第58話 ミスリル装備
いよいよ頼んできたミスリルの装備が完成する日が来た。あらかじめ魔法回路を印刷した紙を持って、レオンさんの鍛冶屋に向かっている。
アイナとエリナとオーフェの3人は朝からそわそわとしている、新しい武器と防具が出来るのがかなり楽しみみたいだ。
オーフェの籠手に刻む魔法回路は、手の甲から先の方に立てた刃が発動するレシピがあったのでそれを採用した。これなら殴る時も相手に刺さるし、防御の際にもダメージを与えることが出来る。裏拳で攻撃する時も拳より先に炎の刃が相手に当たるので、ダメージの増加が狙えるとオーフェも喜んでいた。
魔族はエルフには及ばないものの、マナ変換速度もマナ耐性も人族よりは高いらしいので、火の上位属性にしている。発動すると青い炎の刃が出来上がるはずだ。発動はコマンドワード方式なので、必要な時だけ使えるようにしてある。
コマンドワードは“炎拳”だ。恐らく炎剣という方が正しいのだろうが、読みは同じなので俺的にはこちらの漢字を思い浮かべている。そう言えば王都の食堂のおじさんの二つ名が“炎剣のラルフ”だったが、恐らくこのコマンドワードも影響してるのだろう。
そしてダンジョンで出た石だが、あれはかなり珍しい宝石の原石だということがわかった。昼間は青で、夜になると紫に色が変わるという、とても不思議な特性を持った宝石だそうだ。ギルドでオークションに掛けることを勧められたので、そのまま代理出品をお願いした。手数料は取られるが、こちらのほうが匿名性が高く、誰が発見したアイテムか絶対にバレないそうだ。昨日その落札金額がパーティーの口座に振り込まれていたが、みんなで驚いてしまった。恐らく王都でも家が買えるだろう、拠点を作りたいと考えていたが、これで大きく前進したと思う。
◇◆◇
「レオじいさん、こんにちは」
「待っていたぞ、頼まれたものはもう仕上がってる、中に入りな」
イーシャが入り口から挨拶すると、レオンさんがこちらを見て手招きしてくれる。工房の中に入り机の周りに集まった。
「良質の鉱石だったから最高の武器に仕上がった、儂の打った剣の中でも一二を争うくらいの出来だ」
そう言ってまずは3本の短剣を並べてくれる。少し長めの短剣がアイナ用の疾風だろう、そして短い2本の短剣が、エリナ用の氷雪と氷雨だな。
刀身の部分はよく磨かれていて、鏡のようになっている。柄頭の部分には緑と水色で彫り物がしてあり、両方とも同じマークになっている。鍛冶屋の入口にあった看板と同じ形なので、恐らくこの工房のロゴマークなんだろう。武器の銘は鍔の部分に刻んでくれているようだ。
「こっちの籠手もいい出来だぞ、中はマナを通す布で作ってあるから、魔法の発動も問題ない。それに乱暴に扱っても壊れないことは保証してやる」
こちらも銀色に輝くきれいな仕上がりになっている、これが紅炎か。肌に触れる部分は布製で、指は5本に分かれており、その上からミスリルのプレートでガードする作りだ。手首や指も動かせるように何枚も板を重ねて、可動できるようになっている。こちらも隅の方に剣と同じデザインの赤いロゴマークが彫られていて、裏返して肘に近い部分に刻まれている銘も見せてくれた。
アイナとエリナとオーフェの3人は、早速それぞれの武器と籠手を手にとって感触を確かめている。
「これ、初めて握った武器なのにすごく手に馴染みます」
「……とても振りやすい」
「これ凄くかっこいい、ボクとても気に入ったよ、おじいさんありがとう」
「短剣の方はこの鞘を使いな。籠手はある程度大きさの調整ができる、体が大きくなって合わなくなってきたら、いつでも言ってきていいぞ」
レオンさんは2人に鞘を渡してくれる、こちらも工房のロゴマーク入りのシンプルで上品なデザインになっている。籠手の方もサイズ調整をしてくれるようで、アフターサポートもバッチリだ。
「何から何までありがとうございます」
「なに、儂もこんな良質な鉱石を使えたんで、つい熱が入ってしまった。それにこれだけ気に入ってくれると、鍛冶屋冥利に尽きる。そこの2人の武器も以前見せてもらったが、大事に使っているのがよく分かる手入れの仕方だった。そんな連中に使ってもらえるなら作った方も本望じゃ、気にせんでいいぞ」
レオンさんは喜んでいる3人を見ながらそう言ってくれた。今日はあらかじめ試し斬りまでやらせてもらうことを伝えてるので、それぞれの装備に魔法回路を刻んで改造もやってしまおう。
「じゃぁ、みんなの装備に魔法回路を刻もうか」
「試し斬りなら工房の裏庭を使っていいぞ、置いてある木材や鉱石も好きに斬って構わん。儂もイーシャの嬢ちゃんが気に入ってる兄さんの作る回路ってのに興味があるから、今日はもう店じまいだ」
裏庭に案内してくれたので、そこの台に並べて魔法回路の露光を始める。この待ち時間の間にお礼のお酒も渡してしまおう。
◇◆◇
「レオンさん、これドワーフの人が好きと聞いたのでよろしければどうぞ」
「こいつは火酒じゃないか、気を使わせてしまったみたいですまんな」
「とても良い短剣と籠手を作ってもらえたので、遠慮なく飲んでください」
レオンさんにお酒を渡すと、今日はもう店じまいと言っていたからか、その場で開けて飲み始めた。ドワーフがお酒好きってのは本当だな。
