第43話 ダンジョン
「初ダンジョン緊張します」
「アイナちゃんの索敵能力があれば大丈夫よ、壁や天井に遮られて敵の来る方向が特定しやすい分、森より戦いやすいかもしれないわ」
「頑張って魔物を探します!」
俺たちのパーティーはダンジョンに初挑戦中だ。アーキンドの街に近くにあるダンジョンは、全16階層で規模もそんなに大きくない。全階層のマップも売っていて、出現する魔物の情報もわかるようになっている。
もっと薄暗くて松明とか明かりが必要かと思ったが、壁や天井が薄っすらと光っていて、多少見通しが悪いくらいで動くのには問題なかった。
ダンジョンにはそこにしか生息していない薬草などの素材や、鉱物なんかも発見される事があるようだ。魔物の種類も地上とは違い、レアドロップのアイテムが出れば高く買い取ってもらえる。
まずは浅い階層を日帰りで攻略していく予定なので、5階までのマップを購入して様子見することにした。
◇◆◇
アイナが魔物を探して、俺とイーシャが先制攻撃、気配を消したエリナが魔物の近くまで忍び寄って倒し、遠距離攻撃は麻衣の障壁が守ってくれる。
前衛にエリナが入ってくれたので、アイナは索敵に集中できて不意打ちに遭うことがほとんど無い、それに以前に比べて索敵範囲も広がった気がする。
「アイナの索敵は凄いな、前より範囲が広くなってないか?」
「はい、以前より遠くまでわかるようになりました、それに大きさも何となく分かるようになったんですよ」
「アイナちゃんも成長しているわね」
「えへへ~、あとは他の冒険者さんの気配もわかりますね、その奥の通路から5人こっちの方に来てますよ」
暫く見ていると、アイナの言ったとおり通路の奥から別のパーティーが歩いてきた、人数は5人だ。
「……アイナ、凄い。……私はもっと近くまで来ないとわからない」
エリナもある程度の気配察知は出来るようだが、アイナより範囲は狭いみたいだ。
「アイナちゃんのお陰で安心して先に進めますね」
「アイナちゃん偉いのです」
麻衣とウミもアイナを褒める。でも冒険者の気配までわかるなら、他の人がいる場所に魔法を打ち込んでしまうような事故も防げるはずだ。ダンジョンのように、他のパーティーが何組も居る場所では特に有効だな。
◇◆◇
それから下の方の階層にも足を運び、今日のダンジョン探索を終えた。
「魔核もだいぶ集まったし、ドロップアイテムも少し出たな」
「森で狩る時より集まりやすいですね、ご主人様」
「ダンジョンは魔物が常に生まれているから、すぐ見つかるわね」
ダンジョンは特殊な環境で、様々な場所にマナの澱みが発生して魔物が生まれ続けている。ダンジョンは生きていると考えられていて、壁や床を壊しても元に戻ってしまうそうだ。常に澱みが発生するのも生きていることが原因と言われている。
「……これが美味しいご飯になる」
「美味しいお菓子にも期待するのです」
「頑張って作りますね」
エリナやウミは魔核やアイテムを見て食べる方向に意識が向かっている、いつも幸せそうに食べる2人なので麻衣も嬉しそうに返事をしている。
その日はギルドで精算した後に、食堂でダンジョン初挑戦が成功した事のお祝いをした。
―――――・―――――・―――――
何度かダンジョンに挑戦して手応えを感じたので、今日は更に下の階層に挑戦している。
「この辺りの階層になると、他の冒険者の人も少なくなってきますね」
「たぶん、初心者を卒業したパーティーが挑戦するのがこの辺りからなんだろうな」
アイナの疑問にそう答える。上の方の階層は若いパーティーが多く、俺より年下だろう人も大勢いた。下の階層に進むにつれて年齢が上がっていき、同時に装備も良くなってくる。ダンジョンは徐々に敵が強くなっているわけではなく、ある階層から急に強くなることがある。いま攻略している階層もその境目を超えた場所なので、冒険者の数も一気に減ったのだろう。
出てくる魔物を倒しながら奥へと進んでいくと、少し大きな部屋に出た。俺たちの入ってきた入り口と、奥の方にもう一つ入口があるだけの部屋だが、ちょっとしたスポーツができそうな広さはある。
「ご主人様、3人の冒険者がこちらに走ってきています、後ろには大量の魔物」
