第50話 シュリンク
「……あるじ様、今度はどんな魔法回路を組むの?」
「せっかくミスリルの武器を作るんだから、何かそれに見合う性能の回路が組めないかと思ってな」
「……私とアイナの武器のためなら協力するから何でも言って」
「ありがとう、試し斬りとか付き合ってくれるか?」
「……うん」
魔法回路屋に来てレシピを見ているが、やはりどうしてもネックになるのが魔法回路のサイズだ、短剣だと中型魔法回路を刻む幅しかない。それに獣人の2人に使えるようにする為には、あまりリッチな回路を組めない。今のマナ流量でなるべく性能を上げるには、充填部分がまかなえるギリギリの範囲で構築部分を組まないとダメだ。
何度か試行錯誤してみようと、まずは今の充填部分と同じサイズで、密度の構築パーツを大きめにした回路を2本作って試してみる。今までの経験だと魔法が効果を発揮するかしないか、ギリギリのラインだと思う。
魔法回路の印刷をして短剣に刻み、エリナと一緒に街の外に出る。
「じゃぁ、エリナ専用に改造するから回路の起動を頼む」
「……わかった」
魔法の同時発動の才能があるエリナが回路を起動すると、2本の魔法回路がきれいに光った。左右の回路を繋げて充填部分もすべて動作する回路に置き換えるが、やっぱりこのままでは大幅な性能向上は望めない。せめてもう一列並べるスペースが出来れば、並列回路の相乗効果でシングル魔法回路の3倍以上、もしかすると大型魔法回路に匹敵するくらいの威力が出せるかもしれないのに。
俺はそんな事を思いながら魔法回路の上に2本の指を置いて、スマホのピンチインのように指をつまむ感じで動かすと、回路がスルスルと小さくなっていく。少しびっくりして、今度は逆にピンチアウトの動きをしてみたが回路は大きくならない、ピンチインだと更に小さくなるので縮小しか出来ないようだ。
縮小を繰り返していくと、大体3分の2の大きさに回路が小さくなった。回路の左下を起点に縮んでいるので、右にもう一列回路が配置できるはずだ。しかしもう一度重ねて露光なんて出来ないだろう、発動部分をカットした方の回路を一列まるごとコピーしてしまわないとダメだ。
だが俺には何故か確信がある、その直感に従って発動部分をカットした方の回路を指でなぞり、それを右方向に動かすと、なぞった回路がそのままコピーされた。左右の回路を結ぶために作ったブリッジもそのままコピーされたので、これで3並列の魔法回路が完成したことになる。
「……あるじ様、今日は少し時間がかかってたけど何かあった?」
「いや、大丈夫だ、ちゃんと完成したよ、試し斬りやってもらってもいいか?」
「……わかった、行ってくる」
とりあえずエリナには3並列魔法回路になったことを黙ったまま試し斬りに行ってもらう、事前情報無しにどれだけ性能が変わったか感想を聞いてみたかったからだ。
エリナは近くにあった蔓に向けて剣を振るが、これは以前の剣でも簡単に斬れていたので、あっさり斬り落とされた。しかし何か手応えが違うのか、エリナは渡した剣をじっと見て近くの細い枝を斬りつけた。少し感触を確かめるような感じで動きを止めて、更に太い枝に斬りかかると、これも何の抵抗もなく斬り落とされた様子だ。
「……あるじ様、これ何? 斬れ味が良すぎて扱いづらい」
こちらに戻ってきたエリナが、戸惑うように俺に剣を差し出してくる。何も言わずに渡したので、今までの剣と違う感覚に混乱しているようだ。
「ごめんエリナ、実はこの剣3つの回路を並列に繋いでるんだ」
「……でもあるじ様が買った魔法回路は2つだった、どうして?」
俺は自分のスキルが回路の縮小と列コピーが出来るようになったことをエリナに説明する。しかし斬れすぎて扱いづらいとなると少し考え直さないといけないな。炎は使い所が限定されそうだし、土は斬るというより叩くという感じだ、いっそ氷を刀身に薄くまとわりつかせると同時に切先を延長する魔法回路はどうだろうか。確か剣の延長上まで魔法を伸ばすレシピはあったし、刀身の保護と小振りな剣を使っている間合いの不利を補えるかもしれない。
