第37話 アーキンドの街
「おはようございます」
「おう、ロイさんの言ってた冒険者だな、俺はこの船の船長をやってる。運搬船なんで乗り心地は悪いかもしれねぇが、確実にアーキンドまで運んでやるから安心して乗ってくれ」
「よろしくお願いします」
港について船の責任者だと聞いた人に挨拶する。まさに海の男といった感じの、日焼けしたがっしりした体格で、ひげも伸ばしていて貫禄がある。
俺たちは広めの船室を一つ貸してもらうことになった。ベッドなどは無く、少し床が高くなった部分と机だけがあるシンプルな部屋だ。少し高くなった床に毛布が置いてあるので、あそこが寝床になっているんだろう。机も揺れで動いたりしないように床に固定されている。
「思っていたのより普通の部屋ね」
「まさか個室がもらえるとは思ってなかったよ、女性が居るので気を使ってくれたのかもしれないな」
「これならみんなで一緒に寝られますね、ご主人様」
「そうだな、これならみんなんで一緒に寝ても余裕があるな」
「ロイさんの所では1人で落ち着かなかったから、みんなで眠れるのは嬉しいわね」
「私もダイ先輩や皆さんと一緒に寝るのに慣れてしまったので嬉しいです」
イーシャと麻衣もこの2日間の独り寝が寂しかったみたいで、雑魚寝状態ではあるけどみんな一緒に寝るのを喜んでくれている。
「船の中では料理ができませんから、ロイさんの所で作り置きしてますので、お腹が空いたら言ってくださいね」
「ウミはジャムがいいのです」
「ジャムばかりはだめなので、ちゃんとお菓子も用意してますよ」
ウミはすっかりジャムにはまってしまったな。麻衣にジャムの作り方を知っているか聞いたほうがいいかもしれない、でないと食べ尽くされそうだ。
◇◆◇
船が出港してしばらく経った、俺とアイナは甲板に出てきている。いい風が吹いているみたいで、帆が風を受けて広がっている。
「どうだ? 船の旅は」
「風が気持ちいですね」
「すっごく速いです」
「今日は風がいいからな、速度も結構出てるぜ」
確かに馬なんかより遥かに速いみたいで、遠目に見える陸地も左から右へと流れていっている。陸路で行くより短い時間で到着するのも納得だ。
「海って魔物は出ないんですか?」
「あぁ、沖の方は魔物は出るが、陸に近い所は大丈夫だ」
「じゃぁ海の向こうには何があるかってわからないんですか」
「昔から海を渡ろうって挑戦するやつは居るが、帰ってきたって話は聞いたことねぇな」
海の魔物といえばタコとかイカを想像するが、この世界の魔物はどんな形をしてるんだろうな。しかし、この世界の船は木造船だし、海の上で魔物に襲われたらひとたまりもないだろう。
「そういや他のお嬢ちゃんはどうした」
「実は1人船酔いで寝込んでしまって、他のメンバーが付き添ってます」
「船酔いか、これは慣れるしかねぇからな、横になって寝てれば良くなってくるだろう、お大事にな」
「はい、ありがとうございます」
船長さんはそう言って船室の方に歩いていった。日本だと酔い止めの薬があるけど、この世界にはそんなのないからな。ウミの精霊魔法は解毒の効果もあるみたいだけど、船酔いに効くかどうかわからないと言っていた。二日酔いとかには効きそうだ、お酒は飲んだこと無いけど。
「マイさん大丈夫でしょうか?」
「船長さんも慣れるしか無いって言ってたし、今は横になって寝てもらう以外はないかな」
「早く良くなるといいですね」
甲板から遠くの景色を眺めながら、アイナと2人で麻衣の船酔いが早く良くなるように祈っておいた。
◇◆◇
「麻衣、調子はどうだ?」
「ウミちゃんが冷たい水を作ってくれて、少し楽になってきました」
「だいぶ顔色も良くなってきたわよ」
「そうか、ありがとうなウミ」
「どういたしましてなのです」
ウミはクッキーを食べながら幸せそうにしている、麻衣がお礼に出してくれたんだろう。
「調子が良くなってきたら甲板に出てみるといい、風が気持ちいぞ」
「はい、動けそうになったら行ってみますね」
麻衣の表情も辛そうな感じはなくなってきたので、このまま慣れてしまえばもう船酔いは大丈夫だろう。しかし冷たい水か、ウミが居てくれて助かったな。
―――――・―――――・―――――
一晩あけると麻衣の調子もすっかり元に戻って、今はみんなで甲板に出ている。今日も風が気持ちよく吹いていて、船も順調に進んでいるようだ。
「おぅ、船酔いはもう大丈夫か?」
「はい、ご心配おかけしました、もう大丈夫です」
「そいつは良かった、今日も風がいいから明日のお昼前にはアーキンドに着くと思うぜ」
船長さんが甲板に出てきて、順調に進んでいることを教えてくれた。風の状況次第では1日程度到着が遅れるかもしれないと事前に聞いていたが、今回は予定通り着くみたいだ。
「あの、これ良かったら皆さんで食べてください」
「こりゃ王都で売ってるっていう焼き菓子じゃねぇか? いいのかこんなに貰っちまって」
「はい、船に乗せてもらえたお礼ですので、どうぞ食べてください」
「すまねぇな、みんなで食わせてもらうよ、ありがとな」
麻衣が袋に入ったクッキーを船長さんに渡していた。大陸南部の方では保存食でなく焼き菓子として認知されているみたいだ。この世界にクッキーを広めた本人が作ったものなので、きっと喜んでくれるだろう。
「ん~、気持ちいいですね。昨日は船酔いで大変でしたけど、船の旅もいいですね」
「川や湖を渡る船は乗ったことがあるけれど、海を走る船はまた違うわね」
「水の下級精霊達も船の周りにいっぱい集まってきてるのです、それに風の下級精霊達も頑張って船を動かしていますです」
「風の精霊達も気持ちよさそうにしてるわね」
もしかして今回の移動が順調なのって、ウミとイーシャのお陰なのかもしれないのか?