「追いかけられているのか、助けてやりたいがどうする」
「ウミが冒険者さんが入ってきた後、通路に水の壁を作って魔物を足止めするのです、その間に逃がしてあげて欲しいのです」
「わかった、頼むなウミ」
「あまり長くは保たないと思うのです」
向かいにある通路の奥から、俺より少し年上くらいの3人の冒険者が必死の形相で走ってくる。
「おーい、君たちも逃げろ! 後ろに大量の魔物がいる!!」
先頭を走っていた男が俺たちに気づいて逃げるように大声で叫ぶが、後ろから来る魔物をなんとかしないと、いずれ追いつかれてしまう可能性が高い。
逃げてきた3人が部屋に入ったのを確認して、ウミが通路に数枚の水の壁を奥に向かって作り出す。突然目の前に出来た壁に驚いたのか、魔物が折り重なるように急停止した。人間だったらこれで怪我をしたり死んでしまったりするだろうが、魔物にはあまりダメージがないみたいで、青い光が発生する様子はない。
「大丈夫ですか?」
「はぁっ、はぁっ、すまない助かったよ」
「いま少しだけ足止めしてます、通路に他の冒険者は居ませんでしたか?」
「いや僕たち以外には誰も見ていない」
他に冒険者が取り残されていないなら、魔物が来ている通路に魔法を打ち込んでも問題ないな。こちらも撤退しながらだと狭い通路で身動きが取れなく可能性もあるし、障壁の魔法が使いやすく魔法と前衛の両方で迎撃体制が取れるここで迎え撃つ方が有利だろう。
「一体どうしてあんなに大量の魔物が出たんです?」
「うっかり魔物溜まりの部屋に入ってしまったんだ」
ダンジョンに入る前に資料を読んだが、ダンジョンには魔物が何体も生まれる部屋が時々できる。そして部屋の中に居る魔物が一定数を超えると加速度的に数を増やすが、不思議なことにその部屋から出ることはない。しかし誰かがその部屋に踏み込んでしまうと、一斉に襲ってきて部屋からも出てくるらしい。魔物溜まりを見つけたら部屋に入らずに撤退するか、高威力の魔法を複数打ち込んで一気に殲滅するのがセオリーだそうだ。俺とあまり変わらない年齢みたいだし、この階層に進出して間もないパーティーなんだろう。
「俺たちはここで少しでも数を減らしてみます、あなた達はあっちの出口から出て他のパーティーが居たら警告してください」
「あの数の魔物だ、危険すぎる」
「俺たちのパーティーは魔法が得意なものが多いですし障壁使いも居ます、最悪やり過ごすので心配しないでください」
「そこまで言うならわかった、魔物を押し付けてしまってすまない、君たちも無理しないでくれ」
エルフが居たりあの水の壁を発生させる力があるのがわかったのだろう、そう言って冒険者の3人は別の出口から出ていった。他の冒険者の目がないなら、俺たちの魔法の武器を全力で使うことが出来る。
「今回は最大火力で行こう」
「地下ダンジョンだと風の精霊が少ないから、私も2本の杖を使うわ」
俺は風の刃が16発でる魔法回路の杖と、広域スタン魔法の杖を取り出す。イーシャも水と氷の矢の杖を両手に持って準備した。
「俺がまず広域魔法である程度気絶させてから、イーシャと通路に向かって魔法を撃ち続ける。アイナとエリナは横から抜けてきた魔物を迎撃してくれ。魔物溜まりはこの階層以外の魔物も発生することがあるから、麻衣はいつでも障壁を張れるように頼む」
それぞれの返事を聞いてフォーメーションを整える。麻衣の前に俺とイーシャが立ち、少し離れた左右にアイナとエリナが陣取る。ウミには前衛のフォローが出来るように麻衣の近くに居てもらう。
「俺が広域魔法を撃つと同時に壁を解除してくれ」
「わかったのです」
数枚ある水の壁は魔物の進行を遅らせているが、すでに何枚か突破されていて、体の一部が壁のこちら側にまで出てきている魔物も居た。俺は壁の向こうを狙って広域スタン魔法の杖を振ると、魔物の上に多数の雷が発生して複数まとめて昏倒させる。
同時に水の壁が解除され、動ける魔物たちも一斉に部屋に入ってこようとするが、風の杖に持ち替えた俺の16個の風の刃と、2本の杖を同時に使うイーシャの水と氷の矢が放たれ、次々と青い光になって消えていく。
運良く射線から外れ部屋の中に入ってきた魔物は、アイナの風の短剣に切り裂かれ、エリナの二刀流に切り刻まれていく。
