第53話 オーフェリア
「改めまして、ボクの名前はオーフェリア。魔族は他の種族と年齢の概念が違うんだけど、キミたちの数え方をすれば10歳かな。見た通りまだ子供だから敬語もいらないし、気軽にオーフェと呼んでくれると嬉しいな」
一人称が“ボク”なのと喋り方が少し少年ぽいが、オーフェはルビー色の瞳で赤くきれいなストレートの髪を腰まで伸ばし、ワンピースを着た可愛い女の娘にしか見えない。身長は俺の胸くらいまでしか無く、本人も10歳と言っていたが見た目は完全に小学生だ。
「俺の名前はダイ、年齢は17歳で、このパーティーのリーダーをやってる」
「うん、ダイ兄さんだね、よろしくね」
「兄さん?」
「ボクより年上の男の人なんだし、そう呼んだらダメかな」
オーフェは覗き込むように俺の顔を見ている、焚き火の炎に照らされて揺れる赤い瞳を見ていると、なんだか断れない気がして了承した。
そのあと全員が自己紹介をしたが、女性はちゃん付けで呼ぶようだ。なぜ俺だけなのか聞いてみたら、オーフェには姉が居るがあまり構ってくれないので、優しくて一緒に居てくれる兄が欲しかったらしい、それで兄さんと呼びたいそうだ。
「それでさっきの魔族は何だったんだ? 噂ではこの大陸の侵略を企んでると聞いたけど」
「いま魔族界は2つに割れていてね、他種族との共存を目指している融和派と、自分たちより劣る種族を支配しようとしている過激派が居るんだ」
「さっきのはその過激派に属してる人物だったと」
「多分あれは幹部クラスだね、そんな人はこの大陸には来ないはずなんだけど、一体どうしたのかな」
あれはそんなに上位の魔族だったのか、始終余裕があったし無茶苦茶強かったのも理解できた。その魔族を短時間とはいえ抑えていられたのは、相手が俺たちに興味を持っていきなり襲いかかって来なかったお陰だろう。
今この大陸に攻めてきているのは下っ端の魔族が多く、強さもそれ程ではないそうだ。それ程と言っても魔族の中での話なので、人間にとっては驚異に違いない。今のところ数で押し返せているのも、その下っ端ばかりだから何とかなっているのか。
「あの魔族は妙な気配がするからこの近くに来たと言っていたな」
「あー、その気配って多分ボクかな、ちょっと道に迷ってしまって森の中をさまよっていたんだ。キミたちにも迷惑をかけてしまったみたいだし、ごめんなさい」
「まぁ、あいつは俺たちの魔法にも興味を持っていたみたいだし、それはいいよ」
「崖の上から少し見せてもらったけど、キミたちの魔法はすごいね。幹部クラスの魔族の魔法を防いだり、手傷を負わせるなんて並の魔法回路では不可能なことだよ」
そう言ってオーフェは俺の方をキラキラした目で見てくるが、さすがに出会ったばかりの女の娘に俺の秘密を教えてしまうのは躊躇する。
「すまないけど、その事に関しては今は聞かないで欲しいんだ」
「あ、そうだね、まだ出会ったばかりだしね。ごめんね、ちょっと興奮して歯止めがきかなかったよ」
「いや、いいんだ、こっちこそ助けてもらったのに秘密にしてしまってすまない」
お互いに謝って次の話題に行こうとした所で、オーフェのお腹が「くぅ~」っと可愛らしい音を立てた。
「ご、ごめんね。道に迷ってたからこの数日ご飯食べて無くて、それにさっき使った魔法はとてもお腹が空くんだ」
オーフェは恥ずかしそうにお腹を押さえて頬を染めた。こうやって恥ずかしそうにしている姿は見た目のどおりの可愛さがあって、場の空気も一気に和んだ。
「あの、簡単なものならすぐ用意できますけど、何か食べますか?」
「ほんと!? 嬉しいよ、ご飯どうしようって思ってたから、お願いします」
麻衣が作り置きのご飯を取り出して食事の準備をしてる姿を、オーフェは期待のこもった目で見つめている。よほどお腹が空いていたのか、口元からはよだれが垂れそうになっている。
◇◆◇
「これ美味しいよ! マイちゃんは料理が上手なんだね、こんな美味しい料理は魔族界でも滅多に食べられないなぁ」
オーフェは麻衣の出してくれた料理をすごく美味しそうに食べている。さっきから何度かお代わりしているが、数日食べてなかったと言っていたし、食べる勢いは最初から変わっていない。
しばらく食べていたが、お腹が一杯になったみたいなので、話の続きをすることにした。
「どこまで話したかな、確か幹部クラスの魔族がこの大陸に来た所までだったかな」
「そうだな、なぜそんな上位の魔族がこの大陸に来てしまったんだ?」
「上位の魔族は他の大陸に行くことを制限されているから、こっそり来てしまったんじゃないかな。多分さっきの魔族は研究職の人だと思うよ、勇者が召喚されたって噂は魔族界にも伝わってるから、興味を抑えきれなかったんだね」
「勇者の強さを調べに来たってことか」
「そうだね、もし彼がその情報を持ち帰っていたら、過激派も一気に攻勢を強めようとしたかも知れないし、撃退できてよかったと思うよ」
思わぬ所でこの国のために動いてしまった形になったな。でも、勇者候補の輝樹さんの役にも立てたし、これで侵攻が遅くなれば訓練や実戦を重ねて、更に有利に戦えるようになるだろう。
