第46話 馬
これが4章の最終話になります。
5章では意外な人物が登場したりしますのでご期待ください。
「この馬さんがいいと思うのですよ」
「これか?」
ウミが選んだ馬に近づくと、俺の頭の上に乗っているウミを見て、興味があるのか顔を擦り寄せてきた。なんか髪の毛がベタッとするが、後で洗浄魔法をかけてもらおう。
「お客さん、気に入られたみたいだね。その子はあまり人に懐かないから人気がないんだけど、良ければ少し安くしてあげるよ」
「はい、この馬でお願いします」
冒険者用に馬車を貸してくれるお店の元気なお姉さんが、俺とウミのことを興味深そうに見ながら確認に来たが、俺には馬の良し悪しはわからないので、ウミの言葉を信じることにする。後ろから髪の毛を甘噛されているようで頭が少し冷たいが、ウミが馬の頭の上に乗って楽しそうにしているし我慢しよう。
俺たちはアーキンドの街を離れて次の場所に移動することにした。アーキンドには1ヶ月以上滞在したが、何度か泳ぎに行ったり、ダンジョンも潜ったり充実した日々を過ごした。みんなの仲も一層良くなったし、この街に来てよかったと思う。
ここから北西の方角にあるサードウの街まで借りる馬車を探しにやってきている。ここで借りて次の街で返せば良いシステムのようで、冒険者用と言われるだけあって便利な仕組みになっていた。
「精霊って初めて見たけど、馬と意思疎通できてるのかね、なんかすごく楽しそうにしてるよ」
「自然や生き物と関係が深いですから、何か通じるものがあるのかもしれませんね」
「あたいもここで働いてずいぶん経つけど、この子がこんなに嬉しそうにしてるのは見たことがないね」
馬も頭の上に乗ったウミを嫌がることもなく、俺の頭に顔を擦り寄せて来るのでちょっとくすぐったい。借りるのは馬車と言っても、映画で出てくるような幌の付いた荷車に座席を取り付けたような簡単なものだが、俺たちは荷物がほとんど無く軽いので、1頭だけで引けるタイプを選んだらこれになった。
「ご主人様、いい馬さんは居ましたか?」
「……あるじ様の髪の毛を噛んでるその馬?」
他の馬を見ていたアイナとエリナが俺に駆け寄ってきたので、2人の頭を撫でながらこの馬に決めたと伝える。
「あら、ずいぶんと懐かれたみたいね」
「ダイ先輩っていろいろなものに懐かれますよね」
後から来たイーシャと麻衣も、俺の髪の毛を甘噛している馬を見ながらそんな事を言う。髪の毛がよだれでベトベトになってるので、そろそろ放してほしいんだが。
俺たちの中ではイーシャが唯一馬を扱った経験があるようだが、他は全員素人なので馬の扱い方や馬具の使い方、餌のやり方や手入れの方法などをお姉さんから教わり、実際に動かしてみたりしながら学んでいく。
◇◆◇
「それじゃあ、明日受け取りに来ますので」
「あいよ、この子は力も強いし体力もあるから、きっとあんた達の役に立つはずさ」
お姉さんに挨拶をしてお店を後にする。こんなに簡単に馬や馬車を貸してしまって乗り逃げされないのかと思うが、この世界の人達は他人の物を盗んだり奪ったりする事を非常にタブー視している。珍しい髪の色をしているエリナが、俺を主人として登録し首輪を付けるだけで、他の人から攫われる危険が減るのもそのせいだ。中には禁忌を犯す人もいるが、それはどの世界でも一定数居るので仕方がない。
「馬さん可愛かったのです」
「ウミは馬と話とか出来るのか?」
「話はできないのですが、何となく気持ちはわかるのですよ」
「すごいですウミちゃん、あの馬さんはご主人様の事どう思ってました?」
「なんか美味しそうな気持ちだったですよ、それにダイくんの事ちょっと好きみたいなのです」
それって餌として好きなんじゃないだろうか、旅の途中で食べられないように気をつけよう。
「ダイ、面白い好かれ方したわね」
「ダイ先輩は馬から見ると美味しそうに見えるんですか、どんな味なんでしょう」
ウミに洗浄魔法をかけてもらった髪の毛を撫でてみるが、馬に好かれそうな味はしてないと思うんだが。
「それはちょっと違うかもしれないのです、何となく男の子として好きって感じなのでしたよ」
「食べてしまいたいほど好きって、一体どんな感情なんだ。それに力も強くて体力もあるって言ってたし、あの馬はオスなんだろ? 同性に好かれてもな」
