第82話 快気祝い
家に帰るとアイナが厨房に入って調理に参加して、他のメンバーは食堂に食器を並べたりして準備を整えていく。途中で買ってきた花を花瓶に挿してテーブルに飾ると一気に華やかになる。
運ばれてくる料理はエルフの里でもらった野菜中心の品が多いが、魚やお肉もあってどれも美味しそうだ。今日は料理の得意なミーシアさんも参戦しているので、厨房の戦闘力がいつもより高いせいだろう、品数もこれまで以上に多くなっている。
料理を運び終えると、全員が席について乾杯の準備をする。エルフの里から果実酒を持ってきてくれたので、イーシャの家族は全員それをコップに注ぎ、残りのメンバーは果実水をそれぞれ手に取る。
「今日は儂のためにこんな席を用意してくれて感謝する、長い挨拶は抜きにして食事を楽しもう。乾杯!」
「「「「「「「「「乾杯[なのです]!」」」」」」」」」「わうっ!」
ヨークさんの挨拶で乾杯をし、思い思いに食事を食べ始める。シロもエルフ野菜を気に入っているのか、普段より野菜を食べるペースが速いみたいだ。
「これは美味いの。儂も旅先で色々なものを食べたが、そのどれよりも美味しいくらいじゃ」
「我々の味付けとは違うけど、これは美味しいな」
「マイさんはとても料理が上手なのよ、それにカヤさんもアイナさんも負けないくらい上手でびっくりしたわ」
ミーシアさんに褒められて、3人は嬉し恥ずかしそうな顔をしている。今日はエルフの人たちに合わせたんだろう、少し控えめな味付けだが、その分旨味があって、しっかり麻衣の作る料理の味付けになっている。
「みなさんのお口に合って良かったです。今日はミーシアさんに教えてもらった味付けを取り入れてみた料理もあるので、どんどん食べてくださいね」
「エルフの方の味付けはとても参考になりました、私もこの味が出せるようになりたいです」
「少しだけしかお手伝いできませんでしたけど、一生懸命作ったのでいっぱい食べて下さい」
うちの厨房を預かってる3人は本当にすごいな、エルフの味付けを取り入れてますますレベルが上がってる気がする。教授たちの言葉じゃないが、大陸制覇にまた一歩近づいたな。
それともう一つ、忘れないうちに伝えて置かなければならない事があるので、今のうちに言ってしまおう。
「イーシャの誕生日も風の月の緑だったな、おめでとう」
「ありがとう、ダイ。あなたと出会って1年半くらいだけれど、今までで一番充実した時を過ごしているわ」
そう言って嬉しそうに微笑んでくれる顔は、以前より一段と親密さが増したように感じられる。これまで年長者の彼女は、妹分である他のメンバーが俺とスキンシップをしているのを、一歩下がって見てくれている感じだった。しかし、最近は積極的に手を繋ぎに来たり、近くに寄り添って来ることが多くなっている。ヨークさんの一件で、俺により一層信頼を預けてくれたのは、とても嬉しく思う。
「ダイ君の世界では誕生日にお祝いやるんじゃな」
「俺たちの世界では生まれてきた日にお祝いをしたり、贈り物をするのが一般的でしたね」
「こちらの世界では誕生日は月と赤・緑・青の期間でしか覚えてないと聞いて少しびっくりしました」
俺と麻衣はこの世界の誕生日の扱いを聞いて驚いた、お祝いをしないというのは文化の違いだと納得出来ないこともないが、生まれた日が正確な日付ではなく、20日づつある3つの期間で決まってしまうのが一番の衝撃だった。
イーシャの両親やヨークさんには俺たちが異世界人だと伝えているので、誕生日の扱いの違いに興味があるみたいで、元の世界の祝い方を少しだけ説明する事になった。
その後、パーティーメンバーから、それぞれお祝いの言葉を贈ってもらい、イーシャも嬉しそうに微笑んでいる。
「我々は誕生日を忘れてしまう人も居るくらいだから、今まであまり関心を持ってこなかったな。でもそういう事なら、イーシャ、誕生日おめでとう」
「イーシャちゃん、おめでとう。みんなにお祝いしてもらえてよかったわね」
「こういった事もなかなか素敵じゃな、イーシャおめでとう」
「お父様、お母様、お祖父様、そしてみんなありがとう。一生の思い出になりそうな誕生日になったわ」
みんなの方を見て微笑むイーシャは、今日一番素敵な笑顔だった。
