第29話 麻衣の告白
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「ダイ先輩、少しいいですか?」
「寝てなくて大丈夫か?」
「はい、少しだけお話したくて、ダメですか?」
「いいよ、火の近くに来るといい」
夜、テントの前で見張りをしていると、麻衣が話したいことがあると外に出てきた。春の季節になったとはいえ夜はまだ冷えるので、2人とも毛布をかぶって火の近くに座る。
「話ってどうしたんだ?」
「いえ、改めてお礼が言いたくて。ダイ先輩、パーティーに入れてくれてありがとうございました」
麻衣はそう言って頭を下げた。焚き火に照らされた瞳が少し潤んでいるみたいだが、これは悲しい涙じゃないだろう。
「いや、お礼を言うのはこっちの方だ。アイナも懐いているし、イーシャも妹が増えたみたいだと喜んでる、美味しいご飯やお菓子も作ってくれるし、何より同じ日本人が近くにいると安心する」
「私、聖女候補をやってる時はお荷物みたいな感じだったんです、魔法を使ってもすぐマナ酔いしてしまうし、攻撃魔法は苦手で発動しないことも良くあったんです」
魔法には相手を意識して攻撃する意志を持たないと発動しないという安全装置が付いている。そうしないと、街なかや人混みでうっかり魔法回路を刻んだ武器を振ってしまったら大惨事になるだろう。しかし、その安全装置のせいで、相手を攻撃することをためらったりすると魔法が発動しない。麻衣は相手を傷つけてしまうことが苦手で、魔法を発動させるための意志が満たせなかったのだろう。
「でも、このパーティーはみんなが私のことを必要としてくれて、ご飯も美味しいって食べてくれる、それがとても嬉しいんです」
「料理は本当に美味しかったよ。実は王都に来る前の旅で野営をやったんだけど、その時は保存食をそのまま食べるだけで、みんなうんざりしてたんだ」
「それで皆さん保存食アレルギーみたいになってたんですね」
「それに同じ日本人にしか通じない話題もあるから、麻衣とは気楽に話ができるのが嬉しい」
「私もあの時助けてくれようとした人にずっと逢いたかったんです、でも何処にもその男の人は居なくて。それで石延さんに同じ日本から来た人がいるって聞いて、もしかしたらあの時の人かもしれないってずっとドキドキしてたんです。そして今はこうして同じパーティーに入れてもらってるし、私とても嬉しくて。それにあの時から私はダイ先輩の事が――」
麻衣はそう言いながら俺の横に体を寄せてきて、下から見上げるように顔を近づけてくる。麻衣の潤んだ瞳に、焚き火に照らされた俺の顔が映り、それがゆっくり接近する。俺は麻衣の突然の行為に、動くことも目を逸らすことも出来ず見つめ合ってしまう。
「うにゅ、ご主人様……」
2人の距離がゼロに近づいていたその時、毛布を引きずりながらテントから出てきたアイナが俺の腰に抱きついて、膝に頭を載せて寝息を立て始めた。寝ぼけて出てきてしまったんだろう。いつものように俺の体に顔を埋めて、幸せそうに眠っている。さっきまでの雰囲気が何処かに行ってしまい、俺たちは笑いあった。
「ダイ先輩はすっかりアイナちゃんの抱きまくらになってますね」
「普段はそうでもないんだけど、寝てる時は甘えん坊になるんだよな」
「幸せそうに寝てるアイナちゃんは可愛いです」
俺の膝で眠るアイナの頭を撫でながら毛布を掛てやり、野営1日目の夜は更けていった。
―――――・―――――・―――――
俺たちは岩場を慎重に歩いている、もう猿の縄張りに入ったのか他の魔物は出てこない。アイナが周囲の気配に集中し、麻衣は杖を握って緊張している。
「ご主人様、魔物が近づいてきます、数は6匹」
「麻衣、いつでも障壁を張れるように準備を頼む」
「わかりました」
麻衣が杖を握りなおしたその時、前方から大きな塊が飛んできた。
――障壁!
