第61話 火山ダンジョン
今回は主人公視点の話になります。
「そろそろ休憩にしようか」
少し広くなった見通しのいい場所で、いちど休憩をすることにする。俺たちは麻衣のスキルの恩恵で疲れにくくなっているが、教授たちは疲れも溜まってきているかもしれない。
途中で何か所か調査を行っているが、ここまでは順調に移動できている。出てくる魔物もそんなに強くないので、全員が危なげなく対処できていて、まだまだ余裕がある。
「みなさん、飲み物をどうぞ」
「わ、私たちも貰っていいの?」
「全員の分ありますから、遠慮なくどうぞ」
「そうなの、なら、ありがたく頂くわね」
教授たちはダンジョンに入ってから、妙に俺たちに対して遠慮しているような感じがする。怖がっているのとは違うと思うが、距離感がうまくつかめてないようなそんな振る舞い方だ。依頼主なんだし年上なんだから、もう少し大きな態度でもいいと思うのだが。
ウミが作ってくれた水だろう、冷たくて美味しいジュースのような味になっている。麻衣のことだから塩分やミネラルの補給も考えた、スポーツドリンクのようなものにしてくれてるはずだ。
「これ、冷たくて美味しいわ」
「こんな冷たくて美味しい飲み物は、街でもなかなか飲めませんよ。ありがとうございます、マイさん」
「冷たい水はウミちゃんが生み出してくれるので、無くなってもすぐ作れますからお代わりして下さいね」
2人とも、またウミのことを崇めるような目で見つめている。きっと彼女たちには、後光が差しているウミの姿が見えているに違いない。
「動いた後だからとても美味しいよ、ありがとうマイちゃん」
「体に染み渡る感じがします」
「……すごく美味しい」
「汗で失った体に必要な栄養も入ってるから、お代わりして飲んでね」
やはり体のことを考えて作られているようで、前衛組にも好評なようだ。普通のダンジョンの中は少し涼しいくらいなので、冷たい飲み物が出てくることはあまり無いが、火山ダンジョンのように暑い場所だと冷えた飲み物がとても美味しい。
冷たい飲み物を飲んで、しばらく休憩した後に次の調査地点に進んでいった。
◇◆◇
「ご主人様、この先に小さな魔物がたくさんいます、数は……24匹ですね」
「……私が見てくる」
気配を消したエリナが斥候に行ってくれる。このダンジョンだと広域魔法は使いにくいし、地道に殲滅していくしか無いか。
「……あるじ様、サルみたいな魔物がいる。手に石を持ってた」
「それは集団で石を投げてくる魔物ね、手持ちの石を投げ終えたら辺りを探し出すから、その時に倒すのがいいわ」
「以前の遠征で倒した魔物の小型版みたいなものですね、それなら私の障壁で対処できます」
ギルドで購入したダンジョンの地図を見ていたイーシャが、魔物の情報を教えてくれる。この手の攻撃をしてくる魔物は麻衣のおかげで俺たちの敵じゃない、みんな余裕を持った顔で先へ進んでいるが、教授たちは少し緊張しているようだ。先行して魔物を殲滅してから来てもらってもいいが、ダンジョンだとどんな不測の事態が起こるかわからない。俺たちの近くに居てもらうのが一番安全だろうから、我慢してついてきてもらおう。
少し広くなった場所に、サルの魔物が多数集まっていた。近づいてきた俺たちに気づいたようで、一斉にこちらの方を見て、石を持って振りかぶった。麻衣が展開したドーム型の障壁に次々と石が当たるが、以前戦った魔物と違いサイズが小さいので、中に居てもそれ程恐怖は感じない。
「ね、ねぇ、これ大丈夫なの?」
「これより大きな石でも防げますから、問題ありませんよ」
教授が少し不安そうに、次々に飛んでくる石を見ているが、幹部クラスの魔族の攻撃すら防ぐ3並列魔法回路の障壁は、この程度なら何の問題もない。
やがて手持ちの石を投げ終わったのか、サルの魔物たちはキョロキョロと辺りを見回して石を探し始める。16個の風の刃が発生する杖に持ち替えて魔物の集団に向かって振る、複数の風の刃が数体の魔物をまとめて切り裂き、イーシャの氷の矢も後ろに居る魔物を串刺しにしている。残った魔物は右往左往しているが、アイナとエリナとオーフェが走り込んでいって、次々と倒していった。
「みんな、お疲れ様」
「アイテムが落ちてたよ、ダイ兄さん」
オーフェが小さな爪のようなアイテムを持って走り寄ってきたので、頭を撫でてやりつつ受け取った。護衛依頼で倒した魔物の魔核やアイテムは、冒険者側が受け取っていいという決まりのようなので、俺のカバンにしまっておく。
「こんな小さなアイテム良く見落とさなかったな」
「えへへ~、ボク偉い?」
「あぁ、すごいなオーフェ」
