第91話 冒険者登録
第8章の最終話になります
「しかし、竜族など儂らでも生きている内に出会う事はまず出来ぬと言うのに、子供まで託されるとはな」
昼食後、改めてヨークさんに竜族の事を教えてもらうことにした。実際に見たり交流したりという人はこの千年くらいは居ないみたいなので、伝承などに残っている事しかわからないようだが、それが聞けるだけでもありがたい。
この大陸を統一した王国が出来て今年で2049年目らしいが、国を興す際にも竜族の協力があったみたいだ。その事に敬意を払って、大陸の端を取り囲んでいる標高の高い山岳地帯は、竜の所有する場所として国も不可侵領域にしているらしい。
竜も建国以降は人の前にはほとんど姿を表さず、遠目に目撃情報があるくらいだという。山の奥にうっかり迷い込んでしまった冒険者が、いつの間にか麓に運ばれていることが稀にあるらしく、そんな不思議な体験をした人は、竜に助けられたと言われるようだ。
竜は大地を流れる地脈の力を栄養に出来るので食事は嗜好品らしいが、もしかすると何かを買いに街まで来ている竜がいるかも知れない。ただ、人化した姿は普通の人間と変わらないので、誰も気づいていないだけだろう。
「キリエちゃんは卵の状態で授かったんじゃったな」
「そうよ、王都の拠点にいる全員で育てたの。だから私たちの子供なのよ」
「竜の子供は他の人の思いを受けて生まれる事が出来ると言ってましたね」
「……悪い人に渡すと、生まれてくる竜も悪者になると言ってた」
「ボクたちみたいに色々な種族が仲良くしてる人に会えて良かったって言ってくれたね」
「竜の出生に関わる秘密など誰も知らなかったからの、その事実だけでも研究者が大騒ぎになるじゃろうな」
物語や伝承に登場するのも大人の竜ばかりだろうし、どうやって生まれてくるかなんて誰も知らなかったのは仕方がないだろう。でも、これが知られてしまうと悪意を持った人が竜を利用しようとするかもしれない。そんな事は絶対に許してはだめだろう。キリエのように、こんなに可愛くていい子に生まれることが出来るのに、その人生を誰かが歪めてしまって良いはずがない。
「それに千年の時を生きられる竜の言う“すぐ”など何年後かわからんのに、生まれてたった数日で人化できたのも驚きじゃよ」
「竜の姿の時に、この里で採れる果物をたくさん食べたのが原因かしら」
「ウミの子供なので果物を大好きだったのが良かったのです」
「大きなおじいーちゃんにもらった果物も、家で食べた果物もとっても美味しい。それに、おばーちゃんやマイおかーさんたちが作ってくれるご飯も大好き」
「儂らの里で採れる果物が成長を早めたんじゃとすると、地脈の力だけで生きていける竜の認識を変えねばならん、本当にお主達は次々と歴史を塗り替えてくれるの」
そう言って俺たちの方を見て可笑しそうに笑う。今まで誰も知らなかったことが次々と明らかになって、とても嬉しそうにしている姿は実にヨークさんらしい。
「キリエちゃんは、これから何かしたいことはあるかの」
「キリエはおとーさんやおかーさんたちと一緒に冒険の旅をしたい」
会話が一段落したので、ヨークさんが自分の膝の上に座っているキリエに質問すると、そう答えが返ってきた。俺たちが何処かに出ている間、カヤと2人だけにしてしまうのは心が痛むが、いくら大陸最強種族とは言え、まだ生まれたばかりのキリエを一緒に旅をさせるのは危険じゃないだろうか。
「キリエちゃん、それは危ないんじゃないかな」
「でもオーフェおかーさんは一緒に旅をしてるよ」
「オーフェちゃんは魔族だし、もう11歳だから冒険者活動ができるのよ」
キリエは卵の状態の時の記憶も少しあるらしく、俺たちが冒険者活動をしていることを知っていた。その影響を受けているからだろう、一緒に旅をすることに憧れがあるみたいだ。
「それは大丈夫じゃと思うぞ」
「そうなんですか?」
麻衣が心配してキリエを説得しているが、ヨークさんがあっさりと安全宣言をしてしまったので、思わず身を乗り出して聞いてしまう。
「竜族は普通の武器や攻撃では傷をつけることはできんし、魔法も全て無効にできるんじゃ。この大陸じゃと同じ竜族にでも襲われない限り怪我をする事は無いの」
「お祖父様、魔法が無効って精霊魔法もなのかしら」
「そうじゃな、実際見てみたほうが良いじゃろう」
そう言うとテーブルの上に青い炎の塊が浮かび上がった、これは火の精霊を使った魔法だろう。ゆらゆら揺れながら空中に浮かんでいる青い炎は、とても幻想的で綺麗だ。
