第49話 サードウの街
思わぬ幸運でミスリル鉱石を手に入れてしまったが、ミスリルは加工が難しい金属なので街の鍛冶屋程度では手に負えないらしい。大陸北部は鍛冶が発達していて優秀な鍛冶屋が多く存在するので、サードウの街での滞在を短めにして、北部最大の都市ヴェルンダーに向かうことにした。
イーシャはエルフの里を出て北部の方から旅を続けていたので地理にも詳しく、ヴェルンダーには顔見知りの鍛冶職人が居てその人にお願いしてみようという事になった。金属を打ち伸ばして剣を作る職人さんの中でもかなり優秀な人らしく、間違いなくいい剣に仕上げてくれるだろう。
元々温泉が目的で北部には行くつもりだったので、早く着くことに問題はない。むしろ温泉には早く行きたい。
◇◆◇
サードウの街の入場審査も問題なく終わり、まずは馬車を返しに行く。ここまで順調に旅を続けてこられたのはこの馬のお陰でもあるし、あれから更に俺たちに懐いてくれたので、みんなも少し別れるのが寂しそうだ。
「ご主人様、この馬さんともここでお別れなんですね」
「……とても可愛かった」
「餌も美味しそうに食べる馬でしたね」
「手綱をほとんど操作しなくても行きたい方に行ってくれる、賢い馬だったわ」
「馬さんの頭の上も見晴らしが良かったのです」
幸い俺たちはアーキンドの街で宿泊費がかかってないし、ダンジョンでかなり稼いだので路銀は十分にある。もし気温の低い地域に行っても大丈夫な馬だったら、ヴェルンダーまで借りてもいいかもしれないな。
「みんな、もしヴェルンダーまで借りられるなら、この馬にしないか?」
一瞬でみんなの顔が明るくなり、アイナとエリナは俺に抱きついてきた。
「ご主人様そうしましょう!」
「……いっしょがいい」
「さすがダイくんは良くわかってるのです」
「また餌があげられます」
「ダイのそういうところ好きよ」
みんなそれぞれ喜びの声を上げる。俺も愛着が湧いているし、ヴェルンダーで別れることになっても、少しでも一緒にいたいと思う気持ちが強い。すっかりパーティーメンバーみたいになってしまった馬だが、まずはお店に行って聞いてみることにしよう。
◇◆◇
お店にいた中年の男性に挨拶して返却の手続きをする、馬の状態を見てもらってこちらの過失で怪我をしたり弱っていたりすると追加料金が発生する場合がある。
「あんたらアーキンドから来たんだよな、なんでこの子の毛艶がこんなにいいんだ?」
「毎日拭いてあげてブラシがけしたからじゃないでしょうか」
「それにしたってこりゃ、旅をしてきたとは思えないくらい生き生きしてるし、うちに居た時より綺麗になってる気がするぞ」
店員さんは馬を見てかなり驚いているみたいだ、長旅をすれば汚れも溜まるし疲れも出るだろうけど、毎日ウミの洗浄魔法とブラッシングを続けていたし、餌も精霊のカバンから買った状態のものが出せるので良く食べていた。
「それで俺たちは5日くらい後にヴェルンダーまで旅をしたいんですが、この馬を借りることは出来ますか?」
「あぁ、この子なら寒いところでも平気だから、雪が降る前なら大丈夫だ。それにあまり人に懐かない子があんたにはべったりじゃないか、良ければ一緒に連れて行ってやってくれ。しかしこの子がこんなになるなんて、いったい旅の途中で何があったんだ」
馬は今も俺の頭に顔を擦り寄せたり、髪の毛を甘噛してきている。出会った当初から気に入られていたみたいだけど、旅を続けるうちに更に甘えてくるようになった。
店員さんに馬の予約をしてお店を後にする。次は宿の確保のために冒険者ギルドに行っておすすめを聞いてみよう。
◇◆◇
ギルドでおすすめしてもらった宿屋【夕暮れの橋】に来ている。この街でもやはり衛生面が決め手になった、何となく今までと同じパターンになりそうな気もするが、まずは入ってみよう。
「いらっしゃい、泊まりかい、それとも休憩かい?」
面倒見の良さそうな感じのおばさんが受け付けに座っている。休憩プランも聞かれたな、そんな気はしてたんだ。
「5人と精霊が1人なんですが、大丈夫ですか?」
「精霊!? 精霊ってなんだい?」
「ウミは水の中級精霊なのです」
俺の頭の上から離れたウミがおばちゃんの前に浮かぶ、一瞬何が起こったかわからない様子だったが、復帰は早かった、順応性の高い人みたいだ。
「こんなちっこい人なら5人でいいよ、それでどうする?」
「じゃぁ、5泊お願いしたいんですが」
「あいよ! うちの宿ならもっと人数が増えても大丈夫だから、がんばんなよ兄さん」
一体何を頑張れば良いのかという考えを放棄して、宿泊料金を支払った。ここの宿も他の街と一緒で、水や灯り食事も同じシステムだった。
そして渡されたカギ番号の部屋に行くとベッドは一つだけだ、この状況に慣れてきている自分が怖い。
◇◆◇
「テントは少し窮屈で全員が入れないので、やっぱりみんなで並んで眠れるのはいいですね」
