第172話 ユリーとヤチ
誤字報告ありがとうございます。
次話でこの章が終了になります、色々詰め込んだので長くなってしまいました。
翌朝、目が覚めると普段より部屋が明るい。昨日は寝たのが遅かったので、やはりいつもの時間には起きられなかったみたいだ。まだ誰も起きてきた人は居ないらしく、2階の大部屋には朝の優しい日差しが差し込んで、静かな時間が流れている。
横に目を向けると、アイナがいつもの様に俺の胸に顔をうずめて寝ている。その顔はとても幸せそうで、みんながこうしてこの場所をアイナに譲ってくれているのが良くわかる。
反対側には、寝ている最中に腕を抱きかかえてくっついてきた姿勢のまま、ユリーさんが気持ち良さそうに眠っている。その顔はとても穏やかで、昨日の事を思い出して悪い夢を見たような感じは見受けられない。
しばらく寝顔を眺めていると、その目がゆっくりと開いて俺の姿を捉える。
「おはようございます、ユリーさん」
「おはようダイ君、こうしてあなたの隣で朝を迎える日が来るなんて、思いもしなかったわ」
「よく眠れましたか?」
「怖い夢も見なかったし、きっとあなたのお陰ね」
「そうですか、それは良かったです」
ユリーさんの頭を撫でてあげると、嬉しそうに目を細めて俺の腕を抱きなおして更に密着してくる。こうして甘えてくれる姿は、年上の女性なのに反則的に可愛らしい。
そしてユリーさんの声に反応したのか、ヤチさんも目を覚ましたみたいだ。
「おはようございます、ヤチさん」
「おはよう、ヤチ」
「おはようございます、ダイさん、教授」
「あなたが私より後に起きるなんて珍しいわね、まだ調子が元に戻っていないんだったら、今日は一日休んでいてもいいわよ」
「いえ、体の調子は万全なのですが、ベッドの寝心地が良すぎたのと、眠りに就くまでダイさんになでなでをして貰ったからだと思います」
「ふふふ、あなたもそうなのね。私と同じ様に、おはようのなでなでもしてもらう?」
「是非お願いします」
そう言われたので、ヤチさんの頭に手を伸ばして頭を優しく撫でてあげる。目を閉じて気持ち良さそうにしている姿は、そのまま二度寝してしまいそうなほど穏やかだ。
「一日中この感覚を味わっていたいですが、そうもいかないのが残念です」
「さっさと報告を終わらせて、長期休暇を申請して、この家に帰ってきましょう」
「そうですね、あんな事があったんですから、休みはきっちり貰いましょう」
長期休暇を勝ち取るために、2人は気合を入れている。まとまった休みがもらえたら、みんなで色々な場所に行ってみたい。リザードマンの所にも挨拶に行きたいし、三日月湖の湖畔にピクニックも行きたい。ファースタの街の宿屋にある特別室に泊まりに行くのもいいし、アーキンドの別荘に行ってみんなで過ごすのも楽しそうだ。
そんな計画を考えつつ、みんなが起きてくるのを待って朝食を食べた。
◇◆◇
教授たちが研究所に出勤した後、俺たちはのんびりと過ごしていたが、2人が帰ってきたのは夕方近くだった。今日は詳細な報告をすると言っていたので、かなり時間がかかったみたいだ。
「うぅ~、すっごく疲れた! ダイ君、抱っこして」
帰ってくるなりそんな事を言ってくるユリーさんを、リビングのソファーに座って膝の上に乗せ、その小柄な体を抱き寄せてあげる。隣りに座ったヤチさんも期待を込めた目でこちらを見てくるので、頭を優しく撫でてあげる。
2人とも研究所でかなりのストレスを貯めてきたみたいだ。
「今日はそんなに大変だったのですか?」
「国の兵士を動かしたので、今回の件はかなりの大事件として、詳細な説明を何度もさせられました」
「私は実験に付き合わされただけなのにいい迷惑よ」
魔物溜まりの発生を人為的に抑えるという今回の実験は、2度に渡ってダンジョン内に薬液を撒いたそうだが、1回目に撒いたものが原因なのか、ユリーさんたちが参加した2回目に撒いたものが悪かったのか、あるいは2つの薬液が影響しあってこの異変が起きたのか、全くわからないみたいだ。
ただ、こんな危険な実験は二度と行わないようにと国から通達があり、このプロジェクトは中止になるらしい。計画を主導した博士と呼ばれる人物の責任問題も出ていて、何らかの処分が下されるだろうと話してくれた。2人を救出した時に同じ部屋に寝ていた男性が、その博士という人物らしいが実験をするにしても、もう少し慎重にやってほしかったと本気で思う。
「皆さんに頂いた結びの宝珠の首飾りがなかったら、私たち4人はおそらく助からなかったでしょう」
「博士と助手の2人は、魔物の鳴き声を聞いて気絶してしまったものね」
「……マイのおかげ」
「私のスキルが役に立って助かったんでしたら、とても嬉しいです」
2人に結びの宝珠を渡しておいて、本当に良かった。もう16個ペアリングしてしまおうと思ってるから、夕食を食べ終えた後にでも全部解除してやり直そう。
「それに、その後も大変だったのです」
「しばらく研究所には行きたくないわ」
ユリーさんは俺の膝の上でぐったりとうなだれてしまった、一体何があったんだろう。
「どんな事があったのかしら?」
「私の意識が戻らない時に、ダイさんが治療院にお見舞いに来てくれたのですが、その声を聞いた瞬間に教授が胸に飛び込んで泣き出したらしいです」
「だってすごく怖くて不安で、そんな時にダイ君の声が聞こえて、自分ではどうしようもなかったんだもん」
