第17話 噂
第3章の開始です。
舞台も変わり新たな出会いもある章なのでご期待ください。
あれから年も開け、光の月もあと少しで終わる。
ギルドの依頼も順調にこなしているので、俺とアイナもアイアンランクに昇格することが出来た。
イーシャの勧めで俺たちのパーティーのギルド口座を作った。登録したパーティーメンバーなら、ギルドカードを提示すれば誰でも出し入れできる預金口座で、そこにパーティーの活動資金をプールして、メンバーにはそれぞれ少額づつお金を渡していくお小遣い制にしている。キルド口座はどの街の冒険者ギルドでも使えるので、どこか別の街に旅をするときでも安心だ。
アイナは自分ひとりで買い物できるか不安だったようだが、この世界の獣人は低所得者が多く不衛生な人も居るため嫌がられることはあるが、お金を払ってくれる人にはある程度寛容だ。高級店や一部のお店を除き、獣人であっても売ってくれなかったり追い出されたりはしない。接客態度にはどうしても差が出来てしまうようだが、アイナのように整った身なりをしていると邪険にされることは少ない。それでも店舗で買い物する時は俺かイーシャに付き添をお願いしてくるが、屋台で買うのは慣れてきたらしく時々買い食いをしているようだ。
獣人が泊まれる宿が少ないのも同様の理由で、清潔なイメージが崩れることを嫌う経営者が多いため、宿泊を拒否している宿が多数派になっている。獣人の耳とかしっぽは呪いが原因で生まれたという迷信を信じている人も居るので、積極的に関わっててこようとする人は少ないが、近くにいるだけで追い払われたり文句を言われるようなことはあまり無い。俺がこの世界に来て数ヶ月で感じた、獣人に対する人間の態度はこんな印象だ。
魔法回路の方は自分の小遣いの範囲で買って実験しているが、この街で売っているパーツは標準的なものしかなく、規模や威力を多少変化させるのが精一杯で、並列回路以上の発見は出来ていない。
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そんなある日、ギルドでこんな噂を耳にした。
『王都が異世界から勇者と聖女を召喚したらしい』
一部の過激派魔族がこの大陸への侵略を企んでいて、既に小規模ながら武力衝突が起こっているそうだ。魔族は身体能力も魔法技能も人より高く、今は数で力押ししてなんとか追い返している状態になっていて、このまま本格的な侵攻が始まると太刀打ち出来ない。その事に危機感をつのらせた王族と王都の首脳陣が、異世界召喚を行ったらしい。
俺と同じ地球から召喚されたのか、違う世界からなのか、日本人かどうかすらわからないが、会えるなら直接会ってみたい。会えなくても召喚された王都なら、いろいろな情報を聞くことが出来るはずだ。
それを聞いた俺は2人に相談した。
「一度、王都に行ってみたいんだけどどうかな」
「私はいずれ王都にも行く予定だったから良いわよ」
「私はご主人様と一緒ならどこでもいいです」
2人とも俺が異世界召喚の手がかりを探していることは知ってるので、あっさり王都に行くことが決定した。ギルドで王都に行く方法を聞いてみると、乗合馬車を利用すれば10日程度で行けるらしい。次の便は2日後にあるので、それまでに準備を整えよう。
◇◆◇
途中で野営もあるそうなので、テントや保存食を購入したり、お世話になったお店に挨拶したりしながら出発までの時間を過ごす。この街に初めて来た時に獣人用の服を買ったお店にも行ったが、相変わらず入店してすぐは反応しないおばあちゃんだった。ただイーシャが選んでくれた服を着たアイナを見た時、少し優しそうな目をしていたので、きっと獣人にあまり偏見を持たない人なのだろう。
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そして出発の朝、荷物をまとめて宿屋の玄関に集まる。
「長い間おせわになりました」
