第41話 追跡者
夜、寝室でアイナのブラッシングをやっていると、エリナが部屋に来た。
「……あの、私もパーティーのみんなと一緒に寝たい」
「あら、歓迎するわよ、こっちにいらっしゃい」
そう言ってイーシャが手招きすると、エリナもベッドに上がってきた。そして俺がアイナのしっぽをブラシで梳いているのをじっと見ている。エリナもやって欲しいんだろうか。
「……あるじ様、アイナにやってるそれ、私もやって欲しい」
「ブラッシングだな、構わないけどアイナのブラシを使わせてもらってもいいか?」
「はいー、エリナさんもこの気持ちよさを一度体験すると、戻れなくなっちゃいますよー」
「……うん、ありがとうアイナ」
ブラッシング中のアイナが、気持ちよさそうに間延びした声でブラシを貸してくれると言ってくれた。このブラシはアイナが貴重品扱いしてる大切なものだから、エリナもブラッシングを気に入ってくれたら、明日にでも彼女専用のブラシを買っておこう。
暫くしてアイナがまどろみ始めたので、今度はエリナのしっぽに取り掛かる。彼女のしっぽは細長くて毛も短めの、日本にいる猫みたいな感じだ。髪の毛と一緒で輝く白色の毛に覆われていて、艶もあってとても綺麗で手触りも良い。あまり強くならないようにそっと梳いていく。
「痛かったりくすぐったかったりは無いか?」
「……大丈夫、気持ちいい」
「エリナちゃん気持ちよさそう、今度私もやってみていいですか?」
「……今度はマイにもやって欲しい」
エリナは気持ち良さそうな吐息を漏らしながら、ベッドに横たわっている。この毛並みだとブラシより櫛みたいな方がいいかもしれないな、雑貨屋で探してみよう。
「ダイはなでなでだけでなく、ブラッシングでも獣人を骨抜きにしてるわね」
「きっとダイくんに撫でられたりブラッシングされると離れられなくなるのです」
「2人ともダイ先輩には特に懐いていますから、ありえますね」
「あんまり俺の変な特殊能力みたいに言わないでくれ」
ブラッシングとか今までやったことなかったし特別上手じゃないと思うんだが、獣人の2人には好評みたいで俺も嬉しくなる。
その後エリナが満足するまでブラッシングをしてあげた。
◇◆◇
「……あるじ様、ありがとう」
「気に入ったんなら、明日にでもエリナ専用のブラシを買ってこよう」
「……うん、毎日でもして欲しい」
麻衣・アイナ・俺・エリナ・イーシャ、そして枕の上にウミの順番でベッドに寝ている。イーシャのいつもの場所は、可愛い妹を俺と挟んで寝るのも嬉しいとか言ってエリナに譲ってくれた。
「……ここはご飯も美味しいし、みんな優しい。……私、こんな生活があるなんて知らなかった」
「エリナちゃんはご飯を食べるとき、すごく幸せそうな顔をするから私も嬉しいですよ」
「こうやってみんなで並んで寝る生活に慣れてしまうと、エリナちゃんももう戻れなくなるわよ」
「……戻れなくていい、マイの美味しいご飯を食べてイーシャやあるじ様たちと一緒に寝る、ずっとこうしていたい」
「そうだな、これからも一緒に居ような」
エリナの頭を撫でてやると嬉しそうに目を閉じて、しばらくすると寝息を立て始めた。
こうしてエリナも俺たちと一緒に寝るようになった。
―――――・―――――・―――――
次の日の朝目を覚ますと、エリナが俺の腕に抱きついて寝ていた。左腕がまろやかな感触に包まれて、朝から幸せな気分に……じゃない。アイナも俺の胸のあたりに顔を埋めて寝ているし、獣人は抱きつき癖でもあるんだろうか。いや、イーシャも時々俺の腕に抱きついてることがあったし、種族は関係ないだろうな。
◇◆◇
新しい武器を使ってみたいというエリナのお願いで、冒険者ギルドに向かって歩いている。まだフード無しで歩くことに慣れないみたいで、俺とアイナの手を強めに握っている。
「おい、そこの坊主!」
突然、前から来た冒険者風の男に大きな声で呼び止められた。エリナは俺の腕に抱きついて、アイナは俺の後ろに隠れてしまう。
「何か用ですか?」
「お前の横にいるその銀色の髪の猫人族はお前の仲間か?」
「俺のパーティーメンバーですが何か」
「俺は先日、そいつと同じ髪の色をした猫人族を見つけて捕まえようとしたんだが、海に飛び込んで逃げられたんだ、そこに居る奴がそうじゃないのか?」
こいつがエリナが言ってたずっと追い回してきた奴なのか。エリナの身体能力と隠密スキルがあっても撒けない相手だから、それなりに実力のある冒険者なんだろう。ここはしらばっくれるのが得策かもしれないな。
「彼女はずっと前から俺たちのパーティーメンバーですよ、それに俺はこの娘の主人です」