エリナに新しく作る魔法回路の説明をして、いちど街に戻ることにした。
◇◆◇
充填部分は3つになることを考慮して、トータルで今までより減らす量にする。レシピを見ながら、範囲はなるべく薄く刀身を少し伸ばすようにして、密度は出来るだけ上げる、持続時間は変えなくてもいいだろう。シングルの魔法回路だと、殆ど実用にならない規模の回路だが、これが3並列になると数倍の効果になるはずだ。
露光待ちをしながら屋台で食事を買い、街から出て魔法回路の改造をする。まずはいつものように左右の回路を繋ぎ、片方の発動部分をカットした後に充填部分の置き換えを完了させ、いよいよ新しい工程の回路の縮小を行う。回路をめいっぱい小さくした後に、列コピーで発動部分をカットした方の回路をコピーして、3並列魔法回路の完成だ。
「これで完成したけど、マナの流れる量は以前の剣より減っている、ただ剣が少し伸びるので間合いに注意してくれ」
「……わかった」
エリナが剣を構えて試し斬りをしていく、蔓や枝などが次々と斬られていくが斬れ味は問題ないようだ。次は硬い木に挑戦するみたいだ、幹から伸びている太めの枝を剣で斬りつけるが、枝は衝撃で大きく揺れることもなく綺麗に斬り落とされた。薄く密度の高い氷が、量産品の短剣の斬れ味を大きく向上させていることに満足する。
「……あるじ様、こっちの方が斬った感触が伝わるので使いやすい、間合いはすぐ慣れると思う」
「そうか、それならこれでもう一本作るか」
「……流れるマナは減ってるのに、斬れ味はすごく上がって使いやすくなった、やっぱりあるじ様はすごい、大好き」
そう言って俺の胸に飛び込んできたエリナを抱きとめて頭を撫でる。新しい武器も気に入ってもらって良かった、それにミスリルの短剣を作る前にスキルがレベルアップしたのはラッキーだ。これでアイナの武器だけでなく、麻衣の障壁もマナ流量を抑えた上でパワーアップさせることが可能になる。サードウの街を出る前に2人の武器も更新してしまおう。
◇◆◇
そのあとエリナ用の短剣をもう1本作り、魔法回路の改造も終わらせてから宿屋に戻ると、みんな帰ってきていた。
「ただいま」「……ただいま」
「お帰りなさい、ご主人様、エリナさん」
気配に敏感なアイナが真っ先に挨拶を返してくれて、他のみんなもお帰りの挨拶をしてくれる。
「エリナちゃんご機嫌ね、ダイとのお出かけはどうだった?」
「……今日のあるじ様は凄かった、長くて固くて強くなった」
「ダイくん、一体何をやったのです?」
「ダイ先輩……まさか」
少し恍惚とした顔で言っているが、エリナさん、それわざとじゃないですよね? 新しい武器になってテンション上がってるからだろうが、魔法で刀身が延長されて、密度の高い氷で固くなって、斬れ味が増して強くなっただけだからな。
俺は自分のスキルがレベルアップして、3並列の魔法回路が組めるようになったことなどを説明する。アイナと麻衣の武器もこの街に居るうちに更新したいと言うと、明日早速やってみようということになった。
「イーシャ、俺たちの杖は今回見送ろうと思うんだけど、どう思う?」
「そうね、あまり他人に見せられない威力だと使いどころに困るし、今のままでもいいと思うわ」
最悪なにか困ったことがあれば、その場で今の杖を改造して3並列にしてしまってもいい。縮小と列コピーは時間もかからないし、流れるマナの量は多くなってしまうが、俺とイーシャならその場限りで使うだけなら問題ない。
その後は今日あったことをみんなで話したが、マイ枕はしっかり購入されていた。今日からこの枕で寝ることにするようだ。
―――――・―――――・―――――
「エリナは氷の剣にしたけど、アイナはどうする?」
「私はずっと風の剣でしたから、今度も風がいいです」
「麻衣は何かリクエストはあるか? 範囲とかもう少し大きくしても大丈夫だと思うぞ」
「私も今の感覚に慣れてしまったので、そのままがいいです」
次の日、全員で魔法回路屋に向かって歩きながら、新しい武器の希望を聞いていく。そうなるとマナの消費を減らした上で単純なパワーアップの組み方になるが、昨日エリナも言っていたが斬れすぎるのも扱いづらいみたいなので、アイナの短剣は少し威力を抑え気味にして、流れるマナを更に絞る方向で行こう。
