第96話 遠征開始
「みんな、おはよう」
「おはようございます、皆さん」
「おはようございます、ユリーさん、ヤチさん」
出発の日の朝、教授たちが家に来てくれる。必要なものはあらかじめ全部預かっているので、2人とも荷物はほとんど持っていない。今回の遠征はイーシャと麻衣も荷車を購入して、教授たちの荷物や料理の作り置きに食材などを収納することにした。俺も荷車を増やして、水樽を追加している。イーシャやウミが居るしオーフェも一緒なので、遭難する可能性はほとんど無いが、出来る準備はしっかりしたつもりだ。
みんなで挨拶を交わして、出発前に最後の確認をする。
「それじゃぁ、行ってくるよカヤ。家のことはよろしく頼むな」
「皆様、気をつけて行ってらっしゃいませ。家のことはお任せください旦那様」
見送ってくれるカヤの頭を撫でて、オーフェの開いてくれた門をくぐる。フォーウスの街には寄らずに、そのまま街道をしばらく進み、連山の山麓に沿って森の中に入るのが今回のルートだ。
「オーフェおかーさんはすごいね、遠くの街にもすぐ行けちゃう」
「おかげでとても助かってるよ。それに一度に移動できる人数も増えてるし、オーフェも成長してるから凄いな」
「うん! キリエのおかーさんたちはみんなすごいね」
「ダイ兄さんやみんなに出会えたから、ボクも成長することができたんだよ」
オーフェは褒められて嬉しかったのか、俺の隣に来て腕を抱きしめてくる。アイナの索敵や森を移動する時のイーシャの力、ウミの精霊魔法やエリナの鋭い感覚、オーフェの空間転移にキリエの物理・魔法無効能力、麻衣の料理や障壁魔法にも助けられているし、シロも加わって戦術の幅も増えている。
「これだけのメンバーが、ダイ君を中心に集まってるのがすごいのよ」
「その通りです、ダイさんが皆さんを繋ぐ橋の役割をしているから、この虹の架け橋というパーティーが出来たんだと思います」
「おとーさんもすごいね!」
教授たちやキリエに褒められて、俺も嬉しくなる。この世界に1人で飛ばされて、最初はどうなるかと思ったが、いい出会いに恵まれてここまで来ることが出来た。俺の方を見てニコニコしているキリエを抱き上げて、街道をみんなで進んでいく。
◇◆◇
途中から街道を外れて山に向かって進んでいるが、大きな木が立っている場所があったので、今日はそこで野営にする。見通しも良く不意打ちの心配もないし、地面も平らで簡易宿泊施設の設置もしやすい。
「まさか、こう来るとは思っていなかったわ」
「何もかもが普通と違いすぎて、言葉になりませんね」
木の側に取り出して設置した、カヤの力作を見た2人は唖然としている。この簡易宿泊施設は、少し余裕を持って作ってくれていたし、パーティーメンバーは小柄な体格が多いのと、みんなくっついて寝るので、教授たちが増えてもなんとか並んで寝ることが出来る。
「これカヤおかーさんが作ってくれたんだよね、床もふかふかで気持ちいい」
「……これのおかげで野営が楽になった」
「ぐっすり眠れるようになったよね」
初めての野営で少し興奮気味のキリエが、床のクッションの上に寝転んで感触を楽しんでいる。エリナとオーフェも言っているが、これのお陰で硬い地面に寝ることも無くなったし、みんな一緒に並んで眠れる安心感もあって、野営の疲れも残らなくなった。
「私、このパーティーと一緒の時は、難しく考えるのをやめることにするわ」
「それが賢明だと思います、教授」
昼食は街道の近くだったので出せなかったが、実はカヤにお願いしてテーブルと椅子も用意して、座って食事ができるようにしてるんだが、一度にあれもこれも見せてしまうと、教授たちの処理能力が追いつかなくなりそうなので、食事の準備が整うまで出すのはやめておこう。
その後、食事の準備が整ったので、テーブルと椅子を出してみんなで座って食事にする。考えるのをやめたらしい教授たちは、何も言わずに椅子に座って食事を楽しんでくれたが、やはり違和感は拭えなかったみたいで、少し微妙な顔をしていた。
