第60話 ユリー
評価やブックマークありがとうございます。
今回は教授たちの視点で語られる話になります。
主人公たちのパーティーが、どれだけ規格外かという事を確認する回です。
地の文が多くて読みにくいかもしれませんがご容赦下さい。
*** ユリーSIDE ***
私の名前はユリー、国の研究機関でダンジョンの地質調査をやっている。助手をしてくれているヤチとはずいぶん長い付き合いになる、私の大切なパートナーだ。
若くして教授の地位を手に入れた私のことを天才だとか言う人もいるが、それは違う。私は色々な場所を調べるのが好きなだけだ、特にダンジョンの地質は面白い。ダンジョンは生きていると言われていて、壁や地面を掘り返しても暫くすると元に戻ってしまう。
そんな不思議な性質を持つダンジョンを調べるために、私とヤチはヴェルンダーの街に来た、ここの火山ダンジョンを調べるのが目的だ。火山ダンジョンはとても暑いと聞く、中に入ると私たちも汗だくになってしまうだろう。そんな姿を異性に見られるのはゴメンだ、特にヤチは他の女性が憧れるほど体形がいい。あの大きな胸が汗に濡れて、服の上からはっきりとその形が浮かび上がる姿なんかを、多数の男たちに見られるなんて絶対に許せない。
私は冒険者ギルドに依頼を出す時に、女性だけのパーティーか男の少ないパーティーだけという条件をつけた。しかし数日待っても、依頼を受けてくれる冒険者は見つからなかった。国の仕事だから何としても見つけて欲しいとギルドの幹部に要請すると、男性が1人いるが他は全員女性で中級ダンジョンの最終階層を突破したパーティーがあると紹介された。
ちょうどギルドに依頼の受注に来ているそうなので、そのまま個室に呼んでくれることになった。
◇◆◇
「始めまして、虹の架け橋のパーティーリーダーをしているダイと言います」
入口の近くに立っている黒髪の男が挨拶をしてくれる、彼がこのパーティーのリーダーのようだ。この大陸では珍しい色の髪の毛をしているし、まだ若い男のようだが本当に実力はあるのだろうか、少し不安になる。
それぞれ挨拶をして席に着いたが、男の両隣に座っているのは獣人の子供だ、あれは犬人族と猫人族だろう。このパーティーも獣人族を前衛で戦わせて、危険な目に合わせているのかと思うと少し嫌な気分になる。しかしこの2人は他のパーティーの獣人とは違う感じもする、身なりもきれいで男の傍にピッタリ寄り添っている。無理やり従わせているのではない雰囲気がある、不思議な関係だ。
そして、あの耳の長い金髪の女性はエルフのようだ、ほとんど里から出ることがないエルフがこんな場所で冒険者を、しかも人族のパーティーに加入しているなんて驚いた。
残りの2人は人族のようだが、1人はまだ幼い子供ではないか。恐らく冒険者登録できるギリギリの年齢だろう、そんな子供までパーティーに入れて何がしたいんだこの男は。
極めつけは男の頭の上にいる、水の中級精霊と自己紹介をしてきた生き物だ。精霊に関してはほとんど資料が無く、物語にしか登場しないような存在だが、それが目の前に居るなんて信じられなかった。
最初に見た時は人形だと思っていた、そんなものを頭の上に乗せているこの男の趣味を疑ったが、それが動いて喋りだしたのだ。見た瞬間、私は目の錯覚かと思っていた、昨日は寝た時間が遅かったしきっと幻覚でも見ているのだろうと考えていたが、その人形が男の頭を離れて空中に浮いた時、私は思わず椅子から落ちそうになった。必死で耐えたが。
◇◆◇
男から依頼を受ける条件を一つ出された、“パーティーメンバーの能力や、使っている武器の事を他人に口外しないで欲しい”という内容だ。
私も色々なダンジョンの調査に行き、冒険者と一緒に行動しているので、彼らのルールも知っている。それに私たちにも他人には絶対言えない秘密があるのだ、それと交換条件にしてもいいと言ったが、男はそこまでする必要はないと断わってきた。少しだけ男のことを見直した。
