第80話 ヒナタ草の花
アーキンドに転移した俺たちは、まず冒険者ギルドに向かった。ヒナタ草の生育場所を教えてもらったが、アーキンドの近くの森の奥に群生地帯があるらしい。ただ、その周りは突然変異種がよく発生する場所があり、危険なのであまり近づかないほうがいいと言われた。
「時間が惜しいから確実に魔物を倒す方向で行こう」
俺はストーンバレットの杖を、イーシャは氷の矢の3並列魔法回路の杖、麻衣が濃霧の杖、アイナが疾風、エリナが氷雪と氷雨、オーフェが紅炎をそれぞれ装備して、森の中を進んでいく。
「ご主人様、この先を右に入った場所に大型の魔物です」
少し先の死角になっている場所の奥にいた、普通より大きなクマの突然変異種の魔物に麻衣が杖を振ると、周りに霧が発生する。何が起こったのかわからず、手を降って払おうとしているシルエットに向かって、俺の石の銃弾とイーシャの氷の矢が突き刺さり青い光になって消える。
「わん、わんっ!」
「シロありがとう、いくよ“炎拳!”」
シロに追い立てられた中型の魔物を、オーフェの籠手から発生した青い炎の上位魔法が刺さり倒される。
「……邪魔」
木の向こうで待ち伏せていた魔物の背後に、気配を消したエリナが一気に接近して、2本の短剣で切り裂く。
「そんなところに隠れていてもだめですよ」
アイナが木の枝に擬態している昆虫の魔物を短剣で切り落とす。俺たちは自分たちの持つ最大戦力で森の中を一気に進んでいった、草むらや小さな木の枝で切り傷や擦り傷が出来るが、ウミが次々と手当してくれる。
やがて、少し森が開けた場所にオレンジ色の小さな花が咲いている場所があった。
「これがヒナタ草よ、これでお祖父様が助かるわ」
ギルドで教えてもらった特徴と一致する花が、数か所に分かれて群生している。今後のためにも少し余分に摘んでおこうと、また10本ずつ束にして精霊のカバンに詰めていく。
◇◆◇
「ただいま、ヒナタ草を見つけてきたわ」
イーシャのおじいさんの家の前に転移して中に入ると、マーティスさんとミーシアさんが揃って出迎えてくれた。もうひとり年配の女性がいるのは、薬を作ってくれる人だろうか。
「君達、本当に南部地域まで行ってきたんだね」
「はい、ツキカゲ草もヒナタ草もありますからもう大丈夫です」
「薬を作る準備は出来てるかしら」
「あぁ、この人にお願いしてあるから、お義父さんの部屋に行こう」
イーシャのおじいさんの部屋に行くと、年配の女性が薬を作る準備をし始めた。まだ寝たままみたいだが、これで良くなってくれることを祈ろう。
「これがツキカゲ草の花とヒナタ草の花です」
「これは摘んですぐの状態だね、とても活き活きしてるから間違いなく薬ができるよ」
俺から2つの花を受け取った女性が、早速薬を作ってくれる。俺たちはその様子を固唾をのんで見守る、イーシャは俺の手を握ったまま祈るようにその作業を見つめていた。
小さな丸薬のようなものが完成し、それをおじいさんの口に含ませる。口の中で溶けて効果を発揮するらしい。次に目を覚ました時に意識がはっきりしていればもう大丈夫だと、薬を作ってくれた女性が言っていた。
ひとまずこれでやれることは終わったので、世話係の女性におじいさんは任せて、テーブルのある部屋に移動した。
「精霊様や白狼様が居るだけでも驚きなのに、その上伝説級の転移魔法が使える人がいるなんて、私はいま夢でも見てるんじゃないかと思ってるよ」
「皆さん、本当にありがとう。これでお父様の病気も良くなると思うわ」
2人は揃って頭を下げてくれた。王都のダンジョンでツキカゲ草を見つけてくれたエリナ、新鮮な魚を買いたいとアーキンドまで旅するきっかけを作ってくれた麻衣、そして空間転移でみんなを運んでくれたオーフェ、アーキンドの森を最速で進む協力をしてくれたみんな。色々な偶然が重なったが、本当にここに全員で来てよかった。
