第63話 最後の指名依頼
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申し訳ありません。
教授たちの依頼を達成した後、俺たちのパーティーメンバー全員がシルバーランクに昇格した。元々護衛任務は依頼成功のポイントが高い事と、国の仕事に関する依頼だったのでギルドとして、どうしても遂行する必要があったらしい。そのお陰でポイントをいくつか加算してもらい、メンバー全員が横並びのランクになることが出来た。
指名依頼の方は数日に一度のペースで発生している。調査に向かい結果をまとめ終わったら次に行くというペースで進めているので、俺たちのスケジュールにもかなり余裕がある。報酬は本当に3倍になったので、他の依頼は一切受けていない。
そして驚く事を一つ教えてもらった、実はヤチさんが魔族だった。教授が最初に言っていた、交換条件にしてもいい秘密とはこの事だったらしい。この大陸には他種族と仲良くしたいという目的で来たらしく、同じ考えのオーフェがすごく喜んで、彼女のことを“ヤチ姉さん”と呼ぶくらい懐いている。
最初にダンジョンに行った時に、オーフェがヤチさんと仲良くなりたいと言っていたが、同じ魔族として何か惹かれ合うものがあったのかもしれない。逆にヤチさんは、最初に会った時にオーフェの事は人族と雰囲気が違うと感じていたそうだが、戦いを見て魔族と確信したそうだ。
ヤチさんの固有魔法は、殴った相手の内部に衝撃波を発生させてダメージを与えるというものらしい。教授の助手だけではなく、ボディーガードとしても一緒にいる感じだった。目立たず静かに暮らしたいと考えているので、普段は冒険者を雇って、危なくなった時だけ教授を守るという立場に徹しているそうだ。
そんな事もあって、俺たちの魔法やスキルのこともいくつか話してあり、オーフェの空間転移も今では使うようになった。ダンジョンの調査がはかどり過ぎて、資料をまとめる時間が無いと教授が嬉しい悲鳴を上げていた。
2人には護身用に、風の刃の2並列魔法回路の杖を教授に、障壁の3並列魔法回路の杖をヤチさんにプレゼントしている。教授は16個の魔法を発生させる杖が欲しかったみたいだが、あの回路はマニア向けのお店にしか置いてないので諦めてもらった。
魔法の強さの事を聞かれても、ダンジョン調査中に出土した装備なので詳細はわからないと言ってごまかしてくれるそうで、並列魔法回路の武器を渡しても安心だ。
―――――・―――――・―――――
今日はヴェルンダーに来て一番冷える日だ、もしかすると雪が降るかもしれない。
年も明けて光の月の赤の期間ももうじき終わる、明日の指名依頼を完了すれば火山ダンジョンの調査も終わりになる。教授たちは次の街の調査に行くみたいで、俺たちと別れるのをとても残念そうにしていた。
「……あるじ様、今日はとても寒い」
「今日は雪が降るかもしれないな」
「私、雪って見たこと無いので楽しみです」
明日の準備をしに街に出てきているが、エリナは宿を出た時から俺にピッタリくっついているので、少し歩きにくい。アイナは雪を見たこと無いらしく、凄く楽しみにしているようだ。
「積もると辺り一面が真っ白になってきれいよ」
「前に住んでいた所だと雪はほとんど降らなかったので、少し楽しみです」
麻衣と俺が住んでいた辺りは滅多に降らなかったから、俺も少し楽しみにしている。童心に返って雪合戦をしたり雪だるまを作ったりするのもいいかもしれないが、明日は依頼があるのであまり遊ぶ時間はなさそうだ。
「ウミは雪を見たことはあるのか?」
「あるですよ、でも寒い所には蜂蜜も無いですし、お花も咲いてないのでほとんど行かなかったのです」
「ボクの住んでた所も、夏は泳げるくらい暖かかったから、雪を見るのは楽しみだよ」
ウミはやっぱり甘い物が基準か、このぶれない姿勢は素晴らしいな。オーフェも楽しみにしているみたいで、きっと大陸南部みたいな気候の所に住んでたんだろう。
雑貨屋で消耗品の補充をしたり、食料品の買いだめをしていると、空から白いものがチラチラと降ってきた。
「ご主人様、この白くてふわふわしたのが雪ですか?」
「そうだよ、触ると冷たいぞ」
「ふわ、ほんとです! でもすぐ溶けちゃいます」
アイナは手袋を外して、空から落ちてくる雪を手のひらで捕まえているが、すぐ溶けて水滴になっていまう。エリナも雪には興味があるようだが、やはり冷たいのは嫌なのか視線を動かすだけで触ろうとはしない。
「これは積もるかもしれないわね」
「真っ白になった景色が楽しみだよ」
空からはどんどん雪が舞い降りてきている、このまま夜まで降り続いたら積もりそうだ。今日は雪を見ながらのお風呂も楽しめそうだし、買い物が終わったら早めに帰ろう。
「雪だるまが作れるくらい降るでしょうか」
「マイちゃん、ユキダルマってなんなのです?」