その後もワイワイと話をしながら食事が進んでいく、それぞれ自分の好きな料理を見つけて、それを多めにお皿に盛っている。
「……お魚と野菜が一緒になったのが美味しい」
「豆のスープもとろとろで美味しいよ」
「エルフの果物で作ったお菓子は最高なのです」
全員、美味しいと口にしながら次々料理を食べていく姿を、4人は嬉しそうに見ている。魚と野菜を蒸し焼きにしたものも、豆を荒く砕いて肉や野菜とトロトロになるまで煮込んだものも、軽く茹でた野菜に麻衣特製のドレッシングをかけたものも、どれもとても美味しい。他にも揚げ物や炒めものなどいつもの料理もあって、次はどれにしようか迷ってしまうくらいだ。
「ミーシアさんのおかげで、みんなの料理の腕が更に上がってるな、どれも凄く美味しいよ」
「たしかに見事なもんじゃの。イーシャは毎日こんな料理を食べてるんじゃな」
「そうよ、お祖父様。それに日帰りの遠征の時はお弁当も作ってくれるし、長期間の時は作り置きや、その場で採った物を使って料理を作ってくれるから、食事の時間が楽しみなのよ」
「儂も移動中の食事は苦労しだもんじゃが、それは羨ましいの。そうじゃ、ここに住んでお主達と一緒に冒険の旅をしたらだめかの」
「お義父さん、そんなに里を留守にされては、皆が困ってしまいます」
「お父様ももうお歳なんですから、そろそろ落ち着いて下さい」
「儂は孫たちと一緒に暮らしたいだけなんじゃがの……」
ユリーさんに続いてヨークさんも、うちに住みたいと言い出してしまった。しかも俺たち全員、孫扱いしてくれている感じだ。これだけ経験のある人が一緒に旅をしてくれたらずいぶん助かると思うが、流石に里の長老が俺たちに付いてあちこち出歩くのは問題だろう。
少し拗ねたように果実酒をちびちびと飲み始めたヨークさんの姿にみんなも笑顔になって、楽しい食事の時間は過ぎていった。
◇◆◇
食事の後は全員で食器を厨房に運び、軽く水洗いした後にウミの洗浄魔法で一気に綺麗にする。食洗機など目じゃないそのスピードと汚れ落ちの良さに、ミーシアさんまでここに住みたいと言い始めて、マーティスさんが困り果てていた。ヨークさんはもちろん賛成していたが、イーシャにも説得されて諦めたみたいだ。
洗い終わった食器を全員で棚にしまって、リビングに移動して話をしたが、とにかくヨークさんの体験談が面白い。興味を引くように巧みに話をしてくれるので、俺も童心に返ってワクワクしながら聞いている。
「それで、その魔族の男とは別れたんじゃが、いま思い出しても面白いやつじゃった」
「その人とは今どうしてるのかな、ボクも会ってみたいな」
「魔族の寿命はわからんが、まだ蒐集の旅を続けてるんじゃないかの」
ヨークさんはやはり過去に魔族と直接会っていた。その男性は鳥の羽や昆虫の羽を収集するのが趣味だったらしく、膨大なコレクションを丁寧に整理していて、魔族界で集めるものが無くなったのでこの大陸まで来たそうだ。魔族にも俺たちと同じく、変わったものを集めるコレクターは居るんだな。俺もそのコレクションを見てみたい。
「さっき言っていた、獣人だけが住む村って本当にあるんですか?」
「……私も興味ある」
「数は少ないがいくつかあるの」
「それってこの近くにあったりします?」
「あまり人の多い所には作らないからの、この近くには無いと思うぞ」
「お祖父様、場所はわかっていたりするの?」
「地図も無いような場所で偶然見つかるくらいじゃから、儂にも正確な場所はわからんの」
この世界の獣人の立場を考えると仕方ないかもしれないが、人族の目の届かない所でひっそりと暮らしている獣人たちも居るみたいだ。数人の小さな集落や、グループで移動しながら生活している人も居るという話をしてくれる。人族の俺たちが会いに行くと無用な緊張を与えてしまうだろうが、旅の途中で困ってる人が居たら力になってあげよう。
尽きることのない話題にどんどん時間は過ぎていくが、順番にお風呂に入ることにする。オーフェやアイナ達はもっと話を聞きたいみたいで、今日はヨークさんも俺たちと一緒に寝ることになった。イーシャの両親は客室で寝てもらうので、カヤがベッドを整えに行っている。