「このメンバーでなければ薬の材料は手に入らなかったわ、みんなも本当にありがとう」
イーシャも今までの緊張や不安が無くなったのか、柔らかい笑顔で俺たちにお礼を言ってくれる。その姿をイーシャの両親も優しい顔で見ていて、特にお母さんのほうが嬉しそうにニコニコしている。
「あなた達、食事の用意をしてるのだけど、良かったら食べないかしら」
「そう言えば、まだ食事をとってなかったわね、お母様の料理は美味しいからみんなでいただきましょう」
今日は朝食をとってから何も食べてなかった、ずっと時間に追われるように動いていたので忘れていたが、思い出すとお腹が空いてきた。
次々と運ばれてくる料理は野菜や豆が多いが、森で狩ってきたんだろう動物の肉もある。みんなもお腹が空いていたんだろう、待ちきれない顔で料理を見ている。シロには茹でたお肉と野菜に豆を作ってくれたが、とても美味しそうに食べている。
初めて食べたエルフの料理は、薄味だが美味しい。控えめな味付けでも旨味があって、素材の味がダイレクトに感じられる。
「ここの野菜はすごく味がしっかりしてます、この野菜で私も何か作ってみたいです」
「お肉そのものの味と、調味料の味がすごく合っていて美味しいです」
普段から料理を作っている麻衣とアイナは食材や味付けに興味があるみたいだ。
「果物も街で食べるものより、ずっと甘いのです」
「……野菜も甘くて美味しい」
「ボク、こんな美味しい豆を食べたのは初めてだよ」
エルフの里は素材の味が凄くいい、きっと他の地域とは違う品種か栽培法で作っているんだろう。それに土地の栄養が豊富なのか全体にサイズが大きい、豆も街でよく見る物と同じ種類でも大きさが一回りは違う。
「どれも美味しいです、ありがとうございます」
「他の種族の方にも喜んでもらえると私も嬉しいわ」
そう言ってミーシアさんが嬉しそうに笑う、その笑顔はイーシャとよく似ていて母娘だと感じる表情だ。イーシャも久しぶりの母親の料理が懐かしいのか、味わうようにゆっくりと楽しんでいる。
◇◆◇
食事を食べ終わって、お茶を飲んでいると、おじいさんの寝室に居た世話係の女性が部屋に入ってきた。
「ヨーク様が目を覚まされました、意識もはっきりしているのでもう大丈夫だと思います」
俺たちは全員で寝室に移動した。部屋に入ると、おじいさんは壁を背もたれにして上半身を起こしていて、入ってきた俺たちの方を見て微笑んでくれる。
「お祖父様っ!」
「イーシャじゃないか、たった数年で旅から戻ってきたのか?」
床に膝をついて少し高くなった台の上に居るおじいさんの腰にすがりついたイーシャに、そう言いながら優しく頭を撫でている。
「お祖父様がご病気だと聞いて、急いで帰ってきたのよ」
「そう言えばずいぶんと体の調子がいいが、儂の病気は治ったのか?」
「お義父さんの病気に効く薬の材料を、イーシャとその仲間の冒険者のみなさんが集めてくれたんですよ」
「それは世話になったな、こんな老いぼれのために力を貸してくれてありがとう」
おじいさんはそう言って頭を下げてくれる。腰にすがりついていたイーシャも立ち上がって、俺の方に歩いてくると、肩に顔をうずめて抱きついてきた。目尻に涙が浮かんでいるので、嬉しくて泣いてしまったみたいだ。俺も片手でイーシャを抱きとめて、もう片方の手で頭を撫でてあげる。
「ダイ、本当にありがとう。あなたが一緒に行こうと言ってくれたから、お祖父様の病気を治すことが出来たわ」
「力になれて本当に良かったよ、それにみんなが協力してくれたから薬の材料も手に入れることができたんだ」
イーシャはみんなにそれぞれお礼を言って、仲間たちも治って良かったと笑顔で言葉を返している。そんな俺たちをおじいさんは嬉しそうに見つめてくれる。
「人族に獣人族、それに水の中級精霊に、白狼までおるのか。赤い髪の子供は、少し人族と違うの、おそらく魔族じゃないか?」
「魔族って、本当ですかお義父さん!? もしかして伝説の転移魔法を使えたのも、魔族だったからじゃ……」