「丸めた雪を2つくっつけて、人形みたいにするんです」
「なんかそれ面白そうだね、雪が積もったら作り方教えてね」
麻衣もやっぱり雪だるまを思い出すか、積もった雪を見るとつい丸めたくなるんだよな。どこまで大きくなるか挑戦したり、むかし珍しく大雪が降った日にやった思い出がある。
「……あるじ様、寒いから早く帰ろう」
「そうだな、帰ってご飯にしてお風呂に入るか」
俺たちは必要なものを買い集めて宿に戻ることにした。
◇◆◇
「……宿の中は暖かい、もう今日は外に出たくない」
「さすがに今日もう何処にも行かないから安心していいぞ」
みんなで宿屋の食堂に集まってくつろいでいる。この宿はすぐ横に温泉が流れているお陰か、室温がそれなりにあって寒くないのがありがたい。
他の冒険者も何組か泊まっているようだが、食堂を使う人はほとんど居ないようで、たまにお酒を持ち込んで飲んでいるグループを見かけるくらいだ。厨房がほぼ貸切状態なので、麻衣は凄く喜んでいた。この後アイナと一緒に夕食と明日のお弁当の準備をするみたいだ。
アイナの料理の腕も少しづつ上達してきていて、最近は自作の1品がおかずに追加されていたりする。麻衣直伝の味付けなので、日本人の俺好みでとても美味しい。
「明日で指名依頼も終わりだね、その後はどうする予定なの?」
「上級ダンジョンに挑戦してみても良かったんだけど、オーフェのおかげでここにはいつでも来られるから、別の街に行こうと思う」
「この街のことは覚えたから、まかせてよ!」
オーフェに次の予定を聞かれたので、前々から考えていたことをみんなに相談してみることにする。
「どこか行き先の候補はあるのかしら」
「それなんだが、大陸中央部のどこかの街に、俺たちパーティーの拠点を作ろうと思うんだ」
「拠点って、自分のお家のことですか、ご主人様」
「エリナのおかげで活動資金には余裕があるから、家を買うか借りるかしようと思ってる」
「私たちの家、いいですね。台所を守るお母さんとして頑張ります!」
麻衣はアーキンドで話したお母さん設定のことが気に入ったのか、凄く張り切っている。でも家を持つと、本当に家族みたいな関係になれそうだ。
「私もお手伝いしますね、マイさん」
「お菓子の作れる家だといいのです」
「マイちゃんのお菓子は美味しいから、それはいいね」
確かに石窯とかある台所が付いていたらいいな、それにお風呂もあれば最高なんだが。果たしてそんな物件は、どれ位のお金が必要になるんだろう。
「だから一度王都に戻ろうと思うんだ」
「王都か、なんだか懐かしいわね」
「マイさんやウミちゃんと出会った場所ですね」
「食堂のおじさんたち元気でしょうか」
「ダイくん、また公園に連れて行ってくださいです」
王都経験組はそれぞれ色々な事を思い出しているようだ。エルフのやっている魔法回路屋にもまた行ってみたいし、宿屋を経営しているハーフリングの女将さんにもまた会いたい。輝樹さんとも会う機会があるだろうし、今度こそダンジョンに挑戦してみるのもいい。
「王都には人がいっぱい居そうだから、ボクも楽しみだよ」
「……私も王都は初めて、人が多いと少し怖いけど楽しみ」
王都に行ったことのない2人は楽しさと、エリナは少し不安があるみたいだけど、みんなが付いているので大丈夫だろう。それに、ここより遥かに温暖だから、エリナにとっても住みやすいはずだ。
その後、王都の思い出話をエリナやオーフェに聞かせたりして、ご飯を食べた後、明日に備えて寝ることにする。雪を見ながら入ったお風呂は風情があってよかった。
―――――・―――――・―――――
「おはようございます、ユリーさん、ヤチさん」
「おはようダイ君、みんな」
「おはようございます、みなさん」
翌朝、待ち合わせ場所のギルド前で教授たちと合流する。彼女たちとは何度も一緒にダンジョンに潜って、お互いを名前で呼び合うくらい親しくなった。
「アイナちゃんは元気ね」
「アイナは寒いのは苦にならないみたいですから、エリナはこの通りですけど」
そう言って、俺にしがみついているエリナを教授に見せると、2人とも笑顔を浮かべてその姿を見ている。
「エリナちゃんは相変わらずダイ君にべったりね」
「……あるじ様の側は暖かい」
昨夜のうちに積もった雪で、街の中は真っ白になっている。アイナやオーフェは、朝から麻衣に雪だるまの作り方を教えてもらっていた。小石や枝で目や手も作って、宿屋の前に置いてきている。昨日と一転して今日はいい天気なので、帰ってくるまで残っているといいんだが。
「ヤチ姉さんおはよう、今日も頑張ろうね!」
「オーフェちゃんおはようございます、今日もよろしくお願いしますね」
隣ではヤチさんとオーフェが挨拶している。同じ魔族で、この大陸に来た理由も一緒の2人は、本当の姉妹みたいに仲良くなった。ヤチさんはオーフェに対しても丁寧口調は抜けないが、他の人はさん付けなのに、彼女だけちゃん付けで呼んでいる辺り、とても親近感を持って接しているのがわかる。
