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第24話 クッキー

「元の世界に戻れないと聞いて落ち込んでないかしら」



 宿屋に戻って一服していたら、イーシャが俺の顔をうかがうように話しかけてきた。同じ日本から召喚された輝樹さんたちと会って、元の世界に戻る方法が無いと聞かされて俺が気落ちしてないか心配してくれてたんだろう。



「自分でも驚いたんだけど、そんなに落ち込んでないんだ。実は戻れるって聞いても、すぐ戻るつもりはなかったんだよ」



 俺はずっと考えていたことを2人に告げた。帰還できる期限が決まっていたら悩んだかもしれないが、今の関係を一方的に断ち切って元の世界に戻ろうなんて、俺にはできそうもない。それくらいこの世界で2人と生活するのが楽しいんだ。



「あの、私はご主人様とこのまま一緒にいられるって考えても良いんでしょうか」


「そうだね、アイナが俺のことを嫌いになって一緒に居るのも嫌だって何処かに行かない限り、ずっと居られるよ」


「私がご主人様のことを嫌いになるなんて無いですよぉ

 ご主人様が元の世界に戻れるかもしれないって考えるのほんとは怖かったんです、でもご主人様は違う世界の人だから帰らなきゃいけないって、だけどご主人様と別れてしまったらこれからどうしたらいいんだろうって考えると、私…、わたし……」



 アイナは俺の腰に抱きついてきて涙を流し始めた。俺を慕ってくれるこんないい娘をこんなに泣かせてしまったのは反省しないといけない、事前にちゃんと自分の考えを伝えるべきだった。アイナの頭を撫でながら悲しませてしまったことを後悔する。



「私も安心したわ、今あなたが居なくなってしまったら、私もこれからどうしようか悩んでしまったもの。いっそエルフの里に帰って、二度と外には出ないようにしようかって考えていたわ」


「イーシャもほんとにごめん、これからはちゃんと自分の考えを伝えるようにするよ」


「えぇ、そうしてちょうだい。あの時も言ったけど、私があなたとアイナのことを好きなのは本気よ。自分でもこんな気持になるなんて思ってもみなかったけど、あなたに嫌われたり離れ離れになったりしてしまうと、旅を続けていく気力が無くなってしまいそうよ」



 イーシャもそう言って俺の手を取って両手で包み込んでくれる。もっと時間をかけて手がかりを探していたらお互い納得できたかもしれないが、王都に来てたった数日で異世界転移の核心に迫ることになってしまって、心の整理ができなかったんだろう、俺は今回のようなことを二度と繰り返しちゃいけないと心に誓った。




―――――・―――――・―――――




 次の日の朝、この宿を取っていた5日間が終わったので、いちど荷物をまとめて引き上げることにする。



「お客様、よろしければまた利用してくださいですよ」



 ハーフリングの女将さんがそう言ってくれる。実はここの宿は、このハーフリングの女性がオーナーだった。清潔だし女将さんもいろいろ気を使ってくれるので、他に目ぼしい所がなかったらまた利用したいと思っている。まずは今日からパーティーに加わる麻衣の意見も聞いて、次の宿を決める予定だ。



◇◆◇



 冒険者ギルドの前で麻衣の到着を待っている。辻馬車が何台か通り過ぎて、そのうちの一台から麻衣が降りてきた。



「ダイ先輩、アイナさん、イーシャさん、おはようございます」


「麻衣、おはよう」「おはようございますマイさん」「おはようマイちゃん」



 それぞれが挨拶して、ギルドの中に入っていく。



「麻衣はギルドカードは持ってるのかな?」


「はい、王城にいる時に作ってるので持ってますよ」


「じゃぁ、パーティー登録をしてしまおう」



 受け付けに俺のギルドカードと麻衣のカードを渡して、パーティー登録をしてもらう。これで全員と魔法的パスが繋がるので、麻衣の回復力強化と状態異常耐性上昇のスキルがパーティー全体に適用されたことになる。回復力強化は疲れにくくなる効果があって、状態異常耐性上昇は麻痺や毒や睡眠などの状態異常にかかりにくくなる。


 麻衣は自分は役に立たないと言っていたが、前衛がアイナ頼みの俺たちのパーティーには、このパッシブスキルは非常にありがたい。この先、難易度の高い依頼を受けるときにも必ず役に立ってくれるはずだ。



「これからよろしくお願いしますね、皆さん」


「マイさん、よろしくお願いします」


「よろしくね、マイちゃん」



 アイナやイーシャにパーティー加入の挨拶をして、みんなで今日から泊まる宿の相談をする。俺としては女性2人と一緒に寝てるだけでもいっぱいいっぱいなのだから、これ以上人数が増えて理性が削られる事態は避けたい。できれば俺と女性陣で別れて泊まる案を勝ち取りたいところだ。



◇◆◇



「まずは今日から利用する宿を決めたいと思う」



 俺たちはギルドの中にある酒場に集まって話し合いをする。酒場といっても置いているのはお酒だけではないので、目の前には果実水が入ったコップが置かれている。



「ダイ先輩たちは今までどうしてたんですか?」


「あー、実は3人で同じ部屋に泊まっていたんだ」


「3人で同じ部屋、なんですか……?」


「おっきなベッドがあって綺麗なところでしたよ」


「並んで寝るのは楽しかったわね」


「大きなベッド……並んで寝る……、まさかベッドは1つだけ?」


「ま、まぁ、今まで泊まっていた所はそうだったな」



 麻衣は衝撃を受けているようだ。年頃の男女が同じ部屋で1つのベッドで寝てるなんて聞いたら驚くのは当たり前だろう。だが決してやましいことはしていない、アイナはすっかり俺にくっついて寝る癖がついてしまったし、イーシャも時々俺の腕に抱きついている事がある。だがこれくらいはセーフなはずだ、俺の理性はまだ仕事を放棄していない。


