第62話 指名依頼
今回の話は途中で視点が切り替わります。
*** ユリーSIDE ***
この規格外のパーティーとダンジョンを進んでいるが、遭遇する魔物も危なげなく倒していっているので、安心して任せられる。リーダーの男も他の冒険者のような粗野で粗暴なところがなく、私たちの事に気を使ってくれているのがわかる。
休憩もこまめに入れてくれるし、冷たい飲み物まで提供してくれた。精霊のカバンは入れたものの時間が停止すると言われているが、その効果のおかげのようで、この暑いダンジョン内でも冷えたままですごく美味しい。
飲み物を出してくれた人族の女の娘が、冷たい水は精霊が作ってくれるので、いくらお代わりしてもいいと言ってくれる。ウミさん、いやウミ様、貴方は神か。
◇◆◇
犬人族の女の娘が魔物が密集している場所を発見した、24匹いるらしいが進行方向なので避けて通れない。石を投げつけてくる魔物だからどうするのかと思ったが、なんとそのまま進むそうだ。障壁使いは人族の女の娘1人だけのようだが、他の冒険者のように複数の使い手で対処しなくても大丈夫なのだろうかと不安になる。
魔物がいる場所に到着すると、一斉にこちらを見て石を投げてくる。障壁に石がぶつかる音がしてちょっと怖い。思わずヤチの手を握りしめてしまった。ヤチも軽く握り返してくれた、やっぱり彼女は優しい。
私にとって永遠とも思える時間が過ぎ、魔物の攻撃が止む。その間障壁はびくともしなかった、やはりこの人族の女の娘は、桁外れのマナ変換速度とマナ耐性を持っているに違いない。
そしてまた驚くことが起きた、男の持っている杖から複数の魔法が一度に飛び出したのだ。それが魔物の集団をまとめて切り裂いていく、こんな魔法回路が存在するなんて聞いたことがない。ちょっとかっこいいと思ったので、どこで売ってる魔法回路か聞いてみたい。
男もアイテムを見つけてきた魔族の女の娘の頭を撫でているし、他のメンバーも平然としている。これがこのパーティーの普通なのだろうか、私の中の常識が変わっていく気がしてちょっと怖い。
◇◆◇
しばらく進むとお昼にすると休憩に入った。
私たちはいつもの様に保存食を食べるのだが、いちど荷物を返してもらわないといけない。冒険者たちの方を見ると、人族の女の娘がみんなに箱のようなものを渡している。あれが彼らの食事なのだろうか、みんな蓋を開けて嬉しそうにしている。
すると私たちの分も用意してあるので、一緒に食べようと声をかけてくれた。渡してくれた箱を開けると、中には果物とお肉と野菜を炒めたもの、それにこのこんがりと焼けているのは魚だ。魚は私の大好物なのだ、思わず興奮して大声でヤチに話しかけてしまった。子供みたいで少し恥ずかしかった。
アーキンドで買った新鮮な魚らしく、とても美味しかった。ダンジョンで魚料理を食べたなんて、生涯忘れられない思い出になりそうだ。マイさんをお嫁に欲しい。
食後は全員で色々と話をした、私の話も興味深そうに聞いてくれるのが嬉しかった。このパーティーの事がなんだか好きになってきた。
◇◆◇
もうじき調査地点に着くという時、大きな魔物を発見したらしい。近づいていくと、調査地点の広場にカメのような大きな魔物が居座っている、エルフの女性によると突然変異種ではないかという事だ。
あれは見るからに危険そうだ、それに固くて倒せないかもしれない。雇った冒険者を犠牲にしてまで調査をしたいわけではないので、ここで引き返そうと提案したが、パーティー全員で話しをして倒してみると言われた。
せっかく好きになってきたパーティなので、とても心配だが、どうしても危なくなったら逃げると言うので、討伐をお願いした。怪我をしないように気をつけてください。
男とエルフの女性が今までとは違う杖を取り出しているようだ、これまで使っていた魔法でもかなり強いのに、更に上の威力の魔法があるのだろうか。そんな物を見せられたら、私の中の常識が音を立てて崩れていきそうだ。
◇◆◇
「ヤチ、あの2人の魔法、甲羅に刺さったり足を切り裂いたりしてるわよ」
「あの大きさの杖で、これほど強力な魔法が使える回路なんて存在しないと思いますよ、それにあの威力なら魔族にも致命傷を与えられそうです」