魔核を拾ってきたアイナとエリナも戻ってきたので、それぞれ受け取って頭を撫でる。教授たちは魔物の集団を簡単に殲滅してしまった事に驚いているのか、少しあっけにとられているようで放心状態だ。これが俺たちの戦い方だから慣れてもらうしか無いな。
◇◆◇
しばらく進んだところでお昼にする。午後からは1ヶ所だけ調査をしたら街に帰る予定だ。オーフェの空間転移を知られるのは流石にまずいと思うので、今回は徒歩で戻ることにしている。
「麻衣、今日のお弁当は何だ?」
「今日はアーキンドで買ったお魚を焼いたものと、お肉と野菜の炒めものです」
そう言って渡してくれたお弁当を開けると、こんがりと焼かれた魚と、肉と色とりどりの野菜が入った炒めものが入っている。横にはカットした果物も添えられていて美味しそうだ。
「ボクの魔法はお腹が空くから、マイちゃんのお弁当が楽しみなんだ」
「マイさんの作るお弁当を食べると、力が湧いてくる感じがするんです」
「……マイのお弁当を食べるともっと頑張れる」
前衛組も今日はいつも以上に動き回っているからお腹も空いているんだろう、貰ったお弁当を開けて目をキラキラとさせている。
「マイちゃんのお弁当があると、ダンジョンも苦にならなくていいわ」
「お昼に食べるお弁当は、おやつに食べる時と違う美味しさがあるのです」
お弁当を受け取ったイーシャはニコニコした顔で蓋を開け、ドライフルーツとクッキーの包を受け取ってご満悦のウミは、俺の膝の上に座って早速広げ始める。
「教授たちの分もあるのでこっちに来てください」
「え!? いいの?」
「みんなで食べたほうが美味しいですしどうぞ」
少し離れた所に居た2人を麻衣が呼び寄せてお弁当を渡している。恐る恐るお弁当の蓋を開けていたが、中を見た教授の顔が一瞬でほころんだ。
「ヤチ、お魚! お魚が入ってるわよ!」
「良かったですね、教授はお魚大好きですからね」
「うん、こんなダンジョンでお魚料理が食べられるなんて、夢のようだわ」
「アーキンドのお魚なので美味しいと思いますから、どうぞ食べてください」
教授は魚が好きだったのか、なんか子供のようにはしゃいでいて、年上なのにちょっと可愛いと思ってしまう。ヤチさんもお弁当を見て笑顔を浮かべているので、両方とも気に入ってくれたみたいだ。
「私、マイさんをお嫁さんに欲しい」
「教授、変なこと言わないでください、お魚料理ならまた私が作ってあげますから」
「約束よ、ヤチ」
この2人は本当に仲が良いな、教授と助手という関係以上の親密さがあるように思える。教授のほうが少し依存している感じはするが、お互いのことを大切に思っている気持ちが伝わってくる。
それぞれパンも受け取ってお昼ご飯を食べ始める、でもお弁当ならやっぱりおにぎりが欲しくなるな。この世界にはお米はないみたいだから仕方ないが、塩だけで握って海苔を巻いたシンプルなおにぎりが恋しくなる。
◇◆◇
お昼ご飯を食べ終えた後も順調に進んでいっている、この少し先にある広い場所の調査をしたら終了だ。お昼をみんなで食べて、食後のお喋りをしたからか、教授たちとの距離も少し縮まった気がする。
教授の話は少し専門的でわかりにくいが、各地のダンジョンに行っているだけあって、面白いエピソードも色々聞かせてもらった。
ダンジョンの中に物を落としたり、魔物に襲われて力尽きてしまった人の装備品などは、時間が経つとダンジョンに取り込まれてしまうそうだ。そして、その装備品が全く違うダンジョンから出土することがあるらしい。教授によると、ダンジョンは一つの生命体で、全てが繋がっているのではないかと仮説を立てているそうだ。
「ご主人様、この先にとても大きな魔物が居ます、数は1匹だけです」
「この先って、ちょうど調査地点じゃないか?」
「そうね、用心しながら近づいてみましょう」
エリナを先頭に慎重に近づいていくと、先に見える広間の中の一部が盛り上がっているように見える魔物がいた。あの大きさだと他の場所に行けないだろうし、ずっとあそこに居たんだろうか。
「……あるじ様、大きなカメ?」
「後ろを向いているから判りにくいけど、形はそれっぽいな」
お椀を伏せたような盛り上がりは亀の甲羅みたいだし、そこから短い足が4本出ている姿もカメに見える。しかし、あの甲羅は硬そうだ、普通の魔法だと傷も付けられないかもしれない。
「ギルドの資料にも載っていないし、突然変異種かもしれないわね」
「それって強いんですか?」
「大きさもそうだけど、突然変異種は普通とは違う攻撃もしてくるから、強いと思うわ」
さて、どうしたものか。ここまで来たのだから調査は全部終わらせて帰りたいし、3並列の風の刃と氷の矢で攻撃してみるか。
