第66話 不動産屋
あれから白狼の子供シロもどんどん元気になって、今もアイナと一緒に馬車の横を走っている。
「シロ、競争ですよ」
「あんっ!」
身体強化を発動したアイナと、小さいながら走るのが速いシロが、どんどん先の方に行ってしまう。シロは全員とすっかり仲良しになって、エリナやオーフェとも時々走ったりしている。麻衣は家で小型犬を飼ったことがあるようで、シロにも専用で味のついていない食事を作ってくれている。まだ小さいがやはり狼なのか、お肉が一番好きみたいで、ミンチ状にしてもらった物をよく食べている。
なんとシロは馬とも仲良くなってしまい、背中に乗せてもらって座っている姿がむちゃくちゃ可愛かった。スマホがあったら写真を撮って、永久保存したいくらいの可愛さだった。
「元気だな、アイナは」
「シロも楽しそうにしてますね」
「ボクもシロと一緒に走るの楽しいよ」
「……私も一緒に走るの好き」
「もっと大きくなったら、ウミを乗せて走ってもらうのです」
王都の近くまで来て、街道の側も開けてきているので1人と1匹は楽しそうに走り回っている。そろそろ王都も見えてくる頃だし、戻ってきたら馬車に乗せないといけない。
「もうじき王都に着くわね、まだ1年経ってないのにすごく懐かしい気がするわ」
「ウミがクマの魔物さんに追いかけられた森が見えるので、もうすぐなのです」
「蜂蜜を食べようとしたら追いかけられたんだったな」
「あの時は怖かったのです」
みんなと話をしていると、アイナとシロが戻ってきたので馬車に乗せる。しばらくすると、あの大きな城壁が見えてくる、とうとう王都まで戻ってきた。
◇◆◇
入場審査も無事終えて、馬車を返しにお店に向かう。ここでもやはり馬の毛艶の良さと健康さを驚かれた。レンタル馬車のお店はこの王都が本店らしいが、借りた馬の性格のことは有名らしく、あまりの懐きっぷりに言葉も出ない様子だった。
まずは宿屋に向かおうと【暁の波止場】まで歩いている。王都が初めてのオーフェとエリナが俺と手を繋いで、シロは危ないのでアイナが抱えていて、その両隣をイーシャと麻衣が歩いている。ウミは定位置の俺の頭の上だ。
「ここが王都かあー、道も広いし建物も大きいね!」
「……人がいっぱい」
「遠くに見える大きな建物が王城だぞ、麻衣は昔あそこに住んでたんだ」
オーフェは新しい街に興味津々で、あちこちキョロキョロしながら、手を離すと何処かに飛んでいきそうになっている。エリナはやはり少し怖いのか、俺の腕にそっと体を寄せている。
「王城の近くには公園もあるのです、とても気持ちよかったですよ」
「王城に居た頃は何度か行ったことありますけど、静かでいい場所でしたよ」
「私は行ったことなかったわね、今度みんなで行きましょう」
「私も行ってシロと走ってみたいです」
まだ寒い時期だけど、お弁当を持ってピクニックみたいに公園で過ごすのもいいかもな。輝樹さんも日課の散歩を続けていたら会えるかもしれないし、拠点の事に片がついたらみんなで行ってみよう。
宿屋に着くと受け付けに座っていたハーフリングの女将さんがこちらに気づいて、カウンターから降りて駆け寄ってきた。
「お客様、お久しぶりだよ、精霊さんも相変わらず可愛いよ」
「ご無沙汰してます、また王都に戻ってきたのでお世話になろうと思います」
「人数が増えてるみたいだけど大丈夫よ、今日はご休憩とご宿泊どちらにするよ」
「えっと全部で7人なんですが、実はこの子も泊めてもらえないかと」
そう言って、アイナの抱いている白狼の子供を見せる。女将さんはシロのことをキラキラとした目で見て、触りたそうにして手をプルプルさせているので、アイナから受け取って渡してあげる。
「白くてふわふわでとても可愛いよ、この可愛さは大正義よ」
女将さんはシロのことを撫でたり抱きしめたりして大興奮だ、シロも顔を舐めたりしながら尻尾を振っている。