みんながそれぞれ挨拶を交わして、火山ダンジョンの調査に向かった。
◇◆◇
「ユリーさん達は次にどこへ向かうんですか?」
「私たちは北部にある他のダンジョンに行ってみるつもりよ、あなた達はどうするの?」
「俺たちは一度、王都に行こうと思います」
「あら、そうなの。私たちの研究機関は王都が本部だから、もしかしたら会えるかもしれないわね」
国立の研究機関と言っていたから、やはり王都を本拠地にしてるのか。確か北東方面が学校や研究機関のある区画だったから、魔法ギルドのある近くかもしれないな。
「大陸中央部の街に家を買うか借りるかして、パーティーの拠点を作ろうと思ってるんです」
「いいわね、拠点ができたら招待してね」
「えぇ、必ずお呼びします」
「約束よ! ……マイちゃんの手料理が楽しみだわ」
教授は小声で麻衣の料理が楽しみだと言っている。この調査の間に何度も麻衣のお弁当を食べて、すっかり虜になってしまったようだ。
「ダイさん、王都で不動産屋に行かれるのでしたら、信頼できる所をご紹介しますよ」
「ほんとですか、その辺りのことはさっぱりわからないので助かります」
「私たちの研究機関に勤めている職員が家を探す時に使う不動産屋ですから、間違いのない物件を紹介してくれるはずです」
ヤチさんが王都の不動産屋を紹介してくれると言ってくれた、国の組織の職員が使っているような所だったら安心だ。後で紹介状を書いて渡してくれるそうなので、これでいい物件が見つかるといいな。
◇◆◇
今日の調査も順調に進んでいる。あれから突然変異種は一度も出現していないし、教授たちの方もこのパーティーの戦い方に慣れてきたので、どんな状況になっても落ち着いて見ていてくれる。
少し広くなった場所で今日のお昼ご飯を食べることにした。
「マイちゃん、今日のお弁当は何かしら」
「今日はユリーさんの好きな魚料理が2種類入ってますよ」
「ほんと! 楽しみだわ」
今日は最後の日なので、教授の好物である魚料理のお弁当にしたらしい。麻衣も今日のお弁当は張り切っていたし、俺も献立が楽しみだ。
「ヤチ! これ、あの石窯料理の食堂で出してるお魚の揚げ物よ!」
「まさかあのお店の料理がここで食べられるなんて思ってませんでした」
魚のフライが入ったお弁当を見た教授が興奮している、ヤチさんもちょっとびっくりしているみたいだ。お弁当には野菜と一緒に蒸した魚と、魚のフライが入っている。やたら張り切っていたのはフライを作るためだったのか、パン粉とか自分で作らないとダメだろうし、だいぶ手間がかかっていそうだ。
「このお魚料理をお店に教えたのがマイさんなんですよ」
「本当なのアイナちゃん! うぅ、やっぱりマイちゃんをお嫁に欲しい」
「もう、教授はそればかり言ってますね」
呆れ声のヤチさんの言葉にみんなが笑う。教授は美味しい料理やおやつを食べるたびに、麻衣をお嫁にしたいと言ってたからな。
「でも、マイちゃんのお弁当とも今日でお別れね。こんなに楽しくて快適なダンジョン調査を経験してしまったら、次の場所が辛くなるわ」
「教授、それは仕方ありません、2人で頑張りましょう」
「ヤチ……うん、2人で頑張ろうね」
教授とヤチさんは手を取って見つめ合っている、本当にこの2人は仲が良いな。
◇◆◇
今日の調査も無事終わり、オーフェの空間転移でダンジョン入口広場の目立たない場所に戻ってきた。
「虹の架け橋の皆さん、今回の護衛任務では大変お世話になりました。皆さんのおかげで想像以上の成果を上げることが出来ました」
教授とヤチさんが改まった態度で俺たちに向かって頭を下げてくれる。しかし今回の依頼は俺たちにとっても勉強になった、誰かを護りながら戦うことの難しさや、コミュニケーションの大切さを学んだ。
「こちらこそ色々な話を聞かせてもらったり、不動産屋を紹介してもらったりお世話になりました。ダンジョン内の護衛任務は初めてでしたが、ユリーさんとヤチさんの2人で良かったと思っています」
俺たちも全員で頭を下げる。ユリーさんは獣人や他の種族に対しての偏見が無い人だし、ヤチさんはオーフェと同じ志を持った、この大陸に住んでいる貴重な魔族だ。この2人に出会えたことは幸運だった、この先もいい関係を築いていければと思う。
「貴方たちのパーティーは私の理想でもあります、この先なにか困ったことがあれば私を頼ってください、必ず力になります」
ヤチさんもそう言ってくれた。最初は胡散臭い依頼だと思っていたけど、蓋を開けてみると想像を遥かに上回るいい出会いになった。
その後は普段どおりに雑談をしながら冒険者ギルドまで行って、依頼達成の報告をした後に解散した。
この後資料集の方も更新して、教授たちのプロフィールを追加します。