第33話 ウミとお出かけ
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「人族さんの街は賑やかなのです」
「ウミは人の街には遊びに行ったりしなかったのか?」
「精霊は人族さんの使うお金を持ってないのです、街に行っても甘いものを買えないので行ったことなかったのです」
甘い物が手に入るか否かで行き先を決めていた、ウミの甘いものに対する情熱に少し苦笑してしまう。
今はウミと2人で王都を回っている、相変わらず俺の頭の上にしがみついているが、そこを定位置にしてしまうつもりなんだろうか。精霊のカバンで持ち物に余裕ができたアイナとイーシャは服や下着類を買い足しに行って、麻衣は食堂でお菓子を大量に作らせてもらって、ウミの歓迎会をするそうだ。新作にも挑戦すると言っていたし楽しみにしている。
俺も旅や遠征に必要なものを揃えようと思うが、まずは荷車を一台購入しようと思っている。精霊のカバンは入れたものを忘れると取り出すのに苦労するので、細々としたものを荷車に積み込んで収納しておけば一度に取り出せるからだ。袋を使って小物を詰めて実験してみたが、単品だと覚えるのが大変なものをまとめて取り出すことが出来た。野営の場所でも荷車だと簡単に動かせるし便利だと思う。
中央広場の近くまで来て、荷車を売っていそうな雑貨屋を探していると、ウミがなにかに気づいたようで俺の髪を軽く引っ張った。引っ張られた方に目を向けると、道の隅の目につきにくい場所で女の子が座って泣いている、膝には血が滲んでいて転んで怪我をしたみたいだ。
「ダイくん、女の子が怪我をして泣いているのです」
「ウミ、治療してくれるか?」
「はいなのです、お任せなのです」
ウミが怪我の治療をしてくれるみたいなので、女の子に近づいて目の前に屈みこんだ。
「大丈夫か?」
「うぅ、お膝痛いの」
「ちょっと待ってろ、いまこのお姉さんが治してくれるからな」
「お姉さんにお任せなのです」
お姉さんと紹介されたのが嬉しかったのか、女の子の前に飛んできたウミが腰に両手を当ててポーズをとった。
「うわっ、ちっちゃくてかわいい! あなた誰なの?」
「ウミは水の中級精霊なのです、お膝の怪我を治してあげるですよ」
ウミが女の子の膝の前に手をかざすと、擦りむいていた怪我が治って血の跡も消えてしまった、一緒に洗浄魔法もかけたやったんだろう。一瞬で怪我の治った女の子は不思議そうにしていたが、立ち上がって痛みもないことを確認したのか笑顔になった。
「お兄ちゃん、精霊さんありがとう!」
「どういたしましてなのです」
「転ばないように気をつけろよ」
「うん、ばいばーい」
元気に走り去っていく女の子を2人で見送る、ウミも満足げな顔だ。食いしん坊な部分ばかり目立つが、ウミも優しい娘だな、ご褒美に屋台で果物でも買ってあげよう。
屋台に寄ってカットフルーツの盛り合わせをウミに買ってあげると、とろけそうな笑顔ではぐはぐと食べていた。さっきのお姉さんぶりが台無しだが、嬉しそうに口いっぱいフルーツを頬張る姿は可愛らしいので良しとしよう。
◇◆◇
雑貨屋に行くと商店などで荷物を運ぶ時に使う、小型の荷車があったのでそれを購入した。予備のテントや毛布に、水を入れておく樽も購入して荷車に積み込み、精霊のカバンに収納する。
ウミも水を作り出すことができるそうだが、飲み水はともかく生活用水までいちいちウミに作ってもらうのは申し訳ないので、自分たちで出来る分は用意しておこうと思う。
普通の魔法で作る水は、作り出した場所の周囲にある細かいゴミや砂を取り込んでしまうので、飲用には向かないみたいだ。その点だけでも、問題なく飲める水を生み出せる精霊魔法の凄さがわかる。