「あの時はお兄ちゃんとユリーさんの事をみんな見てましたね」
すごく注目されてたし、あんな場所で抱きついて泣き始めたら、相手は一体誰なんだって話になるのは当然だよな。子供っぽい口調になって、拗ねたように頬を膨らませているユリーさんはちょっと可愛い、指で突きたくなる。
「若い男性は首飾りをくれた冒険者なのかとか、一緒について来てた可愛い女の子は彼の妹なのかとか、肩の上に乗っていた人形の事も聞かれたわ」
「ダイ兄さんって呼んでるし仕方ないよね」
「私もお兄ちゃんって呼んでるから、そう思われちゃうね」
「ダイさんの肩にずっと乗っていましたが、人形と思われていたのですか」
ウミも小さいサイズだった時はそんな風に思われることも多かったし、仕方がないとはいえちょっと可哀想だ。ストレアさんの頭を指で撫でてあげると、少しだけ落ち込んだ感じの表情が笑顔に変わっていった。
オーフェとクレアも妹と思われたことがちょっと不満みたいだが、ユリーさんが膝の上に乗っていて動けないし、後から撫でてあげよう。
「いま思い出すと顔から火が出そうに恥ずかしいわ」
「ご主人様がそばに居てくれるだけで安心するから仕方がないですよ」
「旦那様がおそばに居るだけでそうなってしまうのは皆様同じですから、ユリー様も気にされる必要はありません」
「うん、みんなありがとう」
みんなに気にする必要は無いと言われ、俺により一層背中を預けてきたので、その頭をゆっくり撫でてあげる。しかし、ユリーさんがこうも俺にべったり甘えてくるようになるとは、ちょっと想像できなかった。
ヤチさんが昨夜教えてくれた話だと、甘えるのが上手じゃないと言っていたが、児童養護施設の出身なので、大勢の子供たちが居て遠慮してしまっていたんだろう。その当時できなかった事を、いま取り戻しているような、そんな感じがする。
「今の教授は私の時以上にダイさんに甘えていますが、やはり父性みたいなものを感じるからでしょうか」
「私にはお父さんの記憶が無いからわからないけど、こんな感じなのかもしれないわね」
「キリエのおとーさんだからね」
「年上の娘ができてしまったね、ダイ君」
「これからもよろしくね、ダイお父さん」
「こうして甘えてもらえるのは嬉しいですが、さすがにお父さんは勘弁してください」
体をちょっとずらしながら、からかうような視線を俺に向けてくるユリーさんにそう答えると、小さく笑い声を上げながら微笑んでくれる。みんなの頑張りやクレアの魔法、そして俺のスキルで作った魔法回路、それらのお陰でこの笑顔が守れたのは本当に良かった。
◇◆◇
その日は夕食後に結びの宝珠のペアリングをやり直し、俺たちのもとには32個のリンク済み宝珠が出来上がった。新しく増えた16個は、またミーレさんにお願いしてペンダントにしてもらおう。
そして残りの48個はリンクをすべて解除して、国に寄贈する事にしている。
ストレアさんと俺のはめている指輪の詳細や、魔族がこの世界に来た訳など話すとかなり驚かれてしまった。昨日も簡単に話した古代の道具の事を詳しく説明して、地下シェルターの話もしたが、そんな大発見は今まで聞いた事が無いと言って唖然とされた。
「この国どころか、世界の歴史まで直接聞けるようになるなんて、思ってもみなかったわ」
「私たち魔族がダイさんやマイさんと同じ、異世界からの召喚者だったとは驚きです」
「ボクもびっくりしたよ」
「私はお兄ちゃんやマイさんと同じで嬉しかった」
「あなた達は、少し目を離すだけで次々と歴史を塗り替えていくから油断ならないわね。やっぱり私とヤチがちゃんと見てあげないと、この国が転覆しかねないわ」
「そんな事を言ってますが教授、ここで皆さんと一緒に暮らしたいだけですよね」
「うっ……そうよ、悪い? ヤチだって同じでしょ」
「もちろんそうですよ、当然ではありませんか」
「開き直ったわね、ヤチ」
ユリーさんとヤチさんは2人で盛り上がっているが、俺としてはみんなで一緒に暮らす事に異論はない。ダンジョンの調査中だった時も2ヶ月近く一緒に生活していたんだし、書斎を仕事部屋にして私物は客室に入れてもらえれば、引っ越してきても問題ないだろう。
「私はユリーさんとヤチさんが一緒に暮らすのは大歓迎ですよ」
「私も2人が居ると楽しいから歓迎するわ」
「ウミもこの家が賑やかになるのは嬉しいのです」
「……私も一緒に暮らす方がいい」
「ユリーちゃんやヤチ姉さんと、また一緒に生活できるなんてボクも嬉しいよ」
「お二人のお弁当も作りますから、いつでも言って下さいね」
「ユリー様やヤチ様が快適に暮らしていけるよう、精一杯ご奉仕いたします」
「おねーちゃんが増えてキリエもうれしい」
「わうんっ!」
「私もお二人との暮らしが楽しみです、それにシロさんも嬉しいそうです」
「この家がますます暖かくなるね、私も嬉しいよ」
「これからの生活が楽しみですね、この指輪に宿って本当に良かったです」
みんなも当然のように歓迎の言葉を、口々に伝えてくれる。
「ユリーさん、ヤチさん、俺たちと家族になりましょう」
「うん! ありがとう、ダイ君」
「末永くよろしくお願いします」
俺の胸の飛び込んできたユリーさんを抱きとめて、近くに来てくれたヤチさんの頭を撫でてあげる。
こうして、この家に2人の家族が増える事になった。
年上に甘やかされるのも好きですが、甘えられるのも大好物です(笑)