第4話 リザードマンの長老
歩きながらリザードマン達の話を色々聞いた。
さっき倒した魔物は、物理攻撃には強いが魔法には弱いこと。リク達の住処にしている森には居ないはずの魔物が突然現れて困っていたこと。
リザードマンには他にも部族があって、リク達の部族は主に槍を使って戦うそうだ。クウの部族は剣を使うものが多いらしい。弓を使う部族もあり、リク達やクウは『遠距離からちまちま攻撃するのは性に合わない』なんて話も聞けた。
今更だけど俺、ちゃんと異世界の言葉が喋れるし理解できてるな。
お約束の機能が仕事してくれてよかった。
◇◆◇
そうしているうちに森との境界まで来て全員が立ち止まる。
「この森、移動する、人族だと、キツイ、思う」
山歩きなんてしたことないし、ましてや整備もされてない森の中なんて歩く自信がない。リクがそう話しかけてきたので「確かに……」と頷くと、槍を持っていない方の手を差し出して言った。
「オレが、運んで、やる、腕に座って、捕まって、いろ」
「そっちの、子供、オレ、運ぶ」
剣を腰に挿して両手が自由になったクウが、背中におぶっていた女の子を優しく抱きかかえてくれた。
「それじゃぁ、行く」
カイを先頭にしてリクとクウが森の中を走っていく。
2人共、人を抱えながらなのに、かなりの速度で移動している。よく見るとしっぽを器用に使ってバランスを取っているようで、振動や揺れもかなり抑えられている。
「すごいな……」と思わずつぶやくと、リクは「オレたち、部族でも、一番、強い、これくらい、簡単」と言った、ちょっと誇らしげだ。
◇◆◇
そして辺りが少し暗くなり始めた頃、森の中にある湖の畔の洞窟に到着した。洞窟の周りは森が少し開けていて、石を組み上げたかまどのような物もあり、あちらこちらに生活の跡が見える。湖も岸の近くは浅くなっていて、水を汲んだり洗い物をするためだろうか、木で足場が作ってある。
「ここ、オレたちの、住処、まず、長老のところ、行く」
腕の上から俺を下ろして洞窟の中に入っていった。洞窟といえばジメジメしてるイメージがあったが、ここは中も乾燥していて過ごしやすい。部屋に続く横穴だろうか、途中で何か所か道が別れているが、一番大きな道を奥の方に進んでいく。壁には明かり用の火が灯されていて、洞窟全体がぼんやり明るくなっているので歩くのにも困らなかった。
洞窟の奥に進んでいくと大きな部屋があって、そこに全員で入っていく。
◇◆◇
「長老、いま、戻った」
「おぉ、リク。魔物はどうなった?」
「魔物、こいつが、炎で、倒した。
人族の街、遠い場所、だった、夜危ない、連れてきた、お礼、したい」
そう言って、俺を長老の前に連れてきた。
「はじめまして、ダイといいます」
「わしは長老のソラじゃ。
今日はよく来てくれたの」
「こちらこそ、突然来てしまって申し訳ありません」
「よいよい、わしも歓迎するぞ」
長老と呼ばれた人はとても温和そうな人だった。
リク達を見てると武闘派集団というイメージがあったが、戦える人は一部なのかもしれない。
「あやつは槍や剣で攻撃して傷つけてもすぐ回復してしまう厄介な魔物でな、体も固くて致命傷も与え辛く魔法でないと倒すのは困難なんじゃが、わしらの種族は魔法が使えないし困っておったんじゃ。部族を代表してわしからも礼を言わせてもらう、本当にありがとう」
そう言って長老は頭を下げてくれた。
「いえ、たまたま移動中に鉢合わせてしまって」
「お主、変わった格好をしておるが、旅の途中だったのか?」
そう聞かれて正直に異世界から来たと言うか迷った。
ただ、リク達や長老を見てると悪い人には思えなかったので、ここに来た経緯を話してみることにした。
◇◆◇
「そうか、そんな事があったのか……」
長老に話を聞いてもらったが、過去にそういった人間は見たことがないという事だった。ただ、リザードマンは人族との関わりがあまり無いので、人族の街に行けば手がかりがあるかもしれないと教えてくれた。
「ともかく今日は疲れたじゃろう、人族のお主には住み心地が悪いかもしれんが、ゆっくりしていってくれ」
そして長老はクウが抱えたまま寝ている女の子を見て。
「ところで、そっちの子供はどうした?」
「魔物に襲われた馬車に乗っていて、他の人達が全員死んでしまったので連れてきました」
俺が答えると、リクが馬車や倒れていた人たちの説明をして。
「犬人族だと、思う。
手枷、ついてた、たぶん、奴隷として、売られた」
“奴隷”という言葉にぎょっとした。
こんな年端もいかない子供を売るなんて、一体どんな事があったんだろうか……
長老も難しい顔をしていたが「詳しい事情はまた日を改めて聞く、部屋を用意するので今日は休んでくれ」と言われて、長老の部屋を後にした。
◇◆◇
案内された部屋には毛皮の敷物と毛布が用意されていて、女の子はそこで寝ている。
食事を持ってきてくれたが、焼いた魚と何かの実のような物が入ったスープ、それと果物だった。この世界に来てはじめての食事、香草と塩味のみの素朴な味付けだけど美味しかった。もしかしたら人間の俺に合わせて作ってくれたのかもしれない。
壁をくり抜いた窪みに溜めた油で燃えている光だけの薄暗い部屋の中で、俺は今日の事を考えていた。
いきなり異世界に飛ばされるし、馬車を襲っていた魔物を倒すし、リザードマンの住処に案内されて、隣には襲われていた馬車に乗っていた女の子が寝ている。無茶苦茶濃い一日だった。
そして腰のベルトに挿していた杖を手にする。今は出ていないが、魔物を攻撃したときには幾何学模様の線が浮かび上がっていた。あれが魔法陣なのかはわからないが、この杖を持ったことで魔法が使えたのは間違いないだろう。ゲームとか遊んで憧れたことはあるけど、まさか自分で魔法が使えるようになるとは思ってもみなかった。
いま杖を手にしてみても魔法を使う感覚なんてわからないし、あの時は結構パニクってたから、ピンチの時しか発動しないとか、特定の状況で隠された力が目覚める系のバトル漫画的要素が必要なんだろうか。
などと、とりとめもない事を考えていると、横で寝ていた女の子が身じろぎする気配を感じた。
「う………うーん……」
女の子の目がゆっくりと開く。
「ここ……どこ?」
寝ぼけたような焦点の合わない目で俺の方を見る女の子。
「ここは安全な場所だよ。
もう怖いものは居ないから安心して眠るといい」
女の子の頭を優しくなでてあげると、目を細めて気持ちよさそうな顔をして再び寝息を立て始めた。
髪をなでながら、俺はこの女の子と身長が同じくらいの5歳年の離れた妹のことを思い出していた。
「凛、どうしてるかな……」