第83話 川遊び
朝、胸元に感じる心地よい重さと、左腕に感じるまろやかな感触で目が覚める。横に顔を向けるとヨークさんは起きているらしく、目が合った。夏用の薄い掛け布団の盛り上がり方を見ると、隣に寝ていたオーフェとイーシャに密着されて、身動きがとれないみたいだ。
「おはようございます、よく眠れましたか?」
「とても寝心地の良いベッドじゃったし、よく眠れたよ」
「このベッドはカヤが作ってくれたんですよ」
「本当に凄いの、お主達と一緒にいる妖精は。それに、こんなに安心して眠っておる姿など、他ではまず見られんじゃろう」
エリナの隣で寝ているカヤは、とても穏やかな表情をしている。エリナがこちらに寄って来た分、カヤも俺の方に近づいてきていて、ヨークさんに密着して寝ているオーフェとの間に、隙間ができてしまっていた。
「妖精と精霊も夢を見ると言っていたので、寝るのは大事なんだと思います」
「儂もこの年になって、これだけ一度に新しい事に触れるなど思いもしなかったの」
「俺もヨークさんの話を聞いて、もっと色々なものが見たくなりました」
「お互いの好奇心を刺激してしまったみたいじゃな」
そう言って二人で微笑み合う。暫く話をしていると、みんなが次々と起き出してきたので、朝の挨拶をしてそれぞれが着替えて食堂に集合した。
◇◆◇
朝食はミーシアさんが中心になって作ってくれるそうで、野菜や豆をすり潰して作ったスープや、茹でて薄くスライスしたお肉とパンがテーブルの上に並んでいる。お肉にも野菜で作ったのだろう、緑色のソースが掛かっていてとても美味しかった。
「お主達はフォーウスの街へ行った事はあるのか?」
朝食後のお茶を楽しんでいると、ヨークさんがそんな事を俺たちに言ってきた。
「確かエルフの里の南西にある街ね、私は北の方から旅をしてきたから行った事が無いけれど」
「それはどんな街なんですか?」
「山岳地帯にある街なんじゃが、近くには洞窟や古代の遺跡も多くてな、そこを探索する依頼もあってとても面白いんじゃ」
大陸の西側はまだ行ったことがなかったが、遺跡の探索とか冒険心をくすぐるし、是非とも行ってみたい。
「ダイ兄さん、遺跡とかすごく面白そうだね」
「宝探しみたいな依頼もあるでしょうか」
「……面白そう」
「行ってみましょう、ご主人様」
みんなも行ってみたいと口にしている、ヨークさんが面白いと言うくらいだから、間違いは無いはずだ。
「俺たちが行って受けられる依頼も多いんでしょうか?」
「全員シルバーランクじゃったな、中級冒険者なら受けられる依頼も多いはずじゃ」
「じゃぁ、行ってみようか」
その声でみんなが笑顔になる、訪れた事のない街や場所に行くのはやっぱりワクワクする。
「どうするダイ、お祖父様たちを送りにエルフの里に行ってそのまま旅に出ちゃう?」
「作りおきはまだ十分ありますし、材料もたくさん残ってますから、少し時間をもらえれば品数も増やしておきますよ」
「私も手伝います、マイ様」
「私お手伝いますよ!」
「じゃあ、私も料理づくりに参加しようかしら」
イーシャがそう言ったのを皮切りに、麻衣とカヤとアイナにミーシアさんも作り置きの作成に手を上げた。このメンバーなら時間もかからずに品数が増やせるだろう。
「オーフェはこの人数を一度に転移させても大丈夫か?」
「うん、ダイ兄さんたちと一緒に生活するようになってから、とっても体調がいいんだ。転移魔法を使ってもあまり疲れなくなったから、この人数くらいなら全然問題ないよ」
麻衣のバランスの取れた食事のお陰でもあるし、オーフェ自身も成長してるんだろう、転移魔法のキャパシティーも上がってきているみたいだ。
「それじゃぁ、お昼を食べたら出発して、エルフの里で一泊させてもらって旅に出るってことでいいかな。ヨークさんもマーティスさんも構いませんか?」
「私は構わないよ、またみんなが来てくれると里の人達も喜ぶしね」
「若いだけあって、その決断力と行動の早さは儂好みじゃ。泊まる場所はまた同じ部屋を使って構わんからな」
「山の近くにはどんな甘いものがあるのか楽しみなのです」
「……美味しい食べ物も楽しみ」
「わんっ!」
そうして、フォーウスの街に行くことが決まり、料理を作る班とパンや消耗品を買い出しに行く班に別れて行動を開始する。ヨークさんに山岳地帯や遺跡を探索する時に便利な物をアドバイスしてもらいながら、何組かに分かれて買い物をすると、あっという間に旅の準備が整っていく。
◇◆◇
「やはり全員が精霊のカバンや空間収納を使えると、準備も驚くくらい短時間で済んでしまうの」
「普段から必要なものは入れておけるから、急な移動でもなんとかなるわ」
「それにお家のことをカヤちゃんに任せられるので、出かける時の準備が少なくなるのも大きいですね」
お昼を食べて少し食休みをした後、俺たちはエルフの里に転移してきた。イーシャの言う通り、準備するものがほぼ消耗品のみで、それもその場で精霊のカバンにしまえるし、麻衣も言っているが家の事をカヤにお願いできるのが非常に大きい。戸締まりや掃除もしなくて済むし、帰ってもすぐ使える状態に保たれているので、安心して家を留守に出来る。