「私はご主人様が近くに居ないとよく眠れないので、こうやって寝るのが一番いいです」
移動中は2つのテントに分かれて休む事になったので、どの組み合わせで寝るかは結構問題になった。結局はローテーションで組み合わせを変えることにしたが、アイナが寝不足になったりして大変だった。アイナは今日の昼間ずっとウトウトしていたので、ブラッシングを終えた後もまだ意識があるみたいだ。
「ウミもダイくんと同じ枕でないとよく眠れないのですよ」
「せっかく精霊のカバンがあるのだから、枕を持ち歩くのも良いかもしれないわね」
「それなのです! 早速明日にでも買いに行くですよ」
ウミは何やらマイ枕を持ち歩くことに闘志を燃やし始めたようだ、枕が変わると眠れないって人もいるから、いいアイデアだとは思うんだが、俺が見張りをしている時はどうするつもりなんだろう。
「……あるじ様と同じ形と匂いの枕があれば、私もよく眠れる気がする」
「ダイ先輩の抱きまくら、それ良いかもしれません」
麻衣まで何やら変なことを言い出した、旅のストレスのせいか、みんなのテンションがちょっと変だ。
「ダイ、明日の予定は何かあるのかしら」
「俺はちょっとやりたいことがあるから魔法回路屋に行ってみるけど、この街で依頼を受ける予定はないから、必要なものがあれば各自調達してくれればいいよ」
「それなら私たちは買い物に行きましょうか」
そうして明日の予定が決まった所で、眠りについた。
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次の日、女性陣は1人を除いてみんなで買い出しに出かけている、その1人は俺の隣を歩いているエリナだ。彼女は必要なものが思い付かないと、俺の買い物に付き合ってくれている。
「俺は魔法回路屋に行ってちょっと実験したいだけなんだけど、エリナは退屈じゃないか?」
「……あるじ様と2人だけで買い物するの初めてだから嬉しい」
そういえばアーキンドの街では殆ど全員一緒に行動していたので、2人だけになったことは無かったな。
2人で街を歩いているが、サードウはこの辺りの地域で一番大きな街らしく、商店も多く人通りも賑やかだ。エリナも今日は隣にアイナが居ないし、人が多いことにまだ慣れないのか、俺の腕にそっと身を寄せている。何時ものまろやかな感触を受けながら、ひとつ行く場所を増やしてみようと考えた。
「なぁエリナ、ここには魔法ギルドがあるんだけど、マナ耐性とマナ変換速度の測定に行ってみないか?」
「……それって計れるの?」
「魔法ギルドに行くと無料で測定できるみたいだ、俺とアイナとイーシャは一度計ってみてるよ」
「……私もやってみたい」
そうして、魔法回路屋の前に魔法ギルドに行くことにする。街の中心から少し離れた所にあるが、ここも建物が結構大きい。冒険者ギルドのように全ての街にあるわけではないが、この世界の魔法技術を支えているだけあって、組織としてもかなり大きいんだろう。
受け付けの女性に挨拶して、測定機のある場所に向かう、ここも個室のようになっていた。
「まずは俺が計ってみるよ」
そう言って台の上に設置してある装置に手を乗せると、右のマナ変換速度と左のマナ耐性の棒の中を銀色の液体がせり上がってくる。マナ変換速度は真ん中あたりで止まるが、マナ耐性は相変わらず一番上まで上昇してしまい測定不能だった。
「……あるじ様、こっちの方が一番上まで銀色になってる」
「右がマナ変換速度で、左がマナ耐性なんだけど、俺のマナ耐性はどうも計測できないらしいんだ」
「……凄い、さすがあるじ様」
エリナも何やらキラキラとした目で俺のことを見つめてくる。アイナもそうだが、こうやって無条件に俺のことを褒めてくれるエリナも素直で可愛い、今夜のブラッシングは期待するがいい。
「それじゃぁ、エリナも計ってみようか」
「……わかった」
エリナが装置の上に手を置くと、マナ耐性は中央より下だがアイナより高いみたいだ。マナ変換速度はどんどん上昇していって中央を超える、こちらはアイナより若干下の方で止まった。魔法の同時発動という貴重な才能を持って生まれたエリナだけに、マナ変換速度も早いしマナ耐性も高くなっているのかもしれない。
「……あるじ様、私の結果はどう?」
「エリナはマナ変換速度が速いから、いま使ってるような武器と相性が良いな。それにマナ耐性もアイナより高いから、二刀流で魔法を使ってもマナ酔いは起こりにくいと思う」
「……あるじ様の武器と相性がいい、とても嬉しい」
嬉しそうに俺を見て笑うエリナの頭を撫でてやる。
魔法ギルドを出てからのエリナはずっとご機嫌で、俺の腕を取ってニコニコした顔で歩いている。しっぽも上の方に伸びていて、出かけた当初の少し元気無さそうな形とは大違いだ。
そんなエリナを連れて、俺は魔法回路屋に向かった。