「レオじいさん、昼間からお酒なんて飲んでたら奥さんに怒られるわよ」
「硬いこと言うなイーシャの嬢ちゃん、いい仕事した後の酒はうまいんだ」
辺りにお酒の匂いが漂い始めると、獣人組とオーフェとウミは裏庭の方に避難していた、匂いで酔ってしまうかもしれないからいい判断だ。麻衣は料理やお菓子作りで慣れているのか、特に気にする様子もなく精霊のカバンの中から作り置きの料理を取り出して並べている。
「レオンさん、お酒ばかりだと体に悪いですから、これもどうぞ」
「……こりゃうまいな! マイの嬢ちゃんは料理が得意なんだな、こいつは酒も進むわ」
そう言って麻衣の料理を食べながら、火酒をごくごく飲んでいる。本当に水のように飲むんだな。
レオンさんに渡したお酒を飲み終わる頃、魔法回路の露光が終わった。
◇◆◇
「魔法回路の改造を始めようか、順番に魔法回路の起動だけしてくれ」
オーフェにも事前に回路の起動だけ出来ることを確認していたので、まずは彼女の魔法回路から取り掛かる。2本の回路が明滅しているので、同時発動の才能はないみたいだが、両手をクロスさせるような防御姿勢をとった時に、両方から刃が出ると危険だから問題ないだろう。
左右の各ブロックのインターフェース部分を繋いでいき、充填部分の最適化を進めていく。この魔法回路は火の上位属性なので、充填部分や構築部分が少しリッチになっている。
「ボクには光ってる所を指で触ってる様にしか見えないけど、それがダイ兄さんのスキルなんだ」
「そうだよ。魔法回路は誰でも使えるようになっている分、無駄が多いから、それをオーフェ専用の回路に書き換えているんだ」
「ボク専用か、なんだかいいね」
左右の回路接続と最適化を終わらせて、次は回路の縮小と列コピーの処理をする、これで3並列魔法回路の炎の拳が完成だ。アイナとエリナの回路もそれぞれ終わらせて、試し斬りを始めてみる。
アイナとエリナは置いてあった木材をスパスパ斬り刻んでいる、オーフェは鉱石を殴ったり斬ったりしているが、マナコートの効果も加わっているので鉱石は粉々に砕けたり剣の部分でバターのように切り裂かれたりしている。
「ご主人様! これ前のと全然違うくらい強くなってますよ!」
「……これなら私も石くらい斬れそう」
そう言って、お互いに庭に落ちている石を投げあって斬っている。アイナの剣は以前も斬ることが出来たが、エリナの剣でも簡単に斬れるようになってるな。
「恐らくマナを通しやすい金属で作ったから、魔法回路の効率が更に上がったんだと思うぞ」
マナを通しやすい金属に魔法回路を刻むと、配線抵抗みたいなものが減って、より効率よく回路が動くようになるんだろう。発動時間が短縮されるのも、その理屈だと説明できる。
「ダイ兄さん、これ凄いよ。これがあの時の力だったんだね、これなら驚くはずだよ」
「マナの流れはかなり絞ってるけど、上位属性の魔法だから無闇に乱発しないようにな」
オーフェは「わかったよ」と言いながら、楽しそうに鉱石を斬ったり殴ったりしている。マナ耐性も高いみたいだし、少々無茶しても大丈夫だとは思うが。しかし金属を含んだ塊がスパスパ斬れていくのは、見ていても気持ちいい、本人はもっと楽しいだろう。
「なあ、イーシャの嬢ちゃん」
「なにかしら?」
「儂は悪酔いしてるのか?」
「レオじいさんがあれ位のお酒でそんな事になる訳無いでしょ」
「確かに武器の出来は最高だった、儂の作った中でもかなり上位の出来だ、だがあれはどう見てもおかしい。あの火の上位属性の青い炎の剣で、どうしてあそこまで威力が出せるんだ、普通は剣の形を維持するだけでも精一杯のはずだぞ。それ以上に信じられんのは獣人の2人だ、さっきからすごい勢いで斬り刻んでるのに、なんでマナ酔いで倒れてないんだ」
「ふふふ、これがダイの凄い所なのよ。魔法回路を効率よく組み替えてくれるから、上位属性でも威力が出るし、その人に合わせて作り変えてくれるから、マナ耐性が低い獣人でも大丈夫なのよ」
「まさか儂もこの歳になってこんな面白い事に出会えるとは思ってなかった、イーシャの嬢ちゃんがあの兄さんに惹かれるのもよく解る」
イーシャとレオンさんが後ろの方で何か話をしているが、そろそろ試し斬りも終了させよう。3人に声をかけて近くに呼び戻す。
「レオンさん、とても素晴らしい短剣と籠手を作っていただいてありがとうございました」
「ありがとうございました、前よりすごく斬れるようになって嬉しいです」
「……こんなすごい武器、とても嬉しい、ありがとう」
「おじいさん、ボクの戦い方とも凄く相性がいいよ、本当にありがとう」
「儂の方こそ、こんなに使いこなして貰えるなら作った甲斐があるってものだ。それにお前たちの事が気に入った、これから儂に頼みたことがあったらいつでも言ってこい、力になってやる」
レオンさんは俺たちの方を見て機嫌の良さそうな顔でそう言ってくれた。こんな一流の職人に頼ってくれていいと言われて、嬉しくないはずがない。これから先も冒険者として活動を続けていく上で、強力な味方が出来たと言っていいだろう。
俺たちは改めてお礼を言って、工房を後にした。