そう言ってエリナの付けている首輪を指差して男に見せる。男はエリナの首元を確認して、そのあと俺の顔を見て不機嫌そうに表情を歪めた。
「チッ、主人登録してやがるのか。しかしなんだぁ、ずいぶん懐かれてるようだが調教でもしたのかぁ?」
男が下卑た目で俺とエリナを見てくるのでちょっとイラッとする、単体用のスタン魔法でも作っておけばよかった。アイナとエリナも俺に更に密着してきて、麻衣も珍しく嫌悪感を浮かべた目で男の方を見ている。
俺がこの男をどうしてやろうかと思っていると、イーシャが俺の横に出てきて男と対峙する。
「あなたずいぶんな言い草ね」
「なんだぁ、エルフまで居やがるのか……………って、お前はあの時の」
「私の大事なパーティーメンバーに何かご用かしら?」
「いっ、いや、すまねぇ、人違いだった。あんたのパーティーメンバーに手は出さねえよ、俺はもう別の街に行くところだったんだ、悪かったなイライラしてたからつい絡んじまって」
男はイーシャの顔を見ると突然慌てだして俺たちの前から姿を消した、一体何が起こったのか唖然としてしまう。
「イーシャ、一体何があったんだ?」
「あの男はね、むかし私にしつこくパーティーに入れって絡んできたことがあったの。その時についカッとなってね、忘れられない思い出を刻んであげたのよ」
そう言って微笑むイーシャだが、忘れられない思い出って何をやったんだ。だがあの男の様子を見ると、この街から出ていくのは本当みたいだ。これでエリナが狙われることは無くなるだろう。
しかしあの男の怯え方を見ると、イーシャを怒らせるのは絶対にやめようと心に固く誓った。
「エリナちゃん、もう大丈夫よ」
「……うん、イーシャ、あるじ様ありがとう」
「アイナも怖かっただろ、もう大丈夫だから安心していいぞ」
「はい、急に怒鳴られたのでびっくりしました」
俺の背中で服の裾を握っていたアイナも、やっと落ち着いたみたいで前に出てきたので、2人の頭を撫でてあげる。
「すごく嫌な感じの男の人でした」
「あんな感じなんだけれど、あれでそこそこ腕が立つから質が悪い男なのよ、麻衣ちゃんもあんなのに引っかかっちゃダメよ」
「ウミもあんな人族さんは嫌いなのです」
麻衣も身を固くしていたがホッとした表情になって、ウミも俺の頭の後ろの方に隠れていたが、いつもの定位置に戻ってきた。
「嫌な目にあったな、どうする、今日はもう家に帰って休むか?」
「……うううん、みんなと依頼をやりたい」
エリナがそう言うので予定通り冒険者ギルドに向かって歩き出した。
◇◆◇
アイナの索敵で見つかった魔物にエリナが気配を消して近づき、2本の短刀を振る。インパクトの瞬間発生した風が剣の切れ味を鋭くさせ魔物を斬り裂く、突然何もない場所から斬りつけられたと思っているだろう魔物は、エリナの存在を認識する事もなく青い光になって消える。
気配を消して身体強化スキルを使った移動で魔物の背後に一瞬で忍び寄って倒す、エリナの戦い方は見事なものだった。この辺りの魔物だと、一対一ならほぼ無敵なんじゃないかと思えるくらい鮮やかな倒し方だ。
「……あるじ様、魔核」
エリナが俺に魔核を渡してくれたので頭を撫でてあげる。
「しかし見事だな、何度か戦ったけど、魔物の反撃を一度も許さずに倒してしまうのは凄いよ」
「……アイナの索敵と、あるじ様の剣のおかげ」
「前衛も増えたし、これならダンジョンにも行けるかもな」
「アイナちゃん1人だと厳しいけれど、エリナちゃんも来てくれたし、無理をして奥の階層に行かなければ大丈夫だと思うわよ」
イーシャのお墨付きももらったし、この街の近くにもダンジョンがあるので一度挑戦してみよう。
「ダンジョンは行ったことないので少しドキドキしますね」
「……敵いっぱい倒す」
「私もみんなを守ります」
「麻衣は俺たちの絶対防衛ラインだからな、頼りにしてるよ。アイナとエリナも前衛で敵の露払いを任せるな」
「ソロだとなかなか行く機会がないから、私も頑張るわ」
ダンジョン初挑戦がきまったし準備はしっかり整えよう。しかしその前にやっておきたいことがある、アーキンドに来た目的の一つ海水浴だ、エリナのことがあったので延び延びになってしまったけど、ダンジョンに行く前に一度は泳いでおきたい。
それにエリナの歓迎会も海水浴と一緒にやりたいと思っている。この世界には残念ながらバーベキューが出来るような道具はなかったが、麻衣ならそれっぽい料理を作ってくれそうな気がする。
帰りに食材を買い揃えて海水浴とエリナの歓迎会をすることにしよう。
この作品では、悪意や妬みなど人間の負の感情は出さないようにしていますが、エリナがこの先も安心して過ごせるようにこんな形になりました。