「大きな動物だとお断りするけど、この子は小さくて可愛いから大歓迎よ、精霊さんが居るから全部で6人分でいいよ」
「ありがとうございます、ではそれで宿泊をお願いします」
◇◆◇
部屋に入ってみんなでくつろぐ、もちろんベッドは1つしか無い。
「あのハーフリングの女の人、すごく面白い人だったね」
「……ちょっと可愛かった」
「あの女将さんは可愛いものに目がないみたいだからな」
「ウミも前に抱きしめられたのです」
でも何だかんだで追加料金も取らずに、ウミやシロのことを泊めてくれるので、とても良い人だ。それに、シロと戯れている姿はとても可愛い。可愛い物好きの本人が一番可愛いという、なかなか反則な人だ。
「でもベッドに並んでみんなで寝るのも久しぶりね」
「ヴェルンダーでは床で雑魚寝でしたからね」
「ボクはベッドでみんなと寝るのは初めてだよ」
「拠点ができたら、大きなベッドを買いましょうね、ご主人様」
「……どこから入れるか、問題」
そうなんだよな、大きなベッドを買うにしても、玄関や部屋の入口が狭かったら入らないよな。バラバラにして中で組み立てるとか、職人を呼んで部屋で作ってもらうとかしないと、大きなベッドは設置できそうもない。
この宿屋とかは、建物を作る段階でベッドも備え付けてあるだろうし、後から設置する方法はお店で聞いてみないといけない。
「明日、俺は不動産屋に行こうと思うんだけど、みんなはどうする?」
「不動産屋に大人数で押しかけても迷惑でしょうから、私は街で買い物をするわ」
「私もイーシャさんと買い物に行きたいです」
「……私もアイナとイーシャと一緒に行く」
「ボクはダイ兄さんに付いていくよ、王都も見て回りたいし」
「ウミもダイくんと一緒に行くです」
「私は精霊のカバンの中身を少し整理したいので、宿屋でお留守番しますね、シロちゃんの面倒も見ておきます」
それぞれの明日の予定も決まった、明日はウミとオーフェと一緒に不動産屋に行こう。
―――――・―――――・―――――
次の日、オーフェと手を繋いで街を歩いている、ウミはいつもの俺の頭の上だ。王都は相変わらず人も馬車も多い、魔族がちょっかいをかけているとは思えないくらい、以前と変わらない賑わいだ。
「すごいね、中央広場は屋台でいっぱいだよ、露店とかもあって面白そう」
「大道芸や音楽の演奏もしてるし、見るものもいっぱいあるぞ」
「今度ゆっくり見に来ようね」
不動産屋は中央広場の少し先にあるみたいだ、教授たちに貰った紹介状を頼りにそのお店を探していると、目的の建物が見つかった。日本の不動産屋みたいに入口付近に、物件の見取り図なんかがベタベタ貼り付けているような店でなく、小さいが落ち着いた雰囲気のドアがある店構えになっている。
「いらっしゃいませ」
店に入ると中年のおじさんが挨拶をしてくれる、この世界では珍しい眼鏡をかけた人だ。俺は紹介状を取り出してその男性に渡した。
「こちらの方から紹介を受けて来ました」
「ダンジョンの調査をやっている研究機関の教授さんですね、ご来店ありがとうございます。本日はどの様な物件をお探しですか」
紹介状を確認した店員さんに、庭付きの一戸建てで、部屋数は多くなくていいので、広い間取りと使いやすい厨房、出来ればお風呂のある所をお願いしてみた。
しばらく考えた後に棚からいくつかの紙を取り出して、机の上に並べてくれる。
「どれが良いかな、ダイ兄さん」
「お風呂の広い所が良いのです」
机の上に飛び降りたウミを見て店員さんが固まった。いつもの反応だけど、ちゃんと説明したら精霊であることを納得してくれたようだ。
いくつか見てみたが、俺の出した条件だとどうしても屋敷くらいの大きな家になってしまい、うちのパーティーだと手に余りそうだ。
「ねぇダイ兄さん、これなんかどうかな」
「どれどれ」
「ここはお風呂も広そうなのです」
