第38話 朝市
別荘をひと通り見て周り、アーキンドの冒険者ギルドに来ている。ロイさんからいただいた謝礼は、ギルドに高額な依頼をする際に使われる小切手のような紙なので、それを俺たちのパーティー口座に入金してもらうためだ。受け付けの女性に渡すと少し驚いていたが、アーキンドの街でも名前の知られている商会なので、問題なく処理が終わった。
ギルドを出て街を歩いているが、ウミはすっかり定位置になった俺の頭にしがみついていて、横でアイナが手を繋ぎ、イーシャと麻衣は並んで後ろからついてきている。
「この街も人がいっぱいいて迷子になりそうです」
「道も広いし歩きやすくていいわね」
「荷物を積んだ馬車が多いのは王都と違いますね、さすが商業都市です」
街は全体的に活気があり、王都と違って道のあちこちに屋台が出ている、いい匂いが漂ってきてお腹が刺激される。ロイさんに紹介状を書いてもらった魔法回路屋は落ち着いてから行くことにして、お店の数も多いので色々回ってみるのも良さそうだ、もしかしたら市場みたいな場所もあるかもしれない。
「屋台も多くていいわね、回りがいがあるわ」
「新しい味にも出会えそうで、どう料理に活かせるか考えるのが楽しみです」
「今日は着いたばっかりだし、屋台で買って家で食べようか」
「ご主人様、お魚も食べてみたいです」
「ウミは甘いものを探すですよ」
それぞれが気になったものを屋台で買っていく、アイナは開いた魚を焼いたものを、イーシャは蒸したお肉を、麻衣は野菜の入ったクリーム色のスープを、自分の持っている鍋に入れてもらっている。俺は野菜と肉を挟んで焼いたホットサンドみたいなものにした、ウミは果物を細い棒に挿して飴のようなものをかけた、日本の屋台でも見るようなお菓子を選んでいた。
バランス良く買えた所で家に戻って食事をして、その後はお風呂タイムだ。お湯張りはマナ耐性の高い俺が担当した。お湯を張った特典で一番風呂に入れさせてもらって、お風呂を堪能する。もうこの世界でもお風呂の無い生活は耐えられなくなりそうだ。
◇◆◇
「私もすっかりみんなで寝るのが当たり前になってしまったわ、1年前の自分が聞いたらびっくりするでしょうね」
「私もこうやって毎日誰かと一緒に寝るなんて、元の世界にいた頃は想像もできませんでした」
「俺も正直に言うとロイさんの所に泊めてもらった時もなんか落ち着かなくて、アイナが一緒に寝てくれた時は少し安心したんだ」
麻衣・アイナ・俺・イーシャ、そして枕にはウミの、今ではすっかり定位置になった順番に並んで、寝ながらながら話をする。アイナはいつも通りブラッシングの後に寝てしまい俺の胸元に顔を埋めている、ウミも俺の横で枕を布団にして夢の中だ。
「しかしこうして一緒に寝てると、パーティーの仲間というより家族みたいだな」
「あら、ダイがお父さんとして、お母さんは誰なのかしら」
「やっぱり一番落ち着いてるイーシャじゃないか?」
「ふふふっ、じゃぁアイナちゃんが娘で、マイちゃんは妹になるかしらね」
「ダイ先輩、わ、私もお母さんで大丈夫ですっ」
「いや、麻衣はまだ中が――」
「この世界ではもう成人です」
「ダイ、モテモテね。2人ともお嫁さんにしちゃう?」
「元の世界では俺もまだ未成年なんだ、勘弁してくれ」
お母さんポジションに意欲を見せる麻衣と、恐らく俺をからかってるだけのイーシャの2人に言い寄られて俺は困ってしまう。まだ日本にいた頃の感覚が抜けないので、結婚とか想像もできない。この世界に定住することになったら、俺も誰かと結婚するのだろうか。そして、その時の相手は誰になるんだろう……
こうして別荘で過ごす最初の夜は更けていった。
―――――・―――――・―――――
翌朝、麻衣と俺は港に来ている、昨日屋台で聞いてみたら港の近くで朝市が開催されるらしい。天気のいい日と漁に出られた時だけ開かれるそうだが、今日は大丈夫のようで近づくに連れて賑やかな声が聞こえてくる。アイナとイーシャは船旅でなまった体を動かしてくると海岸の方に出かけていった、ウミも付き添っている。
朝市の会場に到着すると、たくさんの露天が並んでいる。港だけあって海産物が多いが、野菜や果物、香辛料や調味料みたいなものまで売っている。
「すごく賑やかですね」
「あぁ、見たこと無い魚や貝がいっぱいだ」
食材には詳しくないが、やはり世界が違うだけあって、エビっぽい何かとか、やたら大きい貝とか並んでいる。
「麻衣は何に使える魚とかわかるのか?」
「切ってみたり捌いてみると何となくどんな料理に使えそうかわかりますよ、食べたら危険な部位とかはお店の人に聞けばわかりますし」
「すごいな、俺にはさっぱりだ」