「そんな制限があるのに簡単に出てこられるなんて大丈夫か?」
「普通は無理なんだけど、独自のルートとか持っていたかも知れないね。でも、もう大丈夫だと思うよ、彼は転生したみたいだからね」
「さっき俺たちに急に興味を無くしたのが、その転生ってやつなのか?」
「ボクたち魔族には肉体的な死は病気か老衰しかないんだ、切り刻まれても焼かれても死ぬことはない。ただ記憶や知識だけは別でね、一度壊れると最初の自我の状態に戻ってしまうんだ」
オーフェの話によると魔族固有の生態のようで、魔族は自我を持って生まれて来る、つまり自分らしさが最初から備わっているという事だ。さっきの魔族が俺たちに興味を無くしても、喋り方が同じだったのもそれが影響している。だから魔族は年齢の概念が他の種族と違う。
転生しても一般的な知識は備わっているので生活に支障はないが、失われた記憶や後から身につけた知識は元に戻らない。つまりは記憶喪失のようなものになってしまうのが、転生という事みたいだ。過激な思想にとらわれてしまった魔族は、大きなダメージを与えて転生させると、その思想から開放されるので遠慮なく倒してあげて欲しいと言われた。
「魔族界でも過激な思想にとらわれてしまった人を転生させて元に戻そうとはしてるんだけど、彼らは武闘派が多くてなかなかうまく行かないんだよ」
「なんでそんなに過激派が増えてしまったんだ?」
「それが謎なんだよ、この数年で一気に勢力を拡大したんだけど、洗脳とか催眠術で操ってるなんて言われてるよ」
これは誰か黒幕がいるパターンだな。そいつを倒せば丸く収まりそうな気もするが、魔族界は海の向こうの大陸らしいので、アーキンドに行く船の船長さんが言っていたように、人間が移動するのは無理みたいだ。幹部を撃退して、魔族もしばらくは大人しくしてくれるだろうから、まずは旅を続けることにするか。
◇◆◇
「でもキミたちのパーティーは本当に面白いね、ボクも人族と獣人族のことは知っているけど、ダイ兄さんの隣りにいる2人は、お互いに信頼して合ってるのがよく分かるよ」
オーフェは俺の両隣に寄り添うように座っているアイナとエリナを見てそんな感想を漏らす。さっきの魔族に俺が連れて行かれそうになったからか、2人はいつも以上に俺の側にくっついている。
「ご主人様は、私の最高のご主人様です」
「……あるじ様の居ない世界なんて私は嫌」
そう言って俺を見上げてくる2人の頭を撫でる。アイナはしっぽを振って、エリナはしっぽを立てて気持ちよさそうにしている、魔族に連れ去られていたらこの温もりから離れてしまっていたと考えると一層愛おしい。
「それにエルフ族まで居るのも驚きだよ、滅多に里から出ない種族みたいだし、人族と関わるのを避けてる感じだと思ったんだけど」
「それは私たちの力を利用しようとする人族が多いのが理由ね、でも彼は違うわ。それにダイやマイちゃんは私の好奇心を刺激する素敵な2人よ」
イーシャは自分が魔族の興味を引いてしまっても精霊魔法を使ってくれると言った、それに自分の秘密より俺と離れるの事を阻止する方を優先してくれたのはとても嬉しい。
「ボクは精霊を見たのは初めてだけど、他の種族と一緒に行動してるなんて物語の世界だけだと思っていたよ」
「ダイくんの側は居心地がいいですし、なでなでも気持ちいのです。それにマイちゃんのお菓子は最高なのです」
そう言って目の前に飛んできたウミの頭を人差し指で撫でてあげる。今日はアイナの怪我を見て動揺してしまったが、ウミが居なかったら致命的な隙きになってしまったかもしれない
「マイちゃんの障壁魔法も凄かったし、料理はとても美味しかったよ」
「私の魔法も、そして居場所を作ってくれたのもダイ先輩なんです、料理はその恩返しの一つみたいなものですね」
障壁の魔法は、麻衣のマナ変換速度があればこそ安心して任せられる。イノシシ顔の魔族を目の前にしても、怯まずに魔法を使ってくれたから今日は無事でいられた。
「うん、決めたよ。キミたちにお願いがあるんだけど、ボクも仲間に入れてくれないかな」
「理由を聞いてもいいか?」
「ボクは他の種族と手を取り合って暮らせる世界を目指しているんだ、だから色々な場所に行って人々の営みを見てみたい。それにキミたちのパーティーはボクの理想なんだ、一緒にこの大陸を旅ができるならボクはとても嬉しい」
みんなに聞いてみたが、俺に一任してくれるようだ。出会ったばかりだが悪い子には見えない、それに俺達の前に現れた魔族を撃退してくれた。本人は魔族と言っているが、見た目は普通の女の娘と変わらないし、警戒心を抱かせない不思議な雰囲気がある。それは決して嫌な感じではないし、よく笑ってよく食べる娘なので信用してもいいだろう。
「じゃぁ、俺たちと一緒に行こう」
「うん、ありがとう」
そう言って気持ちのいい笑顔を浮かべる魔族のオーフェリアが俺たちの仲間になった。
5人目の現地ヒロインが仲間になりました。
これであ行は終わりですね(笑)