第51話 誕生日
武器を新調した後、旅に必要な物の補充や食材の買いだめ、それから全員の防寒具も購入した。厚手の服やコートのように上から羽織るもの、マナを通す特殊な素材で作られた、つけたまま魔法が使えるという手袋も購入する。ウミは寒くても大丈夫らしいが、イーシャがポンチョみたいなものを作ってくれた。
数日かけて準備を整えいよいよ出発の日、馬と馬車を借りにお店に行く。返却時に対応してくれた中年の店員さんに手続きをしてもらい、料金を支払って馬のもとに向かう。返却の際にかなり大切に扱っていたのがわかったからか、料金も少しおまけしてくれている。
馬は俺たちの顔を見つけると、頭を振って嘶いている。
「この子は今日あんた達が来るのがわかってたみたいで朝からそわそわしていてな、よほど会いたかったらしい」
「みんなが可愛がっていましたから、俺たちも会えて嬉しいです」
「旅の途中も相当大事にしてくれてたみたいだから、あんた達ならこの子も安心して任せられるよ」
「ウミにお任せなのです」
そう言ってウミは馬の頭の上に飛んでいく。馬も頭の動きを止めてウミが乗りやすいようにしているので、上に乗せることを歓迎しているようだ。
俺も近くまで行くと顔を擦り寄せて髪の毛を甘噛してくる、他のメンバーも首をさすったり頭を撫でたりして、少しのあいだ馬と戯れた。
ここでも馬の餌を購入して次々に精霊のカバンにしまっていると、うちで働かないかと勧誘されたが、これから行く場所には温泉が待っているので無理です。
◇◆◇
街の門から出て街道を馬車で進む、秋の季節になって少しずつ気温が下がっているが、これから北の方に行くのでもっと寒くなってくるだろう。北部では年明け前後の時期には雪が降ることもあるらしい、ヴェルンダーでも依頼も受けつつ年が明けるまで滞在して、雪を見てみるのもいいかも知れない。
そしてもうじき俺がこの世界に来てから1年になる、転移の際に他の召喚者とは違う時間に飛ばされてしまっているし、この世界の1日が24時間なのかもわからない。地球換算で1年が経っていなくても、俺も1歳年をとっていてもおかしくないな。
「俺がこの世界に来てからそろそろ1年になるんだけど、多分17歳になってると思うんだ。ところで、みんなの誕生日っていつなんだ?」
「私は火の月の青ですね、ちょうどアーキンドの街を出た頃です」
「少し前に過ぎてしまったじゃないか、誕生日のお祝いをすればよかったな」
「ご主人様、誕生日ってお祝いするんですか?」
「え!? この世界ではやらないのか?」
詳しく聞いてみると、この世界では誕生日のお祝いは成人を迎える15歳の時に、大人の仲間入りとして食事にお酒が出たりするくらいで、地球のようなパーティーやプレゼントなど渡したりする事はないそうだ。しかも誕生日は月と赤・緑・青の期間でしか覚えないらしく、その月の該当の期間になれば年を取ったことになるらしい。各期間はそれぞれ20日あるので、かなりアバウトな誕生日だ。
「じゃぁ、アイナももう13歳か」
「去年はちょうど奴隷商に売られたので辛い誕生日でしたけど、今年はご主人様やみんなに会えていっぱい楽しい思い出が出来たので、それだけで十分お祝いになってますよ」
御者台の隣りに座って、俺を見上げながら微笑むアイナの頭を撫でてやる。出会って1年近く経つが、俺に向けてくれる笑顔はいつも変わらない。
「私は風の月の緑ね」
「アーキンドに滞在していた頃か、もっと早く聞いておけばよかったな、あそこなら盛大にお祝いできたのに」
「お料理も自由に作れましたし、ケーキも焼けばよかったです」
「ふふふ、ダイ、マイちゃんありがとう。でもエルフ族は長く生きられるから、自分の誕生日を忘れてしまう人もいるくらいよ、あまり気にしなくてもいいわ」
イーシャの年齢は秘密ということだが、エルフ族はイーシャくらいから少し上の見た目の期間が長いらしい。出会ったのは闇の月の初めだから、ひと月もすれば1年になるが、最初の頃に比べて雰囲気はだいぶ違ってきたと思う。少し茶目っ気のようなものを見せてくれるようになって、見た目相応の少女らしさがより強くなった気がする。
「私は召喚される少し前が誕生日だったので、今月中だと思います」
「ヴェルンダーに着いたらお祝いしてもいいかも知れないな」
「地球の1年とこちらの1年が同じかどうかわかりませんし、本当の所は不明ですけどね」
麻衣がこの世界に召喚されたのが闇の月の初めだから、彼女もこの世界に来てからそろそろ1年になる。聖女候補として王城で暮らしていた時に比べて、野営や料理でいろいろと苦労させていると思うが、本人はすごく楽しそうにやってくれている。
