーフェとヤチさんは魔族なんだよ、でも君たちの味方だから安心して欲しい」
2人の素性を聞いて固まったしまったが、今の魔族界の現状を説明してなんとか納得してもらった。いきなりのカミングアウトだったが、後でバレて騒がれたりするより、今のうちにちゃんと説明する方が変な疑いを持たれないだろうし、良かったかもしれないな。
◇◆◇
「でも、危険な森の中によく1人で出てきたね」
「私、昔から思い込んだらすぐに行動してしまう所があって、こんな所には誰も居ないって頭の隅では判ってたんですけど、我慢できずに出てきてしまいました」
「そのお陰で俺たちと会えたんだし、その行動は決して無駄じゃなかったよ」
少し落ち込んだ顔になった女の娘の頭を優しく撫でてあげると、頬を染めてうつむいてしまう。
「いつもの癖で撫でてしまった、ごめんな」
「……いえ、気持ちがいいので、できればもっと撫でてください」
陰りの見えた表情を慰めたくて、ついてが出てしまったが、本人は嫌がっていないようなので優しく撫で続ける。
「ダイくんのなでなでスキルが発動したのです」
「いつもながら見事ね」
「さすがご主人様です」
「……あるじ様の極上なでなでは誰も拒絶できない」
「過激な思想に囚われた魔族も、ダイ兄さんのなでなでで開放できないかな」
「ダイ先輩のなでなでスキルも成長していってますし、いつかきっと出来るようになりますよ」
「ダイさんのそのスキル、私も欲しいです」
「お母さんの所でも見たけど、やっぱりダイ君はすごいわね」
「おとーさん、キリエも後でなでて」
「わうん!」
何やらみんなが口々に俺のなでなでの事を言っているが、最近は自分の能力と思って受け入れることにしている。今回の自堕落な魔族は問答無用でお仕置きすることにするが、戦わなくても解決する方法があるなら、そっちの方が断然いいし、いつかそんな機会があれば試してみても良いかもしれない。
キリエとシロは後で目一杯なでてあげることにして、そろそろ移動を開始しよう。解決は早めにやってしまう方が、村のためになるだろう。
◇◆◇
野営地の片付けを済ませて、全員で移動する。この森はあまり強い魔物も居ないし、山と平地の境界線は比較的安全な場所なので、話をしながら余裕を持って進んでいける。モミジが夜間なのに単独で移動できたのも、この境界を進んでいたのが大きな理由だろう。
その彼女だが、なでなで効果なのだろうか、俺ともすっかり打ち解けてくれて、仲間たちと同じ様に接して欲しいとお願いされた。
「でも、私の居た場所がよくわかりましたね」
「あぁ、シロが見つけてくれたんだ」
「わうっ!」
「もしかして、シロさんは白狼様ですか?」
「そうだよ、よくわかったな」
モミジの説明によると、村に祀られているキツネは白狐といって、こちらも白いキツネらしい。同じ神聖な動物として白狼のことも知っていたそうだ。
白狐は平和と安定をもたらす守り神として大切にされていて、代々メスのキツネが村に住んでいる。不思議なことに、いつの間にか身ごもっていて、生まれてくる子供は必ずメスの白狐になる。そうして、村ができてからずっと守ってくれたと言い伝えられている。
人質に取られた子供も最近生まれたそうだが、連れ去られてから母キツネは食事もほとんど取らなくなってしまったので、お世話役としても何とかしてやりたいと強く思っていて、今回の行動に出てしまったようだ。
「でも、白狼様なら見つかっても仕方ないですね」
「モミジが木の中に居る時に使っていた、あの不思議な隠れ方は魔法だったのか?」
「あれは私たちの一族に古から伝わる“術”と呼ばれる魔法の一種です」
「それはすごいな、俺には木の幹にしか見えなかったからな」
「私が使っていたのは“幻術”の一つで、周りの景色と同化して気配や匂いも断ち切ってしまえるんですよ」
「術っていうのは、そんなことまで出来るのか」
「白狼様には見破られてしまいましたが」
照れ笑いを浮かべながら話してくれるモミジは、村の事に力を貸すと言った俺たちを信用してくれたのか、あの不思議な現象のことも教えてくれた。魔法回路なのか魔道具なのかは判らないが、まだまだ知られていない魔法もたくさんあるんだな。それに、その状態のモミジの存在を感じ取ったシロと、隠れている場所の違和感を見つけ出したエリナも、やはり凄い。