―――――・―――――・―――――
翌日、待ち合わせ場所のギルドに着くと、男のパーティーもすぐ到着する。
「おはようございます」
男が挨拶をしてくれるが、防寒具を身に着けているだけで装備品やリュックを持っていない、しかも全員がだ。このパーティーに依頼して良かったのかと、また不安になる。
しかし、それはすぐ杞憂に終わった。ダンジョンの入口に入り広場に集合すると、それぞれが防寒具を脱いで何処かにしまっていったのだ。腰に手を当てているがよく見ると小さなカバンが付いている、あれは精霊のカバンじゃないのか。実物なんて初めて見た、貴族や裕福な商人くらいしか持っていないアイテムを、全員が装備しているのだ、一番小さな女の娘は少し違う入れ方をしているみたいだったが、同じ様なアイテムを持っているのだろう。
驚いて固まってしまったが、ヤチに精霊が居る事を教えてもらい、昨日の衝撃的な登場で頭の中から追いやっていたその存在を思い出した。確かにこのパーティーなら、全員が持っていても不思議ではないのかもしれない。私も凄く欲しいが。
護衛の冒険者に荷物を渡して、必要なものだけ小さなカバンに詰めて持ち歩くことになった。かなり軽くなるし、これから暑い場所を歩かなければならないから、正直言うととても助かる。私たちの荷物を男に渡すと、エルフの女性が精霊のカバンに収納してくれた。私たちの荷物の中には換えの下着や服も入っている、もしかしたら気を使って女性に収納してもらったのかもしれない。また男の評価が少しだけ上がった。
そしてダンジョン内部に続く階段を上がっていったが、そこはまさに灼熱の場所だった。空気に触れただけで汗が出てくる。男は1人だけだが、汗に濡れた私たちを見られるのは凄く嫌だ。隣のヤチも顔をしかめていて、かなり暑さが堪えているようだ、いやらしい目で見てきたりしたら即座に依頼を破棄して帰ってやろう。
男が精霊と何か話をしていたが、その瞬間に急に温度が下がった。私には何が起きたのか全くわからないが、大陸南部の夏の気温くらいの温度だ、これなら汗まみれにならずに済む。水の精霊が温度を下げてくれたらしいが、ただの人形だと思っていたことを謝らなければならない、貴方は救世主です。
◇◆◇
そこからは驚きの連続だった、まず犬人族の女の娘だが数部屋先の敵も必ず見つけてしまう、しかも数や大きさまで判るようだ。これまで数多くの冒険者とダンジョンに潜ったが、これほど正確に敵の位置や数を見つけられる者は居なかった。
そして持っている武器も凄い、魔物の首や手足が何の抵抗もなく斬れてしまうのだ。魔法を付与しているようだが、さっきからマナ酔いを起こす気配がない。獣人族はマナ耐性が低いはずなのに、一体どうなっているのかさっぱ判らない。
猫人族の女の娘はスピードが速い、近くに居たと思ったら次の瞬間には敵を切り裂いている。彼女の剣も魔法を付与しているようだが、2本持った剣の両方から氷の刃が発生している。あれは魔法の同時発動じゃないだろうか、あれが出来る人物など王都に数人居るか居ないか位の才能の持ち主だ。
それに白銀の髪の毛を持つ猫人族は、とても貴重な存在だったはずだ。その存在や才能が貴重すぎて、私には理解が及ばないので考えるのをやめた。
一番小さな女の娘が最も異質だった。手にはめた銀色の防具のようなものから青い色の炎の刃が出て、それが魔物を斬り裂いているのはまあいい。いや良くない、氷の剣もそうだが、上位属性の青い炎の魔法であれだけ威力が出せるのがまずおかしい。
それよりも目を見張るのが戦い方だ、なんと殴るのだ。あんな小さな娘が魔物を殴り倒している姿とか、どこか悪夢のようだ。今夜、夢に出ないように祈ってしまう。
少し気弱そうな人族の女の娘は、割と普通で安心する、使っている魔法は普通でないのだが。彼女は土の壁で通路を塞いでしまうのだ、すると魔物はなぜかこちら側に来なくなってしまう。
