第68話 マイホーム
全員で家に入り、まずはリビングに行く。調度品は全て修理されており、以前の持ち主の趣味だろう、とても品の良いもので揃えられている。大きなローテーブルを囲むように置かれたソファー、別の場所には椅子とテーブルも置いてある、壁際には暖炉もあり寒い日はエリナが前で寝ていそうだ。お茶やおやつはここで楽しむのがいいな。
「ゆっくりくつろげそうな部屋ね」
「……暖炉がある、素敵」
エリナはやっぱり暖炉に惹かれるか。大陸中央部は冬でも温暖なので、使う機会はあまり無いかも知れないけど、暖炉があるとリビングの雰囲気が一気に良くなる感じがする。
イーシャは早速ソファーに座ってくつろいでいる。他のみんなはあちこち見て回ったり、椅子に座ったり楽しそうだ。シロも匂いをかぎながら動き回っている。俺もウミもオーフェもじっくり部屋の中を見るのは初めてなので、ソファーや椅子に座ったり暖炉のそばに行ったりして部屋の中を確かめる。
次は食堂だ、そこは20人位で使える机と椅子が配置されていて、ちょっとしたパーティーなんかも出来そうだ。なにせこの家の1階部分は、玄関ホールとリビングと食堂の実質3部屋しかないので、それぞれが広く作られている。
「ここなら友達や知り合いを呼んでも、みんなでご飯が食べられるね」
色々な人や種族と仲良くしたいオーフェには、やはりみんなで集まって食事をしたりするのが楽しみみたいだ。お世話になった人や教授たちや輝樹さんを呼んで、食事会やパーティーをするのも良いな。
次にその横にある厨房に行く、ここもカヤのおかげで綺麗に掃除されていて、今すぐ使えそうな状態になっている。中には大きなテーブルも置かれていて、ここに食材を並べて調理したり、出来た料理を置いておくんだろう。
「これは素晴らしいです、これだけ充実していたら何でも作れます。早速、拠点ができた記念とオーフェちゃんの歓迎会とエリナちゃんの誕生会をまとめてやりましょう!」
麻衣がすごく喜んで興奮気味に話している。オーフェの歓迎会は、彼女自身の希望で麻衣が気兼ねなく料理ができる場所で作ったものが食べたいと言って、ヴェルンダーではやらなかったので、このタイミングでやるのも良いな。それと、この世界では誕生日を祝う習慣はないが、エリナの誕生日がちょうど今の期間なので、おめでとうを言うのも良いだろう。
地下の保管庫も見てきたが、イーシャが飲めそうなお酒を発見していた、今夜開けてみるそうだ。
お風呂も見に行ったが、3人くらいなら十分入れそうな広さがある立派な湯船が付いていた。ここでは、すっかりお風呂が大好きになったウミが喜んでいた。
2階の大部屋に行くと、部屋の中には巨大なベッドが完成していた。これを一晩で作ってしまうカヤの能力は素晴らしいな。
「これは凄いな、まさかこんな立派なベッドになるとは思ってなかった、ありがとうカヤ」
「材料を十分買っていただけたので、存分に腕を振るうことが出来ました、お気に召していただけたなら嬉しいです」
「ご主人様、これふかふかです」
「これはいいわね、今夜寝るのが楽しみだわ」
「いつもの枕を並べるですよ」
「これだけ気持ちいいと朝起きるのが辛くなりそうです」
「……ここから動きたくない」
「これ宿屋のベッドみたいで凄いよ」
「わふっ!」
カヤの頭を撫でてあげていると、みんながベッドの上に乗ってはしゃいでいる。マイ枕を取り出して並べたり、寝転がったり、シロも洗浄魔法できれいにしてもらってベッドの上に乗っている。
「カヤ、俺たちもベッドに行こう」
「はい、旦那様」
カヤと一緒にベッドに登ってみたが、確かにこれは気持ち良すぎていつまでも寝ていたくなる。部屋の中にはテーブルと椅子、それに扉のついたクローゼットみたいな物があって、あそこに服を入れておくのだろう。壁際には作り付けの棚があるだけのシンプルな部屋だが、ベッドがこれだけ大きいから他の家具は必要ない。
部屋の奥には書斎につながるドアがある。気になったのでベッドから降りて中に入ってみたが、大きな机と本棚があり、本は朽ちてしまったんだろう、一冊も無かった。
他の部屋も回ってみたが、ベッドとテーブルと作り付けの棚があるだけで、お客さんが来た時に泊まってもらう部屋にするのが良さそうだ。
屋根裏の資材置き場も軽く見て、全員で1階に降りてくる。
「ご主人様、庭を見てきてもいいですか?」
「あぁ、行ってきていいよ」
「シロ、行きましょう」
「あんっ!」
「……私も行く」
「ボクも行くよ」
アイナとエリナとオーフェとシロが庭に出ていった、リビングに移動して窓から見ると全員が元気に走り回っている。やはり庭付きの一戸建てはいいな、日本だとこんな広い庭がある家は都会だと手に入りにくいから、この様な所に住めるのは感動も大きい。
その後、この家での役割分担を決めたが、掃除と洗濯はカヤの仕事、料理は基本的に麻衣が担当する。カヤも料理は出来るそうだが、そこは麻衣が譲らなかった。他のメンバーは雑用とお手伝いだけなので、ちょっと申し訳ない気持ちになる。
◇◆◇
その後は全員で買い出しだ。今夜の食材の調達と、イーシャがカヤの服を買うと張り切っている。カヤは俺が抱きかかえてみんなで街を歩く、シロはエリナが抱いている。両方とも白いのでとても清楚な感じがするな。
