第73話 ロイさんとの再会
「ご主人様、あの馬さんの声がします」
アイナがそう言ってレンタル馬車のお店に走っていく、相変わらず耳がいいな。
俺たちは教授が来る前に新鮮な魚を仕入れるために、アーキンドまで行こうとしている。オーフェに場所を覚えてもらえれば次からは一瞬で行けるので、滞在期間は短めにした強行軍だ。前回はセカンダーの街まで徒歩だったが、今回は時間短縮のために馬車を借りることにした。
あの馬なら力も持久力も問題ないので、借りることができれば移動がかなり楽になる。アーキンドで借りた馬だったが、大陸を南北に往復縦断してしまう付き合いになった。長い付き合いになるので名前をつけてやりたくなるが、別れる時が辛くなりそうなのでやめておこう。
「この子がやたら興奮していると思ったら、あの時の冒険者だね」
返却の時に対応してくれたおばちゃんが、俺たちの姿を見つけて話しかけてきた。
「これからセカンダーを経由してアーキンドまで行きたいんですが、この馬をお借りできますか?」
「あぁ問題ないよ、それにあんた達ならこの子も喜ぶ」
ウミを頭に乗せたまま俺の髪の毛を甘噛している馬を見て、店員のおばちゃんが笑っている。今までと同じタイプの幌付き荷台を借りて、馬の餌を精霊のカバンに収納していると、ここで働いている自分の娘の婿にならないかと言われた。勝手に結婚相手を決められそうになる娘さんに少し同情するが、当然お断りさせてもらった。こちらを見るパーティーメンバーの目が、いつもと違った光を放っていたからだ。
◇◆◇
馬車でいちど自宅に戻り、作りおきの料理を用意していた麻衣と合流した。今回の旅はシロも同行する、カヤを一人だけ家に残すのは申し訳ないが、街道も整備されていて危険な旅にはならないし、シロにもいろいろな場所を体験してほしい。
「それじゃぁカヤ、1人で留守番させるのは悪いけど行ってくるよ」
「気をつけて行ってらしゃいませ。お帰りをお待ちしております、旦那様、皆様」
カヤの頭を撫でながら挨拶をして出発する。王都の南門を抜けて街道に出る、ここから旅に出るのは2回目だが、馬車に乗っていると風景も違う。
「去年旅をした時は途中でワイバーンに遭遇しましたね、あれは障壁を張っていても怖かったです」
「なぜあんな場所に居たのかは謎だけれど、もう出ないと思うわよ」
「あれから障壁の強度も上がってるし、街道を移動する人に警告も出てないから大丈夫だろう」
「私たちの武器も新しくなりましたし、エリナさんやオーフェちゃんも増えましたから、今度はもっと楽に倒せる気がしますよ」
「地上に落としてくれれば、ボクの紅炎で殴って倒すよ」
「……私の氷雪と氷雨もあるから平気」
「怪我をしないように気をつけてくださいです」
頻繁にあんな魔物が出るようなら何かしらの対応がされているだろうけど、王都ではそんな話は聞かなかったし、あれはかなりイレギュラーな事態だったんだろう。それにブレスに気をつければ、今度はもっと楽に対処できる気がする。メンバーの連携も良くなってるし、武器も強くなったからな。
◇◆◇
進めるだけの距離を移動して野営の準備に入る、要所要所に設置されている野営ポイントからは外れているが、その方が俺たちの秘密兵器を設置しやすい。
「設営もいらないし楽でいいわよね、これ」
「床も柔らかくなってるので寝ても痛くなりません」
「……並んで眠れる」
カヤの作ってくれた携帯型の宿泊施設だ。軽量で強い木材を使って、屋根が片側だけについている、横長の小屋といった感じになっている。少し高床になっていて、屋根の高さも抑え気味にしているので、部屋の中の移動が少々大変だが、テントと同じで腰を曲げたり四つん這いになって進めば問題ない。
床はクッションを入れたマットのようなものが何枚か敷かれてあり、汚れたら洗濯も出来るようになっている。入り口の近くには小さな棚があって、靴が置けるようになっていたり、小屋の四隅の上部には留め金が付いていて、木や地上と紐で固定できるように配慮されている。
跳ね上げ式の窓も2ヶ所付いているので、狭くて息苦しい感じもしない。軽くすることを第一の目的としたために、強度と防水性が犠牲になったとカヤは言っていたが、テントよりはるかに居住性がいいし、精霊のカバンに収納できてしまえるのが素晴らしい。文句なしにいい仕事をしてくれた。