「そんなに凄いの?」
「あれは私でも受けきれませんね」
ヤチの強さは私もある程度知っている、普通の人族ではかすり傷を負わせることすら困難なのに、その彼女ですら受けきれない威力を持つ魔法回路って、ますますあのパーティーの事がわからなくなった。
攻撃を受けて冒険者の方を向いたカメの魔物が、頭の上に大きな石を発生させる。あれは魔法で作った石のようだ。それが冒険者の方に飛んでいったが、サルの魔物の時にも使った障壁に阻まれて砕け散る。
「あの巨大な石の塊を防ぐなんて、なんて強度の障壁なのかしら」
「あれなら普通の魔法はほぼ防げそうですね、魔族の固有魔法でも破れるかどうか判りません」
「そんなに凄い障壁なのね」
確かにこれを見せられると、他人に口外してほしくないという気持ちがわかる。これを見てしまうとその力を利用しようとする人が殺到するだろう、そんな大人の汚い事情にあの子たちを巻き込みたくない。
しばらくすると、カメの魔物が頭と足を甲羅の中に引き込んでしまった。甲羅はかなり硬いようで、彼らの攻撃は効いていないみたいだ。どうするのか見ていると、魔族の女の娘が壁を走り登っていき、天井の辺りから勢いよく飛び降りた。あんな高さから飛んだら怪我では済まない、私は目をつぶってしまう。
「教授、あの魔族の女の娘が蹴った部分の甲羅にヒビが入りましたよ」
「えっ!? 蹴った?」
「えぇ、上から飛び降りてその勢いのまま蹴りました」
「その娘は大丈夫なの?」
「平然とした様子で、リーダーの近くに走っていきましたね」
「そうなの、良かった」
「あの蹴りは強力です、まともに受けると私も転生してしまうでしょう」
「転生って死にそうな攻撃を受けた時に、記憶とか無くなって最初の自我に状態に戻ってしまうことよね」
「そうです、あの魔族の女の娘には私も勝てないかも知れないと言いましたが、それくらいの攻撃ですよ」
「ヤチと別れるなんて絶対に嫌だからね、彼女とは敵対しないようにしてね」
いまさらヤチと離れるなんて考えられない、そんな事になったら私はどうやって生きていけばいいのか想像すらできないほど、彼女との時間は大切なんだ。
「私も教授と別れるのは嫌ですよ、それに彼女は恐らく私と一緒です」
「それは他の種族とも仲良くしたいってこと?」
「敵対どころか仲間になれると思いますよ」
ヤチがこの大陸に来たのは、他の種族と仲良くなりたかったからだそうだ。魔族の中には自分たちより劣った種族を支配しようとする考えを持つものも居るみたいだが、彼女は手を取り合って笑い合える関係にしたいと言っていた。
「あのねヤチ、私あのパーティーのこと気に入ったわ」
「えぇ、私も彼らとならうまくやれると思います」
「このダンジョンは今まで調べる人が居なかったの、だからもっと詳しく知りたい。これからはあのパーティーに指名依頼を出そうと思うの」
「それはいいと思いますよ、私も仲良くなりたいですし」
「ヤチがこの大陸に来た目的だものね」
「見てください、あのパーティーの姿を。多種多様な種族があんなに仲睦まじく笑い合ってるなんて凄いことです」
広場の方を見ると、魔物を倒し終わって男の元に集まったメンバーが、撫でてもらったり褒めてもらったり、みんな嬉しそうに笑っている。
最初に依頼した時はかなり不安だった、まだ若いし小さな子供までいる。でも今日、行動を共にしてみて上級冒険者にも引けを取らない実力があるとわかった。それにあの男、いやダイさんは他の冒険者と雰囲気が違う、女性があれだけ多いパーティーなのに、凄く自然体で全員に接している。
私たちにも同じ態度で対応してくれるので、とても安心できる。出来れば私の専属冒険者になって欲しいくらいだけど、彼らは色々な場所を旅する事を目的としているらしいので、拘束はしたくない。だけど、せめてこの火山ダンジョンの調査が終わるまでは一緒にいたい。
―――*―――*―――
*** 主人公SIDE ***
魔物を倒し終わったので、教授たちを迎えに行く。2人は何か話をしているようだが、俺たちに気づいてこちらの方に歩いてきた。
