第64話 再び王都へ
第6章の最終話になります。
第0章に魔法回路の概要を割り込み投稿しています、興味がある方は小説トップページからご覧ください。
「ユリーさんとヤチさん、いい人でしたねー」
ブラッシングを受けているアイナが、少し間延びした声で話しかけてくる。最後の指名依頼を無事終えて宿に帰ってきた俺たちは、お風呂で1日の疲れを癒やしてくつろぎタイム中だ。
朝に作った雪だるまは、残念ながらほとんど溶けてしまっていた。今日は一日中いい天気だったらしく、街に積もっていた雪もだいぶ無くなっていた。この冬の雪はこれで終わりだろうと、帰り道に寄ったお店のおばちゃんが言っていた。北部の街といっても全く降らない年もあるようで、今年はよく積もった方だという話だった。
「面白い話もたくさん聞けたし、この依頼を受けてよかったな」
「ヤチ姉さんにも出会えたし、ボクも嬉しかったよ」
「最初この街に来る目的は温泉だけだったけど、色々あったわね」
アーキンドを出る時は、この街には温泉に入りに来るだけの予定だったからな。途中でミスリル鉱石を手に入れたり、魔族の襲撃があったり、仲間が増えたり、新しい武器を作ったり、本当に色々あった。
「途中で土の精霊と仲良しのノームさんとも会えたのです」
「オーフェちゃんも仲間になりましたね」
「……新しい武器も出来た」
「このパーティーに居ると、毎日が新鮮でいいわ」
サードウの街で俺のスキルも成長して、魔法回路の縮小ができるようになったもの大きかった。あれのおかげで魔族の襲撃を凌ぐことが出来たし、ミスリル装備にもその価値に見合う強さの魔法回路が刻めたと思う。
「この街のダンジョンを2つも制覇できちゃいましたねー」
「あのカメの魔物は倒しがいがあったよ」
「オーフェの蹴りがなかったら、倒すのに時間がかかっていただろうな」
あの魔物を倒した後から、教授たちの態度が軟化したように思う。動きも遅く最大の攻撃だった石を飛ばしてくる魔法も麻衣の障壁で防ぐことが出来たが、甲羅の硬さは予想外だった。これから突然変異種と戦う時は、もっと対策を練ってからにした方がいいだろう。
「エリナちゃんが凄い宝石を見つけたのもびっくりしたわ」
「……また見つける」
「おかげで私たちのお家ができるかもしれませんね」
「お風呂も付いていると嬉しいのですよ」
エリナがダンジョンの中で見つけた珍しい宝石の原石をオークションに出すと、ものすごい値段で競り落とされていた。冒険者として活動しなくても何年も暮らしていけそうな金額だが、そんな勿体ないことはしたくない。オーフェもそうだが、俺もみんなと色々な場所に行って色々なものを見てみたいんだ。帰る家があれば、どんな場所に行っても、何があっても安心できると思う。
アイナがウトウトとし始めたので、エリナのしっぽをブラッシングしてあげて、俺たちは眠りについた。数日かけて移動の準備をしたら、王都へ向けて出発しよう。
―――――・―――――・―――――
移動の準備も整ってきたので、今日は馬車を貸してくれるお店に向かっている。王都までは乗合馬車も数多く運行されているが、自分たちのペースで移動する事に慣れてしまったので、いい馬があればそちらを利用しようと思っている。
この数日は買い出しはもちろん、レオンさんの鍛冶屋に挨拶に行ったり、教授たちと会って不動産屋の紹介状を受け取ったりした。2人はもう少しまとめる資料が残っているのでこの街に滞在するそうだが、俺たちが出発する日に見送りに来てくれるそうだ。
麻衣は毎日頑張って作り置きの数を増やしている、フライパンでお菓子を作っているのは少し驚いてしまった。オーブンみたいに使える石窯が無くても、焼き菓子って作れるんだな。
そんなに大量の作り置きを精霊のカバンに保存して、よく覚えていられるなと聞いてみたが、名前で覚えるのではなく記号と番号で整理して、それをメモしているのだそうだ。
例えばスープを“す-1番”から数字を増やして、何種類も作り置きしておくとか工夫しているらしい。これはうまい整理方法なので、俺も真似をさせてもらおう。