食後は全員がウミに洗浄魔法をかけてもらって、見張りと火の番をしてもらっているメンバー以外は簡易宿泊施設の中に入る。寝ていても敵の気配に敏感なシロは、野営の時は外に毛布を敷いて眠ってくれるようになった。今日も先にブラッシングを済ませて、焚き火の近くに行ってもらっている。
「マイちゃんの美味しい料理を食べて、ウミさんの洗浄魔法で綺麗にしてもらって、水も充分あるので洗濯もさせてもらえる。なんか家に居るより快適な気がするわ」
「まさか野営をしているのに、椅子と机で食事ができるとは思いませんでしたが、宿屋に泊まるより快適に過ごせているのは間違いないですね」
「ご主人様は私たちが気持ちよく過ごせるように、いつも考えてくれてますよねー」
「……そうやって大切にしてくれるから大好き」
ブラッシングを堪能中のアイナと、俺の隣に寄り添って座っているエリナが、こちらに向かって微笑みかけてくれる。まぁ、衣食住は大切だからな、これが充実しているだけで旅のストレスはかなり低減できると思う。
「快適に旅が出来るのはウミと出会えたおかげだし、パーティーに入ってくれるきっかけになった麻衣のお菓子のおかげでもあるな」
「ダイくんはウミの負担も少なくなるように考えてくれてるから好きなのです」
また頭の上で頬ずりしてくれてるんだろうか、ちょっとくすぐったい。ウミと精霊のカバンのおかげて、工夫次第でいくらでも向上させることが出来ると思うので、これからも改善は怠らないようにしたい。
―――――・―――――・―――――
数日かけて山麓に沿ってある程度の距離を進み、たいぶ奥の方まで入ってきた。連山は標高が低い部分も木々に覆われているので森との境界は曖昧だが、イーシャが居るし斜面に沿うように移動しているので迷うことはない。
今日は深夜を過ぎてから朝までの見張りを俺とエリナが担当している。シロはすぐ横で眠っていて、エリナは俺の足の間にすっぽり収まって、背中を預けて座っている。2人で見張りをする時は、いつもこうやって甘えてくるのが可愛い。
「……新しいダンジョン、楽しみ」
「もう少ししたら森の中に入っていくみたいだし、俺たち以外には来る人も居ないだろうから、何か見つかるといいな」
「……うん、頑張って探す」
「それに俺は近くにあるっていう古代遺跡にも興味があるんだ」
「……もう調査は終わってるって言ってた」
「でも隠し部屋とかあったら、エリナが見つけてくれそうだから、一度は行ってみたいな」
「……また私たちだけで来てもいい」
「オーフェが覚えられる場所で、俺たちが入ってもいい遺跡だったら、教授たちの調査が終わったから行ってみようか」
「……そっちも頑張って探す」
周りが少しづつ明るくなってきて、消えかかっている焚き火を見つめながらエリナと話をする。光が遮られる森の中もだいぶ見通しが良くなってきた、もう少ししたら全員を起こして今日の活動を開始しよう。
焚き火の後片付けをそろそろ始めようかと思っていると、シロが起きてきて耳をピクピクと動かしている。これは、何かの気配に気づいた時の反応だ。
「シロ、魔物か?」
「くぅ~ん」
今まで感じたことのない気配なのか、少し自信がない感じに鳴いているが、危険なものではないみたいだ。
「こんな森の中に誰かいるとは思えないけど、黒竜の時もそうだったし調べてみるか」
「……わかった」
「わう」
簡易宿泊施設に入ってイーシャを起こし、この場を任せて3人で気配の方に行くことにする。シロが先導してくれて進んでいくが、たどり着いた先には大きな木があるだけだった。シロが匂いも確かめつつ、一緒に木の周りを歩いていく。
「……あるじ様、あそこが変」
エリナが木の根元を指差し、シロもその付近で匂いを嗅いでいる。何の変哲もない木に見えるが、この2人が反応した位だから何かあるはずだ。
慎重に近づいて木の幹に手を伸ばすと、何の感触もなくすり抜けてしまう。幹の中に手が入り込んでしまってびっくりしたが、何かに噛まれたり刺されたりもされなくてホッとする。中は空洞になっているようで、見えているのに触ることが出来ない、不思議な感覚だ。
「ここ、木が見えているのに触れないな」