「貴方たち、調査は切り上げて帰りましょう、あれは危険すぎると思うわ」
「でも、せっかくここまで来たんですし、最後まで調査したほうが良いんじゃないですか?」
「それは残念だけど、貴方たちを危ない目にあわせてまでする調査ではないわ」
教授たちは俺たちの身を案じてそう言ってくれるが、メンバーで相談して戦うか撤退するか決めてみよう。
「みんな、どうする?」
「あの時作った杖の魔法なら、なんとかなるんじゃないかしら」
「それは俺も考えてた、2人であの杖を使ってみるか」
「……動きは遅そうだから大丈夫だと思う」
「もしダメそうなら、こちら側に逃げればあの部屋から出てこられないですよね」
「変な動きをしたら特殊な攻撃が来るかもしれませんから、私の側まで来てください」
「ウミもみんなを守るですよ」
「ボクもあの硬そうなところを殴ってみたい」
みんなあの魔物に挑戦してみる気が満々のようだ。それにいまの俺たちの力なら、あの魔物も倒せる気がする。最悪逃げ出せるという選択肢もあるし、挑戦してみよう。
「教授、あの魔物と戦ってみようと思います」
「貴方たちのパーティー全員で決めたのなら反対はしないけど、無理はしないでね」
「ありがとうございます。教授たちはどうしますか、ここで待っているのが良いと思いますけど」
「そうね、私たちが行っても足手まといになりそうだから、ここで待たせてもらうわ」
2人を残していくのは少し危険だが、未知の魔物との戦闘に巻き込まれる方がもっと危ないだろう。なるべく短時間で片がつくようにして、教授たちの方にも気を配りながら戦おう。
依頼主の許可ももらえたので、打ち合わせを始める。俺とイーシャは魔族との戦いで作った、3並列魔法回路の杖を取り出す。まずは2人の魔法で動きを止めて、前衛組で敵を翻弄しながらチャンスを作り、頭を狙うか甲羅を傷つけて、内部に魔法を撃ち込めれば倒せるだろう。
◇◆◇
部屋に入り俺が足を狙って風の刃の魔法を放つ、イーシャは甲羅に向かって氷の矢を撃っている。それぞれの魔法が命中して、魔物の足を切り裂き甲羅に矢が突き刺さる。
突然攻撃を受けたカメの魔物は、3本の足を使って器用にこちら側に回転した。俺たちを見つけた魔物が叫び声を上げ、頭上に石の塊を発生させる。
こいつも魔法を使える魔物のようだ。魔物にも魔法を使える種類があり、それらは生体魔法回路を体内に持っていて、それによってその種固有の魔法が使える。魔族の固有魔法とよく似た仕組みだそうだ。
頭上から放たれた石の塊が麻衣の障壁と衝突して砕け散る、衝撃と硬いものが擦れ合う嫌な音が響くが中にいる俺たちにダメージはない。
俺とイーシャが再度魔法を放ち、首元と足を傷つけた。魔物がたまらず地に伏せたところへ、前衛組が走っていって攻撃を浴びせていく。魔物も足や首を動かしているが、動きが遅いので全く当たらない。
しばらく藻掻いていたが、敵わないと思ったのか顔と足を甲羅の中に引っ込めてしまう。こんな所もカメそっくりだ。前衛組の武器では、甲羅の内部までダメージを与えられないし、イーシャも魔法を撃っているが、こちらも致命傷にはなっていない。ひっくり返してお腹側を狙えばダメージを与えられるかもしれないが、この大きさのものを裏返すのは困難だろう。
「ダイ兄さん、ボクちょっと行ってくるよ!」
どう攻略しようか悩んでいたら、オーフェがそう言いって壁の方に駆けて行った。何をするのかとみんなが攻撃を止めて見ていると、部屋の壁にある細い通路状の段差を器用に走っていき、天井辺りまで来てそこから勢いをつけて飛び降りた。
「オーフェリアーキーック!!」
これは幹部クラスの魔族を行動不能にした、マナコートを使った蹴りだ。オーフェの蹴りが命中したところの甲羅がひび割れている、高い所から飛び降りたとは言え相変わらずでたらめな強さだな。
ヒビの入った部分に魔法の攻撃を集中させると、やがてぼろぼろになって崩れていき、内部にイーシャの氷の矢が突き刺さると、魔物は青い光になって消えた。
「オーフェすごいな、お手柄だ」
戻ってきたオーフェの頭を撫でてやる。甲羅が思ったより硬かったので、魔法だけで削っていたらもっと時間がかかっていただろう。
「オーフェちゃんすごい」
「……あの蹴りは強力」
「いつ見ても凄いわね」
「お腹空いたらおやつにしましょうね」
「怪我とかあったらウミに言うのですよ」
みんなに褒められたり心配されたりして、オーフェも嬉しそうに微笑んでいる。魔物も倒したし、教授たちに調査を始めてもらうことにしよう。
麻衣の出してくれた飲み物は、カ○ピスのように薄めて作れるように原液を持ち歩いているので、ウミが居ればダンジョン内でも冷たい飲み物が提供できます。