レンタル馬車のお店に近づいてくると、馬の鳴き声が遠くから聞こえてくる。するとアイナがなにかに気づいたようで、身体強化を発動して一気に加速してお店の方に走っていった。
「アイナちゃん、何かに気になることがあったみたいね」
「もしかしたら、あの馬の鳴き声がしたんじゃないか」
「ボクは馬を扱うのは初めてだったけど、あの馬はよく言うこと聞くし可愛かったね」
「頭の乗り心地も良かったのです」
「餌も美味しそうに食べる馬でしたしね」
「……また会えたら嬉しい」
再会に期待しつつ、残りのメンバーもお店の中に入る。柵で囲まれた広い場所に放牧されていた馬の側にアイナが居た、馬もこちらを見て盛んに首を振っている。
「ご主人様ー、あの馬さんがいました」
馬の側で大きく手を降っているアイナの側にみんなで行く、ウミはそのまま馬の頭の上に飛んでいった。相変わらず俺の頭に顔を擦り寄せて髪を甘噛してくる馬の首を、みんなが撫でたり抱きしめたりして再会を喜んでいる。
「あの時のお兄さんたちじゃないか」
「こんにちは、この馬まだこの街に居たんですね」
「あれから近くの街に行く冒険者に貸し出したりしたんだが、お兄さんたちみたいには懐かなくてな。遠距離の移動では借り手が見つからなくて、またこの街まで戻ってきていた所だ」
それはちょうどいいタイミングだった、この馬となら道中も楽に進めるに違いない。みんなも再会を喜んでいるし、ここで馬車を借りて王都まで行くことにしよう。
「俺たち、明日から王都に向けて旅を始めたいと思っているんですが、この馬をお借りしてもいいですか?」
「あぁ、お兄さんたちなら問題ない。馬も喜んでるし、大切に扱ってくれるのはわかってるから、少し割り引いてあげるよ」
お店の人はそう言って貸し出しの手続きをしてくれた。荷台の部分も以前と同じタイプの、幌付きの軽いものを選んだ。
これで王都まで旅をする準備はすべて整った、明日の朝に教授たちと挨拶をして出発しよう。
―――――・―――――・―――――
「ダイ君は馬にまで好かれるのね」
翌朝、門の近くで教授たちを待っていたら、開口一番そんな事を言われた。馬は今も俺の髪の毛を甘噛している。
「おはようございますユリーさん、ヤチさん、今日はわざわざ見送りに来てもらってすいません」
「おはようございます。しかし流石ダイさんですね、馬にまで好かれるなんて素晴らしいです」
ヤチさんは優しい目つきで俺の方を見つめてくる、もしかして他の種族って動物も含めて仲良くなりたいんだろうか、この人は。
「この馬さんは、ご主人様のことを食べちゃいたいくらい好きみたいです」
「あら、それは大変ね。途中で食べられないように気をつけてね」
教授は俺の方を見てニコニコ笑っている。確かに以前ウミも、馬の気持ちの事を美味しそうと感じるとか言ってたけど、実際に食べたいと思ってるわけじゃないと思うんだが、多分。
「この馬さんは女の子なのです、ダイくんの事は男の子として好きみたいなのです」
「ダイ君のお嫁さん候補が増えたわね」
「とても素晴らしいです、ダイさん」
何を言ってるんですか教授、それに顔が思いっきり笑ってるじゃないですか。それとヤチさんもそんな目で俺を見ないでください。
この馬の事になると、いつも俺はいじられている気がする。まぁ湿っぽい別れ方にならずに済んでいるので構わないのだが、何かが削られていく気がするので、そろそろ勘弁して欲しい。
◇◆◇
俺たちは馬車に乗り込んで出発の準備をする、教授たちは荷台の横で見送ってくれる。するとドワーフの男性がこちらに近づいてくるのが見えた、あれはレオンさんじゃないか。
全員が馬車から降りて、レオンさんがこちらに来るのを待った。
「レオじいさんどうしたの、お店の方はいいのかしら」
「少しぐらいなら大丈夫だ、それよりこれを持っていけ」
レオンさんが渡してくれたのは、金属で出来た目の細かい櫛と少し粗めの櫛だった。細かいほうがエリナ用で、粗いほうがアイナ用だろうか。両方とも持ち手が付いていて、そこにはレオンさんの工房のロゴが刻んである。
「これは櫛じゃないですか、一体どうしたんですか」
「お前さんが以前こんなものは無いのか聞いてきただろ、それで儂が作ってみたんだ」