「この街に来た時はまた利用してくれ。人数が増えても泊まれる部屋があるから安心しろ」
またベッドが1つしか無い部屋に案内されそうだけど、宿屋の親父さんもそう言ってくれる。でもこれ以上人数が増えたら2部屋借りたほうがいいと思う。
「ありがとうございました」
「いい宿だったわ、次も利用させてもらうわね」
「おう、気をつけて行ってこい」
アイナとイーシャも挨拶して、乗合馬車の発着場に向かう。
「王都か、楽しみだな」
「珍しいものとか美味しいものが食べられるといいですね、ご主人様」
「王都はとても大きな街だから、きっと色々なものがあるわよアイナちゃん」
「何があるのか楽しみです!」
「新しい魔法回路のパーツも見つかるといいな」
「ふふふ、あなたはブレないわねダイ。私も水の矢以外の魔法も使ってみようかしら」
「私の剣の切れ味も更にすごくなったりするでしょうか」
「向こうでも色々なお店を回ってみような、そして面白い回路が見つかったら挑戦してみよう」
「はい!」
「私も楽しみだわ」
俺はこの街しか知らないが、ファースタの街はいい所だった。思い出もたくさんできた。王都に行ったら異世界転移の手がかりを探しつつ、他の色々な場所にも行ってみたいとみんなで決めた。この街にはいつ来られるかわからないが、近くまで来たら必ず訪ねてみよう。
◇◆◇
乗合馬車の発着場には数台の馬車と護衛の冒険者、それに商人らしき人達が積み込んだ荷物の確認をしている。待合所の入り口で王都までの切符を渡して馬車に乗り込む。荷台の両サイドに長椅子が付いていて、簡易的な屋根もあるのが俺たちの乗る馬車だ。
アイナは緊張してるみたいで俺の側から離れないし、しっぽも垂れ下がってる。最近は街にも慣れてきて、あまり掴むことが無くなった俺の服の裾もしっかり握ったままだ。安心させるためにイーシャと2人でアイナを挟んで椅子に座る。
日本だと観光地でくらいしか乗れないから、俺も馬車は初体験だ。椅子は木で出来てるから長時間乗ってるとお尻が痛くなりそうだな。
「俺、馬車に乗るのは初めてだ」
「私は何度か乗ったことがあるわ、でもこれお尻が痛くなるのよね」
やはりお尻痛対策は必要のようだ。車輪もゴムのような素材で出来てるわけでも無いし、荷台もサスペンションなんてついてない、覚悟を決めよう。
「私はあの時が初めてでした」
奴隷商に売られて魔物に襲われた時か。アイナが俺から離れようとしないのは、その時のトラウマもあるのかもしれない、王都に行くのは楽しみな様子だったので気づいてやれなかった。
「そうか。でも今は俺もイーシャも居るから大丈夫だ」
そう言いながらアイナの頭を撫でる、他の客の視線を感じるが今はどうでも良い。アイナは俺の腕を掴んで身を寄せてきた、イーシャも反対側の手を握ってくれる。
◇◆◇
しばらく馬車に揺られていると、アイナは俺にもたれかかったまま寝息を立て始めた。ずっと気を張っていたし精神的に疲れたんだろう。来月からは春の季節になるので、流れる風も少しずつ暖かくなってきているが、風邪を引くといけないので毛布でも掛けておいてやろう。イーシャにお願いして荷物から毛布を取り出して、アイナに掛けてやったところで隣から声をかけられる。
「アンタ、獣人にそんなにくっつかれて大丈夫なのかい?」
話し好きそうなおばちゃんが俺にそう言ってきた。
「あぁこいつとは幼馴染でね、小さいときから寝起きを共にしてたので平気ですよ」
「髪の毛も変わった色だし、どっかの辺境にでも住んでいたのかい」
「まぁそんな感じかな、遠いところから来たのは間違いないですよ」
おばちゃんには事前に考えていた適当な理由を教えておく。イーシャは隣でクスクスと笑っている。事実を知ってるから可笑しいのかもしれないが、疑われそうになるから自重してほしい。
おばちゃんは「へぇ、そうなのかい」と納得したようなしてないような感じだったが、他の人にも俺の話をしているようで、それ以降アイナのことで何か言われることは無くなった。