「ご主人様、船の横を鳥が飛んでいますよ」
「ほんとだな、器用に並走してるな」
船の横を見ると、白い鳥が速度を合わせながら船と一緒に飛んでいる。なんの種類かはわからないけど、地球で言うカモメみたいな鳥なのだろうか、船や人を警戒すること無く近くを飛び回っている。公園や駅前の鳩じゃないが、パンくずとか撒いたら群がってきそうだ。
甲板で流れる景色と飛び交う鳥たちを眺めながら、アーキンドの街を目指して船は順調に進んでいった。
―――――・―――――・―――――
「お世話になりました、ありがとうございます」
「おう、こっちこそ焼き菓子とか貰っちまってありがとよ、みんな喜んでたぜ」
次の日のお昼前、船は予定通りアーキンドの街に到着した。
船長にお礼を言って、まずは不動産屋に行ってロイさんの別荘の鍵を受け取る。港から街に続く通り沿いにあると言っていたので、そんなに離れていないだろう。
倉庫と商会らしい店舗の立ち並ぶ港を歩いているが、南の方まで来たせいで気温はかなり高くなっている。それでも湿度が低いのか、日本の夏みたいに蒸し暑くはない。風が爽やかな空気を運んでくるし、観光地や保養地として人気が高い場所なのも納得できる。
「この辺りまで来るとだいぶ暑くなるわね」
「でも私たちの居た所と比べると、風も乾燥していて過ごしやすいですよ」
「俺たちの居た国の夏は、気温と湿度が高くて地獄だったからな」
「ダイくん達はどんな魔境に住んでいたのです?」
魔境って、どんな酷い環境なんだ。でも日本の夏は、赤道に近い国から来た人にとっても耐えられない暑さだと言われてたし、夏がくるたびに熱中症で病院に搬送されたり死亡したり連日ニュースになるくらいだから、魔物の驚異に晒されているこの世界といい勝負してるのかもしれないな。
「俺たちの居た世界では、夏になると暑さで人が死んだりするくらいだったから、ある意味魔境かもな」
「暑くて死んじゃうって、そんな危険な所にご主人様は住んでたのですか!?」
「ダイ、それはちょっと洒落にならない場所だと思うわよ」
「そんな過酷な環境だと水の精霊は生きられそうもないのです」
そこまでひどい世界だったのか、俺たちの住んでいた日本は。よく今まで生きてこられたな、ってクーラーとかもあったからな。
◇◆◇
不動産屋で鍵を受け取りロイさんの別荘に着いたが、セカンダーの街で俺たちが泊めてもらった離れと同じくらい立派な建物だった。鍵を開けて使って中に入ると、きれいに掃除もされていて、ここから見える庭もちゃんと手入れが行き届いている。リビングや食堂も広く、厨房には石窯も設置されていて麻衣が喜んでいた。部屋数も多くお風呂も広くてゆったりしたものが造られていて、まさに保養地の別荘と言った感じだ。こんな所を貸してくれたロイさんには改めてお礼がしたい気持ちだ。
そして部屋割りを決めようという段階で、一つの問題が発生した。
「私、ご主人様と一緒じゃないと夜眠れないです」
「私も1人で寝るのは寂しくてなんだか嫌だわ」
「あの、私も皆さんと一緒に寝るほうがよく眠れる気がします」
「ウミはダイくんの枕で寝るですよ」
セカンダーの街を出るときも聞いたが、やっぱり全員独り寝が出来ない体質になってしまったみたいだ。
「部屋を見て回ったけど、ベッドが2つ置いてある部屋があったから、そこのベッドを並べて寝るのはどうかしら」
「今までみたいにご主人様やみんなといっしょに眠れるなら私はいいですよ」
「私もダイ先輩や皆さんと一緒のほうがいいです」
「ダイくんの枕ならウミはどこでもいいですよ」
「決まりね、ダイ」
俺の意見を一言も聞かずに決まってしまった。
「たくさん部屋があるんだし、わざわざ一部屋に集まらなくても……」
「嫌です/却下よ/一緒がいいです/ダメなのですよ」
ベッドを横に連結してみんなで寝ることになった。かなり大きめのベッドなので4人+1人で寝てもまだまだ余裕がある。
これはもう独り寝は諦めたほうがいいのかもしれない。
風の下級精霊が追い風を発生させ、水の下級精霊が波を穏やかにしてくれています、2人が乗船していると安心ですね(笑)