 麻衣には獣人と一緒に泊まれる宿が少ないことや、アイナと別の宿に泊まるのは避けたいことを話す。麻衣もこの世界の獣人の立場は知っていたようで、その辺りのことは納得してくれた。



「それで、泊まる宿は今までどおり暁の波止場でいいと思うんだ、部屋もきれいだしオーナーも親切でいい人だし、でも2部屋とって俺とは別の部屋で――」


「わ、私は部屋が1つでもいいと思います! 2つも部屋を取るのはもったいないですし、それにアイナさんやイーシャさんみたいにダイ先輩といっしょに寝てみた……」



 最後の方は小声になってよく聞き取れなかったが、麻衣は俺の話にかぶせ気味に同じ部屋でいいと言ってきた。確かに2部屋使うのは余計なお金もかかるのは事実だが、俺としては麻衣は別々の部屋を希望すると思ってただけに少し意外だ。



「あの……、マイさんは私みたいな耳やしっぽのある獣人と一緒に寝ても大丈夫なんでしょうか?」



 アイナが少し不安そうに、そんな事を口にした。俺はライトノベルを読んだりゲームをしていたお陰で、耳やしっぽを見ても別に変だとも気味が悪いとも思わないが、麻衣がどう思ってるのかわからないので心配なんだろう。



「アイナさんの耳としっぽって可愛いと思いますよ、後で触らせてもらってもいいですか?」


「はい! 大丈夫ですよ、思う存分もふもふしてください!」


「マイちゃん、エルフはどう? 耳の形が違うけど大丈夫かしら」


「ファンタジー小説に出てくるような人に実際に会えて嬉しいです!」


「ふぁんたじー? というのは良くわからないけど、それなら問題ないわね。みんな同じ部屋でもいいみたいだけど、どうするダイ」



 そう言われてしまったら仕方がない、理性のさらなる奮闘に期待して俺は白旗を揚げた。



◇◆◇



 そして俺たちは暁の波止場に戻ってきた、受け付けにいるハーフリングの女将さんを見た麻衣は「かっ、かわいい」とつぶやいている。



「お客様、また来てくれたのね、嬉しいよ」


「はい、またしばらくお世話になろうと思います。それで今日から1人増えて4人になるんですが」


「4人でもゆっくり泊まれる部屋があるから大丈夫よ、もっと増えても大丈夫よ」



 この世界の宿屋は一体どうなってるんだ、5人10人が一度に寝られるベッドがあったりするんだろうか。そんな大きなベッドも見てみたい気がするが、今はひとまず自重しよう。



「あの、ベッドが複数ある部屋って空いてませんか?」



 俺は最後の抵抗を試みたが、女将さんは「なに言ってるんだこの人?」という顔をしている。



「うちの宿にはそんな部屋はないよ、全員で仲良く楽しくが宿屋の基本よ」



 無駄な抵抗だった。


 今日からは長期滞在するというと、女将さんが宿代を少し割り引いてくれた。この宿も常連には優しいシステムになっているようだ。



◇◆◇



 部屋に入って荷物を整理していると、アイナが荷物の中から布の袋を取り出した。あれはクッキーが入ってる袋だ、お昼の時間を少し過ぎてるのでお腹が空いたんだろう。旅の途中で護衛冒険者のリーダーに貰ってから、少しづつ大事に食べていたがそろそろ無くなりそうだ、王都で手に入るらしいし探してみるのもいいかもしれない。



「マイさん、これ旅の途中で貰った保存食なんですが、とっても美味しいのでマイさんも一つ食べてみてください」



 アイナが袋から一枚取り出して麻衣に渡す。ずいぶん大事に食べていたけど、麻衣にもおすそ分けしたかったんだろう、優しい娘だ。全員がアイナからクッキーをもらう。小腹が空いていたのでありがたくいただくが、やっぱり美味しい。



「これはクッキーですね」


「くっきー? ですか?」


「えぇ、よく行くお店に石窯があったのでお願いして焼かせてもらったんですが、そこの店主が気に入ってしまって作り方を教えてあげたの。それが保存食として売り出されてしまったみたいで」



 いま麻衣の口から、さらっと衝撃の事実が出た。俺の居た世界でもよく食べられるクッキーとそっくりだと思ったが、まさか麻衣がこの世界に広めていたとは思いもしなかった。



「これマイさんが発明したんですか? 凄いじゃないですか、尊敬します」


「マイちゃんは料理とか得意なのかしら」


「うちは両親が仕事で遅くなることが多くて、自分で食べるものだけですがよく作ってました。あとお菓子作りも好きです」



 いまイーシャの目がキラリと光った、あれは捕食者の目だ。王都への移動中にも保存食の虚しさに愚痴をこぼしていたが、料理ができる人材と聞いて絶対逃してはいけないと思ったのだろう。



「マイちゃん! あなたこそ私たちのパーティーが一番求めていた人よ、マナ耐性が低いなんてそんな些細なことは問題にすらならないわ、入ってくれてありがとう、これから頑張りましょうね」


「は、はい、こちらこそよろしくお願いします」



 両手を握って上下に振るイーシャの姿に、どう反応していいのか困りながら返事をする麻衣だった。






 今日はこれから麻衣のよく行くお店に行って歓迎会を開くことにした。


手作りのクッキーが日持ちするのかって問題は、異世界補正ってことでよろしくお願いします(笑)

(そもそもこの世界には乾燥剤なんて存在しません)

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◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇

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いきなりドラゴニュートの少女の父親になってしまった主人公が
強化チートを使いながら気ままに旅する物語
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