「……普通に見えるのに違和感があって触れない、不思議」
「わうー」
この中に何かがあるのは間違いないだろう、だが目の前には木があるようにしか見えず、これ以上の事を調べるなら思い切って中に入ってみるしか無い。
「俺が中にはいってみるよ」
「……あるじ様、私も行く」
「わうっ!」
「わかった、俺の後ろに居て危なそうだったら引きずり出してくれ」
「……まかせて」
地面に手をついて先を確かめながら、木にしか見えないその中にゆっくりと入っていく。指先がなにかサラサラした物に触れたので、体ごと中に入って行くと薄暗い穴の中に白っぽい塊が見える。
「……あるじ様、誰か倒れてる」
夜目の効くエリナが、白っぽい物の正体を教えてくれる。それを聞いた俺はその塊に手を伸ばして、そっと抱きかかえるようにして外に運び出した。
だいぶ明るくなってきた外に出て改めて見ると、洋服とは違う前で合わせて紐で結んだゆったりした服と、ズボンも体型に合ってない様な大きめのものを身につけている。アイナより茶色に近いオレンジの髪には大きな耳が付いていて、しっぽも大きくてボリュームがある。年は見た感じだと13-4歳だろうか、アイナと同じくらいだろう。
「獣人族だよな」
「……うん、でもこんな人、見たことがない」
「とりあえず、みんなの所に運ぼう」
俺がその娘を抱きかかえて、簡易宿泊施設の方に歩いていく。戻ってみると全員が起きていて、朝食の用意をしながら、俺たちの帰りを待っていてくれたみたいだ。
「ご主人様、その人はどうしたんですか?」
「近くの木の中に倒れてたんだ」
「……外から見ると全然判らなかった」
「ダイ先輩、どういうことなんです?」
俺たちはこの娘を見つけた時の不思議な現象をみんなに説明する、話をしながら考えてみたが見えているのに触れないあの状況は、幻を見せるような精神干渉系の魔法な気もする。
「この娘は狐人族だと思うわ」
「ユリーさんは知ってるんですか?」
「私も文献でしか知らないけど、他の種族と交流がなくて独自の文化を受け継いでいるという事と、その外見くらいしか判らないわ」
「エルフにも、ほとんどその姿が知られていない種族ね」
そんなに珍しい種族だったのか、この娘は。この辺りは今まで人の訪れなかったような場所だし、そこでひっそりと暮らしていたのかもしれないが、それにしてもなぜあの様な場所に倒れていたのか謎だ。しかも一見すると木にしか見えなかった偽装まで施していたなんて、何か訳ありなことは間違いないだろう。
「ユリーさん、俺はこの娘が目を覚ましたら、事情だけでも聞きたいと思うんですが」
「構わないわよ、私も気になるしね」
「依頼の途中なのに、こんな事に首を突っ込んでしまって申し訳ありません」
「あなた達のおかげで、日程にはかなり余裕ができたのよ、ひと月くらい遅れたってどってことないわよ」
そう言ってユリーさんは笑ってくれる。人族や獣人族が一緒になって暮らしている施設で、他種族に偏見を持たない施設長の元で生活していたからだろう、こうやって自分たちの事より優先してくれるのはすごく嬉しい。
ヤチさんが珍しい種族に出会えて目を輝かせてるのは、この雰囲気を少し台無しにしてしまっているが、彼女の目的を考えると仕方がないだろう。
「しっぽがすごくフサフサだね、ダイ兄さん」
「ダイ先輩にブラッシングをしてもらったら、もっとフサフサになりそうですね」
「ダイくん、起きたらブラッシングをやってあげるといいのです」
「おとーさんにやってもらったら、すぐ仲良くなれると思う」
「ご主人様がブラッシングをしてあげると、話しづらい事も打ち明けてくれますよ」
「……ブラッシングをしながら聞かれると隠し事は出来ない」
俺のブラッシングを取り調べや自白剤みたいに言うのはやめて欲しい。とは言え、このボリュームのある大きなしっぽを、ブラシで丁寧に整えてみたいのは確かなんだが。
女の娘は簡易宿泊施設に寝かせて、まずは朝食を食べることにする。教授たちの了解も貰えたので、目が覚めるまでこのままここに留まって、事情が聞けたなら方針を決めることにしよう。