「これは熱くない火じゃから触っても大丈夫じゃよ」
「触ってみてもいいですか?」
普段から料理で火を使っているからだろうか、麻衣がテーブルに身を乗り出して青い炎に恐る恐る手を伸ばしていく。
「ほんとです、手に何か当たってる感触はあるのに少しも熱くないです」
麻衣のその言葉に全員が次々に手を伸ばすが、見た目は上位魔法みたいに燃え盛る火なのに全く熱くない。精霊魔法だとこんな事もできるのか。
「お祖父様の精霊魔法は相変わらず凄いわね」
「それは経験の差じゃよ、イーシャにも同じようなことは出来るようになるじゃろう」
そう言った後に青い炎を移動させてキリエの前に持ってくる。
「キリエちゃんも触ってみるかの」
「うん!」
キリエもみんなが触っていた魔法に興味が出たのか、手を伸ばして掴もうとしたが、炎に触れた瞬間に霧散してしまった。
「あれ? 消えちゃったよ、大きなおじーちゃん」
「これが竜族の持つ魔法無効の能力じゃよ」
ヨークさんはキリエの頭を撫でながら「儂の魔法が消せるなんて凄いの」と言って褒めている。キリエも自分だけ触れなかった事に戸惑っている様子だったが、ヨークさんに褒められて嬉しそうだ。
「これは驚いたな、竜族ってそんな事が出来るのか」
「凄いわねキリエちゃん、お父様の魔法を消してしまうなんて、さすが私たちの孫よ」
マーティスさんもミーシアさんも、目の前で消えてしまった魔法に驚きを隠せない様子だ。恐らく物理攻撃無効も同じ様に相殺してしまうのか、全く効果が無くなってしまうのだろう。キリエの身の安全はこれで保証されたと思うが、叩かれたり何処かにぶつけたりすると痛み自体は感じるようだし、攻撃されて恐怖を覚えない訳ではないはずだ。今までどおり安全マージンを確保しながら、自分たちのレベルに合った場所や依頼を選んでいけば、一緒に冒険をすることも可能かもしれない。
オーフェの空間転移をくぐっても消えないのは不思議に思って質問してみたが、空間同士を結ぶのにはマナを使うが、繋がったゲート自体はマナで作られたものでは無く、空間同士が癒着しているので大丈夫だそうだ。
マナを利用して維持しているものに触るとその効果が無くなるが、作られた物質は消えないので、火と違って水や土だと濡れたり汚れたりしてしまう。それに、魔法の力を使って近くにある物を飛ばしたりすると、キリエにも当たってしまうけど、それは物理攻撃無効があるので問題にならない。これが最強種族と呼ばれる理由なんだろう。
「一緒に旅をするなら冒険者登録をしてパーティーに入ったほうが良いじゃろう」
「でもヨークさん、キリエはまだ生まれたばかりですし、冒険者登録はできませんよね?」
「それについては儂に心当たりがあっての、オーフェちゃんはヴェルンダーの街に転移できたはずじゃな」
「うん、あそこは覚えているから大丈夫だよ」
「なら今から行ってみるかね?」
メンバー全員で相談して、キリエも冒険者登録することに決めた。長時間家から離れられないカヤは仕方がないが、キリエとはなるべく一緒に居たいと言うのがみんなの本音だ。
◇◆◇
オーフェにヴェルンダーの街に連れてきてもらい、そのまま冒険者ギルドに移動する。キリエも今日はエルフの里や初めての街に連れてきてもらって大喜びだ。
「おとーさん、だっこして」
「いいよキリエ、おいで」
王都の街に出た時と同じく、キリエが抱っこをせがんできたので抱き上げて通りを歩く。夏のヴェルンダーは気温も高くなったが、南部に比べるとかなり涼しい。温泉が多いせいか湿度は高いみたいだが、日本の梅雨の初めの時期くらいの感じだろうか、クーラーが必要な蒸し暑さには程遠い。
ハーフリング族やドワーフ族、ノーム族も多いこの街は、キリエにとっても見たことない人が沢山いて、目をキラキラさせながら通りを見ている。
「いろんな人がいっぱいいるね」
「そうだろ、この街は色々な種族の人がいるんだ、みんなと仲良く出来ると良いな」
「うん、キリエもみんなといっぱいお話がしたい」
そう言って笑顔を浮かべるキリエを見て、ヨークさんやパーティーメンバーも嬉しそうに微笑んでいる。キリエのこの笑顔と人当たりの良さがあれば、誰とでも仲良くなれるだろう。
程なく冒険者ギルドに到着して、ヨークさんはそのまま中に入っていく。エルフの里からも比較的近い街なので、よく行っていたのだろう、迷いなく受付に向かって進んでいった。
「ヨーク様じゃありませんか、それに虹の架け橋の皆さん」
受け付けの女性は以前、俺たちに教授を紹介してくれた人だった。指名依頼を受けるようになってからも、この受付嬢のお世話になることが多かったので、覚えてくれていたようだ。