オーフェの見つけた物件は、2階建てで1階は玄関とリビングに食堂があって、その横は広めの厨房になっている。お風呂と脱衣所もあって広さもそこそこありそうだ。
2階は広い部屋とその横に書斎、あとは小さめの部屋が数部屋ある、それにこの物件だけ他とは桁が違う安い値段になっている。
「すいません、この物件ってなんでこんなに値段が違うんですか?」
「実はこの物件はいわくつきでして、お客様のご要望に沿う間取りなのでお出ししていますが、あまりお勧めは出来ません」
店員さんによると、以前のこの家には男性が1人で住んでいたらしい。その男性はある日でかけたきり消息不明になってしまったそうだ、何年経っても帰ってこず家もどんどん荒れていったが、実は旅先で亡くなっていたことが判った。
子供や親戚もおらず天涯孤独だったので、その土地と家は売られることになったのだが、いざ家を改修しようとしても、何故か直せなかった。家具を運び出そうとしてもびくともしないし、床や壁を修理しようとしても、剥がしたり塗り直したり出来ない。
いつしか気味悪がって誰も修理する人は居なくなり、家は荒れていく一方で買い手も付かず不良物件になってしまったそうだ。
しかし、この物件は俺たちにぴったりなんだよな、庭の広さもそこそこあるし、なんと言っても広い部屋と厨房が付いている、見るだけ見せてもらってダメそうなら諦めよう。
「この物件見るだけ見てみたいのですが構いませんか?」
「えぇ、それはもちろんです」
店員さんと一緒に店を出て、その物件のある場所に案内してもらった。そこは中央広場から南東の方に入っていった閑静な住宅街といった場所で、周りも小さめの家が多い。
錆びついて嫌な音がする門を開けて中に入ると、庭は雑草が生えて歩きにくく、家も廃屋といった感じで所々剥げていたり穴が空いていたりする。しかし建物自体はかなりしっかりしていて、ちゃんと手入れさえしていれば立派な佇まいの家になっていたと思う。
家の周りも植樹されていて、ご近所と離れているので静かに暮らせそうないい場所だ。
「ダイくん、この家には妖精さんがいるですよ」
「ほんとか、それは会ってみたいな」
ウミが耳元でそんな事を囁いてくれる。妖精の住む家か、もしかしたら修理できない原因はその辺りにあるのかもしれない。オーフェと相談して、家の中に入ってみることにする。
「家の中を見せてもらってもいいですか?」
「私はここで待っていますので、ごゆっくりご覧ください」
玄関の鍵を開けてもらって中に入る、入った所はホールになっていて中央に2階へ続く階段がある。左手がリビングで、右手が食堂と厨房、そして風呂があるみたいだ。
「ウミ、妖精はどこにいるんだ?」
「こっちの方なのです」
ウミは食堂から続く厨房に入っていく、厨房もかなり設備が整っていて、煮炊きの出来る竈や焼き物を作るためだろう、平たい鉄板のようなものもある。その横にあるのは石窯みたいだ、まさに麻衣にとって理想の厨房だ。
「この下にいるですよ」
「この下って地下になってるのか?」
「ダイ兄さん、そこの床は持ち上がるみたいだよ」
床をよく見るとそこには切れ目が入っていて、板が外れるようだ。指をかける切れ込みを持って持ち上げると、地下に続く階段が出現した。
精霊のカバンからランプを取り出して火を灯す、それを持って地下室に入っていくと、そこはお酒を保管しておく場所だろうか、いくつかの棚と瓶が数本置かれている。長年使ってなかったからか少し埃っぽいが、部屋自体はそんなに広くない。
「ダイくん、あそこにいるのです」
ウミがランプの横に移動して指差した先に、薄っすらと人影のようなものが見える。近づいてみると、半袖で丈の長いスカートのワンピースを着て、腰にはエプロンのようなものを付けている。中世の使用人みたいな格好をした女の娘だった。
身長はオーフェより頭一つ分くらい小さく、その体は透けて向こう側が見えている。
「あなたたち誰?」