しばらく魔物との戦闘が続いたが、だいぶ数が減ってきたみたいだ、そして少しホッとした瞬間にアイナが叫ぶ。
「大きな魔物が来ます!」
通路の横から魔物が飛び出してきて口を大きく開けると、中から赤い光が溢れ出している。これはちょっとまずい、恐らくブレスのような遠距離攻撃だ。今から魔法を撃っても相殺できるか倒しきれるかわからない。
「2人とも出口から離れろ、麻衣は障壁、ウミは前衛に水の壁を」
全員が動いた瞬間、大きく開けられた口から赤い火の玉が発射された。射線上にいる他の魔物を巻き込みながら、こちらに一直線に飛んできて麻衣の障壁と激突する。マナそのもので作られた無属性の壁に衝撃が走り視界が赤く染まるが、障壁に防がれた火の玉はその勢いを徐々に失っていき霧散した。
この魔物も連続で火の玉は出せないみたいで、一度その口を閉じて溜めているような動きをした。それを見て麻衣も障壁を解除して、俺は威力の高い単体の風の杖に持ち替える。魔物に向かって風の刃と魔法の矢が殺到し、たまらず開けた口の中にも命中する、そこに突き刺さった氷の矢が致命傷になったのか、青い光になって消えた。
「あれはこの階層の魔物じゃないよな?」
「恐らくそうね、魔物溜まりに発生した別の階層の魔物でしょう」
あんな魔物がこの階層にいたら、駆け出しを卒業したばかりの冒険者はひとたまりもないだろう。無事倒せた事にホッとしていると前衛の2人も戻ってきた、両方とも怪我はないようだ。
「アイナありがとう、早めに気づいてくれて助かったよ、2人とも熱くなかったか?」
「ウミちゃんの壁があったから大丈夫でした」
「……水の壁もあったし、離れてたから平気」
俺は駆け寄ってきた2人を撫でながら、さっきの攻撃のダメージがなかったことに安堵する。
今回はウミのお蔭で時間稼ぎもできたし助かった、攻撃は苦手なウミだけどかなり頑張ってくれた。
「ウミもありがとう、水の壁はかなり助かったよ」
「みんなが痛い思いをするのは嫌なので頑張ったのです、ダイくん撫でて欲しいのです」
そう言って俺の前に飛んできたので、人差し指で撫でてあげる。嬉しそうに頬を緩めるウミがとても可愛いので、気の済むまで撫で続ける。
「麻衣も障壁ありがとう、発動も解除もバッチリのタイミングだった」
「私もみんなの動きに合わせられるようになってきたでしょうか?」
「そうだな、俺たちの連携もどんどんスムーズになってきてる」
パーティーとして一緒に活動を続けていると、阿吽の呼吸みたいなものがどんどん出来てくる。一緒に暮らして一緒に寝て一緒に遊ぶ、俺たちは特にその点が秀でていると思う。
麻衣は戦闘が終わって一息ついた顔をしながら、みんなに飲み物を配ってくれた。こういった心遣いも麻衣の良いところだ。
「イーシャはマナ酔いとか大丈夫か?」
「えぇ、だいぶ派手に魔法を使ったけれどまだ大丈夫よ、これもダイの魔法回路のお陰ね」
「でも今日はもう無理せずに戻ろうか」
「そうね、その方がいいかもしれないわ」
俺たちはさっき倒した魔物の群れの魔核を集めて、今日の攻略を切り上げてダンジョンから出ることにする。牙や爪のアイテムもいくつかあったので、今回の買い取りにも期待できそうだ。
◇◆◇
上層階に続く階段前の広場にさっき逃げてきたパーティーの3人が居た。
「君たち無事だったか、魔物の群れはどうなった?」
「運よく分散してくれたので倒してきました。多分もう大丈夫だと思いますが、生き残りがいるかも知れないので気をつけてください」
「そっ、そうなのか!? あの数をこの人数で……」
「他の冒険者の人たちは大丈夫でしたか?」
「あぁ、途中で出会った冒険者には伝えてあるよ、応援を呼びに行ってくれた人もいる」
「魔法を使いすぎてるので俺たちは今日はもう引き上げます、魔物の件と生き残りの可能性のことを伝えておいてもらっていいですか?」
「わかった、それは僕たちが責任を持って伝えておくよ」
「よろしくお願いします」
そう言って俺たちは上の階層へと戻っていった。魔物が殺到していた通路の先も少し確認してみたが、生きの残りらしき魔物の気配もしないとアイナが言っていたし大丈夫だろう。