第45話 最下層
「ダイ先輩の作る魔法回路って、凄いものばかりですね」
「そうね、魔法で通路を塞いでしまおうなんて、この世界の人達は思いも付かなかったはずよ」
「……はふぅ、あの壁は手ごわかった」
俺はベッドの上でアイナのブラッシングを終えた後に、エリナのしっぽをブラシで梳いている。櫛の様なものはこの世界にはなかったので、少し小振りで毛の柔らかいブラシをエリナ専用に購入した。エリナもこのブラシを貴重品扱いしているようで、とても大切にしてくれている。
「こう組んだらこんな事ができそうだって考えるのは昔から好きだったし、改造スキルと並列魔法回路のお陰で無茶な組み合わせもできてしまうからな。それに今日の魔法回路を買ったのは俺で二人目だったらしい、きっと同じ様な発想をした人も居たんだと思うよ」
「その人は成功したんでしょうか?」
「お店の人はそこまで言ってなかったな。でも今日組んでみた感触だと、うまく調整すれば目隠し程度の効果は出せそうな気がするよ」
中型魔法回路で組めば強度はともかく、それなりの大きさの面を維持する程度ならなんとかなりそうな気もする。流れるマナが多くなりすぎて、長時間は保たないかもしれないが。
「それを壁にして、ある程度の強度をもたせられるのがダイの凄いところね」
「しかも流れるマナの量は私でも大丈夫なくらいです」
「まぁ、そのせいで専用の武器になってしまうのが欠点だけどな」
俺たちは精霊のカバンがあって、持ち物の制限がないので予備を作って持ち歩いているが、戦闘中に壊れた時に他人の武器で替えが効かないのは大きな弱点だと思う。今のところエリナは精霊のカバンを持っていないので、アイナが代わりに持ち運んでいるが、精霊界に行くことの出来るゲートがある場所に行けば、エリナの分もウミがプレゼントしてくれるそうだ。
「でも間違いなくダイ先輩は、魔法回路の世界に革命を起こしてますね」
「それを言うなら麻衣だって、この世界の料理とお菓子に革命を起こしてるじゃないか」
「マイちゃんのお菓子は最高なのです」
「……料理もお菓子もおいしい」
「私のお菓子や料理は、元の世界のレシピをこちらの材料で再現してるだけですから」
麻衣はそう言うが、全く違う世界で同じ効果や味を持つ材料を見つけて、それでちゃんと再現してしまえるのは凄いと思う。何よりウミという中級精霊がパーティーに居てくれるのは麻衣のお陰だ、パーティーの食事を一手に引き受けてくれることも含めて、麻衣が加入してくれた良かったと思う。
「マイちゃんもダイもこの世界の人が思いつかないような発想ができるのは凄いわよ、私は2人に出会えてよかったわ」
イーシャは好奇心が強すぎてエルフの里を飛び出してしまった位だから、俺や麻衣と一緒に居ることを心の底から楽しんでくれている。俺もイーシャに出会わなかったら、自分のスキルも判らなかったかもしれない。それに彼女が居なければ、この世界の事も判らないことだらけだっただろう。魔物の知識や冒険者としてのノウハウを教えてもらえたから、ここまでやってこられたと思っている。
「ダイくんは、なでなででもこの世界に革命を起こすと思うのですよ、マイちゃんのお菓子と一緒に精霊界に来て欲しいくらいなのです」
最近のウミは、なでなでにハマりすぎてる気がする。撫でるとすごく喜んでくれるので、こっちとしてもやりがいはあるのだが、過去の英雄譚にしか登場しないような存在がこれでいいのだろうかと少し不安になる。だが、精霊魔法で俺たちの生活をサポートしてくれるウミの存在は、何者にも代えがたい。俺の頭の上がすっかり定位置になってしまっていて、最近では頭に居ないと不安になってしまう事があるくらいだ、俺もかなり依存してしまっているのかもしれない。
「……あるじ様のなでなでは私の世界を変えた。……みんなと出会えて笑って過ごせるのは、あるじ様が私を見つけてくれたおかげ」
アーキンドに来てから仲間になったエリナだが、今ではすっかりパーティーに溶け込んでいる。少し寡黙なところがあるが表情は豊かで、撫でられて嬉しそうにする姿やご飯やお菓子を食べた時の幸せそうな顔は、パーティーメンバー達には一服の清涼剤になっている。今まで人目を忍んで生活してきた分、これからは俺たちと一緒に明るく生きて欲しい。
そして俺の横で寝息を立てているアイナ。彼女と出会いそして助けていなければ、俺はこの世界で生きていなかったかもしれない。ずっとそばにいて笑いかけてくれるその存在は、俺の宝物と言っていい。パーティーでは一番年下なので、みんなに妹のように可愛がられているし、その天真爛漫な姿に救われる事もある。
俺は素敵な仲間たちに囲まれて今日も眠りについた。
―――――・―――――・―――――
「ここが最下層ですか」
「……すごく、広い」
アイナとエリナが辺りを警戒しながら階段から降り立つ。ここは今までの階層と違って通路や部屋がない、広大な作りになっている。
あれから何度かダンジョンにも潜り、順調に攻略階層を増やしていけた俺たちは、いよいよ最下層にチャレンジすることにした。
「ここまで来ることが出来れば中級冒険者と言われるんですね」
「そうよマイちゃん、普通は何年も冒険者を続けて踏み入れるような場所だけど、私たちはあっという間にたどり着いてしまったわね」
麻衣に渡した土の壁を作る魔法はダンジョン攻略で非常に役に立った、思ったとおり目の前に壁があると魔物が近づいてこないのだ。諦めて別の通路に行ってしまう事もあり、挟撃されることがほとんど無くなったため、かなりスムーズに最下層まで来ることができた。