「ダイくん、あの馬さんは女の子なのですよ」
「……え?」
「……あるじ様、女たらし?」
いやいやエリナさん、そんな言葉どこで覚えたんですか。それに俺は女性関係にだらしなくないつもりだ、みんなの水着を見た時は少し暴走してしまったけど、いたって紳士的に女性陣とも接しているはずだ。
「ダイ、あなたは本当に面白いわ」
「ダイ先輩は女たらし」
イーシャはおかしそうに笑いながら話し、麻衣は少し下の方を見ながらブツブツ言っている。みんな、そろそろ俺をいじって遊ぶのは止めにして欲しい。何か大切なものがどんどん削られていく気がする。
「馬さんにも好かれるご主人様は、自慢のご主人様です」
アイナだけが俺のことを素直に褒めてくれる、やっぱりアイナは俺の心のオアシスだ。乾いた心が満たされていく感じがする、今夜のブラッシングは特に丁寧にやってやろう。
―――――・―――――・―――――
翌日、別荘の掃除と戸締まりを済ませ、鍵を不動産屋に返しに行く。それからアーキンドにあるロイ商会の支店に行って、ロイさんへのお礼の手紙と麻衣の作った日持ちのするお菓子を渡して、届けてもらえるようにお願いした。
「ダンジョンにも行けましたし、いっぱい泳いだり、アーキンドの街は楽しかったですねご主人様」
「……あるじ様たちと会えたこの街、絶対忘れない」
「またみんなで来ような」
アイナとエリナの2人と手を繋いで道を歩きながら、アーキンドに来てからのことを思い出す。海岸でエリナを見つけて保護し、そのあと仲間になった。エリナを追いかけていた男はイーシャのおかげで撃退できたし、武器のいくつかを新調できたのも良かった。それにダンジョン最下層まで攻略して、中級冒険者と同じステージに立つことができた。まだまだ武器の威力に依存している部分は大きいが、個々の能力や連携は確実に上がっていると思う。
「色々思い出ができたわね、海水浴は楽しかったわ」
「私も新鮮な魚介類で思う存分料理ができて楽しかったです、調味料もたくさん買い込みましたからしばらく旅を続けても大丈夫ですよ」
「水の多い場所だったのでウミも大満足なのです、それにお風呂に毎日入れたのが良かったのです」
イーシャも海水浴は楽しんでいた、波打ち際で遊んだり砂で城を作ったり普段とは違ってかなりはしゃいでる様子だった。麻衣も色々なこの世界の食材で料理に挑戦していたし、朝市に足繁く通って調味料なんかも増やしていた。そしてウミはすっかりお風呂が気に入ってしまったようだ、これから暫くはお風呂のない生活が続くが、サードウの街から北上して温泉地にも行く予定にしている。
◇◆◇
馬車を貸してくれるお店に行って手続きを済ませ、馬の餌になる草や豆を購入した。それらを全部精霊のカバンに収納してしまう俺を見たお姉さんが、とても羨ましそうな顔をして「うちで雇いたい」とか言っていた。当分は冒険者を続ける予定なので、ここで働くことはできません。
「これからサードウの街までよろしく頼むな」
馬の首筋を撫でながら話しかけると、馬も俺の髪を甘噛する。ウミは馬の頭の上に乗って、御者台に俺が座る。アイナが俺の足の間に来て、隣にはエリナが座った。わざわざ狭い場所に来なくてもいいと思うんだが、これからの旅が楽しみで仕方ないのだろうと思い好きにさせる。
「それじゃあ、そろそろ出発しようか」
「どんな旅になるのか楽しみですね、ご主人様」
「……私もみんなと初めての旅、楽しみ」
アイナとエリナはワクワクした表情で馬車の先に広がる街道を見ている。俺の足の間でしっぽが動いてちょっとくすぐったい。
「ウミ、精霊界に行く門の近くまで来たら教えてくれ」
「まだまだ先なのでその時は教えるのですよ」
道中に精霊界に行くゲートがあるらしいので、そこに寄るのも目的の一つだ。乗合馬車を使わずに自分たちで借りた理由もそこにある。
「次の街も楽しみだわ、面白いものや美味しいものがあるといいわね」
「王都やアーキンドとは違う食材や調味料があると嬉しいです」
イーシャと麻衣もそれぞれの目的を持って楽しみにしている。俺も変わった魔法回路が見つかるといいと思いながら手綱を握りなおした。
「じゃあ行くぞ」
こうしてサードウの街への旅が始まった。
一年後の話と整合性が無かった部分を1ヶ所書き換えました(2018/10/13)
(イーシャの海水浴の思い出部分)