これは驚いた、オーフェのことを見抜いたのはレオンさんとヤチさんだけで、ヤチさんは同じ種族だから魔族とわかったみたいだが、レオンさんは違和感だけだったのに、このおじいさんはひと目で魔族だとわかってしまった。やはり色々な経験をしているだけあって、洞察力も桁外れに凄い。
「ボクのことを人族と違うってわかったのは、鍛冶屋のおじいさんと、イーシャちゃんのおじいさんだけだよ」
「なんじゃ、レオンにも会ってるのか、あいつも人を見る目はあるからの。それに転移魔法が使えるみたいじゃが、小さいのに凄いの」
「お父様のご病気を治す薬の材料も、転移魔法で集めてくれたんですよ」
「そうじゃったのか、イーシャもいい仲間を見つけたの」
「えぇ、とても頼りになる仲間で、そして大切な家族よ」
ご両親や祖父の前での家族宣言は少し恥ずかしいが、花が咲くような笑顔でそう言われると俺も嬉しくなる。
「しかし、里の男には全くなびかなかったイーシャが、人族の男と一緒にいるなんて、長生きはしてみるもんじゃな」
「私もびっくりしていますよ、お義父さん」
「イーシャちゃんたら、お父様が目を覚ますまでずっとダイさんの手を握っていたのよ」
「それはかなり脈がありそうじゃな、これはひ孫の顔を見るまで死ねんの」
「もう、お祖父様も変なことを言うのはやめて欲しいわ」
からかわれたイーシャが顔を赤くして抗議しているが、おじいさんもご両親も楽しそうに笑っている。久しぶりに帰ってきた娘や孫に会えて嬉しいんだろう。
その後少しだけ話しをして、病み上がりだから今日は安静にしたほうがいいと、自己紹介も後日にしておじいさんの部屋を後にする。俺たちもその日はこの家に泊まらせてもらうことになった、オーフェも遠距離を往復で転移しているし、森でも全力戦闘しているので、これ以上負担はかけたくない。
部屋をどうしようかという話になったが、舞台のように高くなった部分がある大きな部屋があるので、そこに毛布を並べて寝ることにした。
◇◆◇
「イーシャさんのおじいさん、元気になってよかったですねー」
「少し元気すぎて困ってしまうわ」
ブラッシング中のアイナの言葉に、イーシャが苦笑しながら答える。病気が良くなったと知ったおじいさんは、すぐ外に出ようとしてみんなに止められたりしていた。
長老と言うから里の中でどっしりと構えているものだと思っていたが、いまだに好奇心は衰えないらしく、時々家を開けてどこかに出かけてしまい、騒ぎになる事もあるみたいだ。色々な意味で普通のエルフとは違うすごい人だ。
「でもボクの事をひと目で魔族だってわかちゃったのはびっくりしたよ」
「そうだな、あれは俺も驚いた。もしかしたら、他にも魔族と会ったことがあるのかもしれないな」
「ヤチ姉さん以外にも居るなら、ボクも会ってみたいな」
人族と少し感じが違う事には、ヴェルンダーで鍛冶屋をしているレオンさんも見抜いたが、そこから魔族に結びつけることが出来たのは、他にも魔族に会ったことがあるからだろう。ヤチさんの存在を知り、この大陸にも魔族が暮らしていると確信しているが、もし会えるなら会ってみたい。
「ねぇダイ先輩、おじいさんの体力が戻ったら、イーシャさんのご両親と一緒に私たちの家に呼んで、快気祝いをしませんか?」
「それはいいな、カヤも紹介したいし、ぜひ来てもらおう」
「……賛成」
「ウミも賛成ですよ」
「ボクも賛成だよ。泊まってもらっていっぱい話を聞きたいね」
「私も楽しみですー」
「わうっ」
「お父様とお母様には私から話しておくわ」
おじいさんの病気も治ったし、これからの楽しみもできた。何よりイーシャに笑顔が戻ったのが嬉しい、せめて俺の手が届く範囲にいる人だけでも、笑って過ごしていければいいと願う。
エルフの里で過ごす初めての夜が更けていった。
この後、資料集の方にエルフの里の登場人物を追加します。