「こんな大きなものが精霊のカバンに入るなんて思ってなかったのです」
「一応、人の手で運べるからじゃないかな」
「空間魔法だと、ちょっと無理かな」
「それを思いつくダイ先輩もすごいですが、作ってしまうカヤちゃんもすごいですね」
人の手で運べるものしか収納できないという、精霊のカバンの制限を拡大解釈した裏技っぽくもあるが、荷物を積んだ荷車が収納できたので、これもいけるんじゃないかと思いついた。
◇◆◇
麻衣が夕食の準備をしてくれている間に、いつものように精霊魔法できれいになった馬にブラッシングをする。馬も気持ちよさそうにしてくれているし、頭を下げてブラシをかけやすいようにしてくれる。王都に来てからはシロのブラッシングもやっているので、俺の技術もだいぶ上達したのかもしれない。
ヴェルンダーの街でレオンさんが作ってくれた櫛は2人にも好評だ。ブラシで梳いてから櫛で整えると、毛並みが更に良くなる。アイナのしっぽは流れるようにきれいに整えられてフサフサに、エリナのしっぽは整えられた毛が輝くようにきれいに見えるので、やっている方も嬉しくなる。
「シロ、ブラッシングするぞー」
「あう、あうん」
夕食後は携帯ハウスに入ってシロのブラッシングをする。呼ぶと待ってましたとばかりに俺の近くに来て尻尾を振っている。シロも毎日お風呂に入っているし、ウミの洗浄魔法もかけてもらえるので、柔らかくて触り心地のいい毛並みだ。背中や頭、足や尻尾を丁寧にブラシで梳いていくと、次はこっちとばかりに寝転がってお腹を見せる。お腹を優しくブラシングしてやると、気持ちよさそうに目を閉じてじっとしている。他の色が全く混じっていない真っ白な毛が整えられていくと、そこだけ雪が降ったように見えて綺麗だ。
「ご主人様のブラッシングは、どんどん気持ちよくなっていきますね」
「そんなに変わったか?」
「初めてやってもらった時から気持ちいいのは変わりませんが、最初の頃から比べると、とろけるような気持ち良さが増えました」
出会ってすぐからずっと俺のブラッシングを受けていたアイナが言うんだから、俺も上達してきたのは間違いないんだろう。
「……あるじ様のなでなでとブラッシングは大陸一」
「あうーん」
大陸一は言いすぎかもしれないが、なでなでとブラッシングのレベルなんてのがあれば、どれくらい上がったのかちょっと知りたくなった。
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セカンダーの街の入場審査も問題なく終了して、まずはロイさんに挨拶するために自宅の方に馬車を走らせている。久しぶりに訪れたこの街も、物流拠点としての活気があって、荷物を積んだ馬車の往来が多い。オーフェは初めて来た街に興味津々で、御者台まで来て辺りを見回している。
「すごいね、大きな建物がいっぱいあるよ」
「この街は倉庫が多いから、建物は大きなのが多いな」
「ここからお船に乗って移動したのです」
「最初は船酔いで大変でした」
麻衣は初日、船酔いでダウンしてしまったからな。あの時はウミが冷たい水を出してくれたり、イーシャが看病してくれたりして、次の日には回復したっけ。
「この大陸に来る時は空の旅だったから、ボクも船に乗ってみたいよ」
「船はとっても速くて、風も気持ちよかったです」
「私も海を進む船は初めてだったけれど、風の精霊も気持ちよさそうにしていて楽しかったわ」
あの航海は水の精霊のウミと、風の精霊の声が聞こえるイーシャのおかげで順調だったんじゃないかと、今でも思ってる。移動中は波も穏やかで、風も常に順風だったみたいだし、この2人と精霊の関係を考えるとありえない話じゃない。
しばらく馬車を走らせていると、ロイさんの家に到着した。ちょうどロイさんが玄関から出てきたところで、リンダさんや使用人の人達もいる。これから商会の方に行くところだろうか。
「ダイ君じゃないか、セカンダーに来ていたんだね、入ってきてくれていいよ」