「ダイくん、次はどこに行くのです?」
「そうだなぁ……」
中央広場にある案内板を見ながら考える。ウミが行っても退屈しないような場所で、何処か良いところはないだろうか。ふと北西地区の方を見てみると、王城の近くに公園のような場所が書かれていた、ここなら自然もいっぱいありそうだし良いかもしれない。
「王城の近くに公園みたいな場所があるみたいなんだが、そこに行ってみないか?」
「はいなのです、自然の多い場所には精霊も多く居るので行ってみるのです」
「よし、まずは王城目指して進むか」
俺も初めて行く場所なのでちょっと楽しみだ、いい場所だったら今度はパーティー全員を誘って行ってみよう。
◇◆◇
案内板に書かれていた場所に行くと、そこは森林公園みたいになっていた。木々の間に道が整備されていて、所々に長椅子も設置してある、小さな池もあるみたいだ。王都の中にこんな場所を作ってしまうなんて、なかなか凄いな。
「これは気持ちいいな」
「木もいっぱいあって素敵な場所なのです」
とりあえず池の方に向かってゆっくり散歩する。季節のせいか時間のせいかあまり人も居ないので、ウミも俺の頭から離れて飛び回っている。木々が日差しを遮ってひんやりとしてるので、もう少し暑くなってからだと人も増えるのかもしれないな。
「おや? 大君じゃないか」
聞き覚えのある声に呼ばれてその方向を見ると、そこには勇者候補の輝樹さんが居た。今はプライベートタイムみたいで私服だ。召喚された候補者達は王城に住んでいるようなので、近場の公園まで散歩にでも来たのだろうか。
「輝樹さんこんにちは、今日は散歩ですか?」
「今日の訓練が終わったところでね、毎日ここを歩くのが僕の日課なんだ」
「ここは静かでいい所ですね」
「僕のお気に入りの場所の一つさ、ところで大君も散歩かな?」
「はい、実は初めてここに来まして」
「ダイくん、そちらの方はお知り合いなのですか?」
少し離れた所を飛んでいたウミが俺たちに気づいて近くに戻ってきた。ウミを見た輝樹さんは驚いた顔をしている、やっぱり初めて精霊を見るとみんな同じような反応するな。
「こちらは勇者候補の石延輝樹さんだよ」
「はじめましてなのです、水の中級精霊のウミなのです」
「あ、はい、はじめまして、石延輝樹です」
ぎこちなく答える輝樹さん。俺は出会い方があんな状態だったので、なんとなく親しみが持てて受け入れてしまったけど、やっぱりこんなサイズの精霊が空を飛んで挨拶してきたら驚くよな。
「えっと、大君、こちらの女性はどうしたのかな?」
「ウミはいま、俺たちのパーティメンバーなんです」
「パーティーメンバー!?」
「えぇ、実は麻衣の作ったお菓子に惚れ込んでしまって、仲間になりたいって言ってきたんです」
「マイちゃんのお菓子は素晴らしいのです、ウミはあんな美味しいもの食べたことなかったのです」
「そうか、稲葉さんのお菓子の虜になってしまったのか。しかしエルフがパーティーメンバーに居るだけでも珍しいのに、そのうえ精霊まで。君はやっぱり凄い人だよ大君」
輝樹さんは俺の顔を見ながらしみじみとそう言った。いろいろな偶然が重なって集まった仲間だけど、言われてみるとそうかもしれないな。
それから輝樹さんとしばらくお互いの近況について話をした。魔族はまだ本格的に侵攻していないが油断できないこと、今度訓練も兼ねて遠征に出かけることなど輝樹さんから聞いた。
「魔族は王都とか他の街を襲ってきたりはしないんですか?」
「詳しいことは言えないんだけど、今はまだ大丈夫だろうと言われているね」