よく見ると、歯の先の方は丸く加工してあって、当たっても痛くないようにしてある。さすが一流の職人だけあって、細かいところにまで気が配られていて凄い。
「これは私たちをブラッシングする時の道具ですか?」
「そうじゃ、目の細かいほうがエリナの嬢ちゃん、粗いほうがアイナの嬢ちゃん用だ」
「……うれしい、大切にする」
「ありがとうございますレオンさん、私も大事にします」
2人は櫛を握りしめて嬉しそうにしている。工房を訪ねた時に、この世界に櫛のようなものはないのか聞いてみた事があるが、あの時の説明と簡単なイラストでそれを作ってしまうとは、レオンさんは流石にすごい人だ。
「ありがとうございました、まさかあの説明で作っていただけるとは思ってませんでした」
「なに、儂も変わったブラシに興味があったからな、嬢ちゃん達が喜んでくれたならそれでいい」
「ヤチ、すごいわ、一流の鍛冶職人が作ったブラシなんて」
「この大陸に二つと無い逸品ですね」
教授とヤチさんはレオンさんの作ってくれた櫛を、憧憬を込めた目で見ている。レオンさんの工房の武器や防具は、冒険者になったら一度は憧れると言われるほど有名だと教授たちに聞いたが、その職人が作った日用品だから、まず世の中には出回らないだろう。
「お嬢ちゃん達が、ダンジョンの地質調査をやってるって言ってた教授さんかい?」
「はっ、はい、そうでしゅ」
有名な職人に声をかけられたからか、教授はかなり緊張しているようで語尾がおかしなことになってる。
「2人の話はイーシャの嬢ちゃんやダイの兄さんから聞いてるよ、色々な場所のダンジョンに行っている凄い人だってな」
「いえ、私はダンジョンの地質調査をするのが面白くてやってるだけです」
「その面白いって気持ちは大切だ、儂も剣や防具を作るのが面白くてやってるからな」
「貴方のような人に、そう言ってもらえると嬉しいです」
「ダンジョンに行くと危険がつきまとう、護身用にこれをやろう」
そう言うとレオンさんは鞘に入った2本の短剣を差し出した、鞘と柄頭の部分には工房のロゴが入っている。
「こっ、こ、こんなもの頂いてよろしいんでしょうか」
「お嬢ちゃん達の事は、このパーティーメンバー全員が気に入っていてな、そんな2人に何かあったら皆が悲しむ。それが自分の身を守る助けになれば儂も嬉しいから気にするな」
「ありがとうございます、大切にします」
「ありがとうございます、レオンさん」
2人とも嬉しそうな顔で、短剣を受け取っていた。教授たちが見送りに来てくれる事はレオンさんにも話していたが、2人にも会えるようにこのタイミングで櫛を渡しに来てくれたんだろう。
「儂は店のほうがあるからもう戻るぞ、お前たち気をつけてな。またいつでも店に来い、待ってるぞ」
「はい、いろいろお世話になりました、ありがとうございました」
全員で挨拶して、再び馬車に乗り込んだ。憧れの武器を手にして少し放心していた教授たちも、馬車の近くに集まってくれる。
「ユリーさんもヤチさんも、ダンジョンの調査は気をつけてくださいね」
「ダイ君に貰ったこれがあるから大丈夫よ、それに短剣まで頂いてしまったわ」
「私にもこんな素敵な物を頂いたので、これで教授のことは必ず守ります」
2人は俺のプレゼントした杖とレオンさんの短剣を触って嬉しそうに微笑んでくれた、今までも色々なダンジョンを調査してきたのだから、俺が心配するような事では無いかもしれないが、やはりこうして親しくなった人にはこの先もずっと無事で居て欲しい。
「ヤチ姉さんも気をつけてね、また会おうね!」
「オーフェちゃんも元気で行ってきてください、また会いましょう」
「ダンジョンの話は面白かったわ、また聞かせてね」
「またウミ達と一緒にダンジョンに行くですよ」
「今度もお弁当つくりますね」
「また私の頭も撫でてください」
「……私も撫でて欲しい」
「あなた達と出会えてよかったわ、また必ず会いましょう」
2人に見送られて、ヴェルンダーの街を出発した。
第7章から舞台を王都に移して、主人公たちは拠点探しを始めることになります。
はたして理想の家は見つかるのか、次章もご期待ください。