「ウミの誕生日はわからないのです、下級精霊としていつ生まれたのか、中級精霊にいつ成れたのか誰も知らないのです」
「それなら、ウミちゃんと出会えた日にしてしまったらどうでしょう」
「アイナちゃん、それはいい考えなのです!」
「確か水の月の緑だったな」
「そうですね、私がカップケーキを焼いた時ですから間違いないです」
「あのお菓子は本当に美味しかったのです」
あの時はクマの魔物に追いかけられていたんだったな。麻衣の作ったお菓子をいつも美味しそうに食べているが、その体のどこに入っているのかは未だに謎のままだ。そして冒険者ギルドに登録して、ギルドカードまで持っているレアな精霊でもある。カードは俺が預かっているが、しっかりアイアンにランクアップしている。
「……私は光の月の青」
「年が明けた月の終わりの方ですか、何かお祝いの料理を作りたいですね」
「王都みたいに何処かの厨房が借りられるといいんだけどな」
「……マイ、あるじ様ありがとう。……私もみんなと出会えただけで十分だから、あまり気にしなくてもいい」
白く輝く銀色の髪の毛とアメジスト色の瞳で微笑むエリナは、白い妖精みたいで可憐だ。太陽のように明るいアイナと、月のように静謐な雰囲気があるエリナだが、2人の仲はとても良い。アーキンドの別荘では一緒にお風呂に入っていたし、2人で模擬戦みたいに訓練もしている。
こうして話をしたり、御者台から後ろを振り向いたりしながら馬車を動かしているが、障害物や他の馬車を避けながら、自発的に動いてくれる馬が居るから可能だ。馬車を扱うことに関して素人の俺たちが、トラブルもなく旅を続けられているのも、この馬のお陰だ。
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サードウの街を出てから数日、何もトラブルはなく旅は順調に続いている。
今日の野営地点は少し小さな所だ、街道の横には崖が続いており上は鬱蒼とした森になっている。その崖が窪んだような形になっている場所に、馬車を止めるスペースと馬を繋ぐ場所があり、簡易の柵も設置してある。商隊や大勢で移動している冒険者は利用しないような所なので、今夜ここで泊まるのは俺たちだけだ。
馬をいつものようにウミの洗浄魔法で綺麗にしてやり、ブラッシングをしてやった後に餌をやる。麻衣は精霊のカバンから薪や調理道具を取り出して食事の準備、アイナとエリナとイーシャはテントの準備をしている。
「暗くなってくると少し冷えるな」
「これから寒くなる季節だし、北へ向かっているのだから仕方がないわね」
「ご主人様とくっついて寝ると暖かいです」
俺は湯たんぽじゃないとツッコミたいが、実はアイナは少し体温が高いみたいで一緒に寝ると、こちらも暖かくなるので黙っておく。
この大陸は北と中央と南で距離の割に寒暖の差が大きい、地形の影響や気流の関係なのかわからないが、夏になると海水浴もできる南部地域、年中温暖で過ごしやすい中部地域、冬になると雪が降ることもある北部地域。地球のように衛星写真や航空写真を使った正確な地図なんか無いので、どんな形をしているか球形の惑星なのかすら判らない。
「……もっと大きなテントにしてみんなで寝たい」
「それはいい考えです、エリナちゃん」
「枕も買ったのですし、一緒がいいのです」
エリナの意見に麻衣とウミが賛成するが、確かにテントを2つ作るのは時間もかかるし面倒だな。精霊のカバンには人の手で持ち運べる物という制限があるようなので、家を収納するのは無理みたいだが、小型トラックサイズのキャンピングカーみたいなものがあれば収納できないだろうか。
「テントを大きなものに買い換えるのはいいかもな、次の街で探してみようか」
みんなが賛成したのでヴェルンダーに着いたら忘れずに探す事にして、軽量の木造ハウスが収納できるかも試してみたい。大工の知識は無いので、誰か作れる人がいれば良いんだが。
◇◆◇
麻衣の作ってくれた温かいスープとパンで食事をして、焚き火を囲んで話をしていた時にアイナが急に驚いたような反応を示す。
「ご主人様、動物とも魔物とも違う気配です、他の冒険者でもありません」
「アイナ、人数は?」
「気配は一つだけですが、何かとても怖い感じがします」
そう言ってアイナが俺の腕に掴まってくる。この怯え方は今まで無かったことだ、俺たちの間に緊張が走り、全員が立ち上がって臨戦態勢を取る。
野営地点からなるべく離れるように移動して、アイナが感じた気配の方向に向かって武器を構えていると、それは闇の中から浮かび上がるように現れた。
「ほう、吾輩の気配に気づくとは、なかなか優秀な者が居るようだな」
月明かりに照らされたその姿は、人の体にイノシシの顔がついた化け物だった。