俺に気づいたロイさんがこちらの方に歩きながら招き入れてくれる、馬車を敷地内に入れて全員降りて挨拶をした。
「まあまあ、皆さんお久しぶりね。ずいぶん人数が増えたわね、それに可愛い仔犬まで居るわ」
「ご無沙汰してます、リンダさん」
あの独特な空間を作り出すリンダさんの雰囲気を懐かしみながら挨拶をする。シロを抱き上げてリンダさんの前に連れて行くと頭を撫でてくれて、その手をペロペロと舐めるシロを嬉しそうな顔で見ている。優しい空気があたりを包み、ロイさんだけでなく使用人の人たちも幸せそうな顔をしている。
「私はこれから打ち合わせがあって、少し出ないといけないんだ。君たち、予定が無いなら是非泊まっていってくれないか。話したいことも沢山あるし、リンダや使用人たちも喜ぶ」
「ご迷惑でなければ、一晩お願いしてもいいでしょうか」
「もちろんだとも、新しい仲間も増えているみたいだし、夕食の時に紹介してほしい」
そう言ってロイさんは出かけていった。使用人の人に馬車を止める場所まで案内してもらって、馬は厩舎に入れてもらう。
「リンダさん、お菓子を色々作ってきたので、また皆さんで食べてください」
「あらあら、マイちゃんありがとう。うちの使用人もマイちゃんのお菓子のことをとても気に入っていて、時々また来ることはないのか聞かれるのよ」
そう言って微笑むリンダさんと、少し恥ずかしそうにしている使用人の人たちだが、視線は麻衣の持ってきたお菓子に釘付けだ。今回はフルーツのゼリーとケーキを用意していたようなので、きっと気に入ってくれるに違いない。
◇◆◇
今日はリンダさんの足の状態を見るために、お医者さんが訪問診療に来るらしいので、そのまま俺たちは街の散策に出ることにした。オーフェにセカンダーの街も覚えてもらいたいし、色々な所を見て回ってみることにしよう。
「私はここで海を初めて見たんですが、味が付いてるなんてびっくりしました」
「甘くないのが残念なのです」
「ウミちゃんは甘いものが好きだけど、海の水は塩味だもんね」
「甘かったら蟻とか寄ってきそうでちょっと嫌ですね」
やっぱり麻衣もそう思うよな、昆虫でごった返す海辺とか、かなり遠慮したい。
「ここから船に乗ったのよね」
「……大きな船がいっぱい」
運搬船に乗せてもらった港に来たが、あの時の船は居ないみたいだ。定期的にこことアーキンドを往復しているみたいだし、航海中か向こうにいるのだろう。
人もあまり歩いていないし、荷馬車や荷車に気をつければいいだけなので、シロは離しているが色々な匂いがするのか、あちこちを嗅ぎ回っている。様々な商品が運び込まれているだろうし、嗅いだことのない匂いもいっぱいなんだろう。
「シロは鼻がいいから、色々な匂いがわかるんだろうな」
「公園で迷子になった時も、シロが見つけてくれたしね」
「ここなら迷子になっても、ウミが空から探してあげるのです」
「ありがとうウミちゃん。さっきの家とこの港は覚えたから、ボクも自分でなんとかしてみるよ」
ロイさんの家に直接転移するのは止めたほうがいいだろうけど、セカンダーの街もこれでいつでも来ることができるようになったな。
その後は商店がある区画も回って、ロイさんの家に戻った。
◇◆◇
ロイさん達と夕食を食べながら話をしたが、麻衣の作ったスコーンが貴族の間で大流行しているらしい。今まで飲み物に溶かすしか利用法のなかったジャムの新しい食べ方として、ロイさんの商会で扱っている商品の売上も倍増したそうだ。スコーンの販売も好調で、2人ともすごく感謝してくれた。
貴族には縁がなかったので、まさかそんな事になってるとは思わず、麻衣もかなりびっくりしていた。クッキーは冒険者たちに大人気だったが、今度は貴族にも影響を与えてしまったか、さすがだな麻衣のお菓子は。
今日渡したお菓子は使用人の人たちにも好評だったみたいで、ゼリーはロイさんも絶賛していた。日持ちがしないので商会で扱うのは難しいみたいだが、リンダさんは材料と作り方を熱心に麻衣から教えてもらっていた。
新しく仲間になった2人も紹介したが、一般人であるロイさん達には、オーフェの素性は秘密にしている。拠点として王都に一軒家を手に入れた事なども話し、食事の時間は楽しく過ぎていった。