途中でお昼も食べたが、モミジは麻衣の出してくれた料理にかなり感動していた。食料を持たずに村を飛び出してしまったのでお腹も空いていたらしく、涙を浮かべながら食べている姿はちょっと可愛かった。朝は急いで移動を開始してしまったので、ちゃんと朝ごはんも食べてもらえばよかった。
しばらく山沿いを進んでいたが、一見なにも無い斜面の前にモミジが立ち止まった。
「ここから私たちの村に行くことが出来ます」
「これも幻術みたいなもので入り口を見えなくしているのか?」
「そうですよ、それに魔物よけの効果もあるんです」
そう言ってモミジが斜面のある場所に手を当てると、草が生い茂っているように見えた斜面の一部が消えて、奥に続く通路になった。
「ご主人様すごいですね、これが幻術って魔法なんですか」
「確かにこれは凄いわね、私にも普通の斜面にしか見えなかったわ」
「ダイ君たちと一緒にいると、今まで知らなかったことや書物で知るだけだった事を次々体験できるわね」
教授や仲間たちもこの不思議な現象を見て、口々に驚きの声を上げている。この術という技術は魔法回路なのか、精霊魔法に近いものなのか、それとも竜のように地脈の力を利用するのか、こうして持続的に発動できる仕組みには大いに興味がある。
精霊魔法ならウミが反応しそうだが、見た感じ今の現象に目を奪われていたので、恐らく違うだろう。エルフの里の魔物よけの結界のように、古代から受け継がれている遺産に近い技術だと思うが、これから向かう予定にしているダンジョンの近くにある遺跡で、何かヒントになるようなものが発見できたりしないだろうか。
すでに国の調査も終わっているから、何か残っている可能性は低いと思うが、一度は自分の目で確かめてみたい。
「ダイ兄さん、置いていくよ」
考えにふけっていたら、みんな中に入っていくところだった。慌ててついていくと、中は洞窟になっていてダンジョンよりも暗いが、足元はなんとか見ることが出来る。しばらく進んでいくと前の方に出口らしい明かりが見えてくるが、モミジが先行して魔族に見つからないように案内してくれるので、俺たちは一旦待機する。
モミジが少し先で手招きしているので、俺たちもなるべく音を立てないように移動する。この村は高い山に囲まれた盆地のようになっていて、外からは容易に侵入できないみたいだ。入り口も隠蔽されているし、隠れ里という表現がピッタリの場所だ。村の中には木造の小さな家が多いが、その中でも少し大きめの建物の中に案内された。
「長様ごめんなさい、いま帰ってきました」
「モミジ! お前は皆の言うことを聞かずに飛び出しおって、いつもよく考えてから行動しろと言っているだろう」
玄関に入ってモミジが声をかけると、部屋の中から年配の男性が出てきていきなり怒られている。耳もしっぽもぺたんと垂れて、体も縮こまってしまっている。男性は怒鳴った後に後ろに控えている俺たちの方を見て、すぐにモミジの方に視線を戻す。
「後ろの者たちはどうした、人族もおるではないか、脅されて案内させられたのか?」
「ちっ、違うんです! この人達は私たちの村を救ってくれるんです」
「本当に信用できるのか?」
「ご主人様やここに居る皆さんは、私たちのことも大切にしてくれる人ばかりなので大丈夫ですよ」
「……あるじ様やみんなは獣人にも優しい」
「犬人族に猫人族、それにエルフに精霊じゃな、白狼までおるのか」
「モミジの話を聞いて、力になれると思ってここまで案内してもらいました」
「モミジも脅されている感じではないし、そこの2人も大切にされているだろう事はわかる。正直、我々も困っていて、誰でも良いから助けて欲しいと思っているのだが、信用しても構わんのだな?」
「森の民であるエルフの私が保証してあげるわよ」
「水の中級精霊のウミも保証してあげるのです」
「わう」
「獣人だけでなくエルフに精霊、それに白狼にまで心を寄せられている人族か。ならば信じてみても良いかもしれん。いきなり疑ってしまって申し訳ない、村を守らなければならない立場なのであの様な態度をとってしまったが、許して貰えると有り難い。そして、どうか我々の村を救って欲しい」
男性は俺たちに向かって大きく頭を下げてお願いしてきた。獣人族が人族に警戒心を抱くのは、この世界では仕方がないことなので、俺は全く気にならない。それよりも、村に居座っている魔族の詳しい話を聞いて作戦を立てよう。少し手荒になるが、これだけ迷惑をかけたんだ、自業自得だろう。転生してもらって、さっさと魔族界に帰るように言い聞かせてしまおう。