「ここの魔物はどんなやつなんだ?」
「ここはフロアの何処かに1体だけ取り巻きを連れて現れるみたいね、倒すと別の場所に現れるみたいだから他のパーティーが居たら早いもの勝ちね」
イーシャが地図を読みながら載っている情報を教えてくれる。事前に読んではいるが各階層に入る際は最終確認として、聞くことにしている。
「アイナちゃんが居れば断然有利なのです」
「そうだな、頼んだぞアイナ」
「任せてくださいご主人様」
他の階層と違って光る壁がないぶん少し薄暗いので遠くまで見通せないが、アイナの索敵には関係ない。他のパーティーとぶつからないように気配を探りながら最下層を探索する。
ここにはライオン型の魔物で、たてがみのある1体とそれが無い取り巻きが4体出現する。厄介なのは、たてがみを持つ個体が放つ咆哮で、それを浴びると硬直してしまう。硬直時間は長くないが、その隙きに取り巻きが襲って来るので油断できない。
咆哮を浴びないように散開して倒すのがセオリーらしいが、俺たちは違う攻略法を考えている。まず目視できるギリギリの距離から俺が広域スタン魔法を放ち、怯んだ隙きに一気に距離を詰めて倒す作戦だ。うまく行けば取り巻きも含めてまとめて倒してしまえる。
ボス個体にスタンが効くかどうかわからないが、麻衣の状態異常耐性のパーティースキルがあるので、ある程度なら咆哮にも耐えられるはずだ。
◇◆◇
しばらく歩き回っているとアイナが立ち止まった。
「ご主人様、左の方に魔物の気配です、大きいのが1つと小さいのを4つ感じます」
「よし、作戦通りギリギリの距離までゆっくり近づいていこう」
俺は広域スタン魔法の杖に持ち替えて先頭を歩く、アイナとエリナは咆哮を放たれた場合に巻き込まれないように、左右に分かれて少し距離をとって歩く。ウミは前衛のサポートで、最後尾を歩く麻衣の近くに待機する。
遠くの方に薄ぼんやりと影が見えてきた、たてがみを持ったライオン型の大きな魔物と少し小さいその取り巻きだ。ボスを中心にして、少し離れた場所に2体ずつ取り巻きが居る。相手はまだこちらに気づいていないようだ。
姿がはっきりと見える距離まで近づいて杖を構える、相手も気づいてこちらを見ているが、まだ射程距離ではないのか、襲うタイミングを伺っているのか動く気配がない。取り巻き達も威嚇するように唸り声を上げるが、俺の魔法のほうが早い。
杖を振ると魔物の上空から雷の雨が降り注ぎ、次々命中する。取り巻きには効いているようだが、さすがにボスは身じろぎはするものの倒れる様子はない。
「よし、今だ!」
離れた場所に居たアイナとエリナが、左右から同時にスタン状態の取り巻きに向かって一気に距離を詰める中、風の刃の杖に持ち替えた俺とイーシャの氷の矢の杖がボスに魔法を放つ。気絶しなかったボスは魔法を放つ俺たちを睨み、こちらに向かって大きく吠えた。
一瞬ビクッとなるが、これは硬直と言うより大きな声に驚いたような感じの反応だ。麻衣のパーティースキルの効果で、ほとんど影響が出ないくらいレジストできている。
取り巻きが動けず咆哮も効かないとわかったのか、ボスも俺たちの魔法を受けながら突進してきた。風の刃と氷の矢を受けて満身創痍だが、最後の力を振り絞るようにこちらに突っ込んでくる。
「麻衣!」
俺とイーシャが魔法を撃つのをやめて麻衣が障壁の魔法を使うと、ライオン型の魔物が激突して大きな振動が発生する。障壁に阻まれた魔物がよろめくと、そこに取り巻きを倒し終えたアイナとエリナが走り込んできて、短剣で首を斬りつける。
既に満身創痍だった魔物は3本の剣で切られ、そのまま動かなくなり青い光になって消えた。
「麻衣のおかげで咆哮がほとんど効かなかったみたいだな」
「少しびっくりしたけど、硬直はしなかったわね」
消えた魔物の場所には魔核と骨のようなアイテムが落ちていた。この階層の敵はレアアイテムをドロップしやすいと情報に書いてあったが、1回目で出たのは幸運だ。これも薬の材料になるらしく、高額で買い取ってくれる。
「アイナとエリナは咆哮の影響はなかったか?」
「大きな声で少しびっくりしましたけど大丈夫でした」
「……私も問題なかった」
咆哮の範囲外だったこともあるのだろう、2人とも影響はなかったみたいだ。魔核とアイテムを持ってきてくれたアイナとエリナを撫でながら、初見で問題なく倒せたことに安堵する。
「あれだけ攻撃を受けてもこちらに向かってくるのは、流石に最下層の魔物ですね」
「でもマイちゃんの障壁があるので大丈夫だったのですよ」
「耐久力の点では手強い相手だったな」
「取り巻きを全員無力化できたのは大きいわね」
ボスは致命傷を避けるような動きをしていたみたいなので、こちらもそれを見越して狙ったり、イーシャと連携して追い詰めないといけないかもしれない。
それぞれが今回の戦闘の意見や感想を出し合い、次のターゲットを探しに移動を開始した。
◇◆◇
アイナの索敵のお陰で、あれから数回遭遇することができ、色々な戦い方を試したりしながら最下層の探索を終了した。途中からは麻衣の障壁に守ってもらう前に、ボスを倒しきることが出来るようになった。やはりうまく致命傷を避けるように動いていたので、イーシャと俺で動きを牽制しながら止めを刺すようにしたからだ。レアドロップも1個増えて、今回の買取額にも期待ができそうだ。