「ダイくんは精霊のカバンを思いもしない使い方をしているのです、ウミはびっくりしたですよ」
「確かにあれは反則じゃな」
「でもそのおかげで、ご主人様やみんなと一緒に寝ることが出来ます」
「……みんな一緒だと安心できる」
「並んで眠れるのがいいよね」
俺の精霊のカバンには荷車やそれに満載した水樽や旅に必要な小物、それに簡易宿泊施設まで収納されてるからな。荷車はもちろん一人でも動かせるし、簡易宿泊施設もカヤの軽量化設計のおかげで、頑張れば人の手で動かせないこともないので、収納できる要件は満たしている。
「そんな事を思いついてしまうのがダイの素敵な所よ。それじゃあ、そろそろ水を汲みに行きましょうか」
「景色も良いと言っていたし楽しみだな」
イーシャの案内で、エルフの里にある川に行って水を汲むことになっている。山からきれいな水が流れてきていて、場所も自然に囲まれた素敵な所らしい。
全員で大きな木と、それに寄り添うように建てられた家が並ぶエルフの里を歩いていると、すれ違う人がみんな挨拶してくれる。長老の病気を治したことは里の人全員知っているので、とても友好的に迎え入れてくれたのが嬉しい。それにウミやシロは拝まれたりする。本人たちはいまだに慣れないようだが、これも友好的な態度に一役買っているのだろう。
たまに出会う子供は、シロの頭を撫でたりウミを手の上に乗せたりしてくれるので、その時は2人とも楽しそうにしている。
しばらく歩いていると、家が減り畑が多くなって、水の流れる音と少し涼しい風が吹いてくる。視界が開けると川幅は狭いが豊かな水量があり、浅瀬になっている所もあって、その辺りは流れが穏やかになっている。上流の方はちょっとした段差になっていて、小さな滝のようだ。
「ふわぁ、きれいな所ですね」
「……水もきれい」
「お魚いるかなー」
「わうんっ!」
アイナとエリナとオーフェとシロが川の近くに駆け寄っていって、水の中を一生懸命見ている。水の透明度も高くて、底の方まできれいに見えている。
「水も冷たくて気持ちいですね」
「水の下級精霊もいっぱい居るですよ」
麻衣と一緒に川の水の中に手を入れてみたが、山頂の雪や氷が溶けて流れてくるせいなんだろうか、水もとても冷たくて気持ちいい。それに川の周りは空気も澄んでいる感じがして、気分が落ち着いてくる。
「どうかしら、この場所は」
「とてもきれいだし、空気も澄んでいて気持ちいいよ。夕方までここで遊んでいこう」
俺の提案にみんなも賛成してくれたので、まずは荷車を精霊のカバンから取り出して、水樽の中に全員で水を補給していく。ここの川は、飲み水だけでなく畑にも利用されているようだ。エルフ野菜の美味しさの秘密は、この川の水にもあるのかもしれない。
「ダイ兄さん、お魚がいるよ」
「……食べられる?」
「ちょっと小さいし、かわいそうかな。それに、川魚は独特の風味がして好き嫌いもあるし、内臓を取ってしっかり焼かないと、お腹が痛くなったりするから、今日はやめておきましょう」
「……ちょっと残念だけど、わかった」
「ボクも食べてみたかったけど、マイちゃんがそう言うならやめておくよ」
小さな滝になってる場所は少し深くなっていて、魚が泳いでいるのが見える。サイズも小さく、網も持ってないので捕まえるのは難しそうだ。
「里の人ってここで魚を獲って食べたりするのか?」
「エルフは魚はあまり食べないわね。私たちの家で食事会をした時も、お父様とお母様は珍しそうにしていたでしょ」
そう言えばそうだった、2人とも麻衣の作った魚料理をとても貴重な物みたいに食べていた。ここは海からも遠いし、外とあまり交流がないので、滅多に口にできないんだろう。
「ご主人様、冷たくて気持ちいですよー」
「わう、わうっ!」
少し離れた場所の浅瀬で、靴を脱いで素足になったアイナが水に入って遊んでいる。シロも一緒にはしゃいでいて、とても楽しそうだ。
「深くなってる所や、流れの速い所には行くなよー」
「ウミが見てるので大丈夫なのです」
ウミが居れば水流操作とか出来るだろうから、万一の時でも安心して良さそうだな。エリナとオーフェもアイナの方に走っていって靴を脱ぎ始めた、一緒に水の中に入って遊ぶみたいだ。
「ダイやマイちゃんも一緒に水に入ってくる?」
「気持ちよさそうなので私もちょっと行ってきます」
「俺はここでみんなを見てるよ」
麻衣がみんなの方に走っていって、靴を脱いで水に入ってはしゃいでいる。そんな姿を俺とイーシャが少し高くなった岩の上に登って眺める。
「ここは私もよく来た場所だけれど、みんなと来ると違った風景に見えるわね」
「水が冷たいから泳ぐのはちょっと無理だけど、こうして遊ぶのにはちょうどいい場所だな」
「他にもこんな浅くて流れの穏やかな場所があるから、里の子ども達も遊びに来ることがあるわよ」
両手をついて、少し後ろに体重を預けながら座っていると、隣に来たイーシャが俺の手に自分の手を重ねて寄り添うように座る。その手の温もりを心地よく感じながら、浅瀬で遊ぶ仲間たちの姿を見守った。