まだ魔族の脅威が迫ってないことに安心する。この世界を色々と見て回りたい俺としては、勇者と聖女の召喚を聞いた魔族が、このまま諦めてくれると嬉しいんだが。
「輝樹さんは勇者候補を辞退したりって考えないんですか?」
「そうだね、平和な日本で生活してきたから、実際に戦うってことに実感がわかないけど、僕はマナ変換速度もマナ耐性もかなり高い方みたいで、みんなが期待してくれるからそれに答えたいと思うよ」
「そうですか、月並みなことしか言えませんが、頑張ってください」
「うん、ありがとう。ところで稲葉さんはどうだい、元気にやってるかな?」
麻衣は規模を少し落とした障壁の魔法回路を作って、パーティーの防衛役として活躍していること、料理が上手なので野営の時に腕をふるってくれていることなど、俺のスキルをぼかして話した。
「やっぱり大君に稲葉さんのことをお願いしたのは正解だったよ」
「麻衣は俺たちのパーティーに無くてはならない存在になっていますよ、こうしてウミが仲間になるきっかけにもなりましたし、あの時俺に紹介してくれたことを感謝してます」
「マイちゃんはすごい人なのです、あんな才能を持ってる人は他には居ないのです」
俺の頭の上で黙って話を聞いていたウミが麻衣のことに反応する。確かにこの世界にないお菓子を作る麻衣の存在は、何ものにも代えがたいからな。
俺とウミの話を聞いて、輝樹さんも嬉しそうに微笑んでいた。召喚されてからずっと麻衣と行動を共にしていたみたいなので、心配していたんだろう。
それから輝樹さんと少し話した後に別れて、池に行って一休みした後に公園を出て、帰りは辻馬車で宿の近くまで戻った。
◇◆◇
「ただいま」
部屋に戻ると全員帰ってきていた。お茶会の準備をしているようで、テーブルにはコップが並んでいる。
「お帰りなさい、ご主人様」
「ちょうどいい時に帰ってきたわね」
「いまお茶の準備をしているので、ダイ先輩も座ってください」
麻衣に言われて俺も椅子に座る、ウミも頭から降りてテーブルの上に座った。紅茶を淹れ終わった麻衣が、精霊のカバンからお菓子を取り出す。
「今日はフルーツのパウンドケーキとドーナツに挑戦してみました」
テーブルの上には四角いケーキとボール型のドーナツが置かれる。食堂では揚げ物料理が提供されてるから、ドーナツも作れるわけか。新しいお菓子を前に、ウミは飛びつかんばかりに凝視している。
切り分けられたパウンドケーキは、中にドライフルーツが入っていて色とりどりで美味しそうだ。ドーナツも精霊のカバンの保存効果で、まだ湯気が出そうなほど温かい。
「ウミちゃんのパーティー加入を祝して、どうぞ召し上がれ」
ケーキをみんなの前に配った麻衣の声で、お茶会が始まる。
「けーきの中に乾燥した果物が入っていて美味しいのです!」
「このどーなつというのも甘くて美味しいわね、油で揚げてるのよねこれ」
「そうですよ、あの食堂は揚げ物料理が作れるので、それで揚げさせてもらいました。おじさんも挑戦してみるって言ってましたから、メニューが増えるかもしれませんね」
食堂でドーナツか、甘さを控えめにしてパンの代わりに提供すれば割といけるかもしれないな。
「マイさんのお菓子はどれも美味しいです」
「ドーナツなんて久しぶりに食べたけど、出来たてはまた違ったうまさがあるな」
「精霊のカバンのお陰でいつでも出来たてが出せますから、欲しい時は言ってください」
「けーきおかわりなのです!」
相変わらずその体の何処に入っているのかわからないが、ウミも今日のお菓子を堪能している。
こうしてウミの歓迎会を兼ねたお茶会が開催された。
第3章はこれで終了になります。
第4章からは舞台も変わりますのでお楽しみに。