「魚なら開いたり三枚におろしたりは出来るのでお刺身も造れますが、こっちの世界には醤油がありませんね」
「あー醤油か、魚を見ると食べたくなるな」
「大豆に近い食材って見たこと無いので無理かもしれませんね、でも魚醤くらいならあるかも」
「魚醤ってなんだ?」
「お魚で作ったお醤油ですね。でも普通のお醤油と風味も味も違うので、魚に塗って焼いたり料理の隠し味に使えるくらいでしょうか」
「それは残念だ」
しかし麻衣の料理の腕と知識はすごいな。昨夜の話じゃないけど、料理スキルだけ見れば麻衣がお母さん候補筆頭だ。
「そこの旦那! 可愛い奥さん連れてるね、今日のおかずにどうだい?」
露店に居るおじさんが俺たちに声をかけてきた、麻衣は「可愛い奥さん」と頬に手を当ててちょっとクネクネしてる。おじさんの店には黒くて太った魚が並んでいる、どんな魚なのかはさっぱりわからない。
「これどんな魚なんですか?」
「旦那たちアーキンドは初めてか? こいつはこの近くの海で捕れる魚で、肉厚の身が締まっててすごくうまいんだ」
「この魚の身って白いですか?」
「おう、真っ白できれいな身をしてるよ」
「あなた、これなら焼いて食べると美味しいかもしれませんよ」
なんか麻衣がノリノリで俺のことを“あなた”と呼びだした。奥さんと言われたことがかなり嬉しかったのかもしれない。
「奥さんわかってるね! 煮てもうまいが、焼くと絶品なんだ。料理が上手で可愛い奥さんとか羨ましいじゃないか」
「それ2匹いただきます」
「おう、まいどあり」
凄いなおじさんさすがプロだ、麻衣をのせて2匹も買わせてしまった。その後、店の人に他の料理法や捌く時の注意点など聞いてお店を後にした。
「ダイ先輩、奥さんって言われちゃいましたよ」
「あぁ、俺たち夫婦に見えたのかもしれないな」
「ダイ先輩と夫婦……」
また麻衣が少しトリップしているみたいで、クネクネ動きだした。暫くして通常状態に戻った麻衣と一緒に色々買い物をして家に戻った。
◇◆◇
午後からは5人で街に買い物に行く。アーキンドに来た目的の一つ、海で泳ぐのに必要な水着を買うためだ。この町でもギルドの依頼は受ける予定だが、遊べる時は遊ばないとせっかく暑い時期に南に来た意味がなくなってしまう。
雑貨屋に到着して水着のある場所を探したが、さすがにリゾート地だけあって簡単に見つかった。女性用の水着は大きく分けて3種類だけみたいで、ビキニタイプとワンピースタイプ、後は長そで長ズボンのウエットスーツみたいな水着もあるが、これは却下だな。男性用はシンプルだ、半ズボンタイプしか無い。俺の水着はすぐ決まった。
「水着って少し恥ずかしいわね」
「でも動きやすそうですよ」
「ダイエット、ダイエットしておけばよかった……」
若干一名から呪詛のようなつぶやきが聞こえるが、ギルドの依頼なんかで動き回るとお腹が空くし仕方ないよな。ウミの水着はイーシャが布の切れ端で自作してくれるので、今は俺の頭の上で待機している。
「ご主人様、私にはどんな水着が似合うと思いますか?」
「可愛いのなら何でもいいぞ」
「ダイ先輩それは適当すぎます、もっとちゃんと考えてください」
「でもなぁ、実質2種類しかないだろ? あの長いのは却下するとして」
「あれは流石にないわね、あれだと普通の服を着て泳ぐのと変わらないわ」
イーシャもウエットスーツタイプの水着はお気に召さないようだ、そうなるともう色で決めるしかない状態になる。
「じゃぁご主人様、私に似合う色ってなんでしょう」
「アイナは赤かな、いつもの元気な雰囲気にあってると思う」
「私はどうかしら」
「イーシャは緑だな、風に愛されてるイメージにもぴったりだ」
「私はどうでしょうか」
「麻衣は……白?」
「なんで私だけ疑問系なんですか。でも白はちょっと……」
白はなんか困るらしい、でも聖女っぽいイメージは白なんだよな。
「水色とか青の系統はどうだ? 爽やかな感じがしていいと思うぞ」
「じゃぁ、その色で探してみます」
女性陣は何着か水着を持って奥にある小部屋で試着をするみたいだ。どのタイプの水着を選ぶかは当日のお楽しみと言われた。
自分の水着を購入して一度店の外に出る。
「ダイくん、ウミの色は何色がいいです?」
「ウミもやっぱり青系統の色かな、水の精霊だしその色が似合うと思うよ」
「イーシャちゃんにお願いして、その色で作ってもらうですよ」
◇◆◇
水着を買って家に帰り、朝市で買った魚を表面がカリッとするまで焼いてくれた麻衣の料理で晩御飯を食べる。確かに身も肉厚ですごく美味しかった。
明日からはギルドで依頼を探しつつ、天気が良くて暑い日は海水浴をしよう。