「魔物は倒しましたので、調査の方を始めてもらっても大丈夫です」
「ありがとう。それとダイさん、ダンジョンを出たところの広場で少し話したいことがあるから、時間をもらってもいい?」
「えぇ、あそこなら落ち着いて話ができると思いますから、構いませんよ」
それを聞いた2人は、ダンジョンの地質調査に向かっていく。それにしても、あの教授に初めて名前を呼ばれた気がするな。それに態度がすごく柔らかくなった気がする、何か心境の変化があったのだろうか。
「あの2人、少し雰囲気が変わったわね」
「イーシャもそう思うか? なんか態度が柔らかくなった気がするよ」
「さっきの魔物と戦っている時に何かあったんでしょうか」
「……あるじ様のこと好きになった?」
「それはないだろう。むしろ麻衣の事をお嫁さんにしたいとか言っていたし、ウミを見る目はなんか崇めているような感じだったぞ」
「私は女の人の所にお嫁に行ったりしませんよ、お弁当を美味しそうに食べてくれたのは嬉しいですが」
「ウミのことを頼りにしてくれるのは嬉しいのですけど、お祈りとかされると困ってしまうですよ」
「ボクはあの人達のこと好きだよ、それにあのヤチって女の人とはもっと仲良くなってみたい」
オーフェは教授たちを気に入っているみたいだ、それにクールな雰囲気がある助手のヤチさんに何か感じる部分があるようだ。
周囲を警戒しつつ話をしていると、調査を終えた2人が戻ってきた。
「終わったわ、今日はこれで帰りましょう。出口までよろしくお願いしますね」
「はい、わかりました」
◇◆◇
帰り道は下りなので、行きより速いペースで進んでいけた。途中でおやつを食べたりしたが、麻衣のお菓子には2人も感動していた。王都で売っているクッキーのことも知っていたので、それを作った本人だと告げると、また求婚された。ヤチさんに諌められて凹んでいる教授は少し可愛いかった。
そしてダンジョンの出口にある広場まで戻ってきた、教授たちの荷物を返して防寒具を用意したたところで、教授たちが話を始めた。
「今日は本当にありがとう、お陰でダンジョンの調査も思った以上に進めることが出来ました」
「俺たちの方こそ、ダンジョンの護衛任務は初めてだったので、色々と不手際があったかも知れません」
「そんな事ないわ! 貴方たちと一緒でなかったら、今回の調査は途中で終わっていたかもしれない。多分、私たちはあの場所まで行くことも出来なかったと思うわよ」
教授は俺の言葉を力強く否定してくれた。ウミが居なかったら、そして麻衣の作ってくれる飲み物やお弁当が無かったら、確かにあのダンジョンを進むのは困難だったかもしれない。俺たちの護衛を高く評価してくれたのは嬉しい。
「それで皆さんにお願いがあるの、この火山ダンジョンは今までほとんど調べられて来なかったから、もっと色々な場所を調査したいの。だから、これからも貴方たち虹の架け橋に指名依頼をしたいのだけど、どうかしら?」
「期間はどれくらいになりそうですか?」
「そうね、光の月の赤が終わるくらいまでかかると思うわ」
今からだと半月くらいか、それ位ならいいかもしれないな。みんなの顔を見たが、反対意見は出なかったので了承することにしよう。
「わかりました、お受けします」
「ありがとう! 依頼料は今回の2倍、いえ3倍出すわ」
「さすがにそれは貰い過ぎだと思いますが」
「いいのよ、こんな貴重な調査場所だから、予算はいくらでも降りるわ。それとお願いがあるの、お弁当と飲み物を提供してもらえないかしら」
教授は少し恥ずかしそうに上目遣いにお願いをしてきた、年上なのになぜか妙に可愛い人だ。麻衣の方を見たが、ガッツポーズで応えてくれたので作る気満々みたいだ。
「では、その条件でお願いします」
「ありがとう、ほんとに助かるわ、貴方たちと出会えてよかった」
教授は俺の手を取って上下にブンブンと振ってきた。最初のうちは不審な目で見られたり、少し警戒されている感じだったけど、ずいぶん信頼されたと思う。
その後、全員でギルドまで行き依頼達成の報告をした後に解散した。
教授がデレ期に突入しました(違う
次話更新後に2人のプロフィールも資料集に追加する予定です。