「あの、イーシャ様。私は妖精ですから服は必要ありませんが」
「仕事着はそれでいいと思うけれど、女の娘なんだし出かける時は可愛い格好をしないとダメよ」
「寝る時もその格好だと不便ですよ」
「マイ様、私は寝る必要はありません」
妖精は寝る必要はないのか、確か精霊もそうだけどウミは俺たちに合わせて寝るようにしてるし、寝ない訳じゃないと思うんだが。
「カヤは寝ることは出来るのか?」
「はい、寝ようと思えば寝る事も出来ます」
「じゃぁ、みんなで寝るほうがいいですよ」
「しかしアイナ様、私がお仕えする方と一緒に寝るのは」
「……私はみんな一緒に寝るほうがいい」
「うぅっ、エリナ様まで」
なんかカヤの心が揺れてるみたいだ、もうひと押しって所か。
「ダイ兄さんに撫でられながら寝るのは気持ちいいよ」
「そっ、それはとても魅力的です。……わかりました、今夜から皆様と一緒に寝るようにします」
「やったのです、さすがダイ君のなでなで効果なのです」
カヤが折れた。なでなでされながら寝るのが良いと言うなら、思いっきり撫でてやろう。今夜は覚悟しておくといい。
その後、二手に分かれて買い出しに行く、俺と麻衣とウミで食材の買い出し、その他のメンバーでカヤの服を買いに行った。俺は食料品店には入らないのでシロも預かる、終わったらそれぞれが自宅に戻る事になった。
「それでは、買い物に行ってきますね」
「あぁ、ゆっくり見てきていいよ」
麻衣とウミがお店に入っていく、今日はパーティーなのでウミの好きな甘いものを買ってくれるそうだ。ウミも何を買うかじっくり考えたほうがいいだろう。
「おや? 大君じゃないか」
突然名前を呼ばれて、声の方を見ると輝樹さんが立っていた、今日も普段着だしプライベートタイムなんだろう。
「輝樹さん、ご無沙汰してます」
「確か別の町に行くと聞いていたけど、王都に帰ってきていたんだね」
「えぇ、先日戻ってきたばかりです」
「とてもきれいな犬を抱いているね、どうしたんだい?」
「旅の途中で拾ったんですよ、名前はシロって言います」
輝樹さんがシロの頭を撫でると、嬉しそうに尻尾を振って手を舐めている。折角こんな所で会ったんだし、今夜のパーティーに誘ってみようか。
「輝樹さんは今日はなにか予定があるんですか?」
「今日は訓練も休みの日だから、お店をぶらぶら回っていただけだよ」
「俺たちここに家を買いまして、そのパーティーをするんですが、輝樹さんも一緒にどうですか?」
「家!? 王都に家を買ったのかい?」
「えぇ、格安の物件があったので購入しました」
「大君はやっぱりすごいな、その若さで家を買うなんて。でも、そんなパーティーに僕がお邪魔してもいいのかな?」
「新しいパーティーメンバーも紹介したいですし、麻衣も喜ぶと思うので是非」
それに勇者候補と知り合えればオーフェも喜ぶと思う。魔族とは敵対する関係だけど、過激派の魔族は転生させてその思想から解き放ってほしいと言っていたし、会わせても問題ないだろう。
「それじゃあ、お邪魔させてもらうよ。なにか手土産を買ってくるよ」
そう言って輝樹さんはお店の方に向かっていった、別に手ぶらでも良かったんだが、変に気を使わせてしまった。
しばらく待っていると、麻衣とウミが店から出てくる。ウミがホクホク顔してるのを見ると、いいものが買えたんだろう。
「ダイ先輩、お待たせしました」
「なにか良いものが買えたみたいだな」
「とっても美味しそうな蜂蜜が買えたのです」
そこへちょうど輝樹さんも戻ってきた、手にはフルーツをいくつか抱えている。
「大君おまたせ。稲葉さんも一緒だったのか、久しぶりだね。それとウミさんだったね、こんにちは」
「石延さん、ご無沙汰してます」
「お久しぶりなのです」
「今日のパーティーに輝樹さんも誘ったんだけど、いいかな」
「今日は色々なお祝いが重なってますからいいですよ、大歓迎です」
「後でその果物を切って欲しいのです」
麻衣も歓迎してくれるようだし、ウミは輝樹さんの持ってるフルーツに夢中だな。とりあえず俺たちのグループは家に戻る事にしよう。
◇◆◇
「これは……立派な家を買ったね」
「お風呂も付いていますし、厨房も広くていい家ですよ」
門の前で輝樹さんが少し唖然としている。カヤのお陰できれいになった家は、屋敷というほど大きくはないが、上品な佇まいを見せているからな。
門を開けてシロを庭に放すと、玄関まで走っていって俺たちが来るのをお座りして待っている。特にしつけをしている訳ではないが、賢くて非常に行儀がいい。
玄関を開けてリビングに案内する、麻衣はお茶の準備をしてくれているみたいだ。
「中もとても上品でいい家だね」
「以前住んでいた人がとてもセンスの良い人だったみたいで、派手になりすぎずに落ち着いた雰囲気になっているので、とても良い物件でした」
「前に住んでいたのはどんな人だったのか知っているのかい?」
「実は旅先で事故にあって亡くなられたみたいで、ここもずっと空き家だったんです」
「そうだったのか。でも、空き家だった割には凄くきれいだね、ホコリ一つ落ちていない感じだよ」
「実はそれには訳があって……」
そう言いかけた所で、門の方から残りのメンバーが帰ってくるのが見えた。せっかくだから全員紹介して、この家の事も話をしよう。
(ベッドは)カヤが一晩でやってくれました(笑)