◇◆◇
イーシャとミーシアさんがお風呂に行き、続いてヨークさんとマーティスさんが入りに行く。他のメンバーもそれぞれグループを作ってお風呂を済ませ、俺とシロが最後に入って大部屋に行くと、ベッドの上でみんなが楽しそうに話をしていた。
どうも俺と出会った話をみんなでヨークさんに話しているみたいだ。
「みんな楽しそうだな」
「おかえりなさい、ご主人様」
「……みんなであるじ様と出会った時の話をしてた」
「いい出会いに恵まれて羨ましいの」
「ダイ兄さんと出会わなかったら、ボクはまだこの大陸をさまよっていたかもしれないね」
イーシャは薬を切らしている所を魔物に襲われて毒に倒れ、そこを通りがかりのリザードマンに助けられて出会うという経緯だったので、同じ冒険者の祖父に聞かれるのは恥ずかしかったのか、ちょっとバツの悪そうな顔をしているが、いい出会いだったことは間違いないだろう。
ウミに足の洗浄と毛の乾燥をやってもらった後にシロもベッドに登り、いつものようにブラッシングを受けている。以前と比べて大きくなったが、仰向けに寝転んでお腹を出して気持ちよさそうにしている姿は、小さな頃から変わっていない。
「白狼がこうやって人に甘えておる姿は、なかなか驚きの光景じゃな」
「以前、他の人にも狼は人に懐きにくいと教えてもらいましたね」
「特に白狼は気位が高くての、エルフや人族には従わないんじゃが、シロはお主たち全員と仲が良いの」
「わう~ん」
気持ちよさそうに返事をするシロだが、メンバーの中にも序列があるようで、俺の言うことを最優先に聞いてくれる。次は麻衣だが、これはいつもご飯を作ってくれるからだろう。他のメンバーは全員同列みたいだが、一番良く遊んでくれるアイナとは特に仲がいい。恐らくシロの中では、俺を群れのリーダーとして認識しているんだろう。
「それにウミさんが冒険者登録をしているというのも驚きじゃ、エルフの歴史でもそんな話は聞いたことが無いわい」
「そうでしょう、お祖父様。私もこの先の歴史に刻まれる出来事だと思ったもの」
「受け付けのお姉さんもびっくりしていたのです」
「ダイ先輩はエルフの歴史を塗り替えてしまいましたね」
「さすがご主人様です」
「……あるじ様はやっぱり凄い」
「魔族の歴史にもそんな話は無いと思うよ」
「私も家から長時間離れられるようになれば、冒険者登録をしてみたいです」
精霊に続いて妖精まで冒険者登録しに行くと、ギルドで何を言われるかわからないな。でも、一緒に旅が出来るようになれば考えても良いかもしれない。
その後はエリナとアイナのブラッシングもする。レオンさんの作ってくれた櫛はヨークさんに大受けで、あいつの作った日用品など初めて見たと、面白そうに笑っていた。
今日は眠くなるギリギリまで話がしたいと、アイナを一番最後にブラッシングしているが、色々と話しをしているうちに、ウトウトし始めたので全員眠ることにした。
「精霊や妖精も眠るとは、この家に来てから驚くことばかりじゃ」
「ダイくんの枕で寝ると気持ちいいのです」
「私も旦那様に寝ることを勧められましたが、睡眠を取るようになって家の管理がとても楽になりました」
「これだけの種族がみんなで一緒に寝るのはとても良いことじゃ、イーシャとも久しぶりに一緒に眠れるしの」
「そうね、昔はお祖父様と良く寝ていたけれど、とても懐かしいわ」
「こうやって寝ていると、孫たちに囲まれているようで、長生きして良かったと思うの」
「お祖父様はまだまだ生きられるんだから、病気には気をつけてちょうだいね」
「今回はイーシャや皆に助けられたからの、もうこんな事が無いように気をつけるから、心配無用じゃ」
そう言って笑っているが、今回の病気は里の外でもらってきたみたいなので、いまだに好奇心が衰えないヨークさんの事だから油断はできない。だが、俺たちの住んでる場所もイーシャの家族に知ってもらえたし、何かあれば連絡も付きやすくなったはずだ、それにちょくちょく様子を見に行くようにすれば大丈夫だろう。
ヨークさんの隣にはイーシャとオーフェが寝ていて、今日は俺の隣にエリナが居る。反対側に居るアイナの温もりを感じながら、寝付くまで色々な話をした。