魔法回路屋でそれぞれの回路を2本ずつ用意する。1本だけにして列コピーしても良いのだが、位置合わせがシビアになりそうだし、片方全部ダミーブロックという買い方も明らかに変だ。それに回路のコピーの更にコピーとなるとどんな影響が出るかまだわからない、今の段階での冒険はやめて手堅く行くことにする。
昨日試してみた限りでは、露光に使った魔法回路の用紙幅を超える部分にはコピーできなかったので、小型魔法回路の紙で露光してそれを増やしていくという方法も取れない。
◇◆◇
印刷を終えた紙をそれぞれ選んだ武器に露光させて街を出る、改造もだいぶ慣れてきたので2人分の武器を一気に終わらせてしまう。
「アイナの短剣は斬れ味が良すぎて使いづらかったら教えてくれ」
「わかりました、行ってきますね」
そう言ってアイナは森の方に駆けていく、しっぽが大きく揺れてるのでかなり楽しみにしているみたいだ。
「麻衣の障壁は以前からかなり強固だったから、あまり違いは判らないかも知れないけど、イーシャの魔法の杖2種類と、エリナの氷の短剣で試してみようか」
「わかりました」
麻衣が障壁を張って、周りと少し見え方の違う空気の層みたいな部分にイーシャが魔法を撃つ、水の矢も氷の矢も貫通すること無く霧散した。エリナも氷の3並列魔法回路の短剣で斬りつけるが、そちらも弾いてしまった。恐らく強度にも問題はないだろう。
「これでも以前の杖よりマナの流れは減ってるんですよね?」
「全体を合計した充填部分の規模は減らしてるので、間違いなく減ってるよ」
「それぞれの魔法回路は弱くなってるのに、それを3本繋げると増やした数以上に強くなるって凄いですよね」
「充填部分は単に容量の増加だけど、構築部分は単純な足し算じゃないみたいだからな」
「ダイの作る魔法回路に一度触れてしまうと、もう普通の魔法回路は使えなくなるわね」
「ダイくんの作った魔法を見てると、他の人の魔法が弱く見えてしまうのです」
これが並列魔法の凄いところでもあるし、不思議なところでもある。何かしらの相乗効果があるのは間違いないが、べき乗になるまでの効果ではない気がする。5の威力の回路を作って3つ並列に並べると125の威力になるとか有り得ないだろうしな。
「ご主人様ー、これもの凄すぎです」
「よく斬れるようになっただろ」
「試しにそこの石を投げてもらえませんか?」
「軽く投げるから怪我しないように注意しろよ」
森から帰ってきたアイナが俺の足元を指してそんな事を言ってくる、もしかしてそこまで良く斬れるようになったのか。俺はピンポン玉くらいの石を拾って、ソフトボールみたいにアイナに投げた、アイナが投げられた石に向かって剣を一閃すると、石が2つに切れて地面に落ちる。
「これならワイバーンの首だって簡単に斬れそうです」
「ここまで斬れるとは想像以上だな」
「私の新しい障壁も切れちゃうでしょうか」
「そうだな、試してみるか」
麻衣が魔法を展開してアイナが斬りつけたが、麻衣の障壁には傷一つ付かなかった。試しに昨日エリナに作った斬れすぎると言われた風の短剣でも試したが、麻衣の障壁はそちらも防ぐ性能があった。
「やっぱりマイさんの障壁は凄いです」
「ダイ先輩の作ってくれた魔法回路が凄すぎるだけで、アイナちゃんの剣もかなり凄いはずですよ」
「……あるじ様の魔法回路は最高」
3人共新しい武器には満足してくれたようでよかった、ミスリルの短剣を作ったら更に凄くなるだろうから楽しみだ。
「ねぇ、ウミちゃん」
「なんですか、イーシャちゃん」
「私いま、とんでもない光景を見ている気がするわ」
「ウミ達は普通の魔法は使えないですが、これが普通の魔法とは次元が違うという事はわかるのです」
イーシャとウミが少し離れた場所でそんな事を言っていた。
その日は森に入って少し狩りをしてから宿屋に戻った。
主人公のスキルが成長しました。
シュリンクとは梱包する方ではなく、微細化の方です。