「ギルドマスターは居るかな?」
「はい、今は部屋にいるはずですが、お呼びしましょうか?」
「直接向かわせてもらうが、構わんかな」
「ヨーク様と虹の架け橋の皆さんなら問題ないと思います」
そう言われて、ヨークさんを先頭にギルドの中に入っていく。以前、教授たちと面会した会議室が並んだ更に奥の方に進んでいった。
「お主達もこのギルドで有名なようじゃな」
「実は、ここで国の研究機関の指名依頼を受けてました」
「さすが儂の想像のはるか上を行くパーティーじゃな」
ヨークさんはおかしそうに笑いながら、立派な扉の前に立つとそこをノックした。中から返事が返ってきたので扉を開けて部屋に入ると、大きくて立派な机と壁一面に棚があって、1人の男性が座っている。ヨークさんの顔を見ると慌てて立ち上がって、部屋にある応接セットに案内してくれた。
「ヨーク様、当ギルドへようこそおいでくださいました」
「突然押しかけてすまんな、少し頼みたいことがあっての」
ギルドマスターは初めて会ったが、細身で背も高く仕事の出来る人という印象の男性だ。元冒険者からマスターになった言うよりは、ギルド運営の実務方面で優秀な人という感じに思える。
「それで頼みとは一体何でしょうか」
「実はこの子を冒険者登録してほしいんじゃ」
そう言って膝の上にキリエを座らせてギルドマスターに見せるが、やはり戸惑っているようだ。背の高さはハーフリング族より高いが、どう見てもまだ子供だし仕方がない。
「ヨーク様や、こちらの虹の架け橋の皆様には当ギルドも恩義があるので、なるべくご要望にはお答えしたいとは思いますが、さすがに子供を冒険者登録することは出来かねます」
「そう思われるのも仕方がないの。しかしギルドの記録にも残っているはずじゃが、特殊な能力を持った冒険者は年齢制限を除外できたはずじゃ」
「確かに過去そういった例があった記録は私も見たことがありますが、こちらの子もその様な能力をお持ちだと?」
「この子は魔法を無力化出来るんじゃよ」
「それは本当ですか!?」
ヨークさんが同じ様に火の精霊魔法を発動してそれをキリエが消し去ったり、書類の偽造防止に使う特殊な魔法回路で作った模様に触ってその効果を一時的に無効にしたりすると、ギルドマスターも納得してくれたみたいだ。市販してない魔法回路には、変わった物もあるんだと、その回路図に興味が湧いたが我慢した。
キリエの冒険者登録もギルドマスターの部屋でしてもらい、ランクも俺たちと同じシルバーになった。特殊な能力を持った冒険者の場合、ギルドマスターの権限である程度高位ランクで登録できるみたいだ。
「おとーさんや、おかーさんたちと同じで嬉しい」
「これでキリエも一緒に冒険の旅に出られるな」
俺たち全員のギルドカードを並べてキリエはご満悦だ。イーシャに丈夫な紐をカードの穴に通してもらって、首からぶら下げて持つようにするみたいだ。俺たちは精霊のカバンや空間収納に入れているので普段持ち歩いていないが、冒険者の中には首にぶら下げている人も多い。キリエのように小さな子がダンジョンなどに居ると、他の冒険者に心配をかけそうだから、こうして目立つように持っている方が良いかもしれない。
「まさか私が勤めている間に、この様に特別な冒険者登録が出来るとは思っていませんでした」
「こういった能力はなかなか発見できぬからな」
「その才能を見い出されたヨーク様はさすがです。優秀な冒険者はギルドの宝ですから、今後の活躍に期待しています」
俺たちの方に笑顔を向けてくれるギルドマスターに挨拶をして部屋を退出する。しかし心当たりがあると言っていただけに、ヨークさんはキリエの素性も明かさず、能力の一部だけ開示する事で冒険者登録を実現してしまった。
「こんな冒険者登録の仕方もあったのね、私も知らなかったわ」
「ここのギルドマスターのように、過去の事例に詳しくないと話が通じぬこともあるからの」
「ありがとう、大きなおじーちゃん」
「可愛いひ孫のためじゃ、お安い御用じゃよ」
そう言って笑うヨークさんの顔は、みんなに頼りにされたからだろうか、とても嬉しそうだ。パーティー登録も済ませてきたので、虹の架け橋も8人になった。8人目はまだ生まれたばかりなので無色かもしれないが、きれいな色に輝けるように全員で育てていこう。
この後に資料集の更新をします。
キリエのプロフィール追加と身長対比、ページの一番下に次章と次々章に関わってくる、ギルドランクの説明を追加しました。