あのサイズの壁を維持し続けるマナ変換速度も凄いが、何度もその魔法を使っているのに一向にマナ酔いする気配がない。マナ耐性も恐ろしく高い娘なんじゃないだろうか、そんな優秀な娘がどうして普通の冒険者をやっているのか、想像すらできない。
男とエルフの女性が使う魔法も、普通とは明らかに違う。男の風の刃も女性の氷の矢も、魔物を簡単に斬り裂いたり串刺しにする。今までも魔法を使う冒険者と一緒に行動した事はあるが、数人で魔法を撃って倒すのが普通のやり方だ。それをほぼ一撃で倒してしまうなんて有り得ない。一体このパーティーはどうなっているのだ、誰か教えて欲しい。
◇◆◇
「教授、気づいてますか? あの獣人の2人が持っている武器、この街で一番有名な工房の印が刻まれてますよ」
「それって以前言っていた、冒険者になったら一度は憧れる名工の武器ってやつ?」
「そうです、それにあの銀の輝き、あれは恐らくミスリル製でしょう」
「ミスリル製って、上級冒険者でもなかなか持てない武器じゃないの。一体なんなのよこのパーティーは」
そんな貴重な武器を獣人に持たせるなんて、一体どこの金持ちの子供だと思うが、見た感じはどうも違う気がする。それにあの男は獣人の頭をよく撫でている、撫でられる方も凄く嬉しそうで、しっぽを振ったり微笑んだりしている。この大陸の人族は獣人の耳やしっぽは呪いが原因で生まれた信じている人も多い、だから無闇に触ったりしようとしないものだが、あの男は違う。とても優しそうに笑うその顔は、少し幼い印象を受ける。何か不思議な雰囲気を持った男だ。
「それに、あの小さな女の娘が腕にはめている武器も、同じ工房の作品ですよ。あれも恐らくミスリル製ですね」
「私、何か夢を見ている気がしてきたわ」
「では目覚ましにもう一つ教えてあげます。あの小さな娘は魔族ですよ」
ヤチが私の耳元で囁いてくれた言葉で、胸の奥を掴まれるような衝撃を受けた。まさかこの大陸に攻め込もうとしている魔族が居るパーティーなんて想像の埒外だ。
「ヤチ、昨日会った時には判らなかったの?」
「えぇ、あの時ははっきりとは判りませんでしたが、今日戦う姿を見て確信できました。あの娘は間違いなく魔族です」
「それで、あの娘はあなたの事に気づいてる?」
「いえ、あの娘はまだ子供ですし、私の正体には気づいていないようですね」
それを聞いてそっと胸をなでおろす。
私たちの秘密、それはヤチも魔族なのだ。彼女と出会ったのは、私がダンジョンの調査をしている時に魔物に襲われ、雇った冒険者も倒されていき、もうだめだと思った瞬間だった。私の前に飛び込んできたヤチが、魔物を一撃で倒してしまった。
それ以来、妙に馬があった私たちは一緒に行動するようになり、ヤチも同じ研究機関に勤めるようになった。そして教授になった私の助手として、身の回りの世話から調査の手伝いまでやってくれている。
ダンジョンの調査をする時は冒険者を雇うが、私が危なくなった時だけヤチが戦ってくれる。普段は余り目立つことをせずに、静かに暮らしていきたいという優しい魔族だ。
「あの娘は私たちと敵対はしなわよね」
「恐らく大丈夫でしょう、それに見てください」
そう言うので魔族の子供の方を見ると、倒した魔物の魔核を持って男の傍に駆け寄っていく所だった。それを受け取った男は、魔族の女の娘の頭を撫でている。その娘もとても嬉しそうに微笑んでいて、この大陸に危害を及ぼそうという存在には見えない。
「あの男は獣人の頭もよく撫でてるけど、不思議な感じよね」
「えぇ、あのパーティーになら私の正体を知られても大丈夫だと思いますよ」
「それは考えておくわ。でもいざとなったらヤチがいるし、あの娘が敵対しても大丈夫よね」
「教授、大変申し上げにくいですが、あの娘はかなり上位の魔族です、本気で戦っても勝てるかどうかは判りません」
そう言って申し訳無さそうな顔をするヤチ。
本当にどうなっているの、私が雇ったこのパーティーは。
この後に1話挟んで、もう一度教授視点の話があります。