麻衣のコマンドワードで展開されたマナの壁に大きな岩が当たって砕ける。次々と飛んでくる一抱えもあるような岩が障壁に当たり、あるいは弾き飛ばされて飛んでいく。ゴリラに似た大きな猿の魔物が、岩を両手で抱え上げて周りを取り囲む。
次々投げられる岩だが、麻衣の障壁は完全に防いでくれる。しかし大きな音と地響きで、中にいる俺たちは緊張する。
「防げるとわかっていても結構怖いなこれは」
「ご主人様、振動が体に響きます」
「もう少し耐えれば攻撃が止むはずよ、マイちゃん頑張って」
「わかりました、頑張ります」
しばらく続いた攻撃が突然止まった。あの魔物は連続で岩を投げられないらしく、何度か投げると疲れてしまうのか攻撃してこなくなる。その隙に障壁を解除した俺たちが魔法を放ち、逃げていく魔物をアイナが追いかけて倒す。
◇◆◇
「これ難易度の低い依頼の割に攻撃はかなりいやらしいよな、なんでこんなランクの依頼になってるんだ?」
「魔物自体はそんなに強くないからよ、動きも鈍いし簡単に倒せたでしょ?」
「はい、走るのもそんなに速くないですし、反撃もしてこないので倒すのは簡単でした」
確かに投げてくる岩は脅威だが、攻撃してこない時は魔法も簡単に当たるし、攻撃方法も岩を投げるだけで殴ったり蹴ったりしてくるわけではない。
「他の冒険者はどうやって倒してるんでしょうか」
「盾で囲んで防ぐとか、ひたすら避けるとかみたいね。でも避けるのは危険が大きいし、盾で防いでもかなりのダメージを受けるし盾も痛む、そのせいで人気が無いのね」
麻衣の疑問にイーシャが答えてくれた。確かにあれだけ岩をぶつけられたら盾も傷つくだろうし、依頼を達成しても赤字になりかねない。高ランクの冒険者なら岩が飛んでくるくらいなら簡単に対処しそうだけど、依頼のランクが低いので旨味がない。なるほど、割と近場で報酬がいいけど放置されるわけだ。
「でも障壁の魔法で防ぐだけだったら他の冒険者の人や、ダイ先輩やイーシャさんでも出来てしまうんじゃ」
「マイちゃん、それはちょっと違うわね。あなた、召喚された時にマナ変換速度が速いって言われなかった?」
「あ、はい、マナ変換速度はトップクラスだと言われました、でもそのせいで息切れも早いんだと……」
「マイちゃんは召喚者だから、マナ変換の速度はたぶん私よりも速いわ。例えばダイはマナ耐性は測定不能なくらい高いけど、マナ変換速度は普通なの」
「ダイ先輩、そんなにすごい人だったんだ」
そういえば以前計った時に異常扱いされたな。イーシャもあの時は落ち込んでたっけ。でも召喚者補正で異常値が出るのなら、麻衣のマナ変換速度もかなり高いはずだ。
「例えばダイが障壁魔法を使ったとしても、マナ変換速度が遅いから供給が追いつかずにすぐ解除されてしまうわよ。私でも長時間は無理ね、他の冒険者も障壁の魔法を何人か交代で使うはずよ」
「私ってそんな凄いことやってたんですか」
「マイちゃんのマナ耐性が高かったら、絶対に聖女候補は辞退させてくれなかったでしょうね」
「マイさんは料理も上手だし障壁も得意だし、やっぱり凄いですよ」
アイナもそう言って褒めているが、確かにに障壁を維持し続けるだけのマナをリアルタイムで変換できる能力は素晴らしい。並列魔法回路と組み合わさって、かなり上位の障壁使いになっているだろう。
「でもマナ耐性が低かったからこのパーティーに入ることが出来たし良かったです」
「そうだな、麻衣が来てくれて受けられる依頼も増えたし、これからも頑張っていこう」
「はいっ!」
「それじゃあ、薬草の生えている場所はもう少し先だから、油断せずに行きましょう」
イーシャの号令で俺たちは岩場を進んでいった。
◇◆◇
薬草の採取も無事終了して、昨日野営をした地点まで戻ってきた。あれから2度、魔物の襲撃があったが麻衣の障壁のおかげで苦労せずに倒すことが出来た。麻衣も更に自信をつけたみたいだし、今回の依頼を受けてよかった。
「いい匂いでお腹が空きすぎて辛いです」
「お肉を焼く匂いがたまらないわ、塩を振って焼くだけの私の野営料理とは大違いね」
昨日狩った鳥肉をその日のうちに下茹でして、塩とハーブを塗り込んで寝かせたものを麻衣が焼いている。肉の焼ける香ばしい匂いとハーブの香りが辺りに漂って、涎が出そうになる。今日は焼いたお肉と、細かく刻んだ野菜が入った透明なスープを作ってくれている。
「出来ましたよ。お肉は傷まないように塩を塗り込んでいて味が濃いので、パンに挟んで食べてください」
「お肉の表面がパリッとしてて美味しいです」
「パンとの相性も抜群ね、これは美味しいわ」
「地下鉄の肉たっぷりサンドイッチみたいでうまいな」
きょうの料理も好評だ、みんな一心不乱に食べている。美味しいものを食べると何故か無言になるが、みんなの笑顔が料理の出来を物語っている。今日のスープは口直しになるような薄味で、野菜の旨味がたっぷり入っていて、パンに挟んだ肉との相性もいいし麻衣の料理はやはりうまい。
―――――・―――――・―――――
次の日は野営地点から街に戻ったが、特にトラブルもなく魔核をいくつか増やしてギルドに依頼達成の報告をした。ギルドの職員の人が人気のない依頼を受注してくれたことを喜んでくれて、次も是非お願いしたいと言ってくれた。麻衣が居るお陰で俺たちのパーティーにとって、難易度はそれほど高くない依頼なので、報酬次第で受けていいと思う。
途中で倒したイノシシの魔物のレアドロップアイテムも高く買い取ってもらえたので、今回の遠征はかなりの収入になった。
明日はオフの日にして、俺は例のマニアックな魔法回路屋に行ってみようと思う。
麻衣のヒロインぢからは作者の想像以上でした(笑)